老化時計としてのテロメアの役割(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900188A
報告書区分
総括
研究課題名
老化時計としてのテロメアの役割(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
石川 冬木(東京工業大学大学院生命理工学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 井出利憲(広島大学医学部)
  • 吉栖正生(東京大学医学部)
  • 中西真(名古屋市立大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
35,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
テロメア短小化による細胞老化の誘導機構を分子レベルで明らかにし、その予防法開発のための基礎的知見を得る。
研究方法
テロメレース欠損マウスの作成:マウスTERT cDNAを用いてマウスTERTゲノムクローンを129株由来のマウスゲノムライブラリーよりスクリーニングし、陽性クローンを得た。このクローンを用いて、定法どおり、129株由来のES細胞を用いてターゲッティングを行い、これをB6由来の胚盤胞に注入してキメラマウスを得た。このキメラマウスをB6マウスと交配させて、ターゲッティングアレルをもつヘテロマウスを作成した後、ヘテロマウスの間の交配により第一世代(G1)のTERT-/-マウスを得た。G1同士の交配によりG2を得、以降、同様にG5まで得た。組み換え動物の作成は、東京大学医学部において共同研究として行われた。
テロメレース触媒サブユニット遺伝子TERTの細胞の不死化における役割の検討:テロメレースの触媒サブユニットhTERTのcDNAを、ヒト正常線維芽細胞、ヒト正常血管内皮細胞、およびそれらに癌遺伝子であるSV40のT抗原を導入した細胞に導入し、分裂寿命の延長と不死化について検討した。これらの細胞について、テロメレース活性およびテロメア長を定法により測定した。また、ノーザン、サザン、ウエスタン解析により、種々の遺伝子機能を調べた。T抗原の機能を調べるため、許容・非許容温度で細胞を培養し、細胞増殖、DNA合成、種々の生化学的マーカーを解析した。
ヒト細胞周期チェックポイント遺伝子Chk1, Cds1の解析:ヒトChk1のDNA傷害あるいは複製チェックポイント機構における役割を明らかにするために、正常線維芽細胞、HeLa細胞、ATM欠失線維芽細胞をG1/S移行期に同調させて、それぞれUV、X 線、MMS、アフィディコリンで細胞を処理した後に、抗Chk1抗体を用いてChk1蛋白質の修飾および活性変化を測定した。Chk1の活性測定には基質としてGST-Cdc25Cを用いた。同様に、ヒトCds1についても解析した。また、Chk1の生理機能を明らかにする目的で、Chk1ノックアウトマウスの作製とその解析を行った。
血管内皮細胞・平滑筋細胞の増殖制御の解析:老化していないラット大動脈血管平滑筋細胞 rat aortic smooth muscle cells(RASMC)を用いて、Boyden-chamber法により、PDGF-BB (10 ng/ml)6時間の刺激による RASMC の遊走を定量した。Red Wine Polyphenol (RW-PF) は adsorption chromatography により精製し(Suntory 基礎研究所)、細胞培養液中に添加し、その RASMC 遊走に対する影響を検討した。また、カッターにより一定面積の培養細胞を剥離し、引き続きPDGF-BBや、10%血清で刺激を行ない細胞の再生面積を評価する、損傷治癒モデルを作成した。この系を用いてRW- PF の前投与が RASMC 再生面積に与える影響を、老化させていないウシ頚動脈内皮細胞 bovine carotid endothelial cells(BCEC)(10%血清刺激)を対照として検討した。この方法は、平滑筋細胞においては、主として遊走能を見ているが、血管内皮細胞においては、細胞の遊走と増殖の積算である「内皮再生」の能力の評価にも用いることができる有用な系である。
結果と考察
テロメレース欠損マウスの作成(石川):ヘテロマウスの間の交配によりG1は、メンデル遺伝より期待される頻度に生まれ、野生型マウス、ヘテロマウスと比較して異常な表現型を示さなかった。しかし、野生型では高いテロメレース活性が認められる胎児由来線維芽細胞、肝臓、精巣について、G1マウスでは全くテロメレース活性が認められなかった。このことは、TERT遺伝子が唯一のテロメレース触媒サブユニットをコードする遺伝子であることを示している。ホモ欠失マウス同士の交配を続けることで、G5マウスまでを作成した。この間、G4マウスからG5マウスが生まれる時に、一腹あたりの出生数が低下していた。さらに、G5マウスは、出生後、体重が対照マウスと比較して有意に減少していた。さらに、G5マウスは以下のような著明な組織所見が得られた。(1) 精巣では、精細管内にあるべき精原細胞、精母細胞、精子が全く認められず、体細胞であるセルトリ細胞のみが認められた。(2) 卵巣では、卵胞がほとんど認められなかった。(3) 消化管上皮陰窩部分にアポトーシスの亢進が認められた。(4) 皮膚が脱毛し、その部分の毛嚢上皮にアポトーシスの亢進が認められた。
