特定疾患遺伝子ヘテロ保因者に着目した老化性疾患の抑制に関する地域長寿保健システムの構築(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900148A
報告書区分
総括
研究課題名
特定疾患遺伝子ヘテロ保因者に着目した老化性疾患の抑制に関する地域長寿保健システムの構築(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
小泉 昭夫(秋田大学医学部衛生学)
研究分担者(所属機関)
  • 本橋豊(秋田大学医学部公衆衛生学)
  • 立身政信(岩手医科大学衛生学公衆衛生学)
  • 大浦敏博(東北大学大学院・医学研究科・小児科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我々の研究目的は以下の3点である。1)比較的稀な劣性疾患のへテロ保因者の加齢による健康リスク:地方の高齢化が進行している地域では外部からの人口流入は少なく江戸時代の社会的隔離による遺伝的隔離を温存している可能性が強い。我々は、東北地方で発症が報告される6つの先天性代謝性疾患を対象に、へテロ保保因者の健康リスクを明かにするために遺伝疫学的検討を行った。
2)高密度へテロ保因者による疾病構造の影響3)倫理問題
研究方法
1)へテロ保因者の加齢による健康リスク:我々は、地方で創始者効果の認められるWolfram syndrome (WS), Lysinurin protein intolerance(LPI), Systemic carnitine deficiency (SCD), Hartnup disease (HD)、およびFanconi-Bickel症候群のへテロ保因者に注目し検討した。2)へテロ保因者の高密度地域における疾病構造の影響:平成6年岩手県衛生年報等の岩手県統計資料、所管保健所の衛生統計資料を用いて以下の検討をした。死亡統計から見た平均余命の統計的分析、社会的関連要因に係わる調査特に、社会的関連要因の調査にあたっては、家庭訪問を含めた聞き取り調査を行った。3)各国の倫理規定の検討:アイスランド、英国、フランス、アメリカの遺伝子倫理問題に関する法律上の条項を検索し現状および社会背景を検討した。1)の調査において用いられた研究プロトコールについては、すべて秋田大学倫理委員会の承認を得ている。また遺伝子の分析については、研究者あるいは主治医の面接による説明により、被検者からの同意を得た。
結果と考察
研究1)へテロ保因者の健康リスク:今回遺伝疫学的調査を行えた各疾患は各々常染色体劣勢疾患と考えられている。しかし、これら4疾患について家系内で遺伝子検索によりへテロと特定された個人について、加齢による種々の健康障害を検討したところ、認めるべき影響が出ていた。即ちWSにおいては66歳以上の高齢のヘテロ保因者では、低音域高音域の難聴を認めた。SDCの家系調査では、6家系を用い、心肥大の有無につて検討を行った。高齢者のへテロ保因者では、心エコーにより心肥大が証明されOCTN2の遺伝子変異が心肥大のリスク要因であることが証明された(Odds Ration 15.1, CI: 1.39-164)。この一方脂質代謝におけるカルニチンの役割から推測される高トリグリセライド、高コレステロール血症などのリスク要因への影響は認められなかった。HD宮城県家系においては、家系内で加齢により腎症の多発傾向を認めた。特に確実なへテロ保因者である祖父母に腎症を認め、母、祖父母、母の姉妹、祖父母の姉妹に妊娠時にむくみなど妊娠中毒症の既往を認めた。FB症候群3家系を対象としてGLUT2遺伝子の解析を行ないV423E、IVS2-2A>G、Q287X、L389Pの4つの変異を新たに同定した。V423EとL389Pのヘテロ保因者においては腎性糖尿が見られることが明らかとなった。2)疾病および社会経済的分析 (1)死亡統計から見た平均余命の分析:平成6年の平均余命をLPI多発地域では、男ではK医療圏が0歳平均余命(平均寿命)で73.99(全県76.23)、65歳平均余命で15.90(全県16.82)といずれも最下位であり、男のN医療圏も0歳平均余命で74.53、65歳平均余命で16.15と低い。しかし、女の場合はK医療圏が0歳平均余命で83.38(全県82.98)、65歳平均余命で21.86(全県21.98)とほぼ県平均並みで、N医療圏では0歳平均余命で84.13、65歳平均余命で22.16とトップクラスであった。