新しいがん薬物療法の研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900131A
報告書区分
総括
研究課題名
新しいがん薬物療法の研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
西條 長宏(国立がんセンター中央病院)
研究分担者(所属機関)
  • 西尾和人(国立がんセンター研究所)
  • 桑野信彦(九州大学医学部)
  • 秋山伸一(鹿児島大学医学部)
  • 杉本芳一(財団法人癌研究所癌化学療法センター)
  • 佐々木琢磨(金沢大学がん研究所)
  • 福岡正博(近畿大学医学部)
  • 田村友秀(国立がんセンター中央病院)
  • 南 博信(国立がんセンター東病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
49,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
抗がん剤感受性・耐性を左右する因子としてP-糖蛋白、multidrug resistant protein (MRP)、multicanalicular organic anion transporter (cMOAT)、lung resistance protein(LRP)等のトランスポーター、DNAトポイソメラーゼII、チュブリン、細胞周期調節蛋白、解毒酵素、DNA修復能などを挙げることができる。これらの分子標的遺伝子のクローニングを行うとともにヒト腫瘍における発現の機序・意義を把握し、様々な抗がん剤感受性における関与を明らかにする。これらの多剤耐性および各々の抗がん剤に特異的な耐性を克服する方法(主にsmall molecule)を探索する。また、多剤耐性に関与する細胞膜のABCスーパーファミリー遺伝子群や薬剤感受性・耐性に関わる分子標的のヒト腫瘍での発現様式を把握する。臨床的に抗がん剤感受性の有用な診断マーカーとなるか否かを明らかにすることによって適切な抗がん剤の選択ならびに新しい治療薬、治療法の開発に貢献する。抗がん剤耐性に関係した蛋白質の機能を阻害するsmall moleculeを同定したり、これらのトランスポーターの輸送基質とならない新抗がん剤の開発を行う。一方、非交叉耐性のない抗がん剤の導入を目指す。具体的には核酸系代謝酵素反応の有機科学的解明から新規代謝抗がん剤であるDMDC、CNDAC、ECyd、EUrdを導入してきたが、その作用機序、併用効果を明らかにする。また、その臨床効果を評価する。新しい手法を用い抗がん剤の併用による臨床効果を予測する方法を開発したがその臨床的意義を検討する。耐性克服の一つの方法論である大量化学療法の可能性を造血幹細胞にMDRI・MGMT遺伝子を導入し追及する。新しく開発された抗がん剤、修飾剤等を用いた第I相試験の体制を確立する。このために国内で第I相試験に関し、最も積極的かつ具体的成果を挙げうる研究グループを構成し、実際に基礎・臨床を通した、新抗がん剤の開発体系を確立する。
研究方法
SMRP特異的なペプチド抗体、リコンビナントの融合蛋白質を作成し、ウサギに静脈内投与し、抗体価上昇ののち、血清採取、抗体精製を行う。同抗体のウエスタンブトティング、免疫染色、フローサイトメトリーによるSMRPタンパクに対する染色性および特異性細胞内分布を検討する。SMRPの正常およびがん組織における転写産物の検討ヒトSMRPのマウスホモログのクローニングをEST検索およびマウスライブラリーのプラークハイブリダイゼーションにより行い、ヒトSMRPとの塩基配列の比較により、構造解析をおこなう。転写物のMRP5との異同を検討する。またヒト・マウスにおける正常とがん組織におけるMRP5/SMRPの転写物発現様式を検討する。21種類のヒト正常組織のcDNAライブラリーを用いSMRP/MRP5の発現をRT-PCR法によって検討する。