がん患者のQOL向上を目指す支持療法に関する研究

文献情報

文献番号
199900137A
報告書区分
総括
研究課題名
がん患者のQOL向上を目指す支持療法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
山脇 成人(広島大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 武田文和(埼玉県県民健康センター)
  • 平賀一陽(国立がんセンター中央病院)
  • 西野卓(千葉大学医学部)
  • 内富庸介(国立がんセンター研究所支所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
-円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がん患者のQOL低下の要因となっている身体的・精神的苦痛の内容およびその背景因子を解析するとともに、その苦痛発生の病態機序を科学的に解明し、病態機序に基いた支持療法の開発・改良、その臨床的応用とインフォームド・コンセントや服薬指導等との関連性を検証することを主目的とする。
研究方法
1. 身体的支持療法
① がん性疼痛に対して、モルヒネの作用・副作用、服用法などを盛り込んだ小冊子を用いたモルヒネ服薬指導を行ない、その有用性を調査検討する。
② がん患者の呼吸困難感を適切かつ簡便に評価する尺度を開発する。
③ 気管支喘息に有用といわれるフロセミド吸入の呼吸困難感に対する効果を健常人で検討し、併せてその作用機序の基礎医学的検討を行なう。
④ 呼吸困難感に対する各種ステント留置法およびモルヒネ吸入の効果をオープンスタディによって検討する。
⑤ 末期がん患者における褥瘡の病態とその経過に関与する因子を調査し、がん性褥瘡のケアに関する指針をまとめる。
2. 精神的支持療法
再発リスクの高い乳がん患者を対象としたグループ療法が、患者の感情状態およびコーピングに及ぼす6ヶ月後の長期的効果を無作為比較対照試験により検討する。
3. 社会的支持療法
がん患者の在宅医療を推進するため、患者の障害度の多面的な評価システムを作成するとともに、特に末期がん患者に焦点を当てた新たなリハビリテーション・プログラムの開発を進める。
4. 医学・看護教育
医学および看護学教育における医療用オピオイドおよびがん疼痛治療法に関する正しい知識の普及に寄与すべく、代表的な内科学および薬理学の教科書におけるこれらの記載内容の妥当性を検討する。
結果と考察
1. 身体的支持療法
①モルヒネの知識に関する小冊子の配布により、保存的有痛患者および末期患者において経口モルヒネ及びモルヒネ注射の使用頻度が高まり除痛率も上昇したことから、小冊子を用いたモルヒネ服薬指導の有効性を明らかにした。なおオープンスタディにおいて、モルヒネによる傾眠に対してフェンタニールへの置換が有効であった。
②がん患者の呼吸困難感を簡便・適切かつ包括的に評価する 12項目の「Cancer Dyspnea Scale」を開発し、その施行可能性、信頼性、妥当性が良好であることを統計学的に検証した。
③健常人を対象としたdouble-blind, randomized, crossover studyにより、フロセミド吸入が呼吸困難感を緩和することを明らかにした。またラットを用いた基礎的検討から、そのメカニズムは肺伸展受容器活動の亢進と肺イリタント受容器活動の抑制によることが示唆された。
④呼吸困難の原因となる悪性気道狭窄あるいは気管/気管支瘻に対し、その病態に応じて種々のステントを使い分けることで呼吸困難ひいては患者のQOLを向上させ得ることが示された。
⑤末期がん患者の褥創発生率は約41%で、その部位は仙骨部が約78%を占めていた。これは末期がん患者が仙骨に体圧を集中させるファーラー位や仰臥位を持続する状況にあるためで、これらの体位を持続させる要因のなかでも呼吸困難が褥創発生に大きく関与していることが明らかになった。
2. 精神的支持療法
再発リスクの高い乳がん患者に対する上記プログラムの有効性について無作為比較対照試験を行ない、6ヶ月後に患者の心理状態を評価した結果、治療群は対照群に比べて不安、抑うつとも有意に改善し、がんに対する前向きな態度も向上していたことから、6週間という短期的なグループ介入が、乳がん患者の不安・抑うつ、がんへの取り組み方に対して長期的な効果があることを明らかにした。
3. 社会的支持療法
進行癌、末期癌における全身体力の著しい消耗状態そのものを対象とする新しいリハビリテーション・プログラムの有用性について検討した。プログラム開始前にはほぼ全例について主治医・家族とも自宅復帰不可能と考えていたが、1年間でその3~6割は一旦は自宅復帰が可能になった。またADL自立度は、一度も自宅復帰せずに死亡した例でもほとんどの例で一度は向上した。固形がんと白血病などの非固形癌とを比較すると、改善率は一見固形がんの方がよいが、白血病などでは改善の程度の大きいものが多い。特に自宅復帰例で改善率が良好であり、起居移動、上肢中心のADLのいずれかあるいは両方がプログラム開始前後で改善を示した例は9割以上であった。
4. 医学・看護教育
最新版の教科書の記載内容は、一部updateされているものの、がん疼痛治療におけるモルヒネの使用法の記載には不十分な点が多く、特にモルヒネの依存性、耐性、薬理作用等に関して不適切な記載が目立った。
結論
1. 身体的支持療法
がん疼痛治療においてモルヒネ使用を含むWHO方式鎮痛法が普及してきているとはいえ、その実践はまだ不十分であり、モルヒネの知識についての小冊子を用いてモルヒネの服薬指導を徹底することにより、除痛率を向上させることが必要である。また現在対応に苦慮することの多いがん患者の呼吸困難感については、これが終末期患者の褥瘡発生にも大きく関与していることが明らかになり、今回開発したがん患者の呼吸困難感の自己評価尺度Cancer Dyspnea Scale を用いたより有効な治療法の確立が必要である。その可能性の一つとして、吸入フロセミドが呼吸困難感を緩和しうることが示唆されたが、臨床応用に関してさらに検討が必要である。また悪性気道狭窄あるいは気管/気管支瘻による呼吸困難の改善に有用なステント療法については、さらに安全かつ簡便な手技の開発が望まれる。
2. 精神的支持療法
6週間という短期的な心理社会的介入が、患者の感情状態とがんに取り組む態度に対して6ヶ月以上の長期的な効果を示す可能性が示唆され、がん患者への心理社会的グループ介入の有効性がアジア諸国において初めて無作為比較対照試験によって示されたという点でその意義は大きい。今後は、本介入方法のマニュアル化、および教育・訓練のための講習会の実施、さらには乳がん以外のがん患者への介入法の応用などが課題である。
3. 社会的支持療法
進行癌、末期癌における全身体力の著しい消耗状態そのものを対象とする新しいリハビリテーション・プログラムについて、その有用性をがん医療従事者に広く周知するとともに、より効果的かつ簡便なプログラムの開発が必要である。
4. 医学・看護教育
近年、がん疼痛治療法の主役を果たすオピオイドの使用法は急速に進歩しており、医学と看護学の初期教育において学生が使用する教科書の記載内容は適切にupdateされるべきである。最新版の教科書においても、がん疼痛治療におけるモルヒネの使用法などに関して不適切な記載が目立ったが、医学と看護学の卒前教育を卒後の医療現場に通じる適切なものにするためにも、今後、これらの学生用教科書における不適切な記載を早急に是正することが必要である。

公開日・更新日

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