血管および中枢神経の老化過程におけるNotch3シグナル受容体機能の遺 伝学的・生物学的解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900150A
報告書区分
総括
研究課題名
血管および中枢神経の老化過程におけるNotch3シグナル受容体機能の遺 伝学的・生物学的解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 慶吉(国立精神・神経センター 神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 花岡和則(北里大学 理学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
生体機能を考える上で脳血管系は最も重要な器官であり、その機能の低下や異常は中高齢者における主な死因であるばかりでなく、老年期痴呆症などの精神機能の障害に深く関わっている。この様な脳血管変性の原因として従来より高血圧、高脂血症などの卒中危険因子が注目されて来たが、最近になり遺伝要因が重要な役割を演じていることが示唆されている。しかし、関与する遺伝子やその詳細な分子機構は未だ解明されておらず、特に加齢と遺伝子との関係は全く不明である。本研究では最近発見された家族性脳梗塞症CADASIL(cerebral autosomal dominant arteriopathy with subcortical infarcts and leukoencephalopathy)の原因遺伝子Notch3シグナル受容体に焦点を絞り、本遺伝子の異常が神経細胞や血管系の機能維持や老化過程にどの様な影響をあたえているか分子生物学的・発生工学的手法を用いて解明し、脳血管障害の発症メカニズムや加齢による変性機序を明らかにすることを目的とする。また、これらの結果を基礎に、脳血管障害の予防・治療法の開発ならびに血管変性に関与する未知遺伝子や危険因子の検索を目指したものである。
研究方法
本年度は培養細胞中でのNotch3の発現動態や脳内分布を免疫学的手法で解析するとともに、本遺伝子の異常と血管や神経系の機能変化との関係を詳細に解析できるノックアウトマウスの作成を行った。
1. 培養細胞およびヒト脳におけるNotch3の発現の解析: 全長鎖ヒトNotch3 cDNAは胎児脳cDNA ライブラリーより分離した。また、種々の短縮型cDNA を全長鎖cDNAを鋳型としてPCR増幅して構築した。これらのcDNAは遺伝子発現ベクターに挿入した後、培養細胞にリン酸ーカルシウム法を用いて導入した。培養細胞中でのNotch3の発現はウエスタンブロット法により解析した。用いた抗体はGST (glutathione-S-transferase)との 融合蛋白質を家兎に免疫し、得られた抗血清よりアフィニティー精製した。一方、脳に於けるNotch3の発現は4%パラホルムアルデヒド固定した剖検脳より凍結切片を調整し、既法に従って上記抗体を用い免疫染色した。
2. 遺伝子操作マウスの作成: 用いたターゲティングベクターはマウスゲノムライブラリーより分離したNotch3 遺伝子のExon4にNeo遺伝子を挿入した後、TK遺伝子を持つベクターに連結して構築した。得られた組み換え体は電気窄孔法を用いてマウスES細胞株(TT2-F)に導入した。ES細胞はG418及びガンシクロヴィアを含む二重選択培地で培養を続け、クローン株を樹立した。これらのES細胞で相同組み換えが生じているか否かは、各ES細胞株から抽出したDNAについてサザンブロット法で検索した。
結果と考察
マウスやヒトの研究から、Notch蛋白(Notch1,Notch2)は細胞外部位および細胞内部位の2箇所で限定分解(プロセッシング)を受け、このれらのプロセッシングはNotch蛋白の細胞内輸送、リガンドとの結合、シグナル伝達に必須であることが指摘されている。しかし、培養細胞を用いた解析からNotch3は250 kDaの単一膜蛋白質として細胞膜上に存在し、細胞外部位のプロセッシングが起こらないことが判明した。細胞内部位のプロセッシングは特定細胞にのみ認められ、関与するプロセッシング酵素に細胞特異性が見い出された。この結果はNotch3のリガンド結合様式、それに引き続き起こる情報伝達の活性化機序が他のNotch蛋白と異なる制御を受けていることを示唆しており、非常に興味深い。今後さらに切断部位の決定、プロセッシング酵素の同定等のNotch3活性化機構の詳細な研究を行う計画である。
成人脳の免疫組織学的検索からNotch3は血管壁のみに検出され、血管平滑筋層に局在していることが分かった。 CADASIL患者では脳血管中膜層の崩壊と平滑筋細胞周囲にgranular osmiophilic material (GOM)の沈着が報告されている。Notch3の発現分布はこの様なCADASILの病理学的特徴と一致しており、その発症機序にはNotch3シグナル伝達系の変異に起因する血管平滑筋細胞の機能異常(過増殖、細胞死)が関係している可能性が考えられる。
ノックアウトマウスに関してはターゲティングベクターの構築およびES細胞への導入を完了し、相同組み換えが生じた細胞クローンの分離に成功した。引き続きキメラマウスの作成を試みており、このモデル動物はNotch3 の成熟個体における役割および加齢との関係を解明する有効な手段となる。
結論
CADASIL病因遺伝子Notch3の発現及び脳内分布を検討するとともにNotch3遺伝子ノックアウトマウスの作成を行った。遺伝子導入した培養細胞ではNotch3は250 kDaの単一膜蛋白質として細胞膜に発現し、その活性化に関与するプロセッシングが他のNotch蛋白と異なっていた。脳内ではNotch3は主に動脈壁の平滑筋層に分布し、この様な発現パターンはCADASILの病理学的特徴である血管変性と一致していた。一方、ノックアウトマウスの作成は既に相同組み換えを生じたES細胞の分離に成功し、現在キメラマウスの作成中である。

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