高齢期における活動的生活持続のためのサポートネットワークの役割に関する研究

文献情報

文献番号
199900181A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢期における活動的生活持続のためのサポートネットワークの役割に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
岸 玲子(北大医)
研究分担者(所属機関)
  • 笹谷春美(北海道教育大)
  • 前沢政次(北大医)
  • 森若文雄(北大医)
  • 佐田文宏(北大医)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
8,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
(研究報告(1)ならびに(2):高齢社会を迎えるにあたり、本邦では高齢者のQuality of life(QOL)での課題が多い。特に高齢者のQOLを考え、高齢者が住み慣れた地域で社会的に自立して生きるために必要なサポートやネットワークのあり方に探る研究が重要である。今後は、単なる延命ではなく、高齢者が身体面と精神面での健康を維持しながら自立し、活動的で生産的な老後を過ごせること、いわゆるサクセルフル・エイジング (successful aging)を目指していくことが医療やその関連領域の課題となる。人生において経験される様々なストレスフル・ライフイベント(配偶者や友人の死,失業など)が身体的・精神的健康に悪影響を及ぼすことがこれまでに報告されているが、一方で、ソーシャルサポートネットワークの多寡も同様に身体的・精神的健康に影響することが知られている。本研究では、初年度として、これまであまり検討されていない高齢者の精神的健康、抑うつに及ぼすストレスフル・ライフイベントの影響とサポートネットワークの役割について調べることを目標とした。
(研究報告(3)):現代日本における家族構造の急激な変化、平均寿命の伸び、人口の高齢化に伴う要介護高齢者の増加、従来家族内で高齢者のケアやサポートを担ってきた女性の意識や行動の変化等などの中で、高齢者のネットワークはどのような実態なのか、変化しているのかどうなのかを明らかにすることを目的とした。特に高齢者のソーシャルネットワークの類型析出を試み、類型毎の活動的な生活やサポートネットワークの違いおよび特色を明らかにしようとした。
(研究報告(4)):総合診療の臨床の場面では、最近精神科的疾患を有する患者の割合が増加している。うつ状態、不安障害、心気症、自律神経障害などである。患者の多くは、身体症状が前面に出ているが、検査を施行しても異常が見つからない。これらの誘因を質的研究で明らかにし、日常診療に役立てようと試みた。高齢者においては、ソーシャルサポートはきわめて重要であるが、その多くは福祉活動として行われており、医療との連携が綿密にできているとは言いがたい状況にある。その解決方法も本研究を通して明らかにしようとした。
(研究報告(5):高齢者に多い神経変性疾患としてパーキンソン病をとりあげ、パーキンソン病患者集団をモデルとし、地域社会におけるパーキンソン病患者など障害を呈する高齢者の医療と生活の実態を明らかにし、QOLを高める課題、QOLとサポートネットワークに関する研究を進めることを目的とした。
(研究報告(6)):2000年から介護保険制度導入により、多大な介助を必要とする痴呆や寝たきりなど要介護状態を予防しなければ、保険制度そのものが財政的になりたたないうえに、介護の施設やマンパワーの慢性的な不足状態が続きかねない。本研究では高齢者の医療費をレセプトより調べ、サポートやネットワークの医療費に対する影響を解析する。しかし、実際、個人データに基づく医療費の解析にあたってはクリアしなければならない点も多いので、本年はまず、法的、制度的ならびに倫理的問題について国内外の状況を調査報告することを目的とした。
研究方法
(研究報告1)対象は、北海道の3つの市町村に在住する高齢者で、本年の報告にはそのうちT町に住む69歳~81歳(1992年時)の高齢者全数769名(男性344名,女性425名)である。初回のベースライン調査は1992年に、2回目の調査は1995年にそれぞれ同じ内容の質問票を用いて実施し、1998-2001年に三回目の調査を計画実施している。質問票には、基本的属性:性別、年齢、居住形態、婚姻状態(配偶者)、仕事、収入、ストレスフル・ライフイベントの経験、ソーシャルネットワーク、ソーシャルサポート、抑うつ状態:Zungのうつスケール(SDS)、身体的健康状態:主観的健康状態、病気の数、入院経験の有無、身体の痛みを聞いた。抑うつに及ぼすソーシャルネットワーク、ソーシャルサポートとストレスフル・ライフイベントの役割を解析した。
