老化・老年病に対する栄養学的・薬理学的・分子遺伝学的手法による干渉に関する総合的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900146A
報告書区分
総括
研究課題名
老化・老年病に対する栄養学的・薬理学的・分子遺伝学的手法による干渉に関する総合的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
木谷 健一(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 井上正康(大阪市立大学)
  • 大星博明(九州大学大学院)
  • 大澤俊彦(名古屋大学大学院)
  • 横澤隆子(富山医科薬科大学和漢薬研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加齢(老化)及び加齢関連疾患(いわゆる老年病)の発症機序に対する酸化的ストレスの役割を直接解明に努めると共に逆にこれらのプロセスに介入する各種抗酸化ストラテジーの効果を検討することにより酸化ストレスの役割を明らかにすることを目的としている。これらの抗酸化ストラテジーのごく部分的な成功すら、加齢のフリーラジカル説の間接的証明となると共に現実的に加齢関連疾患(いわゆる老年病)の予防及び治療に結びつきうるものであり実際的なアプローチとして極めて必要性が高い。従来まで、和漢薬や栄養学的アプローチは、分子遺伝学,遺伝子導入などの手法と全く別の次元で論じられてきた。本研究プロジェクトは,現在考えられるかぎり(栄養学的、薬理学的、分子遺伝学的)のあらゆる手法を並列的に進行させることを試みた。また、出来うる限りin vivoの系で検討し、実験動物を用いた研究を通じ、ヒトの健康寿命延長への手段により科学的根拠を得ることを目標とした。
研究方法
デプレニル及びそのアナログ薬(ラサジリン、R-2HMP)を用い、これらの物質のSOD、CAT酵素活性上昇作用を検討した。また、テトラヒドロクルクミン、八味地黄丸の経口投与を加齢マウスで、開始した(木谷)。生体エネルギー代謝を活性酸素のクロストークが制御する様相を分子、ミトコンドリア(Mt)、細胞および組織のレベルで、オキシメーターやESRによる酸素関連代謝を中心に解析した。特に、Mtの加齢性変化に関しては老化促進マウス(SAM-8)を用いて解析した(井上)。インド料理や生薬の主成分として伝統的に用いられてきた香辛料「ターメリック」の黄色色素クルクミンの体内代謝物テトラヒドロクルクミン及びゴマに含有されるセサミノール抗酸化物質セサミノール配糖体 (SG) などの大量精製を試みた。これらの抗酸化物質の実験動物への経口投与により、ワタナベ兔の動脈硬化、マウスの抗酸化系への影響を調べた(大澤)。Wistar 系雄性ラット (6週齢,体重150 g前後) に地楡エキスを100あるいは200 mg/kg体重/日を30日間連日経口投与し、腎虚血、再灌流による組織損傷への効果を検討した。また、同様の地楡投与後、リポポリサッカライド(LPS)尾静脈内注射6時間後の血液、腎臓の変化を検討した。これらの動物から腎組織中のDNAを抽出、断片化の程度をアガロースゲル電気泳動、デンシトメーターで評価した。また、尿素窒素、クレアチニン(Cr)は比色法、NOxはGriess法、iNOSはVodovotzらの方法で測定した(横澤)。クリプトンレーザー照射による脳局所虚血モデルを用い、老齢動物における虚血脆弱性の機序を検討した。老齢個体と若齢個体の間のadenoviral vectorによる脳細胞、脳血管内皮細胞への大腸菌β-ガラクトシデース遺伝子導入効率の差の検討を行った(大星)。
結果と考察
