高齢者の精神機能老化機序の解明とその対策に関する精神神経免疫学的研究

文献情報

文献番号
199900162A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の精神機能老化機序の解明とその対策に関する精神神経免疫学的研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
武田 雅俊(大阪大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 新井平伊(順天堂大学医学部)
  • 神庭重信(山梨医科大学)
  • 山脇成人(広島大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高度な老齢化社会を迎え、老年期精神障害に対する対策ははその有病率の高さから、社会的急務といえる。これまでの臨床研究により、老年期精神障害の特徴が明らかにされ、その診断法や対処法についても一定の進展が認められている。しかし、脳の老化過程により精神機能が低下すると考えられているものの、その機序については今なお断片的な知見しかない。従って、老年者にみられる認知障害や感情障害の機序を生物学的基盤をもって検討することは重要である。本研究は、高齢者の精神機能老化につい精神神経免疫学的に様々な角度から検討し、予防策を開発することを目的とした。
研究方法
新井は、健常者91名を対象にナチュラルキラー(NK)細胞のキラー活性、リンパ球サブセットおよびリンパ球からの各種サイトカイン産生能を測定し、年齢との相関性を調べた。神庭は、老齢ラットを用いて、アポトーシスに抑制的に働くことが想定される活性型プロテインキナーゼB/Akt(pAkt)が老化によって変化しているかを免疫組織科学的方法で検討した。山脇は、老年期うつ病患者において、その病態や治療経過に対してSCIの影響を明らかにするために50歳 以上のうつ病患者を対象として、抗うつ薬に対する治療反応性、維持療法継続中の認知機能をSCIの有無により比較、精神免疫学的指標についてはうつ病患者において病相期と寛解期を比較・検討した。武田は、家族性アルツハイマー病の原因遺伝子プレセニリン1の変異と小胞体ストレスセンサー分子のIRE1の活性化について検討した。
結果と考察
(1)老化に伴うナチュラルキラー細胞の変化の検討:健常者91名を対象にナチュラルキラ ー(NK)細胞のキラー活性、リンパ球サブセットおよびリンパ球からの各種サイトカイン産生能を測定し、年齢との相関性を調べた。また、別の健常者50名を対象にNK細胞活性、リンパ球サブセット、サイトカイン産生能を測定し同時に心理検査を施行、その相関性について検討した。NK細胞数(NK細胞すべてのサブセット)は年令と正の相関が見られた。NK細胞のなかでも最も活性高いサブセット(CD16+56+3-)も年令との相関性がみられた。またその他のサブセットでは年令との正の相関がみられたが、CD16-56+3-では負の相関が見られた。IFN-γ産生能は年令と正の相関がみられた。IL-1βは年令との負の相関がみられた。IL-4年令と正の相関がみられ、これには性差がみられ、男性に有意に高値を示した。NK細胞活性の平均値は女性に比して男性の方が高値を示し、統計学的(二標本t検定)に有意差が認められた。リンパ球サブセットでは、[CD3-, CD16-, CD56+]細胞において男性が女性よりも有意な高値を示したが、その他の細胞については有意差がなく、NK細胞数にも有意差は認められなかった。NK細胞活性を高値群、中間群、低値群の3群に分類し、この3群とリンパ球サブセットの比率を比較したところ、NK細胞数はNK細胞活性高値群が低値群より統計学的有意差を持って多かった。NK細胞活性値の高値群、中間群、低値群の3群において、SDS, CMIとの関連性を検討した。高値群のSDSの値は低値群のそれより統計学的有意差をもって低かった。またCMIのphysical complaintsについては3群間に有意差はなかったが、mental complaintsは高値群に比べ、低値群が高値を示し、統計学的有意差が認められた。サイトカイン産生能あるいはIL-2は、いずれも心理検査およびNK細胞活性との有意な相関性は認められなかったが、NK細胞活性が低下するに従って高濃度になる傾向が伺われた。
