アミロイドーシス抑制遺伝子の解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900158A
報告書区分
総括
研究課題名
アミロイドーシス抑制遺伝子の解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
樋口 京一(信州大学医学部加齢適応研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 西村正彦(名古屋大学医学部動物実験施設)
  • 細川昌則(京都大学再生医科学研究所)
  • 徳田隆彦(信州大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
7,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アミロイド-シスは微細なアミロイド線維蛋白が細胞外に沈着する病態であり、変性疾患に蛋白質のミスフォールディング病という新たな概念をもたらした。多種類のアミロイドーシスが報告されているが、老化に伴い発症するものがほとんどであり、健全な長寿社会のために解決すべき病態である。アミロイドーシスの発症時期と重症度を規定する遺伝的要因を明らかにすることが本研究の目的であり、そのため、①マウス老化アミロイドーシスをモデルとして詳細な交配実験を中心としたpositional cloningによりアミロイド発症抑制遺伝子(群)の同定を目指す。②ヒトにおけるアミロイドーシス発症の年齢的変異について解析し、抑制遺伝子存在の可能性を探る。の主要な2研究を各分野の専門家と共同で実施する。
研究方法
1. マウス:SAMP1マウスはC型のapoA-IIを持ち若齢より重篤なAApoAIIアミロイドーシスを発症する。A/JマウスはC型apoA-IIを持ちながら発症は軽度である。A/Jマウスのアミロイドーシス抑制遺伝子を同定するためにSAMP1 (8匹), A/J (12匹), F1 (SAMP1 X A/J; 20匹), F2 (SAMP1 X A/J; 59匹), PBC (SAMP1 X F1; 7匹), ABC (A/J X F1; 91匹)の各交雑マウスを作成した。12ヵ月齢で屠殺後、全身臓器の一部をDNA解析用に保存し、残りの組織切片でアミロイド沈着を調べた。 2. SM/JマウスはC型apoA-IIを持ち重篤なアミロイドーシスが発症する。西村が開発したSMXAリコンビナント系統を用いてアミロイドーシス抑制遺伝子の遺伝的解析を開始した。SM/Jと A/J、およびSMXA RI系の20数系統を用いて、各系統8週令の雄約10匹に老化アミロイド線維(AApoAII)を尾静脈内の投与でアミロイドーシスを誘発し3ヶ月後にアミロイド沈着程度を調べる。 3. アミロイドーシス好発系、SAMP1,P2,P7,P8,P10,P11,嫌発系,SAMP6,SAMR1,R3B,R4,中間系SAMP3,P8系統10週齢マウスの尾静脈にAApoAIIアミロイド線維を静注し、12週後に屠殺してアミロイド沈着を調べた。4. 抗酸化効果を有するとされる、AOB(Antioxidant Biofactor)10%添加飼料のアミロイドーシス発症抑制効果をSAMP1で調べた。5. ①信州大学第三内科で経過を観察しているFAP患者(Met30-TTR)100例の臨床記録からFAP患者および高齢発症家系FAP患者の発症年齢および臨床症状の検討を行った。②早期発症家系における表現促進現象の検討を行った。
(倫理面への配慮)マウスを用いた実験は飼育状態が良好な環境になるように、屠殺に際しては苦痛が最小限になるように配慮し、信州大学、名古屋大学、京都大学の動物実験に関する指針に基づいて行われた。家系調査の際に未発症者に遺伝子診断を行う場合には、成人のみを対象としてinformed consentを得たのちに検査を施行し、未成年には施行しなかった。家系調査の対象としたFAP家系の構成員には今回の研究の目的と方法を説明して同意を得た後に発症年齢などの臨床的データを収集した。
結果と考察
1. 12ヵ月齢でSAMP1とA/Jマウスに沈着するアミロイド沈着の相違が最も顕著であることが明らかになったため、交雑マウスを12ヵ月齢で屠殺しアミロイド沈着程度を比較した。A/Jマウスは12ヵ月齢でのAApoAIIアミロイド沈着は軽度で、amyloid index (AI) は0.58 ± 0.35 (平均値 ± 標準偏差)であった。これに対してSAMP1マウスのアミロイド沈着は重篤でAIは2.78 ± 0.35であった。SAMP1とA/Jを交配させたF1交雑マウスのAIは2.57 ± 0.57 でありSAMP1と同程度の沈着を示したがバラツキ(標準偏差)は増大した。PBCマウス(F1とSAMP1の戻し交配)のAIは2.40 ± 0.57でありこれらのの結果はアミロイドーシス抑制遺伝子が劣性に働くことを示唆する。