また消化管がん患者26例(胃がん6例、食道がん3例、大腸がん17例)の手術検体の腫瘍および正常組織においてSMRP/MRP5の発現を検討する。シスプラチン耐性克服剤の同定とそのin vitroおよびin vivoにおける耐性克服作用およびその作用機序の決定を目的とし細胞内カルシウム動態に影響を与える化合物群のうち、心毒性を有さない新規化合物を選択する。選択した同化合物(1,4-benzothiazepin 誘導体)によるヒトシスプラチン耐性肺がん細胞に対するシスプラチン耐性克服作用を、in vitro MTTアッセイ,in vivo 担がんマウスモデルで検討する。作用機序の検討として、腫瘍内シスプラチン集積
に対する同化合物の効果を検討する。
ヒトIL13レセプターの発現はIL13レセプターの抗体を作製して免疫沈降法や免疫染色法で調べる。さらにYB-1の抗体と用いてヒト腫瘍における核内と細胞質内発現の有無を免疫染色法で行う。P-糖蛋白質、MRPファミリー遺伝子の発現などはNorthernblotやまた臨床材料での検索は定量的PCR法を用いる。DNAメチル化の有無についてはメチル塩基を認識する制限酵素などを用いた後のSouthernblotやPCRなどで定量的な解析を行う。ABCトランスポータやIL13レセプターと感受性を示す抗がん剤との対応については、安定なセンスまたアンチセンスcDNA導入株を樹立する。
MRPcDNAをトランスフェクトしてMRPを高発現させたKB細胞とADM耐性CA-120細胞を用い、CPT-11、SN-38に対する耐性へのMRPの関与、耐性克服薬剤による感受性の増加をMTTアッセイで調べる。、MRPによるCPT-11、SN-38の輸送を調べるため、細胞内、培地中のCPT-11、SN-38濃度をHPLCで測定する。cMOATcDNAをブタ腎臓細胞LLC-PK1にトランスフェクトして作成したcMOAT高発現細胞からmembrane vesicle を調製し、cMOATによるLTC4の能動輸送、耐性克服薬剤による輸送阻害の実験に用いる。ヒト大腸癌SW620細胞にLRPcDNA特異的リボザイムを発現させ、酪酸ナトリウム(NaB)で処理する。リボザイムを発現していない細胞ではLRPが誘導され、発現している細胞では誘導されない。これらの細胞の抗癌剤感受性をMTTアッセイで調べ、蛍光顕微鏡でADMの細胞内局在を調べる。また、核を単離してADMの蓄積を調べる。ATP7BcDNAをKB-3-1細胞にトランスフェクトし、ATP7B高発現株を樹立して、シスプラチン耐性、シスプラチン蓄積、排出を検討する。蛍光デイファレンシャルデイスプレイ法を用いて、シスプラチン耐性形質と連動して発現が変化する遺伝子をクローニングする。
MKN-45P細胞にp53変異のhotspotであり、dominant negativeに作用することが知られるcodon143、248、273の変異型遺伝子(V143A、R248W、R273L)を導入、比較対照としては、MKN-45P細胞にblasticidin耐性遺伝子のみを有するコントロールベクターを導入した細胞(MKN-45P/bsr)を用いる。変異遺伝子導入細胞におけるシトシンヌクレオシド (CNDAC, ECyd), CDDPおよびADMに対する感受性をin vitro MTT法により検討する。さらに、薬剤処理後、各細胞における細胞形態の変化を蛍光色素染色法およびギムザ染色法により、またDNA fragmentationをアガロースゲル電気泳動法により観察することによりアポトーシス誘導感受性を比較する。変異遺伝子導入細胞のヌードマウス腹腔内移植の3日後に、ECydを腹腔内投与し、投与後24時間における腹膜内のがん細胞におけるアポトーシス細胞をギムザ染色法により観察する。腹膜播種モデルにおける薬剤感受性を比較するために、MKN-45P細胞(1 x 107)を腹腔内移植1日後よりCNDAC 30 mg/kgまたはECyd0.3 mg/kgを隔日9回、腹腔内投与した。薬剤感受性は、延命率を比較する。
