機能画像による高齢者脳高次機能の解析に関する研究

文献情報

文献番号
199900142A
報告書区分
総括
研究課題名
機能画像による高齢者脳高次機能の解析に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
伊藤 健吾(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 山田孝子(国立療養所中部病院)
  • 米倉義晴(福井医科大学高エネルギー医学研究センター)
  • 福山秀直(京都大学医学部)
  • 松田博史(国立精神神経センター武蔵病院)
  • 福田 寛(東北大学加齢医学研究所)
  • 小嶋祥三(京都大学霊長類研究所)
  • 石垣武男(名古屋大学医学部)
  • 加藤隆司(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究ではPET(positron emission tomography)、SPECT(single photon emission computed tomography)、MEG(magnetoencephalography)、fMRI(functional magnetic resonance imaging)などの機能画像と形態画像としてのMRIを利用して、機能と形態、機能と機能の組み合わせにより高齢者の脳機能を総合的に解析した。これにより、正常者における脳高次機能の加齢変化を明らかにして高齢者の特質を理解するとともに、病的加齢としての痴呆性疾患によって生じる脳の機能異常を明らかにして正常加齢との違いを検討した。
研究方法
各分担研究者が以下のような項目を検討した。
1)脳磁図を用いた認知機能の解明―運動視機能の加齢変化―(山田)
40歳以下の健常若年成人6例、50歳以上の高齢者6例を対象として仮想的な運動刺激(見かけ上動いているように見える線分)を呈示し、MEGで誘発磁界を記録して顔の認知過程における加齢変化を検討した。
2)PETおよび機能的MRIを用いた高次脳機能の加齢変化(米倉)
側頭葉内側部と他の皮質領域を結ぶ神経回路の正常な働きとその加齢性変化を調べる目的で、9名の若年者と6名の高齢者に静磁場強度3Tの装置によるfMRIを用いて脳賦活検査を施行した。実験課題の視覚刺激には、ヒトの顔の感情を表出していない、笑顔の表情、怒りまたは嫌悪を示す表情の三種類の白黒写真を用いた。被検者は呈示された顔の性別を判断しボタンを押させた。
3)社会的コミュニケーション機能のPETによる検討(福田)
痴呆患者においては初期から他者とのコミュニケーション機能が傷害されると言われる。この機序を明らかにする目的で、視線認知に関わる脳機能部位の同定と社会的判断特に人物評価にかかわる神経機能の解明の二つを検討した。視線認知のPET検査には、8名の健常男性を被検者とした。呈示した視覚刺激は、女性の顔の動画で、その視線が被検者の方に向いている、被検者の隣の人物に向けられているに二つを用意し、課題として視線の動きの判定をさせた。また、人物評価課題では、呈示した顔から性格を推測させた。
4)記憶、注意の加齢に伴う機能低下の神経機序に関するPETを用いた研究(小嶋)
高齢者では、新たに知り合ったヒトの顔がおぼえられない経験をもち、しばしば問題となっている。この顔-名前の連合記憶がどの脳領域のはたらきに基づくものであるのかを明らかにすることを目的とした。用いた視覚刺激はヒトの顔で、これと人名あるいは職業に関する記銘課題と再生課題を若年健常人10名に行わせた。
5)パーキンソン病における認知機能速度の低下に関する研究(福山)
機能画像法を用いたパーキンソン病の高次脳機能評価のための基礎実験として、今年度は、パーキンソン病及び健常高齢者における認知速度の低下について行動学的評価を行った。対象としたのは、パーキンソン病患者15名であった。実施させたmental課題は、曜日を繰っていくmental operation-verbal課題と、縦横3ますの中での位置を追跡させるmental operation-spatial課題とした。