F1 X F1 交配によるF2交雑マウス(59匹)のAI は1.86 ± 0.83 で、SAMP1とA/Jマウスの中間の値を示し、度数分布は2峰性を示した。ABCマウス(A/JとF1の戻し交、91匹)のAIは1.41 ± 0.66でありF1とA/Jマウスの中間の沈着程度を示したが、やはり2峰性の度数分布を示した。これらの結果は主要遺伝子によりアミロイドーシス発症が調節されていることを示唆している。各交雑群間で顕著に異なっていた肝臓、脾臓、心臓へのアミロイド沈着程度(AI: A/J; 0.03, SAMP1; 2.75, F1; 2.18, PBC; 1.95, F2; 1.24, ABC; 0.62)から判断するとF2とABCマウスにおける軽度と重度のアミロイド沈着を持つ匹数はそれぞれ、19 ; 40と 52 ; 39であった。アミロイド沈着の浸透率を0.9 (39/45)と仮定するとおおむね妥当な匹数を得られるため(F2; 59/4x3x0.9=40)、単一劣性のアミロイドーシス抑制遺伝子が存在すると考えられるが、F2やABCマウスでの分散が大きく、多遺伝子に規定された量的形質の可能性も否定できない。今後は今回の実験でえられた交雑マウスのDNAを用いて、マイクロサテライトDNAを遺伝子マーカーとたゲノムマッピングを行い、アミロイド抑制遺伝子の染色体上の位置の迅速な同定と抑制遺伝子そのものの同定を目指す。 2.SMXA RI系統群で現在までに実験に使用することが出来た系統はSM/J, A/J、およびSMXA-1,4, 5, 7, 8, 9, 10, 12, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 24, 25, 26, 29, 30の21系統であり、1系統あたり2から26匹にアミロイド線維を投与した。3ヵ月後に屠殺して臓器の切り出しを行い、染色標本を作成した。SMXA RI各系統の詳細なSDP(Strain Distribution Patterns)はすでに完成しているので、アミロイド―シスの有無、程度を調べれば、表現型の系統分布パターンから遺伝様式を推定し、更に連鎖する遺伝子マーカーをコンピュータープログラムを用いて解析しアミロイド抑制遺伝子の染色体位置をおおまかに同定できると予測している。 3. AApoAIIアミロイド繊維の尾静脈注射と、SAMP9, P7, P6, P3, P8系統以外の屠殺が完了し、組織標本の作製とアミロイド沈着の評価を進めている。4.一日平均摂食量は350日齢までABO、コントロール両群間に差を認めなかったが、ABO群の寿命が約11%延長する傾向を示した。アミロイド沈着の評価を進めている。5. ① FAP患者100例の臨床症状および発症年齢分布の解析より男性が女性よりも早く発症する傾向があること、また発症年齢には20-30歳代と50-60歳代の2つのピークが存在することが明らかになった。 ② 高齢発症家系に属するFAP患者の臨床症状の検討では、従来から知られている早期発症家系のFAP患者との間に、臨床症状の大きな差は認められなかったが、症状の程度特に自律神経症状が軽度である傾向が認められた。 ③ Met30-TTR型FAP15家系68組の罹患親子について、家系調査に伴うascertainment biasを可能な限り除外して、親子の発症年齢を比較し 早期発症家系における表現促進現象の検討を行った。子の発症年齢が親の発症年齢よりも若年である親子pairが、両者の発症年齢が等しいかまたは親の発症年齢の方が若年である親子pairよりも統計的に有意に多く存在し、Met30-TTR型FAP家系における「真の表現促進現象」の存在が確認された。これらの結果から、新規の遺伝子変異を生じやすい蛋白質であるTTRが原因であるFAPのような疾患では、従来の考えとは異なり、新しく生じた高齢発症のFAP患者がprototypeと言うべき病態であって、特定の地域に存在する早期発症家系においては表現促進現象が加わっているという仮説が成り立つと考えられる。
結論
アミロイドーシスは高齢化社会を迎える中で今後重要性が増す病態である。今年度の研究でアミロイドーシスの発症を抑制する遺伝的要因が存在し、遺伝学的解析が可能であることが示された。来年度はこの基本的研究成果を発展させ、抑制遺伝子の実態を明らかにできると考えている。主任研究者である樋口と分担研究者の細川、西村の共同研究が効率的に進行し、迅速な遺伝子の同定が期待される。表現促進現象の分子生物学的原因となるtriplet repeatがTTR遺伝子には存在せず、点突然変異が原因で発症するFAPの表現促進現象のメカニズムについては、今後SAMやTTR transgenic mouseなどのアミロイドーシス動物モデル等による遺伝学的・分子生物学的検討が必要であると考える。

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