高齢者終末期医療の自己決定実現のための介入的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900164A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者終末期医療の自己決定実現のための介入的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
内藤 通孝(名古屋大学大学院医学研究科健康社会医学専攻発育・加齢医学講座老年医学)
研究分担者(所属機関)
  • 松下哲(東京都老人医療センター)
  • 千原明(聖隷三方原病院)
  • 植村和正(名古屋大学医学部第三内科)
  • 武藤恵美子(名古屋大学大学院医学研究科健康社会医学専攻発育・加齢医学講座老年医学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医療における「患者の自己決定権」の考え方が社会に広く浸透している米国や欧州の一部の諸国とは、生命倫理、社会保障制度、医療経済など多くの環境の相違が我が国には存在する。文化背景が異なるこれらの国々で実施されてきた方法が、そのまま日本の社会風土に合うとは限らない。日本の文化風土に即した「情報開示」と「同意」の基での「自己決定」のあり方が要求される所以である。現実の医療現場では、「持続的植物状態」や「痴呆」など、認知能力や意思疎通能力が障害された患者が急激に増加しており、「自己決定」の問題は代理人たる家族を含めて早急な解決を迫られているのが現状である。同時に、終末期医療におけるQOLの意味を明らかにし、患者が求める延命治療のあり方の標準化が求められている。我々の研究は「国民的合意」を必要とするこの課題に対する「解決策」を提言することを一義的な目的とする。本研究により国民的議論を喚起できれば大きな社会的成果となる。少なくとも、東海大学付属病院や京都京北病院での悲劇の繰り返しには終止符を打つに違いない。
研究方法
(1)「鎮静の指針」、および「輸液の指針」の作成に関する検討:聖ヨハネ会桜町病院ホスピスが導入している鎮静(Sedation)のガイドラインを基に、全国の終末期緩和医療を専門としているホスピス病棟82施設に対して質問調査を行った。調査項目は1)「鎮静の指針」の有無について、2)「鎮静の指針」(案)に関する是非について、3)「鎮静の指針」作成にあたっての高齢者に対する配慮について、の3点であった。さらには聖隷三方原病院ホスピスにおいて、同院で既に導入されている「輸液の指針」の妥当性を検証するために、同ホスピス病棟に入院している終末期癌患者が臨床上の必要性から血液検査を受けた時に心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)を測定し臨床症状を記録した。対象となった患者は同院の「輸液の指針」にしたがって輸液を受けた患者であった。
(2)「高齢者剖検例」による脳・心感染症に関する現状調査:東京都老人医療センター剖検例から心内・外膜炎、心膿瘍、髄膜炎、脳膿瘍を対象として取り上げ、その基礎疾患、治療、インフォームド・コンセントの内容、およびその基となる診断・予後予測の信頼性、脳・心感染症の臨床診断の有無について検討した。
(3)「死」に関する教育が医療判断に与える影響の検討:大学生を対象に、死への不安、告知や自己決定などへの態度の変容を分析することを目的に、介入群と対照群とに分け、「死」に関する教育についての介入試験を行った。第一回目の講義開始時に最初の質問紙調査を行い、約3ヶ月間の通常授業後、介入群のみ「死」に関する講義を行った。講義終了後に介入群、対照群の双方に2回目の質問紙調査を実施し、両群の回答について集計・分析を行い、講義の効果について検討した。
(4)高齢者が望む「終末期医療のあり方」に関する質的分析法を用いた研究:1999年4月から同年10月まで、名古屋大学医学部附属病院老年科に入院中の65歳以上の患者のうち、主治医の承諾を得、かつ意思疎通可能な患者20人を対象に「終末期医療」における患者の本人の希望について、「告知」に関する考えについて、「医療行為」に対する関与について、そして「死」に関する考え方について半構造式の質問紙を用いて1時間の時間制限を設定した聞き取り調査を行った。そしてその調査で得られた記述データを質的分析法を用いて分析し、「終末期医療」、「告知」、「医療行為への関与」、「死生観」の関する高齢入院患者の意識構造について検討した。
結果と考察
(1)全国の82施設のホスピス病棟のうち、60%を超える50施設より回答を得た。まず1)「鎮静の指針」の有無についてであるが、成文化された「鎮静の指針」を有している施設は4施設に過ぎず(4/50、8%)、26施設(52%)は成文化された「指針」は存在しないが、医師の間で「鎮静」についてコンセンサスが存在すると答えた。2)「鎮静の指針」(案)に関する是非についてであるが、46施設(92%)が当研究班が作成した「指針」に賛同すると答えた。3)「鎮静の指針」作成にあたっての高齢者に対する配慮についてであるが、特別な配慮が必要であると答えた施設が15施設(30%)に及んだ。当研究班が作成した「鎮静の指針」が、若干の修正は求められているものの、成文化された「指針」として受容される可能性が十分にあることが明らかとなった。また「輸液の指針」に基づいた輸液治療の妥当性についての研究であるが、入院患者50例で、平均年齢は64+13歳、死亡38例の生存期間の中央値は23日(1~137日)であった。「指針」にしたがって輸液を受けた終末期癌患者において、死亡23日前(中央値)の検査結果では、ANPの値から、脱水が16%、容量負荷が10%に認められたが、74%ではANPは正常範囲であった。脱水例では、積極的に輸液が行なわれていたが、体液過剰による症状が著明なため輸液を行えない症例があった。容量負荷例では、いずれも輸液は行なわれておらず、輸液によらない要因、例えば以前からの心機能の低下が原因と考えられた。以上の結果は終末期癌患者に対する輸液治療における今回の「指針」の妥当性を示唆するものであると考えられた。
(2)1996年~1999年の2年半の剖検例500例中、心感染症(心内外膜炎、心膿瘍)が14例、中枢神経感染症(髄膜炎、脳膿瘍)は8例であった。うち5例が脳・心の重複感染で最終的に17人、3.5%、平均年齢82.3歳であった。臨床診断がなされたのが3例(18%)であった。すべて敗血症を前提とし、不適当な時期の弁置換術や不十分なインフォームド・コンセント、栄養低下・免疫低下状態での鼠径部からの中心静脈カテーテル法の先行がみられた。正しい診断と予後予測に基づき、治療について患者家族と話し合い、その後も随時に治療の有用性とリスクについて見直す姿勢の必要性が明確にされた。
(3)死の不安尺度15項目の合計点と、医療態度項目(自分への告知、両親への告知、治療選択、事前指定、臓器提供の5項目)に対する考えを問う質問を、介入群と対照群の双方に教育の前後で比較したが、有意に変化した項目はなかった。死の不安尺度については、1回目と2回目の合計点の差を群ごとに比較したが、これも有意差がなかった。
(4)入院中の高齢患者は終末期の死に場所や付添人、延命治療に関する希望について、本人の意思と同時に家族の意向や医療従事者に対する依存や、「自然の摂理」といった概念の前に「個人の権利」が沈黙する関係が浮き彫りになった。総じて「自己決定」が軽視される意識構造が明らかになった。
結論
本研究は高齢者の終末期における「患者の自己決定」のありかたを検討し、臨床場面において適用可能な「指針」を提言することを目標としており、本年度はまず、「鎮静の指針」の作成を試みた。終末期癌患者で得られた輸液に関する知見、および高齢者の剖検例から明らかになった不適当な中心静脈栄養が原因と考えられる心・脳感染症の関する知見をもとに、次年度はさらに、「輸液に関する指針」作成に挑戦する予定である。そして、今回の研究でその重要性が示唆されたように、医学教育における「死の教育」のあり方、および高齢者が真に望む終末期医療のあり方に検討を加える必要があると考えられる。

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