新規サプレッサー型耐性因子の単離同定を目的として、マウスNIH3T3細胞のcDNA断片をLNCXretrovirusベクターに組み込んだretrovirus expression libraryを作製してNIH3T3細胞に導入する。抗癌剤耐性となった遺伝子導入細胞にretrovirusのヘルパープラスミドを導入して組み込まれたretrovirusを回収し、NIH3T3細胞に再導入することにより、retrovirusの発現が抗癌剤耐性に関与していることを確認する。この耐性細胞株に組み込まれたretrovirus中のcDNAをPCRにより回収し、さらにこれをもとに全長cDNAを単離し、構造を決定する。RPMI8402細胞のCPT-11耐性細胞K5では533番目のアミノ酸がグリシンに変異したDNA topoisomerase Iが発現している。また、HT-29細胞のcamptothecin耐性株HT-29/CPTでは野生型より短いDNA topoisomerase ImRNAが発現している。これらの全長cDNAを発現ベクターに組み込み、マウスNIH3T3細胞に導入し、遺伝子導入細胞におけcamptothecin感受性の変化を調べる。
Epipodophyllotixinの誘導体であるTOP-53は前臨床動物でも白血球減少が主たる毒性であることを確認した後、マウスに5.7、28.5、56.7 mg/m2、イヌに14.9、29.7、59.4、79.2mg/m2のTOP-53を投与し、血漿中の薬物総濃度および蛋白非結合濃度を測定しAUCtおよびAUCuを算出してヒトと比較する。また、血球数を経時的に測定し、白血球数量最低値と前値の差を前値で除した白血球減少率(SF)を算出し、AUCとの薬力学的関係をヒトと比較検討する。ヒトにおける臨床第I相試験ではPGDEを応用し、5.7、11.4、22.8、45.6、60.4、80.4、107.2、143.1 mg/m2と増量する。投与量とAUCの関係およびAUCと白血球減少率の関係を、マウス、イヌ、ヒトにおいて比較する。その際、投与量とAUCの関係の解析には線形モデル、AUC=a x Doseを、AUCと白血球減少率の関係の解析にはsigmodial Emax model、SF=100 x AUCr/(AUCr + ECr)を用いる。ここで、a、r、ECは係数である。次に、camptothecinの誘導体であるDX-8951fにおいても同様の検討を行う。DX-8951fに対する感受性は、前臨床動物のうちイヌが最も高かったので、イヌとヒトの比較を行う。投与量はイヌでは0.1、0.4、2.2、11.0、22.9、55.8 mg/m2、ヒトでは臨床第I相試験の3.0、5.0、6.65 mg/m2におけるデータを用いる。
新規抗悪性腫瘍6剤の7つの第I相試験について開始量増量法の設定方法、結果からみたその妥当性および問題点を解析する。
結果と考察
精製した抗SMRPポリクロナール抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、目的の分子量を有するバンドが検出されたが、染色には高濃度の抗体を必要とした。また免疫染色においては細胞質小器官に対する非特異的染色がみられ臓器特異性が乏しかった。マウスSMRP/_ミMRP5ホモログをクローニングしmrp5と命名した。ヒト・マウスの構造比較によりSMRPはMRP5のsplicingvariantである可能性が示唆された。20種類の正常組織のcDNAライブラリーでMRP5およびSMRPの発現が見られた。唾液腺でMRP5の発現が見とめず、脳下垂体等で少なくとも2つの新規splicingvariantが発現している結果を得た。消化管腫瘍部全例でSMRPとMRP5の共発現が見られた。
