実験動物の加齢解析、加齢個体の育成と新モデル開発に関する研究

文献情報

文献番号
199900149A
報告書区分
総括
研究課題名
実験動物の加齢解析、加齢個体の育成と新モデル開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
田中 愼(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
-
研究終了予定年度
-
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
長寿科学を研究し、加齢の機構を知り、解明するうえで動物モデル系は、
1) 個体を扱う
2) 実験的な証明を行なえる
という点から必須のアイテムである。しかし当該分野では、適正且つ貢献度の高い動物モデル系が育成され、利用されているとはいえない。
本研究では寿命の短さを利し、小型げっし目で育成された実験動物を対象に、
i) 実験動物の加齢過程の特定、
ii) 加齢個体の育成と
iii) 新しいモデル系の開発
を各論に実用的なモデル系のモニター開発とこれに資する指標の特定に取り組み、結果をcommon (指標についてヒトとあるいは大きい集団と共通) とspecific (指標について系に特異) に分け、長寿科学に適し、効率良い動物モデル系を推奨し、標準化と外挿に対応することを目指した。
最も基本的な加齢動物育成、順次加齢させ、飼育環境に特異な種や系統の寿命や生存率を取得した後、月齢縦断あるいは横断的に加齢変化をcommonあるいはspecificに捉え、ヒトへの外挿を考察することが必須である。
国立療養所中部病院長寿医療研究センター(以下NILS)は、加齢動物育成施設:Aging Farm(以下A/F)を設け、2つの実験動物種、SAM群3系統を含む7つの近交系でこれを実行した。本研究は、実験動物の加齢育成を複数の指標で捉え、より広範なデータの集積に挑み、指標から新モデルの探索も行った。
研究方法
生存率:当A/Fに加え、株式会社日本エスエルシーへも3系統をコントラクトした。
副腎皮質層構成と肺の加齢変化:NIAのコントラクトA/Fから購入ないしNILS A/Fで育成した動物を用いた。
①3-4、②10-12、③20-24、④28-32か月齢の4群に集中するよう個体を収集し、形態学的に比較した。
①と②の間で差を検出出来れば成長/成熟時の変化が、②と③の間では加齢による変化が、③と④の間では老化に依る変化が特定出来ることを期待した。
副腎は、2μの連続切片とし、核の集積程度と異常な明調細胞の出現と結合組織の動態、層構成維持を確認した。
肺は、4μの連続切片とし、肺胞の大きさと弾性線維の変化に注目した。
結果と考察
生存率: 当A/FのでF344/Nラットの生存率は性差を示し、雄が雌より早く減衰した。6群の雄の平均生存日齢は、742日から764.5日であった。2群の雌では845.7日と873.6日で雄より約100日大きかった。
6群のF344/N雌雄で、                    6群のC57BL/6雌雄で
75%生存率は、雄で646-678日、雌で743-800日、   雄で755-855日、雌で663-728日、
50%生存率は、雄で728-752日、雌で847-882日、   雄で850-935日、雌で775-819日、
25%生存率は、雄で833-860日、雌で920-983日、   5群の雄で937-985日、雌で864-938日だった。
死亡や異常の主原因は、性差なく白血病で、雄でより早期に発症した。次に多い下垂体腫瘍では、雌が10倍の頻度だった。
C57BL/6の生存率はF344/Nほど顕著ではないが75%-と25%-生存率の間で性による隔たりを示した。
平均生存日齢は、3群の雄で850.5日から860.5日であった。4群の雌では779.2日から799.9日でF344/Nとは逆で雄より約60日小さい値であった。
死亡や異常の主原因は、性差なく腸間膜リンパ節に著しい腫脹を伴うリンパ腫であった。
SAM
SAM3系統における結果は、系統、性、個体数、生存範囲、平均生存日齢、75%-、50%-、25%-生存日齢、最長生存10個体の平均日齢主な疾病の順で、
SAMR1、雄、96例、202-968、581、452、612、681、853日、リンパ腫と下痢、
SAMR1、雌、123例、217-955、605、522、608、692、849日、リンパ腫と下痢、
SAMP6、雄、172例、181-985、521、410、519、638、842日、大腸肥厚を伴う下痢、
SAMP6、雌、157例、285-921、505、393、464、577、837日、大腸肥厚を伴う下痢、
SAMP8、雄、156例、167-831、462、339、473、617、772日、リンパ腫、
SAMP8、雌、168例、200-777、464、378、448、534、711日、リンパ腫であった。