(2)アポトーシスに関するリン酸化酵素の老化に伴う変化(神庭):アポトーシスに抑制的に働くことが想定される活性型プロテインキナーゼB/Aktが老化によって変化しているかどうかを免疫組織科学的方法で検討した。リン酸化Aktの免疫活性をもつAkt陽性細胞はラットのCA1領域で対照の若令ラット(8週令)と比較して多かった。 更に、Akt自体がCA1領域で若例群と比較して増加していたことから、pAkt陽性細胞の差はAkt発現の差によって生じている可能性が考えられた。また、老齢ラットにおけるアポトーシス細胞(TUNEL陽性細胞)の差を検討したところ、CA1領域では、DA領域で認められるTUNEL陽性細胞数の変化は検出されなかった。これらのことからCA1領域のpAktが、同領域のアポトーシスの老化による増加を抑制している可能性を示唆した。
(3)小胞体ストレス反応に対するアルツハイマー病原因遺伝子の影響:老化は様々なストレスに対する脆弱性をもたらすと考えられる。アルツハイマー病(AD)は神経老化の究極像と考えられ、ADとストレスの関係は老化を考える上で、多大なヒントを与えてくれる。プレセニリン1(PS1)は、家族性アルツハイマー病(FAD)の原因遺伝子として注目されている。変異型PS1はAβ42の産生を亢進させ、様々なアポトーシス刺激に対して脆弱性を高めること示されているが、その詳細なメカニズムは不明である。PS1は主に局在するとされる小胞体(ER)には、種々のER stressに対し、unfolded-protein response (UPR)があり、細胞の生存に関わるとされている。変異型PS1はER stressに対する脆弱性を惹起し、それは分子シャペロンであるGRP78の誘導を抑制するためであることが示されている。ER stressが掛かるとER内にunfolded proteinが蓄積するが、IRE1はそれを感受し、自己リン酸化を受けダイマー化することでシグナルを下流に伝え、GRP78は発現する。そこで、変異型PS1がこのリン酸化に及ぼす影響について検討した。変異型PS1を発現させたHEK293T細胞ではIRE1の32P取り込みが野生型細胞より悪く、ΔE9発現細胞のリン酸化はもっとも抑制されていた。他のリン酸化を受ける分子即ちTauやGSK-3βについて検討したが、PS1遺伝子型による差異は認められなかった。従って変異型PS1はIRE1のリン酸化を選択的に抑制し、UPRを抑制することが示唆された。
(4)老年期感情障害に及ぼす潜在性脳梗塞の影響(山脇):老年期うつ病患者において、その病態や治療経過に対して潜在性脳梗塞(SCI)の影響を明らかにするために50歳以上のうつ病患者を対象として以下について検討した。 1)抗うつ薬に対する治療反応性:ハミルトンうつ病評価尺度(HRSD)の改善率によって評価した。抗うつ薬の処方量はSCIを伴う群、伴わない群ともに差はなかった。SCIを伴う群では入院後2週間、退院時ともHRSDの改善はSCIを伴わない群と比較して有意に低値であり、入院期間も有意に長期であった。 2)維持療法継続中の認知機能:WAIS-R、内田-クレペリン精神作業検査を用いて評価した。評価時のHRSDは両群とも差がなかったが、SCIを伴う群では伴わない群と比較して全般性の認知機能の低下が認められた。 3)精神免疫学的指標の検討:うつ病患者において病相期と寛解期を比較してG-s alpha subunitの減少、DNA repair proteinの増加、マクロファージ遊走阻止因子関連カルシウム結合蛋白の増加が病相期に認められた。 今後、老年期うつ病において、その病態や治療経過に対してSCIの影響をさらに検討することは、老年患者のクオリティー・オブ・ライフの向上につながるものと考えられる。
結論
本年度の研究により以下のことを明らかにした。
(1)NK細胞活性は年齢との相関性は無かったが、NK細胞数は活性の高いサブセットを中心に年齢と正の相関性が見られた。またNK細胞活性は精神状態に影響を受ける可能性が示唆された。
(2)老齢ラットにみられるpAkt陽性細胞の増加が、リン酸化の障害というよりむしろAkt発現の差によって生じている可能性を示唆した。また、CA1領域のpAktが、同領域のアポトーシスの老化による増加を抑制している可能性を示唆した。
(3)変異型のPS1は、ER stressセンサー分子であるIRE1の自己リン酸化を抑制し、ER stress下でのGRP78発現を低下させ、神経細胞の脆弱性を上昇させることが示唆された。
(4)老年期うつ病の患者の中で、脳梗塞を基盤とする患者の特徴のいくつかが、明らかとなったことで老年期うつ病の患者をSCIを中心としてサブグループに分けることができる。

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