老化に伴う黒質ドーパミン神経細胞死の機序の解明とそれを防御する薬剤の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900140A
報告書区分
総括
研究課題名
老化に伴う黒質ドーパミン神経細胞死の機序の解明とそれを防御する薬剤の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
丸山 和佳子(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 直井 信(応用生化学研究所)
  • 田中雅嗣(財団法人岐阜県国際バイオ研究所)
  • 服部信孝(順天堂大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化に従って頻度が増加するいわゆる老年病の中でも、中枢神経の疾患は老人のquality of life (QOL) を低下させる原因として最も重要なものの一つである。黒質から線条体へ投射するドーパミン神経細胞は運動機能を司り、老化によりあるいは多くの神経変性疾患においてその数と機能が低下することが知られている。この原因としてはドーパミン神経は常に酸化的ストレスに晒されている為であると考えられている。ドーパミンを代謝する際生成するreactive oxygen species (ROS) は細胞傷害を引き起こす。他方細胞内のROSの90%以上はミトコンドリアで生成され、その1-5%が消去されず酸化的ストレスを生じる。ROSによる細胞傷害のメカニズムを解明することにより、老化に伴う神経傷害を防御できる可能性がある。一方、パーキンソン病は老年病の代表的なものであるが、近年申請者らはヒト脳内に存在するドーパミン神経に選択的な神経毒であるN-methyl(R)salsolinol の生成酵素活性がパーキンソン病患者で増加していることを見い出した。しかしN-methyl(R)salsolinolによるドーパミン神経細胞に選択的な細胞死の機序は明らかとなっていない。さらに最近B型モノアミン酸化酵素の阻害剤である(-)deprenyl にドーパミン神経保護作用があることが報告された。(-)deprenylは経口投与可能で血液脳関門の移行も良好な薬剤であるが、その作用は十分ではなく、また覚醒剤類似の化学構造をもつ代謝物が生成する点で問題があった。本研究の目的は生理的老化あるいは老年病に伴うドーパミン神経細胞死のメカニズムを解明し、それを防御する薬剤を開発することである。
研究方法
初年度は培養細胞による神経細胞のモデル系を用いた研究、および老齢者やパーキンソン患者から得られた臨床サンプルの分析を行い、班研究の基礎となるデータを得ることができた。1)神経毒あるいは酸化的ストレスによるドーパミン神経細胞死の分子メカニズム;ヒト神経芽細胞腫であるSH-SY5Y 細胞をドーパミン神経のモデルとして用い、ヒト脳内在性のMPTP類似の神経毒N-methyl(R)salsolinol、あるいは神経変性疾患への関与が示唆されているラジカルであるperoxynitrite処理による細胞死の細胞内シグナル伝達機構について検討した。細胞死の定量と定性(アポトーシスかネクローシスか)については蛍光顕微鏡による形態観察によった。ミトコンドリア膜電位の変化を経時的に定量するため蛍光色素JC-1を用いた。カスパーゼの活性化の測定にはWestern blotting を用いた。(丸山)2)新しい経口投与可能な神経保護薬の開発;ドーパミン神経細胞に対し神経保護作用を持つ可能性のある(-)deprenyl 類似のpropargylamine 化合物について、その抗アポトーシス作用をSH-SY5Y 細胞を用い検討した。Single cell gel electrophoresis assay (comet assay) により抗アポトーシス作用に必要な化学構造を明らかとするとともに、1) で得られた結果をもとに薬剤の作用点がアポトーシスの細胞内シグナル伝達のどの段階であるかについて検討を行った。(直井)3)ドーパミン神経細胞死におけるミトコンドリア遺伝子の関与;ミトコンドリア脳筋症に特有な遺伝子異常を持つミトコンドリアを導入した培養細胞を樹立し、正常ミトコンドリアをもつ細胞と対比させて研究を行った。定常状態における細胞内ラジカルのレベル、および酸化的ストレスに対する細胞の脆弱性を比較した。細胞内ラジカルの定量には蛍光色素2',7'-dichlorodihydro -fluorescein diacetate (H2DCFDA)とflow cytometr
