高齢者の抑うつと栄養に関する疫学的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900161A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の抑うつと栄養に関する疫学的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
安藤 富士子(国立長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 川上憲人(岐阜大学助教授)
  • 足立知永子(昭和大学助手)
  • 長谷川恭子(女子栄養大学教授)
  • 等々力英美(琉球大学助教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
7,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
地域社会の中で十数%に認められる抑うつは高齢者ではその有病率が上昇し、高齢者の社会参加を妨げる大きな要因の一つとなっている。高齢者の抑うつには医学的・社会学的な様々な要因が関与すると考えられているが、近年、脂肪酸、コレステロール、セロトニン、ノルエピネフリン、葉酸等栄養学的な因子と抑うつとの関連が明らかにされつつある。特に我が国では総エネルギー摂取量に占める脂質の割合が低く、また高齢者では食事摂取の絶対量が少なく栄養が偏りやすいという特徴があり、高齢者における脂質を中心とした栄養摂取と抑うつ症状の関係が欧米より明確化しやすい可能性がある。 現在までの栄養摂取と抑うつに関する報告は海外のものが多く、高齢者における我が国での報告はきわめて限られている。また高齢者では食事調査自体が困難であること、従来の食事調査法の分析が脂肪酸分画やアミノ酸組成まで及ばないこと、摂取した栄養素量と血中濃度とが必ずしも比例しないこと、など多くの問題点があり、国内外で得られた研究成果が必ずしも公衆衛生上生かされていなかった。本研究はこれらの問題点に対応した統合的な研究である。
本研究は高齢者の抑うつと、脂質・タンパク質を中心とした栄養摂取との関連について詳細にかつ包括的に疫学研究を行うことにより、高齢者の抑うつ防止のための栄養学的知見を得ることを目的とする。平成11年度には(1)各研究者のコホートの設定及び、(2)中高年者を対象とした詳細な栄養学疫学的調査を横断的におこない抑うつとの関連について検討した。また(3)長期間の栄養素等摂取状況と抑うつとの関連を推定するために血中ビタミンB12・葉酸量、血中脂肪酸組成、赤血球膜中脂肪酸組成と抑うつとの関連を検討した。(4)さらに次年度におこなう予定である摂取アミノ酸組成と抑うつとの関連の研究の準備として従来整備が遅れている食品のアミノ酸組成の置き換え法についても検討した。
研究方法
1.地域中高年者を対象とした栄養摂取と抑うつに関する研究
(1)栄養素等摂取量、特に脂肪酸摂取量と抑うつに関する研究
愛知県大府市および知多郡東浦町在住中高年者からの無作為抽出者1,066名(59.0±10.8歳、男性538人、女性519人)を対象として3日間秤量食事調査、CES-D(Center for Epidemiologic Studies Depression Scale)尺度日本語版による抑うつ症状調査を行った。栄養素等摂取量を特に脂肪酸分画に重点をおいて推定し、抑うつとの関連について検討した。
(2)食物摂取頻度と抑うつに関する研究
岐阜県のT市およびG市の65歳以上住民から無作為に抽出された対象者に対する質問票調査(解析対象者342名うち男性138名、女性204名)によって高齢者の栄養摂取と抑うつ症状との関係を検討した。またこのうちG市の回答者(225名)については肥満度と抑うつ症状との関係も検討した。抑うつ症状はCES-D尺度によって、栄養摂取は31項目の食物摂取頻度調査票によって測定した。
(3)沖縄における食生活と抑うつに関する研究
沖縄本島の内陸に位置する島尻郡大里村の老人保健法基本健診受診者の中から無作為に抽出した40~90歳代の男女157人(男性52人、女性105人)を対象とし、抑うつおよび食事調査を家庭訪問によって行った。抑うつ調査はCES-D 尺度を用いた。食物摂取頻度調査は、食品群あるいは食品を24品目に分類し、1.ほとんど毎日食べる、2.週に3-4回食べる、3.週に1-2回食べる、4.ほとんど食べない、の4件法で回答を得た。
2.中高年者の血中脂肪酸組成、葉酸・ビタミンB12量と抑うつ症状の関連に関する研究
(1)沖縄県における調査
1-(3)と同一対象者に対して、血漿リン脂質脂肪酸分画、葉酸、ビタミンB12量を測定し、CES-D得点との関連を検討した。
