公的介護保険の導入と介護者の介護負担に関する研究

文献情報

文献番号
199900174A
報告書区分
総括
研究課題名
公的介護保険の導入と介護者の介護負担に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
荒井 由美子(国立療養所中部病院・長寿医療研究センター 看護・介護・心理研究室)
研究分担者(所属機関)
  • 鷲尾昌一(北九州津屋崎病院内科)
  • 奥宮清人(高知医科大学老年病科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
7,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国においては、高齢化の進行と共に、痴呆を含む心身の障害を持つ高齢者も増加してきている。その結果、介護を必要とする高齢者(以下、要介護高齢者と記載)は、1993年には100万人であったが、2000年末には140万人になると推計されている。
こうした要介護高齢者の増加に対応するために、2000年4月から公的介護保険が開始されることになっている。公的介護保険の導入により、要介護高齢者とその介護者を取り巻く環境は大きく変化すると考えられる。本年度の研究目的は、介護保険制度導入の前年度における1)介護者の介護負担および抑うつ症状とその関連要因について検討すること、および2)介護者のサービス利用に対する態度とその関連要因について検討することである。
研究方法
(1) 介護者の抑うつ症状とその関連要因
福岡県K市のM訪問看護ステーションを利用した要介護高齢者63名とその主介護者に自記式質問票を配布し、研究への参加を依頼した。うち同意の得られた58組を解析の対象とした。質問票では、介護者の性、年齢、要介護高齢者との間柄、職業、同居家族、介護状況、抑うつの程度(CES-D)、公的サービスの利用状況などを尋ねた。また、要介護高齢者の痴呆に伴う問題行動、日常生活動作(ADL)についても尋ねた。痴呆の有無については、診療記録を参考にして、DMS-IIIRにしたがって判定した。
(2) 介護者の介護負担とその関連要因
高知県K町在住の要介護高齢者およびその主介護者87人に対し、自記式質問票による調査を実施した。調査項目は、介護者については、Zarit介護負担尺度、うつ尺度、主観的QOL(生活満足度)慢性疾患数、介護時間、要介護者から目を離せない時間(見守り時間)、介護期間、外出可能時間などであった。また要介護者については、基本的ADL、問題行動異常評価スケール、慢性疾患数などであった。統計解析は、介護者の介護負担スケール、鬱尺度、主観的QOL目的変数とし、回帰分析および重回帰分析を行い、それぞれの目的変数と各種要因 (独立変数)との関連を検討した。
(3) 介護者の公的サービス利用に対する態度とその関連要因
宮城県M町在住の88組の要介護高齢者、およびその主介護者を対象とし、自記式の質問票を配布し、要介護者の性、年齢、サービス利用状況、主介護者の性、年齢、続柄、介護を手伝ってくれる人の有無、介護負担(荒井らが開発したZarit介護負担尺度)、サービスを利用する際に他人の目が気になるか、などについて調査した。また訪問調査により、長谷川式スケール改訂版(HDS-R)、Barthel Index、Dementia Behaviour Disturbance (DBD) Scale、 DSM-IIIRの診断基準に基づく痴呆の診断、などについて調査した。
結果と考察
(1) 介護者の抑うつ症状とその関連要因
今回の調査では介護者の47%に抑うつを認めた。 抑うつ群は非抑うつ群に比べ、要介護高齢者から目を離せない時間が有意に長く(14.1±9.6 vs 7.1±8.5 時間/日, p=0.01)、介護者が女性である割合(93% vs 74%, p=0.09)や公的サービスの利用数(14.1±9.6 vs 6.3±1.8, p=0.07)が多い傾向を示した。一方、要介護者の特性には両群間で有意な差を認めなかった。
多変量解析により、介護者の性と年齢、公的サービスの利用で補正しても、要介護高齢者から目を離せない時間が長いこと(16-24hrs vs 0-15hrs: odds ratio=2.90, 95% confidence interval: 1.39-6.04, p=0.01) は、介護者の抑うつの有意な関連要因であった。肉体的な負担よりも精神的な負担のほうが、介護者の抑うつには関連があるといえよう。