年齢階級別死亡率(人口10万対)では、男性の50歳代においてK医療圏が50-54歳734.3、55-59歳1121.7、N医療圏が50-54歳890.7、55-59歳1213.2と全国平均(50-54歳478.6、55-59歳783.9)及び岩手県平均(50-54歳555.6、55-59歳806.5)よりかなり高い傾向にあった。また、死因別には、男性において、悪性新生物ではK医療圏が50-54歳165.2、55-59歳269.6、N医療圏が50-54歳174.5、55-59歳299.0と全国平均(50-54歳169.6、55-59歳326.1)及び岩手県平均(50-54歳174.8、55-59歳275.6)と同程度かより低い傾向があるのに対し、心疾患と脳血管疾患を合計したものでは、K医療圏が50-54歳238.6、55-59歳304.3、N医療圏が50-54歳312.2、55-59歳393.0と全国平均(50-54歳115.5、55-59歳185.9)及び岩手県平均(50-54歳145.7、55-59歳210.1)よりかなり高い傾向にあった。(2)社会的関連要因に係わる調査 この地域における社会的環境の特徴は出稼ぎ者が未だに極めて多く、岩手県の出稼ぎ者の52.8%を占めている。老人保健法による基本健康診査の結果から両医療圏における40-59歳の男性29,086人の有所見者率を抽出し、同地域の出稼ぎ者健康診断における40-59歳の男性3,41
8人の有所見者率と比較すると、貧血は少ないものの高血圧、特にアルコール性の肝機能異常、耐糖能異常などが多かった。 3)各国の倫理問題:アイスランドにおける遺伝子倫理問題の最も基本的な問題点は国家的遺伝子データベース計画と個人の自由の問題である。均質な集団の遺伝子情報がデータベース化されることで、遺伝疾患の予防や治療に役立つ貴重な学術的情報が得られる可能性は非常につよい。倫理上とくに問題となるのは次の3点である。1)インフォームド・コンセントの問題、2)秘密保持とプライバシーの問題、3)独占と科学的公正さの問題 イギリスにおける遺伝子倫理問題の現状では雇用の場における遺伝子倫理問題が最大の論争となっている。雇用における遺伝子検査については(1)個人は雇用のために遺伝子検査を受けるべきではない。(2)業務の安全な遂行に明らかに影響がある場合を除いて、個人は以前に行われた遺伝子検査の結果を公表する必要はない。(3)健康上や安全上の理由から特殊な労働条件下で安全上の問題がおきる可能性がある場合には雇主は遺伝子検査を提供する必要がある。遺伝子検査の結果の扱いについては公正さと立方趣旨に合致するものでなければならない。1998年のデータ保護法にもとづき遺伝子検査の結果が取り扱われる必要がある。フランスにおける遺伝子倫理問題の現状ではムDNAバンクとプライバシー権ムが問題となっている。フランスでは1990年代のはじめより医学研究と遺伝子倫理問題が取り上げられ、法的整備もなされてきた。フランスの制度文化の一般的特徴として、個人主義の伝統が強くプライバシー権に対する意識に敏感であること、社会システムとしては国家の介入を重視する中央集権的傾向が強いことが指摘される。フランスにおいてはこうした種々の法律に守られており、違反した場合、刑法上の罰則として、禁固刑と罰金10万フランを科す。アメリカにおける遺伝子倫理問題の現状では自由社会の情報コントロール権が大きな問題である。アメリカに特徴的な問題として遺伝性疾患を有する者の民間医療保険会社の加入者拒否あるいは契約時の保険料の差別化という問題がすでに論じられている。倫理上とくに問題となるのは次の3点である。1)インフォームド・コンセントの問題(国民は自分のデータをデータベースから取り除くことはできると規定されているが、その他の同意は与えられていない)2)秘密保持とプライバシーの問題(無記名でのデータベースと規定されているものの、個人情報の入手が可能である)3)独占と科学的公正さの問題(一企業が独占的に事業を行なうことと科学データを独占すること)。
結論
我々、へテロ保因者は加齢により健康リスクを有することが明かになった。現在の所死亡を主とした地域のマクロ的健康指標ではへテロ保因者の健康リスクが明かでない。今後へテロ保因者への予防対策のためには今回検討した倫理的問題を解決して行く必要が示された。

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