高齢化社会における循環器未病対策と医療経済に関する疫学的基礎研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900182A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢化社会における循環器未病対策と医療経済に関する疫学的基礎研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
都島 基夫(国立循環器病センター)
研究分担者(所属機関)
  • 広瀬信義(慶応義塾大学)
  • 丸山太郎(埼玉社会保険病院)
  • 村田 満(慶応義塾大学)
  • 丸山千寿子(日本女子大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
生活の質(quality of life:QOL)を損なう循環器疾患の発症の準備状態である、未病の診断、動脈硬化の発症と進展に及ぼすリスクファクターや異常病態の検出と、発症前の早期動脈硬化を診断してその管理をすることによるマクロ的な cost effective analysis が本研究の目的である。未病には合併症がない糖尿病、高血圧、高脂血症、喫煙習慣などの古典的なメジャーリスクファクターから、遺伝子多型性、遺伝子欠損症、高齢(老化)、さらに新しいリスクファクターなども含まれてくるが、その診断と予防効果を明らかにする必要がある。遺伝子多型については、多因子遺伝病である冠動脈疾患のような common disease に一つ一つの遺伝子の phenotype は大きな影響を与えないが、複数の多型遺伝子が環境因子と複雑に絡み合って易罹病性を決定する。一つのリスクとしての遺伝子が環境因子との相互作用でどのようなインパクトをもつかを予防医学的見地から解明することにより、循環器未病対策における遺伝子多型検査の意義を明確にすることも本研究の目的となる。
研究方法
疫学的検討については交流が少ない漁村と農村をもつ三重県紀勢町の住民を対象とした。冠動脈疾患死亡率は農村7.6%、漁村12.3%(全国8.4%)である。(倫理面への配慮)遺伝子解析にあたっては、個別に検査の内容と意義を説明し、文書にて同意を取得した頚動脈エコー、頚動脈脈波伝播速度を計測した。新しいリスクファクターであるホモシステインや遺伝子解析項目として、ACE , β3-AR FA binding protein 2,  GP Ibα, PAI-1 , paraoxonase , NOS , LPL-Hind III , LPL-Pvu II , CETP, MTHFR について検討した。また、GP Ibαについては慶大病院脳卒中患者、ホモシステインについては国立循環器病センター受診者、さらに百寿者については phase 2 detoxifying enzymeの1種であるGlutathione S Transferase(GST)のとくに喫煙関連腫瘍(肺癌、膀胱癌など)と関連するM1や骨髄異型性症候群との関連するT1をしらべた。
結果と考察
50歳から69歳の199名の女性では頚動脈にプラークを有する割合は漁村地区では23.1%、農村地区では9.4%と漁村地区に有意に高率であり(P=0.0078)、両地域の冠動脈疾患死亡率の差を裏付けるものであった.PON遺伝子、CETP遺伝子のgenotypeに地域差が認められた。PON遺伝子は漁村地区では漁村地区では GlnGln型 18名(9.2%)、GlnArg型 78名(40.0%)、ArgArg型 99名(50.8%)、農村地区では GlnGln型 37名(20.5%)、GlnArg型 81名(45.0%)、ArgArg型 62名(34.4%)と分布に有意差を認め(p < 0.0007)、PON遺伝子多型に関しては、頚動脈にプラークを有するものがG-alleleを有する頻度が低い傾向が示された。CETP遺伝子はB1 alleleの頻度が漁村地区60.0%であり、農村地区49.7%に比べ、漁村地区に有意にB1 alleleを多く認めた(P=0.0052)。また、頚動脈にプラークを有する群にB1-alleleを高頻度に認めた。B1 alleleを有するB1B1型、B1B2型においてHDL-Cは低値を、B1-alleleを有さないB2B2型で高値を示した。これらの多型を有する群において、環境因子の是正や抗高脂血症薬の選択が冠動脈疾患発症予防につながる可能性があると考えられた。虚血性脳血管障害を対象にした血小板フォンウィルブランドの受容体である膜糖蛋白GP Ib αの145Thr/Met多型の検討の結果、ラクナ梗塞の発症に関与することが示された。この遺伝的要因の効果は特に後天的危険因子が少ない若年者や女性や非喫煙者でより顕著であった。血小板GP1bα受容体遺伝子145T/M多型はすでに冠動脈疾患の易罹病性や重
症度と有意の関係することを報告しているが、今回、虚血性脳血管障害にも関与することが分かった。このことは、脳梗塞の予防における抗血小板療法の位置づけに重みを与えるものである。
次に、ホモシステイン濃度は、男性で有意に高く、女性では年齢、尿酸値、収縮期および拡張期血圧と正相関をみたが、男女とも肥満度、血清脂質、アポ蛋白、血糖との相関はなかった。患者のホモシステイン濃度は住民と比べ有意の高値を示し、喫煙者では非喫煙者よりも有意に高値であった。住民ではホモシステインは頚動脈内中膜複合体肥厚度と有意な関係はなく、頚動脈脈波伝播速度は女性だけで有意な正相関を示した。
患者では、ホモシステインは動脈硬化の指標となる石灰化体積率、壁肥厚石灰化体積率とは有意の正相関を示し、ホモシステインは動脈硬化進めることが示された。動脈硬化の指標となる血中可溶性接着分子VCAM-1、ICAM-1 とは有意の正相関を示した。Stepwise Logistic Regression Analysisによっても、ホモシステインは動脈硬化性疾患の独立した危険因子であることが示された。血漿ホモシステイン濃度は男女ともにMTHFR遺伝子多型AA群、AV群に比べ変異アレルホモ型のVVの方が高値であった。男女間の葉酸推定摂取量は女性で男性に比べて高値であった。高ホモシステイン値は葉酸摂取量よりも血清葉酸濃度の低値と関係が強いことが明らかであった。
百寿者ではGSTM1欠損症は33%であったが対照群では53%であり有意に欠損症が低下していた。T1欠損症は百寿者4と対照群では有意差は認めなかった。M1およびT1欠損症は百寿者では15%であり対照群では30%と百寿者群で低下傾向を認めたが有意差はなかった。M1欠損症の頻度は百寿者女性では17%に対し男性では64%であった。対照群での欠損症は女性51%に対して男性では53%であった。T1欠損症については百寿者男女性、対照群男女間でいずれも有意差を認めなかった。ついでアポ蛋白E4とM1+T1欠損症の頻度を検討したが、M1とT1欠損症を持ちかつE4を持つ百寿者は観察されなかった。癌と動脈硬化、痴呆の危険因子を持つ者は長寿に不利であることが示唆された。
結論
PON遺伝子多型(Gln/Arg)でArg allele、CETP遺伝子(B1/B2)多型でB1 alleleは動脈硬化形成へ働くと考えられ、Arg allele、B1 alleleは冠動脈疾患の危険因子になりうると考えられた。また、血小板vWFの受容体である膜糖蛋白GP Ib αの145Thr/Met多型はラクナ梗塞の発症に関与することが示された。未病状態としての遺伝子多型は、環境因子により疾患発症につながる可能性が高く、遺伝子多型の種類によってもその影響力のインパクトが種々みられる。血漿ホモシステインのような新しいリスクファクターが出現しているが、環境の条件下ではその影響力は古典的なメジャーリスクファクターほど強くないが、これらの因子と重なると動脈硬化の進展に強い影響を及ぼす。
M1とアポEの検討では癌と動脈硬化と痴呆の危険因子を持つ者は長寿に不利であることが示唆された。生活習慣の留意により癌、動脈硬化、痴呆の発症を予防することが長寿につながることが考えられた。

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