老年病の発症機構に関する総合的研究

文献情報

文献番号
199900159A
報告書区分
総括
研究課題名
老年病の発症機構に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
三木 哲郎(愛媛大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 近藤 郁子(愛媛大学医学部)
  • 堀内 正嗣(愛媛大学医学部)
  • 馬場 嘉信(徳島大学薬学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
19,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、遺伝的に隔離した集団が多い中四国地方で、由来の異なるフィールドを利用して、老年病の発症機構について総合的な研究を行うものである。具体的には、成人病検診を行った社員(約2,700人)、高齢化率が40%を越えている島嶼部において、健康調査の終了した住民(約300人)、心筋梗塞の患者(約390人)の合計約3,390人を対象とする。各個人について、家族歴、生活習慣などの聞き取り調査と、血液生化学検査、血圧などの健診データと、さらに、末梢血白血球由来の高分子量DNAの遺伝子解析を行う。 上記の集団の医療情報をデータベースに登録し、遺伝子解析のデータとともに疫学的・統計学的解析を行うことにより、老年病と生活習慣病の発症要因を見つけ出し、最終的に予防法、治療法の開発に役立てる。本研究の遺伝子解析は、所定の倫理問題委員会の審議で承認を得ている。また、個人情報が漏出しないように、個人番号、データの暗号化を行い、医療と遺伝情報を管理する研究者の数を制限し、個人のプライバシーの保護には最善を尽くした。
研究方法
研究方法は、対象となる集団を収集し、血圧の変動などの表現型について検討する。SNP(single nucleotide polymorphism)の効率のよいタイピング法を見出す。候補遺伝子の機能を解析するためマウスモデルなどを作成することである。
老年病の表現型の解析の例として、体位変化に伴う血圧変化を調べた。起立性低血圧がよく知られているが、血圧が上昇する起立性高血圧も存在する。起立性低血圧は、ふらつきや転倒の原因となり老年者では特に注意が必要である。一般住民における、起立性の血圧調節障害の頻度を検討すると共に、動脈硬化との関連性につき検討した。健常住民を対象とし、降圧薬等の服薬のない50歳以上の205例を対象として、立位に伴う血圧変化を測定した。起立後、1分と3分に立位の状態で血圧を測定した。さらに、安静臥床時に頸動脈エコーを行い、頸動脈硬化を評価した。
老年病の関連遺伝子解析の例として、心筋梗塞と診断された患者(390名)において、虚血性心疾患の遺伝的な発症危険因子を明らかにすることを目的に、5,10-methy;lentetrahydrofolate reducatse(MTHFR)遺伝子、fatty acid-binding protein 2(FABP2)遺伝子、CD14受容体遺伝子の多型を用いて検索した。
SNPのタイピングにおいては、キャピラリーアレイ電気泳動を用いた DNAシークエンシングによる SNPs解析の方法を確立することを目指した。さらに、半導体集積化技術を応用して、マイクロチップ上にマイクロチャンネルを多数作製し、このマイクロチャンネルを用いたSSCPおよびSNP解析に応用した。
遺伝子解析の例として、血管分化、血管形成等に関与しているアンジオテンシンIIタイプ2受容体(AT2受容体)の機能を調べるために、AT2受容体遺伝子欠損マウスの解析、AT2受容体にて調節される血管分化関連因子の同定、クローニング等を行い、それらの血管分化、形成、血管平滑筋及び血管内皮細胞に与える生理作用を検討した。
結果と考察
起立時血圧変動では、立位に伴い前値の10%以上の血圧変動を示す場合を異常と定義すると、1分後の判定では、約13%が起立性低血圧、約20%が起立性高血圧と判定された。3分後の判定では、それぞれ15%と17%であった。起立1分後に血圧低下および血圧上昇を認めたものは、3分後に有意に前値に戻る変化を示した。起立後の最大血圧変化と頸動脈硬化との間には、65歳以上の老年者(n=154)において、J型の関係が認められた。すなわち、起立に伴い、血圧が低下する場合のみならず、血圧が上昇する場合も頸動脈硬化と関連した。起立性の血圧変化は、健常一般住民を対象とした場合でも、約30%に認められ、比較的頻度が多いと考えられる。また、重度の起立性血圧変化が認められた場合は、その背景に動脈硬化の存在を疑う必要があると考えられる。動脈硬化に伴って圧受容器反射機能障害がおこり、起立時の血圧低下や、逆に交感神経の過剰刺激に対する干渉作用が減弱していることなどがその機序として推察されるが、詳細は不明である。今後、遺伝子解析の結果も加え、総合的に危険因子を探索して行く予定である。