「要介護高齢者から目を離せない時間が長いことが介護者の抑うつの有意な関連要因である。」という今回の研究結果から、在宅介護の継続のためには介護者の精神的負担を軽減するデイケアやショートステイようなサービスを充実させる必要があると考えられた。また、要介護高齢者の介護者の約半数に抑うつが認められた。われわれが、福岡県M町(農村部)で行った調査の結果(抑うつ症状の割合53%)や宮城県M町(農村部)で行った調査の結果(抑うつ症状の割合50%)でも類似の結果が得られた。すなわち、市町村で要介護と認定された高齢者(要介護高齢者)を介護している者は、地域を問わず、その約半数に抑うつ傾向がみられた。今後は介護者の抑うつ症状を予防していく必要があろう。それには、要介護高齢者に対するサービスの充実とともに、介護者が悩みを気楽に相談できる体制づくりが必要であると考えられる。具体的には、介護の専門家および精神保健に精通したカウンセラーなどを配置した相談センターの設置などが望まれる。
(2) 介護者の介護負担とその関連要因
介護負担と関連する要因を重回帰分析にて解析した結果、介護者の外出可能時間が短いこと、介護者の慢性疾患を多く有すること、要介護高齢者の問題行動が多いことなどが有意であった。
介護者の抑うつと関連する要因としては、介護者や要介護高齢者が慢性疾患を多く有することとともに、介護者のIADLの低下も関与していた。介護者の主観的QOL(生活満足度)には、介護者や要介護高齢者の慢性疾患数のみが関連していた。この結果を踏まえると、まず、介護者の外出可能時間を増加させるように、サービスを充実させていく必要がある。奥宮はこれまでに、デイサービス参加が要介護者のQOLを高める可能性があるとの研究を行っている。さらに、要介護高齢者がデイサービスに参加している間は、介護者が介護から開放され、自由な外出も可能となり得る。このように介護者の外出可能時間を増加し得るようなサービス、たとえばデイサービスの充実を図ることで、介護負担の軽減が図ることができると考えられる。
ところで、介護者の慢性疾患数が多いことが、介護負担増加だけでなく、抑うつ症状、主観的QOL (生活満足度) 低下に関連する要因であった。介護者の負担を軽減するには、介護者の身体的健康をモニターし、健康状態を良好に保つ必要があると考えられた。
(3) 介護者の公的サービス利用に対する態度とその関連要因
質問票に完全回答した70組のうち、1つでも公的サービスを利用している者は44組(サービス利用群)、していない者(サービス非利用群)は26組であった。サービス利用群と非利用群とを単変量解析(Mann-Whitney testおよびχ2test)により比較したところ、以下のことが明らかになった。
1)サービス利用群の要介護高齢者は、非利用群の要介護高齢者よりもBarthel Indexが有意に低かった。
2)サービス利用群の要介護高齢者は、サービス非利用者の要介護高齢者よりもDBD scoreが有意に高かった。
3)サービス非利用群の介護者は利用群の介護者よりも“サービスを利用する際に他人の目が気になる"と答えた者の割合が有意に高かった。要介護高齢者の介護者が、他人の目を気にすることによって公的サービスの利用を躊躇する可能性があることが示唆された。さらにこれを多変量解析により、統計的に他の要因を補正して解析を行ったが、同様の結果であった。介護者の公的サービスの利用状況は、介護保険制度導入の前年であるにもかかわらず低いものであった。本研究の対象者は、身体的および精神的障害の程度が比較的高い集団であったにもかかわらず、70組中26組が公的サービスを全く用いていなかった。さらに、介護者が他人の目を気にすることが公的サービス利用の妨げになっていることが明らかになった
結論
介護者の抑うつ症状、および介護負担増加には、介護者が要介護高齢者から目が離せない時間が長いことや介護者の外出可能時間が短いことが有意に関連していた。このことより、介護者が積極的にデイサービス、ショートステイ等を利用して介護から開放される必要があると考えられた。
しかしながら、介護保険制度導入の前年であるにもかかわらず、介護者のサービス利用状況は低く、また他人の目を気にすることがサービス利用の妨げになっている可能性があることが明らかになった。
今後は、このような介護者の意識を改革すべく、介護教室などを開き市町村単位で介護者に働きかける必要があると考えられた。また、介護者の精神的なサポートを目的として、カウンセラーなど介護者が気楽に相談できる窓口を設置していく必要があると考えられた。

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