(2)老人ホーム入居中の高齢者における調査
東京都内の経費・養護老人ホーム入居者47名(男性10名、平均78.1歳±7.5歳、女性37名、平均年齢81.1±6.4)を対象として健康診断時に空腹時採血を行い血漿、および赤血球膜リン脂質中の脂肪酸組成を測定した。抑うつ症状評価にはGeriatric Depression Scale(GDS)を用いた。
3.アミノ酸食品成分表の開発
アミノ酸成分が既知の食品について、置き換え法に準拠して置き換え基準を作成し、その利用可能性を検討するとともにタンパク質量補正による方法も検討した。成分値が未知の食品について成分値を推定し、アミノ酸食品成分表を開発した。 
(倫理面への配慮)
地域住民を対象とした調査は所属施設倫理委員会等の了承のもとに行われている。対象者に対しては事前に研究目的・検査内容および結果の利用につき説明を十分に行い文書による同意等を得ている。
結果と考察
(結果)1.地域中高年者を対象とした栄養摂取と抑うつに関する研究
(1)栄養素等摂取量、特に脂肪酸摂取量と抑うつに関する研究
男性においてエネルギー、タンパク質、炭水化物、ビタミンA・D・E、コレステロール、n-3系脂肪酸、ミストレイン酸、リノレン酸、ドコセン酸、ドコサペンタエン酸の摂取量の低い者、n-6/n-3比が高い者で有意に抑うつ得点が高く、抑うつ有とされる者が多かった。女性では栄養素と抑うつとの間に安定した関連は認められなかった。
(2)食物摂取頻度と抑うつに関する研究
「さしみ」「焼き魚」「がんもどき・生あげ」の摂取頻度は男性で抑うつ得点と有意な負の相関を示した。また男性では推定されたビタミンDの摂取量が抑うつ得点と有意な負の相関を示したが、これは女性では関連性がみられなかった。肥満度(BMI)が19.1以下のやせの者では抑うつ症状の頻度が高い傾向にあった。これらの傾向は性別、年齢、ADL、慢性疾患による治療を調整した後もみられた。
(3)沖縄における食生活と抑うつに関する研究
女性でいも類および海藻類、果物の摂取頻度が低い者でうつ得点が高く、清涼飲料水をほとんど飲まない者でうつ得点が低かった。男性では各食品群あるいは食品の摂取頻度によってうつ得点に有意差は認められなかった。沖縄での調査結果を岐阜県での調査と同様に65歳以上に限定して検討したところ、男性では牛肉とその他の肉(鶏肉、羊、山羊肉など)の摂取頻度が低い者でうつ得点は高かった。女性では魚(生)をほとんど食べない者でうつ得点が高かった。また清涼飲料水をほとんど飲まない者でうつ得点が低かった。2.中高年者の血中脂肪酸組成、葉酸、ビタミンB12と抑うつ症状の関連に関する研究
(1)沖縄県における調査
血漿リン脂質脂肪酸組成、葉酸、ビタミンB12量とうつ得点には明らかな関連が認められなかったが、うつ得点の高い者の数名にビタミンB12濃度の低値が認められた。
(2)老人ホーム入居中の高齢者における調査
血漿と赤血球膜のリン脂質は抑うつ症状なし群と比較して抑うつ症状あり群でn-3系多価不飽和脂肪酸であるイコサペンタエン酸(EPA)が有意に低く、アラキドン酸/イコサペンタエン酸比(AA/EPA比)が高かった。
3.アミノ酸食品成分表の開発
アミノ酸・脂肪酸摂取の推定を目的とした食事調査票の開発を行い、これに必要なアミノ酸食品栄養素成分のデータベースの開発を行なった。この一環として置き換え法の妥当性の検討および蛋白質量補正法を検討した。4訂成分表のうち1130食品が置き換えられ、最終的に94%の食品が置き換えられた(第18食品群および蛋白質1%未満の食品除く)。
(考察)高齢者の抑うつは高齢者の身体的機能、知的機能、社会参加と関連しそのQOLに大きな影響を与える。抑うつのの原因としては医学的・社会学的・栄養学的な様々な因子が報告されているが、これらの因子を包括的に捉えた研究は内外をみてもきわめて少ない。本研究は高齢者の栄養と抑うつとの関連を様々な背景要因を考慮しながら検討することを目的とした包括的疫学研究である。今年度は日本各地の地域住民を対象とした栄養疫学的調査を横断的におこない、抑うつとの関連について検討した。
食物摂取頻度と抑うつに関する岐阜県地域住民の調査ではさしみ、焼き魚、がんもどき・生あげの摂取頻度が高いほど抑うつが低いという結果が得られた。また沖縄での食物摂取頻度と抑うつとの関連では女性でいも類および海藻類、果物の摂取頻度低値、清涼飲料水の摂取頻度と抑うつ得点との間に関連が認められたが男性では各食品群あるいは食品の摂取頻度によってうつ得点に有意差は認められなかった。沖縄での調査結果を岐阜県での調査と同様に65歳以上に限定して検討したところ、男性では牛肉等肉類、女性では魚(生)の摂取量低値、清涼飲料水の摂取量と抑うつとの関連が認められた。このように地域、性、年齢により得られた結果には多少のばらつきがあるが、魚、がんもどき、生揚げなどの豆腐加工食品の摂取量と抑うつとの関連が示唆された。魚は周知のようにEPA,DHAなどのn-3系脂肪酸を多く含むことが知られており、一方、がんもどき・生揚げなどの豆腐加工食品では原料である大豆にもまた加工するときの油にもリノレン酸が多く含まれている。従ってこれらの結果はn-3系脂肪酸の摂取と抑うつ低下との関連を示唆するものと考えられる。