キャピラリー電気泳動を用いて、SSCPを行う際に最も重要な一塩基多型検出のためのポリマー溶液を種々検討し、数種のポリマーが一塩基多型を検出する際の感度が高いことを見出した。また、キャピラリーアレイ電気泳動によるDNAシークエンシングの精度を高めるためにシークエンシング条件の検討を行った。その結果、電場のグラジエントが効果的であることを明らかにした。キャピラリー電気泳動およびキャピラリーアレイ電気泳動を用いたSNP解析は、ほぼ確立しつつあるが、今後、これらの技術については、さらに精度を向上させることが、重要である。マイクロチップによるDNAの解析は、まだ予備的な結果のみしか得ていないが、従来法に比べて百倍以上の高速化を達成している。
MTHFR遺伝子の変異型であるVal型の遺伝子頻度は健常者群では0.36、患者群では0.39であった。しかし、患者群ではVal型のホモ接合体は、糖尿病を合併すると明らかに虚血性心疾患の罹患危険率が高くなり、糖尿病の治療不良な患者ほど、虚血性心疾患の発症率の高まることが示された。FABP2遺伝子では、日本人集団にもAla54Thrの遺伝子型多型が観察された。患者群における遺伝子型頻度はAla54型は0.65, Thr54型が0.35で、健常者群に比べ有意差はなかった。しかし、 高中性脂肪を伴った患者では変異型遺伝子頻度が有意に高かった。CD14受容体遺伝子の5'側のプロモーター領域の遺伝子変異については、遺伝子型と発症との相関は観察されなかった。従来、動脈効果、糖尿病、肥満、虚血性心疾患などの様々な生活習慣病の発症危険因子は、人種間で異なり、白人では危険因子となる遺伝子型が、日本人では相関しないことがしばしば観察される。このことは、これらの病態の発症には遺伝性素因よりも生活習慣のほうがより大きく関与することが予想される。
AT2受容体遺伝子発現調節領域にIRF結合領域が存在し、IRF-1(Interferon Regulatory Factor-1)はAT2受容体遺伝子転写活性化因子、IRF-2(Interferon Regulatory Factor-2)は拮抗的に働く転写抑制因子として働くことを明らかにした。AT2受容体遺伝子欠損マウスに圧負荷心肥大モデルを作成し、AT2受容体遺伝子欠損マウスでは冠動脈の肥厚、周囲の線維化が亢進されていることを観察した。AT2受容体は血管障害、心筋梗塞、心肥大、心不全等の病的状態において高発現し、これら病態の発症、心血管リモデリングに関与していることが示唆されているが、その発現調節に関しては不明である。研究結果は、現在まで不明であったサイトカインとレニンーアンジオテンシン系のクロストークの解明に貢献するものと期待される。
結論
降圧薬などの服用のない50歳以上の健常者を対象として起立に伴う血圧変化を調べた。前値の10%以上の変化を変動異常とすると、1分後の判定では約13%が起立性低血圧、約20%が起立性高血圧を示した。3分後の判定では、それぞれ約15%、17%であった。65歳以上の老年者においては、起立後の最大血圧変化と頸動脈硬化度に相関が認められた。
SNP解析のための新しいシステムの開発は、順調に進行しており、来年度中には、キャピラリー電気泳動およびキャピラリーアレイ電気泳動を用いた方法の確立を目指す予定である。また、マイクロチップを用いたDNA解析技術開発は、予備的なデータでは、大幅な高速化が達成できることが明らかになった。さらに、今後は、マイクロチップを用いた遺伝子多型解析の超高速化を目指して、解析条件の最適化とマイクロチップ設計の最適化に関する研究を進める必要がある。
虚血性心疾患の発症危険因子として3つの候補遺伝子の変異遺伝子型について、患者群と健常者群との間で比較した。その結果、両群間での遺伝子頻度、遺伝子型分布に有意差は観察されなかった。しかし、詳細な検討の結果、MTHFR 遺伝子の変異型であるVal型の保因者が糖尿病を合併すると、健常者に比べて約3倍、虚血性疾患が誘発されること等が明らかとなった。
心血管病変におけるAT2受容体の特異的発現が心血管病変の発症、リモデリングに重要であり、AT2受容体の発現にサイトカインが密接に関係している。今後この結果を元に、研究目的に記載したように研究を進めていく。

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