y を用いた。酸化的ストレスの細胞内局在を明らかとするために、過酸化脂質に対する抗体を用いてWestern blotting と免疫組織染色を行った。(田中)4) 正常老化およびパーキンソン病患者における酸化的ストレスによる黒質ドーパミン神経傷害; 8-hydroxydeoxyguanosine (8-OHdG) は酸化的ストレスによるDNA傷害のマーカーである。パーキンソン病患者および対照患者から得られた尿中の8-OHdG濃度をELISA法にて定量した。ヒト剖検脳を用いてミトコンドリアにおけるDNA 修復酵素である8-oxo-dGTPase (MTH)タンパクの組織免疫染色とWestern blotting による定量を行った。(服部)
結果と考察
1)神経毒あるいは酸化的ストレスによるドーパミン神経細胞死の分子メカニズム; 強力なラジカルであるperoxynitrite は高濃度ではネクローシス、低濃度ではアポトーシスを惹起した。それに対し、ヒト脳内在性神経毒N-methyl(R)salsolinol は濃度依存的にアポトーシスのみを惹起した。N-methyl(R)salsolinol自体はラジカルを生成しなかった。N-methyl(R)salsolinolに構造の類似した他のイソキノリン類は殆どアポトーシスを惹起しなかった。また光学異性体であるN-methyl(S)salsolinol はアポトーシス誘導活性が低かった。PeroxynitriteおよびN-methyl(R)salsolinolはミトコンドリア膜電位の低下とそれに引き続くカスパーゼの活性化を介してアポトーシスを惹起することが証明された。今後ラジカルがどのような分子メカニズムでミトコンドリアの膜電位を低下させるのか、検討が必要である。一方N-methyl(R)salsolinolによるアポトーシスはラジカル生成を直接的には介さないと考えられ、何らかの標的分子の活性化によりアポトーシスの細胞内シグナル伝達を活性化されたことが示唆された。今後詳細なメカニズムを解明することが必要である。2) 新しい経口投与可能な神経保護薬の開発; 抗アポトーシス作用のためには疎水基に結合したpropargylamine 基が必要であることが明らかとなった。Propargylamine化合物はラジカルあるいは神経毒によるミトコンドリア膜電位の低下を抑止した。Propargylamine化合物の作用機序としては新たなタンパク生成を介するという説や、glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase (GAPDH) の核内移行を妨げることによるとの説が報告されている。今回の研究では、propargylamine化合物が直接ミトコンドリアに作用する可能性が示された。今後、propargylamine化合物の作用点を明らかとするための研究が必要である。3)ドーパミン神経細胞死におけるミトコンドリア遺伝子の関与;細胞内における酸化的ストレスあるいはラジカル生成の場は主にミトコンドリアと考えられ、事実これまでに加齢あるいはパーキンソン病におけるミトコンドリアDNA変異の蓄積が報告されている。変異ミトコンドリアを導入した細胞においては定常状態の細胞内ラジカルレベルが増加しており、細胞は酸化的ストレスに対し脆弱となっていた。脂質過酸化のマーカーである4-hydroxy-2-nonenal (4-HNE) およびhydroxyl-lysine (HEL) との結合タンパクに対する抗体で細胞を染色したところ、変異ミトコンドリアに陽性像が認められた。ミトコンドリア遺伝子の変異は細胞内特にミトコンドリアにおける酸化的ストレスを増加させ、さらにDNA変異の蓄積を亢進させる可能性が示された。4) 正常老化およびパーキンソン病患者における酸化的ストレスによる黒質ドーパミン神経傷害; 尿中の8OHdG量は、パーキンソン病患者で疾病対照、および正常対照より増加していた。加齢により緩やかに尿中8OHdG量は増加する傾向を示した。すなわち、パーキンソン病患者においては黒質のみならず全身で酸化的ストレスによるDNA傷害が惹起されていることが示唆された。パーキンソン病患者の黒質において、反応性と思われるDNA修復酵素MTHタンパクの増加が認められたことより、本疾患ではミトコンドリアにおける酸化的ストレスが亢進していることが示唆された。
結論
加齢あるいはパーキンソン病における黒質ドーパミン神経細胞死については酸化的ストレスあるいは脳内在性神経毒の関与が示唆されている。今回の研究でこれら
による細胞死の機序にはミトコンドリアの機能不全と、ミトコンドリア依存性のアポトーシスシグナル伝達の活性化が中心的な役割を果たしていると考えられた。propargylamine化合物はミトコンドリアに直接作用することによって細胞死を防御する可能性が示された。
本研究により老化および老年病にともなう神経細胞死を予防あるいは抑制する新たなストラテジーが見い出される可能性があると考えられる。

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