コントラクト系統
全く死亡のないA/JとC57BL/6に対し、AKR/Jはリンパ腫で死亡した。雌雄で、220日に最初の死亡を認め、雄は283日で75%-、雌は、254日で75%-、271日で50%-生存率となった。
生存率の再現性はF344/N雄で特に良く、最大の開きで25.6日と、1か月以下であった。再現性の高い生存率は系統にspecificな特性として扱うことも可能である。
F344/Nでは重篤な白血病の発症が生存率の減衰に関わっていた。生存曲線の形状は加齢に伴う疾患や異常で著しく修飾される。
C57BL/6は他の系統より長期に生存したが、マウスにcommonな特徴を示したのではなく、系統にspecificな結果と解釈すべきである。健常な状態が維持されている訳ではなく、腸間膜リンパ節が著しく肥大した個体が多かったからである。
SAM間では短い生存期間がcommonであったが、マウスとしては系統でspecificであろう。何故なら健常加齢変化を早期に提示したり、副腎皮質の加齢変化を早期に起こすことがなかったからである。
50%-生存率はSAMR1>SAMP6>SAMP8となるのに対して、Imre Zs.-Nagy博士のFRAP法による測定では、SAMR1>SAMP8>SAMP6となった。AKR/Jの50%-生存率はSAMP8より更に短かった。
マウスが種にcommonな疾病としてリンパ腫を選択したか負荷されたとすれば、発症時期が系統の遺伝背景で修飾を受け、系統にspecificな生存率を演出したと推定できる。
副腎皮質層構成の維持
購入したF344/NHsdでは加齢変化に性差がなかった。これは、NILSないし東京都老人総合研究所のA/Fで加齢育成しているF344/NないしはF344/Duとほぼ同様であった。加齢しても網状層は存続し、結合組織の増加もマウスほど顕著でなかった。
雌雄のBNと雄のDonryuでは8-12か月齢頃から明調細胞が出現し、加齢とともに巣状に増大した。これと相前後して染色性の異なる細胞集団が層構成を超えて出現した。二つの型の細胞集団は F344/Nと(F344/N x BN) hybrid F1とBNで異なる出現様態を示し、遺伝制御の存在を示唆した。
マウスでは、加齢に伴って内側皮質が消失し、結合組織の増加が層構成を分断し、崩壊させた(C57BL/6以下7系統)。F344/NやWistar系やSDではこのような変化が全く生じなかった。しかしBNでは、明調細胞の不規則な巣状増成が層構成を崩壊させた。この崩壊は、性差をもって、軽度ながら(F344/N x BN) hybrid F1でもみられた。明調細胞の巣状増成の結果として生ずるものとみなせる。層構成の崩壊は、マウスではcommonながらラットではspecificとなる。
網状層は、加齢に伴いマウスでは消失し、ラットでは残存していた、マストミスでも残存し、ヒトや一部のサル類でも残存していた。哺乳動物では、加齢で網状層が消失しないことがcommonで、マウスではspecificに消失すると考えられる。
肺の加齢変化
加齢に伴い肺胞管と肺胞腔の拡張がした。しかしレゾルシン-フクシン染色では肺胞壁と気管支の弾性繊維ならびに肺胞壁と血管基底膜のコラーゲンに顕著な変化はなかった。
12と24か月齢の個体では、気管支平滑筋細胞が緻密に配列していたのに対して30か月以降では、平滑筋細胞の間に結合組織が入り込み、平滑筋細胞の配列はまばらであった。
気管支平滑筋のα平滑筋アクチンに対する染色性は加齢に伴って減少していた。一方肺胞中隔先端部平滑筋数は30か月以降増加していた。
実験動物で呼吸器系の加齢変化を研究しようとする試みが少ない。12から24か月齢への経過に比し、30か月齢以降では、気管支平滑筋の構造変化や染色性の変化や肺胞中隔先端部の平滑筋の増加が注目された。
気管支ではその収縮力の低下を、肺胞では残気量の増加に伴い肺胞への張力負荷に対する加齢変化と考えられる。肺胞の拡張は老人肺とされる所見と相似性がありcommonな加齢変化の可能性が示唆される。
A/Fで育成した加齢個体を呼吸生理学的な解析に供することのきっかけとなり、新たなモデルとしての可能性を見い出した。肺の加齢変化を指標に喉頭や咽頭までの変化が特定でき、神経支配も解析出来れば高齢者の呼吸器系のQOL維持に貢献出来る動物モデル系が開発出来る。
結論
生存率は系統と性特異的(specific)に再現性を示した。これは系統特性として、加齢動物の育成で有効な指標と出来る。生存曲線は、加齢や遺伝背景に依存して生じる疾病によって修飾され、特性捕捉の指標ともなる。
副腎皮質層構成の加齢変化は、げっし目や哺乳動物の実験動物を比較する指標として有用である。
F344/Nラットの肺でヒトへの類似性が期待出来る加齢変化を捕捉出来(common)、加齢個体に新たな用途を開発した。

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