1,4-benzothiazepin 誘導体(K201)のシスプラチン耐性克服効果をin vitro MTTアッセイで検討した。シスプラチン耐性細胞PC-14/CDDPにおいて、単独で細胞毒性の出現しない濃度10μMでシスプラチン耐性を親株のレベルまで克服した。親株に対する感受性増強効果は軽微であった。PC-14/CDDPのシスプラチンの細胞内集積はK201の存在により有意に増加し、細胞内集積の増加作用が克服機序と推察された。また担がんマウスモデルにおけるシスプラチンの同耐性細胞に対する抗腫瘍効果は、シスプラチンとK201の同時投与(i.v.)により増強し、明らかな急性毒性はみとめなかった。SMRPの機能解析の為に、汎用性のある抗体の作製を継続する必要がある。正常およびがん組織におけるSMRPの新規スプライシングバリアントには何らかの生物学的意義あると推察されるため、その機能の解析が必要である。1,4-benzothiazepin誘導体は臨床応用可能なシスプラチン耐性克服剤と考えられ、毒性、薬物集積増強効果の作用機転をさらに明確にする必要がある。
婦人科領域の卵巣がん患者においてYB-1の核内局在を示す症例の予後が細胞質内局在を示す症例に較べて極めて悪いことが観察された。YB-1はシスプラチン処理DNAに極めて高い親和性を示した。さらにMDR1遺伝子の発現上昇にはそのプロモーター領域上のY-boxが重要である。骨肉腫や乳がんまた卵巣がんにおいてY-boxへ結合するタンパク質YB-1の核また細胞質の局在がP-糖蛋白質の発現と相関した。さらにMDR1遺伝子発現上昇に、5'-制御領域の遺伝子再編成があることを耐性ヒト乳がん細胞や大腸がん細胞で見い出した。MDR1遺伝子のもう一つの機構としてプロモーター領域のCpGメチル化の有無が重要である。P-糖蛋白質発現上昇が實解率とよく相関を示す急性骨髄性白血病において、CpGメチル化の有無がP-糖蛋白質発現と相関した。さらに化学療法後の再発の際に発現上昇の見られる膀胱がんの症例において有意にMDR1遺伝子プロモーター領域の低メチル化の傾向が観察された。MRP2に関してシスプラチンやビンクリスチンまたCPT-11を、一方MRP3に関してエトポシドの感受性に各々関与することを見い出した。さらに5つのABCトランスポータのうちMRP2のみが大腸がん症例において特異的にがん部位で発現上昇を示した。肝臓での特異的発現に関与するプロモーター上のエレメントを同定した。DNAトポイソメラーゼIIαのヒト大腸がんの症例における発現が核内のYB-1局在と有意に相関した。しかしP-糖蛋白質とは相関しなかった。IL13レセプターについてはそのプロモーター領域を単離しシスプラチンによって活性化される機序を明らかにした。YB-1の核内局在について予後や悪性因子であることを卵巣がんで見出したが、肺がんをはじめその他の腫瘍においてはどうか、またp53との関連性はどうかを明らかにする必要がある。P-糖蛋白質の発現上昇に関してYB-1の核内局在やプロモーター領域の低メチル化と関連する症例以外に遺伝子再編成やその他転写因子の関与などを検討して、がん特異的な発現機構からみたP-糖蛋白質の分子診断を進める。MRP3やIL13レセプターの発現については抗がん剤感受性診断の分子標的になるか否かは臨床検体での発現について検討する必要がある。
MRPはCPT-11とSN-38に対する耐性に関与しており、これらの薬剤をATP依存性に輸送すると考えられた。また、KB細胞由来シスプラチン耐性細胞KCP-4もCPT-11とSN-38に交差耐性を示し、CPT-11とSN-38を能動的に排出した。KCP-4細胞にはP-糖蛋白質、MRP、cMOATのいずれも発現しておらず、未知のポンプの発現が強く示唆された。MRPの耐性を克服する薬剤として新たにAgosterol AとタクスピンC誘導体であるBTKを見い出した。両薬剤ともMRPに直接作用してMRPの輸送機能を阻害したが、その他にそれぞれ細胞内GSH低下作用、細胞内小胞pH上昇作用を有し、これらの作用が耐性克服活性に関与していることが明らかになった。