霊長類を用いた老人病モデルの開発と長寿科学研究基盤高度化に関する研究

文献情報

文献番号
199900190A
報告書区分
総括
研究課題名
霊長類を用いた老人病モデルの開発と長寿科学研究基盤高度化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 中村紳一朗(日本獣医畜産大)
  • 小山高正(日本女子大)
  • 村山美穂(岐阜大)
  • 吉田高志(国立感染研)
  • 鳥居隆三(滋賀医科大)
  • 鈴木通弘(予防衛生協会)
  • 寺尾恵治(国立感染研)
  • 国枝哲夫(岡山大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
44,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
21世紀の超高齢化社会をひかえ、痴呆症、骨粗鬆症、動脈硬化症、糖尿病など高齢者の健康維持に関する研究が喫緊に解決すべき厚生科学の主要課題となっている。しかし、これらの老年性疾患はその原因が複雑であり、加齢に伴う多臓器の機能減退、晩発性遺伝子の発現、ホメオスターシス機構の破綻、内分泌器官の萎縮、環境因子などが複合して発症する複合性疾患と考えられる。従って、こうした疾患の発症機序を解析したり、早期診断、有効治療法を開発するにはヒトに類似した高等動物の病態モデルが必要である。また自然発症モデルとともに実験的に誘発するモデルの開発も必要である。 このような疾患モデル動物としては、長寿であり、生理・代謝機能、脳・神経系の構造と機能がヒトに極めて類維する実験用霊長類が適している。霊長類センターの飼育ザルは各個体の生年月日、家系、個体の病歴、ドックの生化学データなどが全て揃っており、情報が蓄積されているので複合因子の解析には最適である。ヒトへの外挿が容易であるため、治療薬や治療法の評価を含めて、サル類のモデルで得られた研究成果は、社会への還元が期待される。 本研究班では、実験用霊長類を用いて主要な老人病モデルの開発、モデルを用いた病態の解析、薬効評価系の開発と進めて行くことが目的である。また長寿科学研究の研究資源開発としてエイジングファームの確立とその有効利用の拡大、cDNAライブラリー作成、遺伝子解析及び遺伝連鎖解析を行い研究基盤を高度化することも目指している。
研究方法
研究方法と結果=本年度の研究方法及び結果等は以下の通りである。1)老人斑形成と認知機能評価:中村らは老人斑の形成機序を新世界ザルであるリスザル、旧世界ザルに属するカニクイザル及び類人猿のゴリラの脳を用いてヒトと比較しながら研究を進めた。カニクイザルについて加齢に伴うPS-1のN末端、C末端の発現を生化学的に神経細胞分画について検索した。その結果胎生期から既に発現していること、加齢に伴い発現が増加し、両末端ともミクロゾーム分画に強く発現する事、加齢個体では核分画にもC末端の強い発現がみられた。高齢のリスザルでは小型の老人斑が多く、成熟型老人斑に相当するものが多く見られた。しかしアミロイドへの成熟過程は他の動物種に比べて遅い可能性が示唆された。小山らはカニクイザルの高次認知機能を評価するシステムの開発研究を行った。WGTAテストの結果をまとめると、老齢ザルの学習能力の低下はみられず、老齢ザルの学習過程の行動には、若齢群とは異なるパターンがあり、それが習得に効果的な方略として働いていた。また3段式指迷路テストでは、格段をクリアーするための試行数、エラー数ともに、老若の差はなかった。エラーボックス付きの4段迷路では、比較的容易に1段目をクリアーするが、2段目のクリアーは困難であり、1段目と反対方向へ移動するという課題が難しいため、あるいは1段目に落としてももう1段落とさなければ報酬がもらえないという、強化遅延のためクリアーが困難になる可能性が考えられた。2)性格行動と老人病関連遺伝子の検索:高齢による痴呆症などの中枢神経系の機能障害には個体差が大きい。そこでヒトの性格や脳機能障害に関連すると報告されている脳内神経伝達物質関連遺伝子についてサル類を用いて解析し、これらの遺伝子型とサルの性格や高齢化に伴う行動の変化との関連を明らかにすることを目的とした。18種のサル類においてドーパミントランスポーター、
セロトニンレセプター、コレシストキニン遺伝子の多型領域をPCR増幅し、塩基配列を決定し比較をおこなった。国枝らは老人病と関連する遺伝子を明らかにする目的で、カニクイザルの染色体連鎖地図の作成を進めた。その結果,カニクザルではヒトの第7染色体,および第21染色体に対応する領域が同一の染色体上に存在していることが確認され、カニクザルの第2染色体に含まれていることが明らかとなった。またAPP遺伝子等ヒトの疾患に関与する第21染色体上の遺伝子はいずれもカニクザルにおいては第2染色体に存在することが示唆された。3)実験モデルの開発研究:鳥居らは高コレステロール食を投与したニホンザルモデルを用いて実験的粥状動脈硬化症の発生と経過を独自開発した血管内視鏡により解析している。今年度はメスの個体について動脈硬化症の進展にエストロジェンが影響するか否かを調べるため、卵巣摘出雌を用いて検索した、その結果エストロジェンが抗動脈作用効果を持つことが示唆された。鈴木らは自然発症性及び実験的眼疾患モデルについて研究を進めた。その結果筑波霊長類センターにおいて飼育されているカニクイザルに観察された白内障は53/6,199頭、先天性白内障は4/4,773頭であり、その発生率は極めて低率であることを明らかにした。また実験的緑内障モデルを用いてイソプロピルウノプロストンの眼圧下降機序は毛様体筋の細胞外基質に変化を起こす事で、葡萄膜強膜路抵抗が変化する可能性を示唆した。4)生殖系、免疫系の加齢性変化:吉田らは骨成長が停止し最高骨量期をすぎた雌カニクイザルについて実験的骨粗鬆症モデルの解析を行ってきたが、今年度はカニクイザルの雄性生殖機能について免疫組織化学的に検討を加えた。新生仔から17歳齢までのカニクイザルを対象としたが、17歳例までは加齢に伴う精巣機能の低下は明らかではなかった。寺尾らはT細胞レセプター(TCR)の多様性に関して加齢性変化を検索した。その結果胎児、新生児ではT細胞クローンはほとんど存在しないが、生後4~5日齢、5歳、9~11歳、15~16歳では増殖T細胞クローンは加齢に伴い増加すること、一度出現したクローンは6カ月は安定して出現すること、脾臓では増殖T細胞クローンが存在するのに、リンパ節ではT細胞クローンは検出されにくいことが明らかになった。
結果と考察
考察=サル類を用いた自然発症老人病モデル及び実験モデルの開発に関しては、ほぼ初期の予定にそって進行した。老人斑形成に関しては類人猿、新世界ザルを含めた比較動物学的解析が始められた、また認知機能評価システムも実際に若齢群、老齢群での比較が可能になり、また問題点も明らかになった。神経レセプター遺伝子の多様性、サル類とヒトの染色体シンテニーに関しても著しいデーターの蓄積が進んだ。動脈硬化症モデル、緑内障モデルについては治療法の作用機序に踏み込んだ解析が始められつつある。生殖系、免疫系の正常加齢変化の解析は一部T細胞クローンの消長や遺伝子解析まで進展し、霊長類の特性が明らかにされつつある。またエイジングファームの個体群のデータ蓄積と糖尿病治療薬の評価に有効利用出来たことは、ファームの維持側にとっても利用側にとっても最初の試みであり、非常に生産的な結果となった。
結論

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-