難治がん治療のための新技術開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900130A
報告書区分
総括
研究課題名
難治がん治療のための新技術開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
山口 建(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 若杉 尋(国立がんセンター研究所)
  • 高上 洋一(国立がんセンター中央病院)
  • 佐々木 康綱(国立がんセンター東病院)
  • 荻野 尚(国立がんセンター東病院)
  • 福島 雅典(愛知県がんセンター)
  • 小原 孝男(東京女子医科大学)
  • 望月 徹(静岡県立大学薬学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
113,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、難治がん治療成績の向上あるいはがん治療後の再発防止を目指し、新しいがんの診断・治療技術を開発することを目的とする。家族性腫瘍症候群家系である多内分泌腺腫瘍症1及び2型の遺伝子診断法と、それを用いた早期発見、早期治療法を確立するために、1型については、多数例について遺伝子診断結果を解析し、その有用性を検討する。2型については、甲状腺髄様がんに対する予防的甲状腺摘出手術に関連し、患者、家族、医療関係者が、遺伝子診断の持つ特殊性を理解し、生命予後や心理的、経済的、倫理的影響などについて、遺伝カウンセリングまでを含め、より良い診療が可能となるよう、遺伝子診断結果に基づく診療ガイドラインの作成を試みる。新しい抗腫瘍薬としては、蛋白リン酸化酵素阻害剤としてのstaurosporine誘導体であるUCN-01について、第一相臨床試験を実施し、中心静脈を用いたUCN-01の3時間点滴静注法による最大耐量と至適投与量の決定、容量規制毒性の評価、薬物動態解析並びに抗腫瘍効果の推定を試みる。さらに、プロスタグランディン誘導体については、第一相臨床試験のための準備を進め、生理活性ペプチドのがん治療への応用に関しては、前年度の成果をもとに高カルシウム血症の惹起因子に対する拮抗薬の活性増強に関する検討を行う。がんの免疫療法については、前処置療法として骨髄非破壊的処置を施した上で、同種造血幹細胞移植を行い、ドナー由来のリンパ球を介した免疫反応による抗腫瘍効果を期待する非特異的免疫療法の確立を目指し、また、新しい細胞免疫療法としてがん特異的抗原パルス樹状細胞療法について、前立腺がん症例を対象とした臨床評価を試みる。さらに、新たな細胞免疫療法の担い手として期待されているヒトNK様T細胞についてヒトNK様T細胞の一部を構成すると考えられる TCRVt24陽性T細胞の増殖技術について検討を進める。陽子線治療については、治療計画へのデジタル画像の応用として、X線CT画像によるデジタル化再構成画像の高精細化技術を開発する。
研究方法
がんの遺伝子診断の臨床応用については、本邦のMEN1型の23家系とMEN2型の55家系について、それぞれの原因遺伝子であるMEN1及びRETの胚細胞変異の分析技術を確立し、変異様式と臨床病態との関連を検討し、さらに、遺伝子情報を、保因者診断などに生かすための研究を行った。また、MEN2型に関しては、遺伝子診断結果に基づくMEN2患者の診療のための指針として、"MEN2型の遺伝子診断及びそれを用いた診療のガイドライン"の作成を試みた。新しい抗がん剤に関する研究においては、蛋白リン酸化酵素阻害剤としてのstaurosporine誘導体UCN-01の第一相臨床試験を実施し0.65mg/sqm/3hrを初回投与量として3時間静注法による投与を行った。プロスタグランディン誘導体lipo-TEI-9826については、臨床試験で予定される持続静注投与によって、in vitroで認められる用量反応関係が、生体でも得られるか否か検討した。生理活性ペプチドのがん治療への応用については、高カルシウム血症惹起因子parathyroid hormone-related protein (PTHrP)に対してアンタゴニスト作用を有する[desamino-Leu8, Asn10, Leu11, D-Phe(4-F)12]PTHrP(8-34)NH2を基本骨格として、配列内の受容体結合部位である13位、16位および 17位のアミノ酸残基をそれぞれあるいは同時にPTHのそれと置換した7種類の新規PTHrP(8-34)誘導体を設計しその化学合成を行った。