摂取栄養素等と抑うつとの関連については愛知県の大規模な地域住民を対象とした詳細な食事調査が行われており、男性においてエネルギー、タンパク質、炭水化物、ビタミンA・D・E、コレステロール、n-3系脂肪酸、ミストレイン酸、リノレン酸、ドコセン酸、ドコサペンタエン酸の摂取量の低い者、n-6/n-3比が高い者で有意に抑うつ得点が高く、抑うつ有とされる者が多いという結果が得られたが、女性では栄養素と抑うつとの間に安定した関連は認められなかった。
食物摂取頻度調査、栄養素等摂取量調査の結果を総合すると
(1)抑うつと栄養との関連には性差、年齢差があると考えられる。対象の性、年齢構成、地域で特色のある食物を考慮に入れたさらなる調査が必要と考えられる、
(2)タンパク質、脂肪酸、とくにn-3系脂肪酸の摂取量低下が抑うつに関与している可能性があり、より詳細な調査と因果関係に関する縦断的な調査が必要である、
と考えられた。
脂質と抑うつとの関連については欧米での研究では脳の細胞膜の可塑性などの関与が想定されており、継続的な脂肪酸負荷と血中・細胞膜中の脂肪酸組成との関連、さらには血中・細胞膜中の脂肪酸組成と抑うつとの関連の解明が必要となる。分担研究者の長谷川らはすでに長期間のn-3系脂肪酸摂取により血中、赤血球膜中のn-3系脂肪酸が上昇していることを報告しているが、今回、血中・赤血球膜中の脂肪酸組成と抑うつとの関連についても検討した。老人ホームでの調査では抑うつ症状あり群でn-3系多価不飽和脂肪酸であるイコサペンタエン酸(EPA)が有意に低く、アラキドン酸/イコサペンタエン酸比(AA/EPA比)が高いという結果が得られた。しかし、沖縄県で行った調査では血漿リン脂質脂肪酸組成、と抑うつ得点には明らかな関連が認められなかった。この原因としては赤血球膜脂質が赤血球平均寿命で表される比較的長期の血中脂肪酸組成と関連すると考えられるのに対し、血中脂肪酸は食事、運動などに伴って変化するこtから、必ずしも安定した脂肪酸摂取の指標とならなかった可能性がある。
愛知県、岐阜県、沖縄県での調査結果からはタンパク質と抑うつとの関連も示唆される。欧米での報告では血中のセロトニン、ノルエピネフリンと抑うつとの関連が示唆されているが、タンパク質やその構成成分であるアミノ酸と抑うつとの関連については従来のアミノ酸成分表が十分でないこともあり、今までにほとんど報告されていない。高齢者のタンパク質摂取の問題は栄養学的にみても重要であり、我々の班研究の今後の課題の一つとして、タンパク質、アミノ酸摂取と抑うつとの関連の研究も予定している。そのために今年度、アミノ酸・脂肪酸摂取の推定を目的とした食事調査票の開発を行い、これに必要なアミノ酸食品栄養素成分のデータベースの開発のために置き換え法の妥当性の検討および蛋白質量補正法を検討した。最終的に94%の食品が置き換えられた。
来年度は栄養調査の結果とアミノ酸置き換えデータベースとをリンクさせて、アミノ酸摂取と抑うつとの関連について検討するとともに、栄養調査の対象をひろげ、抑うつに関連する医学的・社会学的因子についても検討する予定である。
結論
高齢者の抑うつと栄養に関する包括的疫学調査を目的として、本年度は日本各地の地域在住中高年者の食物摂取頻度、栄養素等摂取量と抑うつの関連について横断的に検討した。さしみ、焼き魚、がんもどき・生あげの摂取頻度が低いほど抑うつ得点が高く、総摂取エネルギー、タンパク質、脂質、脂溶性ビタミン群の低下と抑うつに正の相関が認められた。広範な栄養調査では従来推定困難であった各脂肪酸摂取量と抑うつとの関連についても検討した。男性で抑うつ有りとされた者では多価不飽和脂肪酸、とくにn-3系脂肪酸総量、リノレン酸等の有意な低下を認めた。また女性の血漿および赤血球膜中n-3系脂肪酸の低下と抑うつに正の相関が認められ、長期的なn-3系脂肪酸摂取低下と抑うつとの間に関連があると考えられた。次年度のタンパク質特にアミノ酸組成と抑うつとの研究の準備としてアミノ酸成分表の作成とアミノ酸摂取を推定するための食物摂取頻度調査票の作成にも着手した。

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