高齢者排尿障害の病態と治療に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900160A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者排尿障害の病態と治療に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
西沢 理(信州大学医学部泌尿器科)
研究分担者(所属機関)
  • 樋口京一(信州大学医学部加齢適応研究センタ-脈管病態分野)
  • 河谷正仁(秋田大学医学部生理学第2)
  • 池田修一(信州大学医学部神経内科)
  • 橋爪潔志(信州大学医学部老年科)
  • 岩坪暎二(総合せき損センタ-泌尿器科)
  • 福井準之助(聖路加国際病院泌尿器科)
  • 塚本泰司(札幌医科大学泌尿器科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者の排尿障害に対する対策の確立は高齢化社会を迎えたわが国においては急務の課題である。本研究では動物モデルを用いた基礎的検討と臨床的検討を行い、高齢者の排尿障害の病態の解明と個々の病態に対応した適切な治療法を確立し、高齢者排尿障害患者の治療成績の向上を目的とする。
研究方法
加齢動物モデルの排尿機能(樋口)については加齢促進マウスを用いて麻酔下で膀胱内圧測定を行った。糖尿病マウスの排尿機能(河谷)に関しては、誕生後早期にNIDDM型糖尿病を発症するC57BL/6(B6〉マウスを用いて排尿機能について尿流動態の特徴を明らかとした。高齢パ-キンソン病患者の排尿機能(池田)に関してはパ-キンソン病患者に対する淡蒼球破壊術が排尿機能に与える影響を検討した。高齢糖尿病患者の排尿機能(橋爪)に関しては糖尿病のコントロ-ルのために入院している糖尿病患者を対象として排尿回数/排尿量チャ-トを記録し、国際前立腺症状スコアの評価、尿流測定、超音波検査による残尿測定を行い、糖化ヘモグロビン(HbA1c)、罹病期間などとの関連について検討を加えた。高齢脊椎・脊髄疾患患者の尿失禁の治療(岩坪)に関しては、実態がよく知られていない高齢者の転倒事故による脊髄損傷・神経因性膀胱患者の尿路障害について、まず患者の抱える疫学的問題点と治療の状況を専門施設である総合せき損センタ-を受診した患者について診療録とアンケ-トから尿失禁の背景を調査し、次に、自己導尿併用症例の難治性尿失禁に対する内視鏡的骨盤神経膀胱枝ブロック法の臨床的研究を行った。女性尿失禁患者の保存的療法(福井)に関しては、骨盤底筋訓練による治療を施行した腹圧性尿失禁のある高齢女性を対象として、基準となる自覚症状(尿失禁回数、失禁量、生活改善度)および客観的所見(膣挿入式亜鈴型の表面電極による節電図とパッドテスト)を検討した。前立腺疾患患者の排尿障害の病態と治療(西沢)に関しては根治的前立腺摘除術を施行した前立腺癌患者を対象とし、尿流測定、残尿測定、尿流動態検査(蓄尿期、排尿期、尿道内圧曲線)を行い、術前後における画像所見および尿流動態の変動を検討した。腸管利用代用膀胱患者の排尿障害の病態と治療(塚本)に関しては回腸を用いた代用膀胱の症例を対象として、排尿状態が良好な例と不良な例とにおけるビデオ尿水力学的所見の差を検討した。さらに、アンケ-ト調査を行い、この手術を受けた症例が排尿に関し、何を望んでいるのかを、他の尿路変向を受けた症例と比較検討した。
結果と考察
加齢動物モデルの排尿機能(樋口)では正常若年マウス、正常壮年マウスでは生理的食塩水の注入によって膀胱内圧は排尿反射が生じるまで緩徐に上昇したが、加齢促進マウスでは膀胱内圧の上昇が前者に比べると急で、排尿反射に至るまでに頻回に急速な膀胱内圧の上昇が生じた。加齢促進マウスでは排尿閾値圧、膀胱容量、排尿量が増大し、残尿量、膀胱コンプライアンスは低下した。加齢促進マウスにおける蓄尿機能の低下は交感神経系の活動が低下している可能性が考えられる。加齢促進マウスはとくに蓄尿期においてヒトの高齢者排尿障害の病態モデルになると考えられた。糖尿病マウスの排尿機能(河谷)では誕生後早期にNIDDM型糖尿病を発症するC57BL/6(B6〉マウスの尿流動態は対照群とほぼ等しい膀胱収縮圧を認めた。残尿量は対照群の4倍であった。骨盤神経の電気刺激による膀胱収
