機能を温存する外科療法に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900136A
報告書区分
総括
研究課題名
機能を温存する外科療法に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
海老原 敏(国立がんセンター東病院)
研究分担者(所属機関)
  • 小宮山荘太郎(九州大学)
  • 波利井清紀(東京大学)
  • 武藤徹一郎(癌研究会附属病院)
  • 鳶巣賢一(国立がんセンター中央病院)
  • 佐々木寛(東京慈恵会医科大学)
  • 野口昌邦(金沢大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
61,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、がん治療にあたって生存率をさげることなしに、治療後の種々の障害を軽減してQOLの低下を防ぐことにある。1)頭頸部がん:日常生活に欠くことのできない経口摂取、会話などの機能を温存することは治療後の社会復帰、QOLの維持の観点からも重要なことである。また高齢者の多いがん症例では、味覚障害はQOLを著しく低下させる。がん治療に伴う味覚障害のメカニズムを解明し、その治療法を開発することも重要な課題である。下顎骨広範囲切除後の再建に対し、血管柄付き骨移植は確立された方法となったが、今年度の研究では、より手術侵襲の少ない方法として、再建プレートを支持にfree flapで被覆した方法を開発した。がん治療に伴う味覚障害については放射線治療中の味覚障害の程度とその原因と回復過程を解析した。2)骨盤臓器がん:進行下部直腸がん患者を対象に、機能温存とがんの根治性の面から術前放射線療法が有効か否かを検討することを目的とした。また、前立腺全摘術後の尿失禁を予防する膀胱・尿道吻合術のあり方について検討した。婦人科がんでは、これまでに開発した術式「腹腔鏡下補助膣式(準)広汎性子宮全摘術」のphase II studyを行う。3)乳がん:センチネルリンパ節(sentinel lymph node: SLN)を正確に同定し、かつ、術中に腋窩リンパ節転移の有無を正確に診断し、転移を認めない症例に腋窩リンパ節郭清を省略することを目的とした。
研究方法
1)頭頸部がん:これまで開発された機能温存手術の適応と限界について検討すると共にさらに中咽頭がんに対する新しい術式を開発するためこれまでの症例の分析を行った。いずれの術式についても、その適応と限界を明確にすることを目的として、臨床例に施行した。治療法の選択に関しては、放射線治療等の他の治療法についても十分に説明した上で文書による同意を得て行った。 下顎欠損に対して遊離皮弁とプレートで再建した症例は38例であった(1979-1997年)。再建プレートの種類は、AOプレート(11例)とチタンプレート(27例)であった。照射に伴う味覚障害については、照射野に味蕾が多く含まれる上咽頭がん7例、中咽頭がん6例、下咽頭がん10例および照射野に味蕾があまり含まれない下咽頭がん5例、喉頭がん8例に対し、蔗糖、食塩、酒石酸、塩酸キニーネの全口腔法による味覚認知閾と唾液量を計測した。2)骨盤臓器がん:進行下部直腸がん患者に対し、術前放射線療法を施行した後、側方リンパ節非郭清群(1群)と郭清群(2群)の2群からなるランダマイズド・トライアルを施行した。両群について、術後再発率、排尿・性機能障害等を比較検討するために、経過観察を行った。前立腺全摘術において術後尿失禁を予防する手術では、84例の前立腺全摘術実施例を対象に、a)術直後の尿失禁の状態、b)術後長期経過後の尿失禁の状態、c)術直後の膀胱吻合部の形態と尿失禁の関係、を解析し、可能な限り尿失禁を予防する手術操作のあり方について検討した。婦人科がんの内視鏡下手術療法は、現在までの子宮頸がん21例、子宮体がん5例に施行した。3)乳がん:センチネルリンパ節生検については、色素やアイソトープをそれぞれ、腫瘍周囲や直上の皮下に注入し、それらが集積したリンパ節を同定生検し、術中に組織学的に転移の有無を診断し、腋窩リンパ節郭清で摘出したリンパ節の組織学的転移の有無と比較した。
結果と考察
1)頭頸部がん:喉頭・下咽頭双方の切除をし、その欠損部を再建する新しい術式を施行した7症例は、いずれの症例でも経口摂取は可能で誤嚥が問題と