Agosterol AはYCF1の機能を阻害しなかった。LLC/PK1/cMOAT細胞はVCR、シスプラチン、SN-38に耐性になった。この耐性を多剤耐性克服薬剤であるシクロスポリンA、PAK-104Pが完全に克服した。シクロスポリンA、PAK-104PはcMOATのLTC4結合部位に拮抗的に作用して輸送機能を阻害することを明らかにした。ヒト大腸癌SW-620細胞をsodium butyrate (NaB) で2週間処理すると抗癌剤(アドリアマイシン(ADM)、ビンクリスチン(VCR)、VP-16、グラミシジンD、タキソール)に対して耐性となり、LRPがこの耐性に関与しトいた。LRPが核から細胞質へのADMの輸送に関与していること、PAK-104PがLRPの作用を阻害する可能性を示した。ATP7B発現細胞はシスプラチンに耐性になり、シスプラチンの排出が亢進し、蓄積が減少していた。シスプラチン耐性KCP-4細胞で発現が上昇し、復帰変異株KCP-4Rでその発現が親株レベルまで低下している遺伝子を2つ同定した。MRPはCPT-11とSN-38を輸送しこれらの薬剤の耐性に関与しているためCPT-11を用いて腫瘍の治療を行う時には、MRPの発現レベルを考慮すべきであろう。MRPの関与した多剤耐性を克服する薬剤中にはMRPの機能を阻害するとともに、その他の耐性克服作用もあわせ持つ薬剤があることが分かり新しい耐性克服薬剤として注目される。cMOATが抗癌剤耐性を担っていることが明らかとなった。耐性薬剤のスペクトラムはMRPの場合と異なること、cMOATの輸送機能がCsAで強く抑制されることが判った。これらの結果はcMOATとMRPの輸送基質が異なっていることを示している。cMOATが臨床でどの程度耐性に関与しているかを検討する必要がある。LRPが多剤耐性に関与していることが、LRPmRNA特異的リボザイムを用いた実験で確認された。今後、LRPがどのように細胞質と核の間の輸送、小胞輸送に関与しているか、また、LRPの腫瘍での発現と予後との関係について調べたい。ATP7Bはシスプラチン耐性に関与していた。今後ATP7Bの遺伝子に突然変異を導入し、ATP7Bのシスプラチン結合部位や、シスプラチンを細胞外へ輸送する分子機構について解明していきたい。シスプラチン耐性KCP-4細胞で発現が増加している遺伝子がシスプラチン耐性に関与しているかを、トランスフェクション実験で明らかにする必要がある。
V143A変異型p53導入細胞では、ヌクレオシド誘導体に対するin vitroでの薬剤感受性の低下は認められず、アポトーシス感受性についても相違は認められなかった。一方、R248WおよびR273L細胞はin vitroにおいてCNDAC、ECyd、CDDPおよびADMのいずれの薬剤に対しても低感受性を示したが、高濃度(IC50値の20倍)でのアポトーシス誘導に対する感受性には顕著な相違は認められなかった。しかし、変異型p53の遺伝子導入細胞をヌードマウスに移植しin vivoにおけるアポトーシス誘導に対する感受性を比較検討した結果、変異型(R248W)導入細胞ではアポトーシス細胞が親株に比して1/6以下に減少していた。さらに、腹膜播種モデルでのECydおよびCNDACに対する薬剤感受性をMKN-45P/bsrとR273L細胞とで比較した結果、ECydおよびCNDACはMKN-45P/bsr細胞移植マウスとR273L細胞移植マウスのいずれにおいても対照群と比較して有意な延命効果を示したが、ECydの延命効果はMKN-45P/bsr細胞移植マウスに比べ(T/C 188.6%)、R273L細胞移植マウスにおいて明らかに減少していた(T/C 146.9%)。また、CNDACの効果もMKN-45P/bsr細胞移植マウス(T/C 238.6%)に比較して、R273L細胞移植マウス(T/C 198.0%)において減少傾向を示した。p53遺伝子の表現型はシトシンクレオシドに対するin vitroおよびin vivoにおける薬剤感受性を規定する重要な因子の一つとなることが明らかにされた。特に、シトシンクレオシドに対する薬剤感受性の違いはin vivoにおいて顕著に認められ、このことは変異型p53を有する細胞であっても野性型alleleが維持されている場合、低濃度で感受性の差がより明瞭に現れることを示している。