縮では最大収縮庄が対照群より1/4以下しか起こらなかった。骨盤神経の神経伝導速度は対照群の1/3以下であった。糖尿病マウスでは、支配神経が変性し、興奮伝導が有髄線維から無髄線維になっている可能性が示唆された。高齢パ-キンソン病患者の排尿機能(池田)では尿流測定、残尿量は術前後において明かな変化および異常所見を認めなかった。しかし、淡蒼球破壊術前においてパ-キンソン症状の強い時間帯には全く自排尿が得られないという特徴的な排尿障害を呈する症例を経験し、とくに空振りの尿意が1日に数回から十数回存在したが、淡蒼球破壊術後は、パ-キンソン症状の改善に伴い明らかな回数の減少が得られたことから淡蒼球が排尿中枢としての働きを有することが示唆された。高齢糖尿病患者の排尿機能(橋爪)では糖尿病のコントロ-ルに苦慮している症例においては排尿機能が低下していることを予想したが、必ずしもコントロ-ル不良例で排尿機能が低下しているという結果は得られなかった。逆に良の総合的判定であった症例でも頻尿が認められていた。糖尿病のコントロ-ルの良好な例と不良な例における下部尿路機能に関してはさらなる検討が必要である。高齢脊椎・脊髄疾患患者の尿失禁の治療(岩坪)では高齢者の脊椎・脊髄障害は脊柱官狭窄症(40%)、脊椎症性脊髄症(19%)、脊椎靭帯骨化症(14%)の順で老化変性によるものが多く、82%に尿路症状があり、頻尿(33%)、排尿困難(23%)、尿失禁(13%)、残尿感(14%)などがQOLを阻害していた。脊椎・脊髄疾患による排尿症状は高齢者特有の問題であることが明瞭となった。尿失禁を伴う自己導尿併用症例に対する内視鏡的骨盤神経膀胱枝ブロック法の結果は膀胱内圧タイプ自動型は自律型となり排尿筋反射抑制効果は64.3%であった。膀胱容量は有意に増加し、最高膀胱内圧値は有意に低下した。ブロック後1週間目の判定では、尿失禁の消失・軽快、患者満足度がともに57%であった。内視鏡的骨盤神経膀胱枝ブロックの尿失禁に対する効果について、ウロダイナミクスの判定では、明らかにブロックが成功すると排尿筋反射を抑制して核下障害の蓄尿向き膀胱に変えることよって自己導尿で反射性尿失禁をコントロ-ル出来ることが分かった。女性尿失禁患者の保存的療法(福井)では60分パッドテスト、筋電計による骨盤底筋収縮力、尿失禁回数と量で著明な改善があり、生活改善度も同様に3週目に著明な改善を認めた。バイオフィ-ドバックを応用した骨盤底筋訓練は保存療法の選択肢となることは明らかである。前立腺疾患患者の排尿障害の病態と治療(西沢)では対象とした16例中14例では6カ月以内に腹圧性尿失禁はほぼ消失した。この14例では最大尿道閉鎖圧に有意な減少は認められず、膀胱コンプライアンス、機能的尿道長は有意に減少した。これらから術後の腹圧性尿失禁には膀胱コンプライアンス、機能的尿道長の減少の関与が示唆される。1例では切迫性尿失禁が10カ月後に出現した。1例は術前から神経因性膀胱であり腹圧性尿失禁が持続した。4例で吻合部狭窄が認められた。腸管利用代用膀胱患者の排尿障害の病態と治療(塚本)では排尿状態が不良の例では、膀胱が背側に変位し膀胱瘤を思わせる変化を伴っていた。したがって、手術の膀胱尿道吻合の際に尿道は回腸膀胱のできるだけ背側と吻合するようにすることが、術後の排尿状態を良好に保つに必須であると推測された。尿路変向あるいは尿路再建症例におけるアンケ-ト調査においては回腸導管の症例では他の方法の症例より入浴習慣の変化、公衆浴場を使用することの減少を訴える頻度が高かった。代用膀胱の症例では術後の排尿状態が生理的に近い状態のため、むしろ術前と同じように排尿したいという欲求が強かった。しかし、全体としては尿路変向あるいは尿路再建の方法の違いによるQOLの差は少なかった。
結論
加齢促進マウスがとくに蓄尿期においてヒトの高齢者排尿障害の病態モデルになると考えられた。NIDDM型糖尿病を発症するC57BL/6(B6〉マウス膀胱では、神経障害による排尿障害が認められた。淡蒼球破壊術前後でパ-キンソン病による運動障害のみならず排尿機能障害についても改善を認
めた1例が存在し、同手術療法は排尿機能障害に影響を及ぼした可能性が示唆された。糖尿病のコントロ-ル不良例において排尿機能が低下する成績は得られなかった。高齢者では脊柱管狭窄症、脊椎症性脊髄症、脊椎靭帯骨化症の順で老化変性による脊椎・脊髄疾患が多く、頻尿、排尿困難、尿失禁、残尿感などの愁訴がQOLを阻害していた。内視鏡的骨盤神経膀胱枝ブロック法は、副作用が少なく反射性尿失禁がコントロ-ルできない自己導尿症例に有用である。筋電計によるバイオフィ-ドバック療法は、腹圧性尿失禁を訴える高齢女性に有効な治療手技である。根治的前立腺摘除術後に臨床的に問題となる腹圧性尿失禁は多くなかったが、膀胱尿道吻合部狭窄の発生率が高かった。回腸を用いた代用膀胱の作成にあたっては、膀胱と尿道の吻合部位に関し十分な注意が必要であり、結果的に膀胱頸部が漏斗状を形成することが、術後の良好な排尿状態に結びつく可能性が示唆された。代用膀胱のQOLが他の方法のそれを凌駕するためには、さらに術式に工夫が必要と思われた。

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