高齢者のニューロパチーの病態と治療に関する総合的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900156A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者のニューロパチーの病態と治療に関する総合的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
祖父江 元(名古屋大学大学院医学研究科神経内科)
研究分担者(所属機関)
  • 安田 斎(滋賀医科大学第三内科)
  • 八木橋操六(弘前大学医学部病理学第一)
  • 船越 洋(大阪大学大学院医学系研究科バイオメデイカル教育研究センター腫瘍生化学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
13,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者ニューロパチーを次の2つの観点から検討する。第1は高齢者のニューロパチーの病像・病態を明らかにすることである。高齢者のニューロパチーには2つのタイプが存在し、1つは若年者から高齢者に至るまで発症が見られ、高齢発症者の病像が若年発症者とは大きく異なっているものである。この代表として、家族性アミロイドポリニューロパチー (FAP) と慢性炎症性脱髄性ニューロパチー (CIDP) が上げられる。他の1つは、加齢に伴って発症が増加するニューロパチーで、糖尿病性ニューロパチー、慢性感覚失調性ニューロパチーが含まれる。まず、これら高齢者にみられるニューロパチーの実態を明らかにし、第2の観点として、高齢者のニューロパチーに特徴的な病態修飾因子や病態発現調節因子を解析することは、神経再生を促進する有効な治療法を探る上で重要である。
研究方法
1)高齢者ニューロパチーの病態解析a)CIDP137例を高齢群:65歳以上と非高齢群:65歳未満に分け、発症初期の進展度、病型、機能評価、髄液蛋白、腓腹神経病理所見、電気生理所見を検討した。b)50歳以上発症のFAP I (Met 30) 35家系について性差、遺伝的背景、地理的分布、臨床症候、髄液所見、電気生理所見、腓腹神経生検病理所見を検討した。なお、末梢神経生検に際しては、必要性と意義についての患者および家族の理解と同意に基づくインフォームドコンセントを得る。末梢神経生検については、通常の診療行為の一環として従来から行われており、倫理委員会への提案を必要としない。2)高齢者ニューロパチーの病態関連因子と治療応用a)ヒトの糖尿病神経において、Ne- carboxymethyllysine (CML)に対する抗体を用い、AGEの局在を検討した。また、ストレプトゾトシンによる糖尿病ラットにAGEの生成阻害薬であるアミノグアニジン(AG)、OPB-9195 (OPB;(±)-2-Isopropylidene hydrazono-4oxo--thiazolidin-5-ylacetanilide)を投与し、脛骨神経運動神経伝導速度、Na,K-ATPase活性を測定した。b)糖尿病ラットの坐骨神経挫滅モデルを作成し、後根神経節において、抗リン酸化JNK抗体、c-jun抗体を用いたイムノブロットおよびcAMP測定を行なった。また、PGE1に対する感覚神経再生能を評価した。c)HGFとその受容体c-Metの発現調節に関して、坐骨神経損傷モデルを作成し、RNase protection assay、RT-PCR、ELISA、免疫組織染色、In situハイブリダイゼーションを用いて解析した。また、コンベンショナルとテトラサイクリン調節系を用いた神経特異的HGF発現トランスジェニックマウス(NS-HGF-Tg-マウス/Tet-HGF-Tg-マウス)を作成し、ニューロパチーモデルマウスと交配した。
結果と考察
1)高齢者ニューロパチーの病態解析a)CIDP:緩徐進行型は高齢群86%、非高齢群80%で、高齢群に多い傾向があり、感覚障害優位型は高齢群32%、非高齢群8%で、感覚障害優位型が高齢群で有意に高かった。Rankin's scaleは最重症時では高齢群3.21±1.22、非高齢群3.37±0.89、長期経過時では高齢群2.54±1.35、非高齢群1.71±0.87であった。最重症時では両群に差はなかったが、長期経過時では高齢群で有意に機能障害が強かった。一方、有髄神経線維密度は高齢群5014±1923/mm2、非高齢群6254±2271/mm2であり、腓腹神経SMAPも高齢群8.2±12.1μV、非高齢群15.7±11.7μVとなり、両者ともに高齢群に低下がみられた。b)FAP I :発端者の発症年令は52ー80歳で平均62.7±6.6歳であり、男 : 女=32:3と圧倒的に男性に多かった。家族歴は11家系のみに確認され浸