6)レイヴン色彩マトリックス(RCPM)課題による脳高次機能の評価(加藤)
痴呆のないパーキンソン病患者において、RCPMの成績が健常高齢者より低く、その成績と後頭葉、頭頂葉における脳血流と相関関係があることを明らかにしてきた。このRCPM課題遂行時の脳の活動部位を調べるために、健常若年成人6名に対してPET検査を行った。
7)初期アルツハイマー病患者の高次脳機能障害の縦断的変化に関する研究(松田)
初期アルツハイマー病(AD)患者の病勢の進行に同病発症の危険因子であるApolipoprotein E(APOE)がどのように影響するかについて、脳血流SPECT、神経心理学的検査による縦断的検討を行った。初回時MMSEにて24点以上であった初期AD患者37例(APOEε4(+)、15例;APOEε4(-)、21例)につき約1年の間隔を空け、3回の脳血流SPECT及び神経心理学的検査を施行した。統計解析には年令をmatchさせた95例(Normal Data Base、NDB)を対照群とした。
8)Age associated memory impairment(AAMI)と早期痴呆症との鑑別診断に関する検討(石垣)
早期痴呆症における脳糖代謝を明らかとする、また早期痴呆症での経時的な糖代謝の変化を検討する目的で、MMSEテストにて20点以上の早期痴呆症(疑)またはAAMI(疑)患者14症例を対象として11か月以上の間隔をおいて2回のFDG-PETを施行した。
9)パーキンソン病におけるドーパミン神経系の障害と大脳皮質機能障害の関連に関する検討(伊藤)
ドーパミン系神経には黒質ー線条体系神経に加え前部帯状回などに投射する中脳-辺縁・皮質投射系が知られている。我々の現在までのPETによる検討では、痴呆をもつパーキンソン病では前部帯状回のF-18-DOPAの集積低下が示されている。パーキンソン病におけるドーパミン神経系の障害と大脳皮質の機能障害の関連を検討する目的で、前部帯状回、尾状核、被殻のFDOPA取り込み率(Ki値)とFDG PETによる全脳の糖代謝分布の相関をパーキンソン病患者34名(MMSE17~30点)についてstatistical parametric mapping(SPM)を用いて3次元的に解析した。
結果と考察
1)脳磁図を用いた認知機能の解明―運動視機能の加齢変化―
全例で右後頭部のセンサーより頂点潜時160ミリ秒前後の誘発反応が記録され、発生源はいずれも右後頭葉外側のヒト運動視中枢と考えられている部位の近傍に推定された。反応の頂点潜時を両群で比較すると、若年群に対し、中高齢群は有意に延長し、潜時の延長は年齢と正の相関を示した。以上より、加齢性変化は,神経伝導ではなく神経ネットワークの情報処理過程にあらわれていることがわかった。
2)PETおよび機能的MRIを用いた高次脳機能の加齢変化
若年者では顔刺激により扁桃体、下部側頭葉、頭頂葉、前頭前野などが有意に賦活された。さらに顔の感情価と扁桃体、海馬傍回などとの特異的な関係が明らかになった。高齢者でも扁桃体を含むこれらの領域で賦活が認められたが、その程度や範囲は若年者よりも弱かった。皮質領域において若年者は側頭-頭頂葉優位、高齢者は前頭葉優位の賦活が認められた。これらの結果は加齢が顔の認知に関わる神経回路網に影響を与えていることを示している。
3)社会的コミュニケーション機能のPETによる検討
視線が自分自身に向いている時のみ、右の扁桃体が活動していたが、情動を伴う認知で扁桃体が関わっていることを示している。人物評価課題で賦活かされたのは、左上前頭回内側、左帯状溝、左下前頭回、左島前部で、特異的に最も強く活動した部位は、左上前頭回内側であった。左上前頭回内側に関しては「他人の心の理解」に関与するというPET activation studyの先行研究があり,社会生活上重要な役割を担っていることが推定される。
