サル二足歩行モデルを用いた予測・適応制御に関する研究:高齢者歩行の特徴とその神経機序の基礎的考案

文献情報

文献番号
199900145A
報告書区分
総括
研究課題名
サル二足歩行モデルを用いた予測・適応制御に関する研究:高齢者歩行の特徴とその神経機序の基礎的考案
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
森 茂美(岡崎国立共同研究機構)
研究分担者(所属機関)
  • 松山清治(岡崎国立共同研究機構)
  • 森大志(岡崎国立共同研究機構)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者にみられる歩行障害の神経機序としては歩行運動時の予測・適応制御にかかわる機能の低下および退行がある。本研究ではニホンサル直立二足歩行モデルを用いて歩行運動の予測・適応制御についてそれらの制御様式を明らかにしようと試みた。そのため第1にサルがその歩容を四足歩行運動から直立二足歩行運動に連続的に変換する運動課題、第2に流れベルト上に障害物を設置し、その上を直立二足歩行させる運動課題を学習させた。そして四足歩行という安定状態から直立二足歩行運動という異なる安定状態に至る変換プロセスおよび障害物歩行時のサルの歩容を運動力学的に解析した。
研究方法
1:成サルに報酬を与え流れベルト上(速度1.0,1.3,1.5m/s)で四足歩行運動を持続させた。この状態でサルの前方に位置している実験者は報酬の位置を挙上した。報酬の位置変化にともなうサルの姿勢および歩行運動の変化をサルの体幹、四肢関節にマーキング点を設け、それらの空間内位置変化から連続的に計測した。その場合に股、膝および足関節の関節角度も連続的に計測し、それぞれの関節角度にみられる相互の関係をサイクログラフとして描画した。
2:直立二足歩行運動を習熟した成ニホンサルに流れベルト上(速度0.7~1.3m/s)を歩行させた。流れベルトの中央から左側に障害物(高さ2.4、5.0、7.0cm、縦幅2.0cm、横幅25.0cm)を設置し、サルに左下肢で障害物をのりこえ歩行運動を持続する運動課題を学習させた。サルの歩容は側方および後方から連続的に録画し運動力学的に解析した。
結果と考察
<結果>1:四足歩行運動を続けているサルは報酬位置を持続的に注視した(targeting)。報酬位置の挙上にともないサルは体幹の荷重から前肢を解放し頚部を背屈した。そして報酬位置を追跡した(orienting)。次にサルは後肢に体幹の荷重をかけ立ち上がる姿勢をとった(righting)。この姿勢をとるとサルは左もしくは右前肢を報酬にむかって伸展し手指を使って報酬を獲得した。サルはその状態で直立二足歩行運動を持続した。サルはtargeting, orienting そして righting に至る一連の動作を流れベルト速度の増加にともないより速やかに実行した。これら連続した動作の実行に際して股および膝関節の伸展すなわち立ち直り動作が四足から二足歩行運動の変換に際して最も重要な役割を果たした。
2:次の2点の研究結果を得た。(1)サルは歩行面の前方から接近してくる障害物に対して左下肢の膝および足関節をより強く屈曲し、障害物上に十分な空間を作り障害物をのりこえ左下肢を歩行面に着地した。その場合に空間の高さは障害物の高さに対応して増大した。この状態で右下肢は一側着地相においても体幹の荷重を保持し、左右側における体軸の振れは正常歩行時の場合の振れとほぼ同程度であった。(2)(1)の状態ができない場合、サルの左下肢は障害物につまづいた。その場合に体軸は前傾しサルは一側上肢を前方に伸展する転倒防御姿勢をとった。しかし次の歩行周期では速やかに姿勢を立て直し直立二足歩行を持続した。またその際にサルは膝関節および足関節をより強く屈曲し、障害物の次の接近に備える予測的歩容をとった。これらの研究成果はサルが新しい運動課題の学習に際して適応および予測制御の新しい機能を獲得し運動課題を解決したことを示している。