(研究報告2)わが国、欧米で高齢者の抑うつ状態について調べた報告40篇を概括し、これまでに明らかになっている知見を整理、わが国でどのような研究が必要であるか、どのような方向で研究を進めていくべきかについて考察する。
(研究報告3):本報告はネットワーク類型の析出と各類型の生活の活動性とサポートネットワークの比較研究を行なうと同時に、第1回目のネットワーク類型の変化の追跡を行う。ネットワークの類型化は、A型:家族・親族中心型、B型:家族・親族・近隣・友人・集団参加の全てに関与しネットワーク数と種類が最も多い型、C型:近隣中心型、D型:友人中心型、地縁・血縁に縛られない集団参加が多い、E型:いずれの関係も弱く少ない型とした。
(研究報告4):社会的側面に対する配慮がないと問題解決がはかれない広義の身体化障害患者の生活歴を、民族誌的に記述することをはじめとして、質的研究手法で記述した。また同じ地域で生活するアルコール中毒と思われる子を持つ患者、アルコール性肝障害患者についても記述した。同時に、症例が生活していた地域の状況を多角的に情報収集し、考察を加えた。
(研究報告5): 北海道岩見沢市での住民アンケート調査を行った。岩見沢は65歳以上の老齢人口が18.06%と、1994年度の12.8%に比較して急速に老齢人口が増加している。今回、40歳以上の全住民を対象に、アンケート用紙を郵送にて送付し、パーキンソン病の全数調査を行った。アンケート調査の内訳は、基本情報として年齢、性別、世帯人数、また症状についてはアンケートを簡素化するために質問事項を4項目に限定し、振戦、動作緩慢、すくみ足の有無、パーキンソン病の診断されているかに関して、調査した。
(研究報告6): わが国においては法律上の規定は欠くものの、行政通達によりこれまで保健事業の評価などにレセプトの活用は積極的に行われてきた。本研究ではインフォームド・コンセントや個人情報保護が問題となる現在の時点で、地域サポートネットワークのもつ医療経済学的な効果を解析する上でレセプトに基づく調査研究を進めるためにクリアすべき法的・制度的、倫理的な問題点を検討した。
倫理面への配慮
(1)疫学調査にあたっては対象者のプライバシーの保持には細心の注意を払い、対象者が研究に参加することによって不利益を被ることがないように配慮した。(研究(1) (3)(5))
今回の研究の倫理面では、症例のプライバシーに配慮し、本人を特定できないような記述にした。また、これらの症例の出身地もできるだけ固有名詞を省略するように努めた。(研究(4))(倫理面そのものも含めて検討した(研究(2)(6))
結果と考察
(研究報告1):1995年時のSDS得点に対する共分散分析では以下の結果が示された。ライフイベントの経験数は男女とも有意であり、多く経験されるほどSDS得点は高かった。そのほか、男性では配偶者が病気または死別していること、自身の健康状態が良くないことによりSDS得点が高い傾向が有意であった。男性ではネットワークおよびサポートに関する要因は有意ではなかった。一方、女性では親しい友人・親戚がいない、サポートを提供していない、身体的健康状態が良くない、IADLが低下していることによりSDS 得点が高い傾向が有意であった。
(研究報告2):本年度は、高齢者の抑うつに関する国内外の文献40数編を概観し、これまでに明らかにされた知見をまとめたうえで、今後の研究の方向性についても検討した。
(研究報告3):現代日本において高齢者の有する社会的ネットワークの特色を類型化し、大都市と過疎地の地域的比較および同一サンプルの継続調査による時間的変化の把握を試みた。継続して類型化が可能であった178ケースにおいて両地域とも、家族・友人・近隣のいずれとも交流を持ち地域集団への参加もある「統合型」が6割をしめ、第1時調査にくらべ「家族依存型」や「近隣中心型」の割合は減少した。「統合型」ではその豊かなネットワーク資源を生かしてサポートネットワークも質量的に最も多様であった。健康面も悪化した割合は少ないがとりわけ「統合型」は社会的活動も活発で健康度が高い。以上の点から、ネットワークの質量の豊かさが高齢者のウェルビーイングと密接に関連していることが証明された。