がんの新しい免疫療法については、新たなプリン誘導体であるクラドリビンを用いた骨髄非破壊的前処置療法ののち、同種造血幹細胞移植を実施した。がん特異的抗原パルス樹状細胞療法については、進行期前立腺がんにおける術後ホルモン療法抵抗性患者を対象とし、血液成分採取装置により末梢血細胞を採取して体外に取り出し、その後に比重遠心液を用いて樹状細胞の前駆細胞を濃縮した後、GM-CSF・PSA融合蛋白を加えて無血清、無サイトカインの状態で40時間培養した。このようにして得られた処理済みの抗原ペプチド断片と膜表面のMHC Class I分子とを結合させた形で提示する樹状細胞を、2週毎に計3回患者に点滴静注する第一相臨床試験を開始した。さらに、ヒトNK様T細胞の免疫療法への応用を目指し、その一部を構成すると考えられるTCRVt24陽性T細胞をt-galactosylceramideの存在下で培養し、細胞増殖に関する検討を行った。陽子線治療のための画像診断技術の開発においては、デジタル化再構成画像(DRR: digitally reconstructed radiograph)を用いた空間分解能ならびに密度分解能向上のために新しい再構成計算アルゴリズムの開発を試みた。倫理面への配慮については、遺伝子診断を患者の診療にあたる施設の倫理審査委員会等の承認とインフォームド・コンセントを得た上で行い、さらに、解析結果は担当医のみに報告し、情報の漏洩については細心の注意を払った。また、抗がん剤の第一相臨床試験及び新しい免疫療法の臨床試験においては、患者の診療にあたる施設の倫理審査委員会等の承認とインフォームド・コンセントを得た上で行った。
結果と考察
遺伝性がんは、ある個人について未来の発症を予測し、さらに1人の遺伝子分析結果が血縁者全員に影響を及ぼすという点で、従来の医療にはない新たな側面を有している。本研究では、遺伝性がんの一つであるMEN1型、2型を対象に、遺伝子診断技術の改良と、それを用いた早期発見、早期治療法を検討してきた。本邦のMEN1型の23家系とMEN2型の55家系について、それぞれの原因遺伝子であるMEN1及びRETの胚細胞変異について分析し、MEN1型の20家系(87%)、MEN2型の53家系(96%)において変異を明らかにした。さらに、MEN1型については、MEN1遺伝子の低表現度・低浸透率の変異が家族性副甲状腺機能亢進症を惹起することを示す症例を発見した。MEN2型については、悪性度が高くまた95%の症例にM918Tの胚細胞性変異を有するとされるMEN2B型症例において、V804Mの変異にY806Cの新規な変異が同一アリル上に加わっている症例を発見した。「MEN2の遺伝子診断及びそれを用いた診療のガイドライン(案)」については、収集した情報と専門家の意見をもとにした勧告として、遺伝子診断の推奨、保因者診断の臨床応用、倫理的・法的・社会的諸問題の考慮の3点を重視し、最終版を完成した。新しい抗がん剤に関する研究では、蛋白リン酸化酵素阻害剤UCN-01の第一相臨床試験に各種悪性腫瘍患者30症例が登録された。用量規制毒性としては肝障害、悪心嘔吐、アミラーゼ上昇、血圧上昇を認めた。さらに用量規制毒性には至らないもののgrade2以上の毒性として耐糖能異常を認めた。この臨床試験においては、子宮原発平滑筋肉腫及び結腸がん症例各1例ずつに腫瘍縮小を観察し、本投与量範囲で治療域に入っていることが推定され、将来に向けて殺細胞性に作用する抗がん剤との併用療法の有用性が期待された。プロスタグランディン誘導体に関する動物実験により、第一相臨床試験は血中濃度をモニタリングしながら定常状態における平均血中濃度=1tg/mlを目標として増量し、毒性評価するデザインが合理的であることがわかった。高カルシウム血症治療薬PTHrP拮抗薬については、受容体結合部位のアミノ酸残基を置換した7種類の新規PTHrP(8-34)誘導体の化学合成を行った。がんの新しい免疫療法に関する研究に関しては、骨髄非破壊的処置後の同種造血幹細胞移植については、新たなプリン誘導体であるクラドリビンを用い5例に実施し得たが、通常の移植術に見られるような重篤な副作用は発生せず、患者のQOLは通常の抗がん剤治療程度に保たれた。これにより従来は
造血幹細胞移植の対象外とされた高齢者や臓器障害のある患者においても臓器毒性が極めて少ないために移植適応を拡大できる可能性があり、また今後は固形腫瘍に対する非特異的免疫療法の可能性が示された。がん特異的抗原パルス樹状細胞療法については、進行期前立腺がんにおける術後ホルモン療法抵抗性患者を対象として実施し、第一相臨床試験の第一段階で治療を受けた6名中1名において、転移リンパ節が65%縮小したことが確認され、新しい免疫細胞療法への期待が高まった。NK様T細胞はその強力な抗腫瘍能とMHCクラスI類似の分子であるCD1抗原を介して糖脂質を認識するというユニークな細胞として最近広く免疫学者や腫瘍学者の注目を集めるようになった。本研究では、NK様T細胞の増殖技術を確立し、NK様T細胞療法の臨床応用の可能性を示し得たと考える。陽子線治療のための画像診断技術については、開発した新しい計算アルゴリズムのうち立体法により密度分解能の向上が図られた。
結論
遺伝性がんであるMEN1型及び2型については、臨床応用可能な精度の高い遺伝子診断技術を確立した。また、MEN2型については、これらの病態における遺伝子診断に関する倫理的・法的・社会的諸問題への対策の一つとして、遺伝子診断に基づく診療ガイドラインの作成を進めた。新しい抗がん剤については、蛋白リン酸化酵素阻害剤の第一相臨床試験を実施し、既存の抗がん剤には見られない副作用、血中動態を確認し、一部の症例で腫瘍縮小効果を認めた。がんの免疫療法については、骨髄非破壊的処置を施した上での同種造血幹細胞移植と細胞免疫療法としてのがん特異的抗原パルス樹状細胞療法の臨床応用が開始された。いずれも、新しい治療法として期待される。また、新たな免疫担当細胞として、その腫瘍効果が期待されているヒトNK様T細胞の大量培養技術を開発した。陽子線治療については、治療計画へのデジタル画像の応用として、X線CT画像によるデジタル化再構成画像の高精細化技術を開発した。

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