テロメレース触媒サブユニット遺伝子TERTの細胞の不死化における役割の検討(井出):ヒト胎児由来の正常線維芽細胞TIG-3の不死化には、テロメレースの発現とともに、SV40のT抗原機能があれば十分条件となることが分かった。導入したT抗原遺伝子は温度感受性変異であるので、導入細胞を非許容温度下におくと、T抗原遺伝子発現に対する自己抑制機能、p53蛋白質との結合能、細胞の接触阻止能が失われるが、DNA合成誘導能は維持された。T抗原導入によって延命している線維芽細胞では、非許容温度に移すとただちに増殖を停止したが、DNA合成は継続し多倍体細胞が蓄積することが分かった。ヒト臍帯血管由来の正常血管内皮細胞にhTERT、T抗原遺伝子それぞれ単独であるいは両者を導入して、クローニングし、継代培養した。正常血管内皮細胞は、65代で老化し、増殖を停止した。T抗原のみを導入した細胞は、2クローンを除いてすべて若干の延命の後に90代までに増殖できなくなった。2クローンのみは200代を越えて継代でき、不死化したものと思われた。T抗原とhTERT遺伝子の両方を導入した細胞クローンは、テロメアが延長し、増殖速度が早くなり、すべて200代を越えて増殖を続けており、不死化したものと考えられた。hTERTのみを導入した細胞は、増殖速度は正常細胞と変わらずゆっくりであるが、テロメアが延長し、現在160代をこえてまだ増殖中であり、このまま不死化する可能性があるものと考えられた。以上より、線維芽細胞と血管内皮細胞では、不死化のための十分条件に違いがあることが推察された。
ヒト細胞周期チェックポイント遺伝子Chk1, Cds1の解析(中西):ヒトChk1はいかなるDNA傷害にも反応せず、その活性に変化を認めなかった。興味あることにヒトChk1はアフィディコリン処理によるDNA複製阻害に反応してリン酸化を受けることが分かった。Cds1はChk1と異なり、正常線維芽細胞およびHeLa細胞においてはすべてのDNA傷害に反応してリン酸化を受けて活性化した。しかしながら、ATM欠失細胞においてはUVおよびMMSによるDNA傷害には反応するが、X線によるものには全く反応しなかった。このことはATM欠損患者の臨床症状とよく一致する。ヒトCds1の発現を各種がん細胞を用いて調べたところ、p53欠失がん細胞ではCds1の発現が高く、正常p53を有するものではCds1の発現が非常に低いことが分かった。Cds1の発現はSV40 T抗原、パピローマウイルスE6, E7などのDNAウイルスがん遺伝子で形質転換すると強く誘導されることが分かった。さらに野生型p53発現アデノウイルスをこれらの細胞に感染させたところ、SV40 T抗原およびE6により誘導されたCds1の発現は強く抑制されたが、E7により誘導されたものは影響を受けなかった。Chk1ノックアウトマウスの作製とその解析を行ったところ、Chk1ノックアウトマウスは胎生初期に致死的であった。E3.5日卵の解析からChk1ノックアウト卵では異常核を認めた。この異常核はDNA複製阻害において増強されたが、DNA傷害では増強されなかった。
血管内皮細胞・平滑筋細胞の増殖制御の解析(吉栖):RW-PFはPDGF刺激によるRASMCの遊走能を濃度依存性に抑制した。さらにwound healing assayにおいても RW-PFは、RASMCの再生のみを濃度依存性に抑制したが、BCECに対しては最大濃度100 mg/mlにおいても「内皮再生」を抑制しなかった。ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)において、RW-PFの前投与は、TNF-α刺激によるヒトVCAM-1 mRNA発現を濃度依存的に抑制した。これは、RW-PFの前投与が、病的状態にある血管内皮細胞の機能を正常化する作用があることを示唆する。
結論
テロメア老化時計による細胞老化誘導機構に関して、その活性化機構と細胞増殖が停止する機構について分子レベルでの解析を行った。また、テロメア短小化による細胞老化が個体レベルの老化にいかに関与するのかを検討するモデルマウスを作成することができた。最後に、細胞老化の予防治療薬の候補としてポリフェノールについて予備的な検討を行った。

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