マウスNIH3T3細胞由来のretrovirus cDNA libraryをNIH3T3細胞に導入し、種々の抗癌剤で選択して耐性クローンを単離し、組み込まれたcDNAを解析した。既知の遺伝子としては、NADH-ubiquinone oxidoreductaseのchain 5のantisenseの導入によって細胞がadriamycin耐性を獲得すること、paclitaxel耐性を獲得することが示された。新規遺伝子としては、adriamycin耐性クローンAc2株に組み込まれたcDNAの構造解析を行った。この遺伝子は、その発現がマウスではtestisとembryoに高いことから、TASP(Testis-specific Adriamycin Sensitivity Protein)と名付けられた。TASP全長cDNAがコードする蛋白は450アミノ酸よりなる膜蛋白と推定され、細胞膜を7回貫通する構造をもつG-protein受容体であるp40とアミノ酸レベルで54%の高い相同性を示した。このことは、TASPもG-proteinと共役して細胞のシグナル伝達に関与することを示唆する。Ac2株に組み込まれたretrovirus(TASPのantisenseを発現する)を再導入されたNIH3T3細胞はadriamycin耐性とpaclitaxel耐性を同時に獲得した。よってTASPは細胞のadriamycin感受性とpaclitaxel感受性に関与していると推定された。RPMI8402細胞のCPT-11耐性細胞K5で発現しているGly-533変異型DNA topoisomerase Iを導入したマウスNIH3T3細胞は、親株に比してcamptothecinに約2倍の耐性を獲得した。HT-29細胞のcamptothecin耐性株HT-29/CPTで発現している野生型より短いDNA topoisomerase I mRNAは、DNA topoisomerase I遺伝子のexon 3からexon 9までが欠損したものであった。この欠損型cDNAの全長を発現ベクターに組み込み、マウスNIH3T3細胞に導入したが、遺伝子導入細胞のcamptothecin感受性は変化しなかった。これまでの抗癌剤耐性の研究はdominantな抗癌剤耐性遺伝子に関する研究が中心であったが、細胞の抗癌剤感受性に関与する遺伝子群の同定は、がん細胞の抗癌剤耐性化機構の理解に新しい貢献をすると期待される。2系の異なるcamptothecin耐性細胞で、変異型DNA topoisomerase I mRNAの発現が見られた。RPMI8402細胞のCPT-11耐性細胞K5で発現しているGly-533変異型DNA topoisomerase Iは、dominantにcamptothecin耐性遺伝子として働くと推定された。HT-29細胞のcamptothecin耐性株HT-29/CPTで発現しているexon 3からexon 9までが欠損したDNA topoisomerase I mRNAは、細胞内のCPT感受性なDNA topoisomerase Iの発現を減少させてcamptothecin耐性としていると推定された。