(研究報告4):大学病院総合診療部外来で対応した、身体疾患に対する診断治療のみのアプローチでは、問題解決が図れない症例を取り上げ検討した。症例が地域社会との関わりの中で病的状況に陥っていく過程を記述した。これらの症例に共通した生活の場がある自治体、社会福祉協議会を訪ね、インタビューを実施し資料提供をいただいた。複雑な社会的問題を抱えた患者が問題解決し、通常の生活を回復するためには、生活史や心理的状況に対する理解が欠かせないことを明らかにした。
(研究報告5): 北海道岩見沢市に居住する40歳以上の住民を対象にした。郵送総数28,329件、回収件数14,696件、回収率 51.9%、有効回答率 49.1%で、振戦 608件、動作緩慢 1, 261件、歩行障害733件、パーキンソン病の診断は161例、重複例を除外すると152件、その平均年齢は69.0±4.7歳、男性52名(73.0±5.3歳)、女性100名(66.0±6.2歳)であった。1994年の調査に比較して、パーキンソン病粗有病率が増加しており、今後、高齢社会でさらに相対的増加し、障害も持った高齢者のQOLに関する調査対象のモデル集団になりうることが明らかとなった。
(研究報告6):個人情報の法的制約は、それが収集されたものかあるいは集積されたものか、によって異なり、その利用は機関と目的によって決まる。保険者に集積されるレセプトは、利用、委託の面で規制はゆるやかであり、保健事業や重複受診者への指導にむしろその活用が推奨されてさえきた。そこで健診受診者については事後フォローの一環としてレセプト点検調査を受託する、というかたちで法的条件をクリアした例を示した。しかし、個人情報保護条例を制定している市町村にあっては、国からの行政通達のみならず、当該市町村の条例にも適合しなければならない。法や条例は個人情報の研究利用を一律に禁じているのではなく、むしろ適正な利用のための審議会と手続きが条例で定められることによって、長期的かつ大規模なコーホート研究を、適法かつ住民の理解の下に進めることが可能である。
結論
(研究報告1):今後、1992年時のサポートネットワーク、身体的健康状態、活動性などの変数と今後、1992年時のサポートネットワーク、身体的健康状態、活動性などの変数と、これらの変数における1995年までの変化を予測変数として、1995年のSDS得点に対する解析を行う必要がある。これにより、高齢者の抑うつ状態を予測するモデルとして、より妥当で因果関係の明確なモデルを提案できると考えられる。
(研究報告2):文献調査から本邦で高齢者のQOLの向上と高齢者の社会的医学的自立のために文献調査から本邦で高齢者のQOLの向上と高齢者の社会的医学的自立のためにはサポートやネットワークの構築の重要性、そのための研究の方向性を明らかにし得た。
(研究報告3):限られたデータ数であったが、高齢者の有するソーシャルネットワークといざ何か限られたデータ数であったが、高齢者の有するソーシャルネットワークといざ何かが起った時のサポートネットワークとは関連が強いことが明らかにされた。従って、家に閉じ篭りな高齢者を家庭外に引き出し、多様な人との交流を保持するためのネットワークの組織化が地域の高齢者の医療や福祉に携わる専門家たちの課題として改めて重要になる。
(研究報告4):地域でのサポートネットワークには、医療機関からも情報提供や現場からの意見を具現化していく取り組みも求められている。今回研究対象とした自治体においても、社会福祉協議会が取り組んでいる地域福祉活動はむしろ他の市町村よりもきわめて熱心に実施されている。介護保険事業計画もしっかりとしたものが策定されている。それがいかにきめ細かく実現されるのかが今後の課題であろう。さらに、地域でのサポートネットワーク構築には、医療機関自体も福祉活動に対し情報提供したり、現場からの意見を述べる機会をつくることも求められていることを示した。
(研究報告5):パーキンソン病患者集団は障害を持った高齢者でのQOLを考えるモデル集団になりえるので、平成12年度は、個別に障害度、介護状況などの調査を進め。障害者に特に必要な公的・私的なソーシャルサポートネットワークの役割について検討していきたい。
(研究報告6):特に医療費データであるレセプトと、健診カルテやアンケート調査票をリンケージして分析を行ううえで克服すべき法的、制度的かつ倫理的な条件を、個人情報保護の見地ならびに過去のリンケージ研究における手続き上の経験から検討した。次年度以降の研究に結びつけたい。

公開日・更新日

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