4)記憶、注意の加齢に伴う機能低下の神経機序に関するPETを用いた研究
顔-名前連合記憶課題の成績は、10問中5から9(平均6.1)であった。これに対して顔-職業連合記憶課題の成績は9人中8人が10問全問正解で、残りの1人も9問正解と非常によかった。被験者ごとに2つの課題の成績を比較しても、9人全員で顔-職業連合記憶課題の成績が顔-名前連合記憶課題の成績よりよかった。この差は、視覚的なイメージを記憶方法に用いることができるか否かという方法の違いによることが示唆された。
5)パーキンソン病における認知機能速度の低下に関する研究
健常高齢者群とパーキンソン病患者群の間で提示速度の増加による正答数の低下に相違があるかどうかを、反復測定分散分析を用いて、群と呈示速度の交互作用を解析したところ、Mental operation-Verbal(MO-Verbal)課題では統計学的に有意な交互作用を認めた(p < 0.005)。MO-Verbal課題では遅い提示速度では両群間で差違がないにも関わらず、提示速度が速くなるにつれて、パーキンソン病患者群で有意に正答率が低くなると結論された。このことは、パーキンソン病での認知速度の低下を示すものと考えられる。
6)レイヴン色彩マトリックス(RCPM)課題による脳高次機能の評価
RCPM課題を行わせた健常人ボランティアでは、後頭葉、頭頂葉を主体とする脳血流の増加が認められた。この領域は、パーキンソン病患者のRCPMスコアと相関する脳血流領域と重なっていた。これらの結果から、痴呆のないパーキンソン病患者のRCPMスコアの低下は、後頭頭頂葉の機能低下すなわち視覚認知障害によるものと考えられた。
7)初期アルツハイマー病患者の高次脳機能障害の縦断的変化に関する研究
APOE群とNDB群とのSPMによる縦断的解析では、APOEε4(+)のAD群は、どの時点でも両側帯状回後部、楔前部を中心とした両側頭頂葉の有意な血流低下にとどまったのに対し、APOEε4(-)AD群では、初回時こそ両側帯状回後部、楔前部を中心とした右頭頂葉の有意な血流低下だったが、14カ月後には、両側海馬、両側海馬傍回、右側頭葉外側部、両側頭葉下面、右下前頭回に、26カ月後には、両側頭葉下面などさらに広範に低下部位が広がっていった。その結果、APOEε4(+)の存在しないことが、初期は、病勢の進行を促進させている可能性があることがわかった。
8)Age associated memory impairment(AAMI)と早期痴呆症との鑑別診断に関する検討
AAMIと臨床上診断された4例のPETの結果は、ほぼ正常所見で経時的な変化も認められなかった。一方で臨床上初期痴呆症と診断された10症例では、初回検査で正常所見を示した症例が1例あったが、残り9例は、頭頂葉または頭頂葉から側頭葉にかけて低下が見られた。2回目の検査において、明らかな変化がないかあるいは低下の進行が認められた。
9)パーキンソン病におけるドーパミン神経系の障害と大脳皮質機能障害の関連に関する検討
前部帯状回のFDOPA Ki値と前部帯状回より前頭葉皮質領域の糖代謝の間に相関部位がみられ、一方、尾状核のKi値は後部帯状回より頭頂ー側頭連合野の糖代謝の間に相関部位が検出された。尾状核,前部帯状回に投射するドーパミン神経の障害は,各々全く異なる大脳部位の糖代謝低下と相関が見られた点から,各ドーパミン神経系の障害が何らかの形で大脳皮質機能低下に関連していることを示唆する所見と考えられる。
結論
加齢および痴呆性疾患によって生じる脳の機能変化がどのような神経システムを基盤として生じているかをMEG、PET、SPECTなどの脳機能画像、心理テストなどを用いて明らかにした。特に視覚認知、記憶、社会的コミュニケーションなどの脳機能について得た新知見は、正常加齢のみならず高齢者神経疾患の病態生理を説明することにも貢献するものであった。

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