透率が低い傾向を認め、地理的分布は集積地を持たず日本全国に分布していた。初発症状は下肢の異常感覚で発症することが多く、病初期には自律神経症候が軽くADLが阻害されることが少なかった。感覚障害はほとんどの例で全感覚障害を認め、解離性感覚障害を認めることは少なかった。末梢神経伝導検査所見では下肢は誘発されない例が多く、腓腹神経所見では高度の有髄線維密度低下 (79ー3466/mm2) を認めた。2)高齢者ニューロパチーの病態関連因子と治療応用a)糖尿病ラットへの糖化阻害薬の効果:糖尿病ラットでは、MNCVは正常対照群に比して18-25%の低下を示したが、AG投与/OPB投与によりそれぞれ56%/65%の改善を認めた。一方、ウアバイン感受性Na,K-ATPase活性は糖尿病ラットで正常対照ラットの43%までの低下を示し、AG群/OPB群では73%/50%まで回復を示した。b)糖尿病ラットの神経再生能とプロスタグランディンE1(PGE1)の治療効果:坐骨神経挫滅7日後の感覚神経再生距離は対照ラットに比し糖尿病ラットで有意に短く、これはPGE1製剤投与により有意に改善した。DRG cAMP含量は、対照ラットに比し糖尿病ラットで有意に少なくこの減少はPGE1製剤の7日間治療により有意に改善した。また、JNK/c-junのリン酸化はday 1では全てのラットのDRGにおいて有意に亢進し、糖尿病ラットではday 7まで遷延した。c)HGFによる神経再生の促進:坐骨経損傷モデルにおいて脊髄ではc-Metが、またその標的である筋肉でHGF が発現調節を受けることを明らかにした。神経特異的にHGFを発現するマウスを作成し、HGF発現部位を解析した。またこのマウスとALSモデルTg-マウスの交配によるHGF-ALS-ダブルTg-マウスの作成を開始した。HGFとc-Metが神経系でダイナミックな発現調節を受けることやin vitroで神経生存、突起伸長、細胞運動促進活性を示すことが明らかになった。以上より、最近の人口の高齢化に伴って、高齢者では表現型や病態が若年例とは大きく異なる例が存在することが知られるようになってきた。家族性アミロイドポリニューロパチーでは、若年発症例は解離性感覚障害と自律神経障害が前景に立ち、高浸透率を示す常染色体優性遺伝形式を示すが、高齢発症例では一見孤発性で深部感覚障害も高度で、自律神経障害が目立たなかった。また、高齢者の慢性炎症性脱髄性ニューロパチーでは緩徐進行性、感覚障害優位、長期機能予後不良、高い糖尿病合併率、低い再発率などが特徴であると考えられた。今後、高齢者ニューロパチーに特徴的な病態の修飾因子や発現調節因子は明らかにし、発症に関連する遺伝要因・環境要因の検討がニューロパチーの予防や治療にとって重要であると思われた。また、糖尿病ラットを用いることによって、糖化の亢進、シグナル伝達系の異常が糖尿病性ニューロパチーの病態に深く関与することが明らかになった。OPB投与では糖尿病ラットにおいて65%のMNCV改善がみられており、AGあるいはアルドース還元酵素阻害薬投与実験での改善効果よりも優れていた。さらに、糖尿病ラットでは坐骨神経挫滅後の軸索再生能が低下していた。これには、JNK/c-jun系のリン酸化の遷延やcAMPの増加不良が関連していた。これらのシグナル系の異常はPGE1投与により是正され、PGE1は血管以外にも神経細胞を直接標的として作用すると思われた。HGFは、初め肝細胞増殖因子の本体として同定されたが、神経にc-Met/HGF受容体が発現しており、ダイナミックな発現調節を受けることが明らかとなった。HGFは各種神経栄養活性を示すことから、 神経系の発生・維持に必須な因子の1つと考えられた。さらに末梢神経損傷モデルや難治性神経変性疾患において発現制御をうけることから、これらの疾患の神経細胞死を阻止、神経再生を促進できる可能性が示唆される。
結論
高齢者のニューロパチーには、若年者とは異なる特有の臨床病態がみられた。特に糖尿病性ニューロパチーには、糖化抑制剤やPGE1による予防・治療の可能性が示唆され、HGFは広くニューロパチーに応用される期待がもたれる。

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