TOP-53の投与量とAUCの関係を線形モデルで解析したところ、AUCtを用いた時の係数aは、マウス、イヌ、ヒトにおいてそれぞれ、53、19、338(hr x m2/L)と差を認めたのに対し、AUCuを用いたときの係数は、22、10、17(hr x m2/L)とほぼ一致した。これをクリアランスで検討すると、総濃度に関してのクリアランスはマウス、イヌ、ヒトにおいてそれぞれ、18.5、51.0、3.3(L/hr/m2)であり、マウス、イヌはヒトのそれぞれ5.7、15.7倍のクリアランスを有していた。一方、蛋白非結合の薬物のクリアランスはそれぞれ、45.1、96.2、62.8(L/hr/m2)であり、マウス、イヌはそれぞれヒトの0.7、1.5倍程度のクリアランスであった。すなわち、3種の動物における薬物動態をAUCtで比較すると大きな種差を認めたが、AUCuで解析すると種差は小さくなった。同様に、TOP-53のAUCと白血球減少率の関係も、AUCtではヒトと2種の動物では10倍以上の差を認めたが、AUCu
では、sigmoid Emax modelのECの値として、マウス、イヌ、ヒトでそれぞれ、461、408、894(ngx hr/mL)とほぼ一致した。血漿中の薬物のうち、非結合薬物はヒトでは2~10%であるのに対し、イヌでは53%、マウスでは41%であった。TOP-53はα1-酸性糖タンパク(AGP)と結合することが分かっているため、ヒトにおける非結合率(fu)とAGP(μM)の関係を解析すると、fu=1/(3.68 +0.59 x AGP)と表すことができ(r2=0.41、p<0.0001)、fuを予測できる可能性も示唆された。DX-8951fにおいても、イヌとヒトの薬物動態および薬力学的関係を比較した。総濃度のクリアランスはイヌはヒトの15.4倍であったのに対し、蛋白非結合薬物のクリアランスは2.7倍であった。同様に、AUCと白血球減少率の関係もAUCtよりもAUCuの方がイヌとヒトの曲線は近接していた。蛋白非結合薬物の割合は、ヒトで2.5%、イヌで14%であった。ヒトにおける薬物動態および薬力学的関係を前臨床試験の結果から予測する場合、蛋白結合率に種差が存在するときは非結合薬物の動態指標を用いる必要があることが確認された。したがって、PGDEを臨床第I相試験に適用する場合、マウスとヒトにおける蛋白結合率に種差があるときは、非結合薬物のAUCを指標にPGDEを遂行する必要がある。先行する臨床試験の結果が利用でき、結合蛋白の濃度からヒトのin vivoにおける蛋白非結合率が予測できるときは、非結合薬物の濃度を測定しなくてもPGDEを適用できる可能性はある。今後は、PGDEで100%増量から33%増量に切り替える投与量(マウスLD10のAUCの40%となる投与量)の妥当性や、DLT以外の毒性情報を利用する方法の検討も、抗癌剤の第I相試験の方法を改善するために必要である。
ヒトでの初めての第I相試験となる4試験(薬剤ABDE)においては、開始量を1/10マウスLD10としたものが2試験、1/3イヌTDLとしたものが2試験であった。1/3イヌTDLを採用した2試験は、1/10マウスLD10より低値、難溶性のため1/10マウスLD10決定不能、のためであった。これら4試験の増量法は、Fibonacci変法、PGDE (pharmacokenetically-guided doseescalation)、倍増法(規定の毒性出現後Fibonacci変法)であった。一方、海外データのある薬剤Cでは、開始量を推奨量の50%、増量幅を開始量の25%としており、異なる投与法(単回)の臨床データのある2剤では開始量を前試験で安全とされる投与量を5分割して用い、増量幅をそれぞれ50%、100%と設定している。Fibonacci変法を採用した2試験のうち、薬剤Bは好中球減少がDLTとなりレベル5がMTD、レベル4が推奨量とほぼねらいどおりの結果をなった。一方、薬剤Dではレベル5まで増量され、倦怠感・肺毒性などの非血液毒性を総合評価した上でこれ以上の増量は行わないと決定された。これは海外で同時進行した試験の結果を考え合わせたうえでの結論で、それなしではさらに増量は続いたと考えられる。薬剤Eの試験では、一定の毒性が出現するまで倍増法その後Fibonacci変法とする計画であったが、第1例めに肝瘧Qgrade3の毒性が出現し、直ちにFibonacci変法が採用された。