ラサジリン投与ラットにおいてはラット脳内ドーパミン作動性部位である黒質、線状体などにおいて、デプレニルと同様Mn-SOD、Cu、Zn-SOD、CATの活性の有意な上昇を認めた。0.5mg/kg/dayと1.0mg/kg/dayでは前者の方がその効果は大で、デプレニルと同様過剰量ではその効果が低くなる逆U字効果のあることが示唆された。同様の効果はR-2HMPにも認められた。デプレニルについても脳外組織について検討したところ、心、腎(皮質)、脾などに強い活性上昇作用を認めた(木谷)。生体のエネルギー合成には酸素を運搬する動脈と末梢組織のミトコンドリアが重要であり、両者は活性酸素産生の主座でもある。解析の結果、NOとスーパーオキシドを主体とする
酸素ラジカル間のクロストークが血流を介してエネルギー代謝をポジティブに、またミトコンドリアにおけるATP合成反応をネガティブに制御し、両者のバランスにより局所のエネルギー産生量が精密に規定されていることが判明した。また、その代謝の歪みが高血圧や動脈硬化の病因に深く関与しすることが判明した(井上)。セサミノール配糖体(SG)の投与によりワタナベ兎血清の血清中性脂質レベルはコントロールに較べて有意に低下していた。また、動脈硬化巣も、SG投与群で有意に低下していた。TBARSの血漿レベルは、SG投与群で有意に低下していた。SG投与群では、解毒酵素として知られるグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)が有意に誘導された。クルクミン、テトラヒドロクルクミンのマウスへの投与は、SODやCATの活性を上昇させた(大澤)。虚血-再灌流を施したラット腎のDNAにラダーが出現し、腎虚血-再灌流障害にアポトーシスが関与していることが示唆された。このようなDNAの断片化は、地楡エキスを前もって30日間経口投与した場合、有意に抑制され、腎機能の指標の血中尿素窒素とクレアニチニンレベルも地楡エキス処理群で著しく低下していた。地楡エキス投与は、リポポリサッカライド投与ラットの腎組織損傷にも有意な効果を示した(横澤)。成熟ラット脳虚血導入後の脳血流の変化は、虚血側では、虚血導入10分の時点ですでに血流低下がみられ、以後、虚血60分まで大きな変化は認めなかった。導入遺伝子の発現は、虚血1日後では、C-2とI-2の部分で著明に発現するが、虚血中心部に近い部分 (I-3, I-4) では発現は不良であった。しかし、虚血4日後では、虚血側の I-3 でも導入遺伝子の発現が著明に認められるものもあった。老齢動物においても、vector投与4日(虚血後4日)の時点で、非虚血部位への遺伝子導入は良好に認められた。虚血中心部での発現は不良であったが、虚血辺縁部では導入遺伝子の発現が認められた。老齢動物への導入遺伝子発現の程度は、成熟動物と比較して、明らかな違いは認められなかった(大星)。木谷によりデプレニル及びその類似体に新しく発見された脳以外のドーパミン作動系組織における抗酸化酵素活性上昇作用という共通の薬理作用はデプレニルに知られる動物生存曲線延長作用の機序の解明に新しい手掛かりをもたらした。現在プロパジラミン類は、新たに多くの種類が開発されつつあり、これらの物質に知られるアポトーシス作用の機序の解明、パーキンソン病治療効果機序の解明の手掛かりともなる。大澤のテトラヒドロクルクミン、セサミノール配糖体の研究はこれらの食物中抗酸化成分の開発が高齢者の健康寿命(health span)に極めて有力なストラテジーとなることを示し、横澤の研究もいわゆる和漢薬の薬理作用にも強い抗酸化効果を伴うものが少なくないことを示唆し、各種和漢薬の薬理作用の科学的な解明に寄与している。井上の研究は、これら抗酸化ストラテジーに理論的根拠をもたらした。大星の研究は、臨床的に極めて切実な問題を抱える疾患である脳虚的疾患に対する臨床的に応用可能な遺伝子導入治療への道を開きつつあり、将来性に極めて富んだ結果を得ている。
結論
プロパジラミン類、地楡を用いた薬理学的介入、テトラヒドロクルクミン、SGを用いた栄養学的介入、遺伝子導入による分子遺伝学的介入は、いずれも諸種の老年病の予防、治療法の開発として新しい可能性を示している。さらに加齢動物を対象としてこれらの手段がいかなる効果をもたらすか次年、次々年度の研究結果が期待される。

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