なる症例は認められなかった。いずれの症例も術後機能は極めて良好であり術式の術後機能の面での安全性は確立されたものと考える。中咽頭がんに対する機能を温存する外科療法の確立を目指した術式の開発に関しては、中咽頭側壁および上壁の欠損の再建では、中咽頭腔半側を埋めるような、ヴォリュ-ムのある再建で良好な構音・嚥下機能が得られた。下咽頭がんの喉頭温存手術は、この術式によっても根治が望めるものが、最もよい適応となるが、予後不良であることが分かっていても喉頭温存を強く希望する症例にも適応はあると考える。しかし、この術式の良い適応となる症例は、放射線治療による根治も期待できるものであり、それ故、十分な説明と患者による治療法の選択が不可欠である。下顎骨の再建では、遊離皮弁の完全壊死はAO再建プレート例に1例、チタンプレート1例に見られた。部分壊死はAOプレートで1例であった。プレート抜去例は前者で3例(27.3%)、後者で7例(25.9%)で有意差はなかったが、前者は手術後すぐに露出することが多く、問題であったが後者は時間を経過してからの露出となり、再建の直接的な失敗につながることが少なかった。照射に伴う味覚障害では、障害は30Gy照射でピークとなり、苦味が最も障害され次いで酸味、塩味、甘みであった。その後は照射量が増えても回復するが、回復は苦味が最も著しく次いで酸味、塩味、甘みであった。味覚刺激濃度に対する味覚強度の変化率は照射前後で殆ど変化しなかった。2)骨盤臓器がん: 1993年から1995年まで登録がなされ、1群で22例、2群で23例が解析対象症例となった。今回のトライアルは排尿障害や性機能障害を抑制するための自律神経温存術の確立に極めて重要な方向性を与えるものである。前立腺全摘術において術後尿失禁を予防する手術に関しては、術直後の尿失禁の程度は、長期的にみた尿失禁の程度と相関していた。また、術直後に尿失禁が多い群の吻合部の形態には次の特徴があった。つまり、a)吻合部直上の膀胱頸部が大きく開大している、b)吻合部が尿道憩室用に開大している、c)吻合部直下、つまり膜様部尿道断端が開大している、の三点が特徴であった。婦人科がんの内視鏡下手術療法の術式の平均手術時間は、腹腔鏡下補助膣式準広汎性子宮全摘術(LASRH):269±64分、腹腔鏡下補助膣式広汎性子宮全摘術(LARH):350±101分。平均出血量はLASRH:351±182ml、LARH:792±470ml。平均排ガス日数 1.9±0.8日。38℃有熱期間 1.2±0.9日。術後合併症は排尿障害回復日数がLASRH:5.3±3日、LARH:14.8±8日と短く軽度であった。3)乳がん:センチネルリンパ節生検は1999年5月より1999年12月までに、42例にSLN生検を行った結果、同定率は93%であった。一方、同定生検した39例のSLNを2-3 mm間隔で多数組織切片を作成し凍結組織検査を行った結果、正診率は100%に改善した。そこで腫瘍径1.5 cm以下の症例でSLN生検で転移を認めない14例に腋窩リンパ節郭清省略を開始しており、術後経過期間は短いが腋窩リンパ節再発を認めていない。
結論
1)頭頸部がん:これまでの外科療法としては喉頭を取らざるを得なかった下咽頭がん症例に対して、喉頭と下咽頭を部分切除し、その欠損を自己組織の遊離移植により再建する術式の術後機能に関する安全性、機能の良好さは、これまでの7例の経験でほぼ証明できた。元来予後が不良である下咽頭がんであるが故にその適応に関しては症例ごとの十分な検討が必須である。この術式の適応となる症例の数は必ずしも多くはないが症例を重ねつつ一般化していくことを目指し、いくつかの施設での追試が行われている。下顎骨をプレートで再建し、遊離皮弁でこれも被覆する方法ではプレートの露出が問題であるが、チタンプレートを使えば早期の露出が少なく、低侵襲のため症例によっては良い方法である。照射に伴う味覚障害に関しては主に照射範囲の中に含まれる味蕾の障害が主因と考えられる。2)骨盤臓器がん:下部進行直腸がんに対し、術前照射により側方リンパ節郭清を省略し、自律神経を温存する術式の妥当性を検討することは患者のQOLの観点から重要な事項であると考えられた。また、前
立腺全摘術の術後尿失禁の予防には、術直後の尿失禁を予防することが、長期的な失禁の予防につながっていることがわかった。術直後の失禁予防のコツは、a)尿道断端の口径に合わせた新内尿道口を形成すること、b)結紮吻合の際に、吻合部自体が開大するか、あるいは膜様部尿道断端が開大するような操作を避けることが非常に重要であることが示唆されたと考える。婦人科がんの内視鏡下手術療法では、early phase II studyにおいて、新術式は手術侵襲が少なく研究続行に値する術式である。また本年度新たに、腹腔鏡下傍大動脈リンパ節生検および郭清術の左側方腹膜外アプローチの開発が行えた。3)乳がん:センチネルリンパ節生検では腫瘍径1.5 cm以下の症例でSLNが正確に同定生検され、術中の迅速組織検査で転移を認めない症例では腋窩リンパ節郭清を省略できると考えられる。

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