しかし、問題となる肝障害はその後全く出現せず、6投与量レベルまで増量され、DLTは血液毒性となった。結局、第1例以後の10例ほどはほとんど毒性を認めず、総計29例の登録を要することとなった。PGDEを採用した薬剤Aでは、規定に従うと開始量の6倍量への増量となったが、効果安全性委員会の勧告によりまず半分の3倍量へ増量された。3倍量までの症例の半数に投与局所の血管炎が認められていたが、次レベル(レベル3)6倍量の1例目で薬剤の局所刺激性に起因する重篤な毒性がみられたため、試験は全7例で終了となった。薬剤Cは、予定どおり海外での第I相試験とほぼ同様の結果を得て、終了した。薬剤Fは、国内の単回投与法のデータが存在したが、そこで報告されてなかった血管炎によりわずか4例で試験を終了する結果となった。初めての第I相試験では、規定どおり1/10マウスLD10あるいは1/3イヌTDLが初回投与量の決定に採用されている。薬剤Eでは1/10マウスLD10を採用した場合、すでに開始量でMTDを越える結果となり、1/3イヌTDLの採用が妥当であった。Fibonacci変法による増量ではほぼうまく機能していたが、多くの増量段階を必要としてしまう可能性は十分考えられた。その改良型ともいえる倍増法との併用は、薬剤Eの場合1例のみの"特殊な毒性"のためうまく機能せず、結局多くの症例を必要とした。改善策としては、複数例の毒性を確認してFibonacciに切り替える方法が考えられる。PGDEを採用した試験では、マウスと異なる毒性の出現というPGDE採用の前提条件よりはずれる落とし穴をみることとなった。増量において薬物動態の情報は極めて有用ではあるが、PGDEのみに頼るのはリスクが高いと言わざるを得ない。すでに臨床データのある場合には、より高い開始量の設定が可能であるが、違う投与法での新たな毒性の出現の可能性に十分な注意が必要である。また、特にDLTが非血液毒性であった場合にうまく機能しない傾向がみられた。
結論
抗がん剤感受性・耐性関連遺伝子発現の解析をcDNAアレイを用い行った。薬剤と接触後細胞周期関連遺伝子が一過性に上昇した。薬剤耐性細胞では薬剤と接触後母細胞と比べ遺伝子発現の変化が異なった。K201(1.4-Benzothiazepin誘導体)は細胞毒性を示さない濃度(10μM)でシスプラチン耐性細胞PC-14/CDDPのシスプラチン感受性を母細胞と同程度に回復させた。細胞内プラチナ濃度はK201併用で有意に増加した。In vivoにおいてもK201併用下でシスプラチンの抗腫瘍効果を増強した。ABCトランスポーターMRPファミリーのcMOAT/MRP-2, MRP-3, S-MRP/MRP-5の全cDNAを単離した。cMOAT/MRP-2はシスプラチン、CPT-11やビンクリスチンの、MRP3はエトポシドの感受性に関与する事を示した。cMOATcDNA移入LLC-PK1/cMOAT細胞のmembranevesicleによるATP依
存性ロイコトリエンC4輸送阻害物質としてCSA, PSC833, PAK-104Pを同定した。PAK-104はLRPによる核からの薬剤排出も抑制した。LPR発現細胞由来単離核にはLRPが存在しその核からのADMの排出はPAK-104Pで阻害された。これらの研究はがん化学療法の新しい分子標的の同定をもたらし創薬の糸口となりうると思われる。新抗がん剤第I相、第I/II相試験を効率よく展開し短期で終了しうる体制を確立した。この過程で薬物動態の分析を平行して行いPGDEおよびCRMを併用した増量法で全患者数を少なく第I相試験を終了できた。TOP-53, UCN-01などの第I相試験の過程で蛋白非結合薬物の薬物動態検討の必要性を示した。プラチナを含む併用化学療法および含まない併用化学療法の第I/II相試験をintensiveに行い至適投与量を決定した。臨床における薬剤開発に大きなインパクトを与えると思われる。

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