<考察>1:直立二足歩行運動の制御には運動分節と呼ばれる上腕、前腕、上腿、下腿など数多くの分節の統合された運動が必要となる。運動分節の機能統合に際しては脳幹から下行する網様体脊髄路や外側前庭脊髄路に加えて大脳皮質から下行する皮質脊髄路が重要な役割を果たすと考えられる。これら網様体脊髄路や外側前庭脊髄路を構成する単一軸索は脊髄の全長に対して軸索側枝を分枝して介在細胞群を支配し、運動細胞群の活動様式を介在細胞群によって制御する。高次神経による運動分節の統合機序、そして歩行運動の制御機序として研究代表者は前年度までに得られた研究成果から並列・集中制御仮説を提出した。この作業仮説の基本となるのは小脳室頂核が姿勢の制御と歩行運動の発動に対して直接的にかかわっているという実験成果(Moriら, J. Neurophysiol., 1999)である。室頂核には生体の内界受容器そして外界受容器などほぼ全ての受容器からの感覚情報が収斂する。その一方で室頂核からは下行性の運動遠心路が始まり、その中には室頂核-上丘-網様体脊髄路、室頂核脊髄路、室頂核網様体路、室頂核前庭脊髄路などが含まれる。これら複数の下行路は左右両側性に脊髄に向かって並列して下行する。それぞれの下行路はサルがその歩容を四足から直立二足歩行運動に変換する際に重要な役割を果たすと考えられる。すなわち室頂核は歩行運動の実行にともなう感覚情報の統合と運動情報の伝達に重要な役割を果たす。すでにヒトでは小脳室頂核やその上位機構である小脳虫部に病変があると体幹失調を主訴とする歩行障害の発現することが報告されている。歩行障害の病態神経機序や高齢者に特徴的な歩容を理解する点からも上記の並列・集中制御仮説は興味深い。
2:得られた研究成果は歩行運動の予測・適応機能をサルが学習するとサルの高次神経系内においては機能的再構成 reorganization のおきていることを示唆していると考えられる。サルが問題解決のため巧みに下肢の遠位端の運動を制御したことから、大脳皮質内においては下肢支配領域が新しい活動様式を始めたことが考えられる。さらに上記した小脳室頂核からは視床核に対する上行性投射もあり、この神経核からは大脳皮質感覚運動野・連合野に対する投射もある。さらにこれらの皮質領域からは小脳前核に対する投射もあり、小脳前核からは小脳皮質・小脳核に対する投射もある。これら室頂核を中心とした神経回路を考慮に入れると、予測・適応制御機能の獲得に際して皮質運動野から下行する皮質脊髄路線維が下肢筋支配運動細胞群と新しい神経回路を構築した可能性も考えられる。平成12年度の研究においてはこれらの点にとくに注目して研究を進めたい。そのため経頭蓋磁気刺激法を用いてサルの大脳皮質を刺激し、下肢遠位端支配の筋活動にどのような促通効果が発現するのかを解析する予定である。本研究をすすめることによりヒト直立歩行運動の適応・予測制御にかかわる高次神経機序の実態が推定できると考えられる。
結論
1:本研究の研究成果は直立二足歩行の遂行に際して股関節を中心とした関節運動が膝関節、足関節運動に比較してより重要な役割を果たしていることを示すものとして注目される。別な観点から考えると空間内において股関節を安定した可動範囲に設定することは直立姿勢の安定性を増強することにもなり、姿勢と歩行運動の機能統合をより容易にしていると考えられる。
2:流れベルト上での直立二足歩行を習熟した成サルは障害物トレッドミル上の歩行課題に対応して予測および適応制御様式の両者を動員し新しい歩行課題を解決したと考えられる。研究成果は直立二足歩行運動の学習によって下肢支配の大脳皮質内では下肢筋活動をより強く制御する機能的再構成が生じていることを示唆する。

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