疫学に基づくがん予防に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900122A
報告書区分
総括
研究課題名
疫学に基づくがん予防に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
富永 祐民(愛知県がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 菊地正悟(愛知医科大学)
  • 立松正衞(愛知県がんセンター研究所)
  • 祖父江友孝(国立がんセンター研究所)
  • 大島 明(大阪府立成人病センター調査部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
21,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
これまでの疫学的研究からヒトの発がんには喫煙や食習慣などの生活習慣の寄与度が大きいことが明らかにされているので、本研究においては食生活や喫煙と密接な関係があり、かつ日本人が現在なお最もかかりやすい胃がんと近年わが国で急増しつつある肺がんを対象として、危険因子解明のための大規模な疫学的研究、1次予防に向けての研究を行う。①胃がんについては食生活などの生活習慣、Helicobacter pylori(Hp)感染と胃がん、およびその高危険病変である萎縮性胃炎との関係を大規模なコホート研究によって調べると共に、動物実験によりHp感染と胃がんの因果関係、除菌による胃がん発生の予防効果を調べる。②肺がんは組織型により増減傾向が異なり、喫煙との関連性にも差がみられるため、肺がんの高率地域と低率地域で大規模な患者・対照研究を実施して、組織型別に危険因子を明らかにし、きめの細かい予防対策を立てる。また、肺がんの1次予防を目指して、これまで喫煙対策が進んでいない職域での禁煙支援システムを開発し、喫煙行動に対する介入試験を実施し、その効果を評価する。
研究方法
(1)胃がんについては1985年から1989年にかけて愛知県がんセンター病院消化器内科を受診し、胃内視鏡検査を受けた患者の内、胃がんの既往、胃切除術を受けた者などを除く5,373人を追跡対象として長期間追跡し、新発生胃がん患者を把握して、ベースライン検査実施時の生活習慣、萎縮性胃炎所見などとその後の胃がんリスクの関係を統計学的に解析した。さらに、某職域の健診受診者の内、1989年と1998年に2回検診を受診し、残余血清を用いて血清ペプシノゲンI(PGI)とII(PGII)、Hp抗体を測定し得た3,007人の内、Hp抗体価が境界域の者を除いた2,193人を解析対象として、Hp感染の変化とPGI/PGII値の変化(萎縮性胃炎の進行度)の関係を分析した。さらに、Hpと胃がんの因果関係を解明するために、スナネズミ(Mongolian gerbilis)を用いた発がん実験を行った。MNUに加えてMNNGを用いた発がん実験を行い、薬物による除菌の効果を調べた。(2)肺がんについては死亡率が高率な大阪府と沖縄県および死亡率が低率の長野県の3地域において組織型別に肺がんの危険因子を解明するための大規模な肺がんの患者・対照研究を行った。1996年1月から1998年6月までの間に3地区で肺がん1,261例(男900例、女361例)、病院対照患者3,569例(男2,151例、女1,418例)を集積した。この内対照群から喫煙関連疾患、喫煙歴不明例、40歳未満と79歳以上を除き、肺がん1,118例(男812例、女306例)、病院対照患者1,062例(男576例、女486例)を解析対象として、組織型別に喫煙に対する肺がんの年齢調整オッヅ比を計算した。また、肺がんの1次予防を目指して、都市部の1職域の2工場を対象として、禁煙支援を中心とした喫煙対策システムを確立し、喫煙行動に対する介入試験を行い、その効果を評価する。
<倫理的配慮>疫学調査の対象者に対しては十分説明した上で調査を行い、プライバシーの保護にも十分配慮した。動物実験では必要最低限の動物を使用し、苦痛を最低限に押さえるように配慮した。
結果と考察
(1)胃がんについては、①愛知県がんセンター病院において胃内視鏡検査を受けた者の内胃がん、胃切除患者を除く5,373人を長期間(平均10.0年)追跡し、延べ116例の新発生胃がんを把握し、萎縮性胃炎と胃がんリスクの関係を詳細に解析した。萎縮性胃炎所見「なし群」と比べた何らかの萎縮性胃炎所見「あり群」の胃がんの相対危険度(RR)は1.73(95%信頼区間=0.87-3.45)であったが、RRは1991年をピークとしてその後低下する傾向が観察された。そこでベースライン検査実施後の期間別にRRを計算したところ、RRは6.5年未満で大きく(RR=3.61)、6.5年以上では小さく(RR=1.19)なる傾向がみられた。さらに、萎縮性胃炎の程度と広がり別にみると、胃がんリスクは中等度で最も大きく、高度では低下する傾向がみられた。萎縮性胃炎所見と喫煙、飲酒、食習慣などの生活習慣因子と組み合わせて胃がんリスクを解析し、両因子の相互作用の有無を調べた。今後さらに追跡を継続し、胃がん症例数の増加を待って萎縮性胃炎と生活習慣(喫煙、飲酒習慣、食習慣など)を同時に考慮した多変量解析を行う予定である。②某職域の検診受診者の内、1989年と1998年の2回の残余血清を用いて、血清PGI/II比とHp抗体の変化の関係を分析した。その結果、Hp抗体の陽転(陰性→陽性)率は0.70%/年であり、Hp抗体の陰転(陽性→陰性)率は0.79%/年であった。また、Hp抗体が陽転した者ではPGI/II比が低下し、陰転した者ではPGI/II比が上昇することがわかり、Hp感染と萎縮性胃炎は経時的にみても関連があることが証明された。③スナネズミを用いた動物実験からMNUとMNNGのいずれによっても、また発がん物質の投与前でも投与後でも、Hp感染には胃発がん増強作用があること、さらに除菌により胃がんリスクが低下することが証明された。今後さらにHp感染の時期を変えたり、Hp感染に食塩を負荷するなど、ヒトの状況に近い条件下での実験を行う予定である。(2)肺がんについては、④肺がんの高率地域の大阪と沖縄および低率地域の長野の3地区で組織型別に肺がんの危険因子を解明するための大規模な患者・対照研究を行った。喫煙の肺がんに対するリスク(オッヅ比)を組織型別に計算したところ、男(女)では扁平上皮がんで27.1(6.4)、腺がんで2.8(1.3)、小細胞がんで11.8(8.7)であった。フィルターの有無と肺がんリスクの関係についても解析し、フィルター付きたばこの喫煙者では両切りたばこの喫煙者よりリスクが低くなる傾向がみられた。また、肺がんに対する各危険因子の寄与度を計算してみたところ、男(女)では喫煙が54.9%(13.8%)、肺疾患の既往歴が4.9%(3.3%)、職業が6.1%(0.9%)であった。今後、腺がんを中心に喫煙以外の危険因子を解明する必要がある。⑤肺がんの1次予防を目指して、都市部の1職域の2工場を対象にして喫煙習慣に対する介入試験を行った。すでにベースライン調査を実施し、介入試験が進行中である。本研究では職場における喫煙対策の効果を評価するために、喫煙対策を積極的進めない対照集団を設置する必要があり、対象職域の募集、選定に多大の労力と時間を要した。
結論
わが国で最も多い胃がんと現在急増しつつある肺がんを対象として、1次予防に直結した疫学的研究を行った。胃がんについては1病院の胃内視鏡検査受診者約5,400人を長期間追跡し、ベースライン検査時の萎縮性胃炎ならびに生活習慣とその後の胃がん発生リスクの関係を経時的に解析し、萎縮性胃炎所見は胃がんの高危険病変であることを確認した。また、某職域で9年間隔で2回検診を受診し、Hp抗体と血清PGI/II値を測定し得た約2,200人を対象にして、経時的に分析した結果、両者の間に密接な関係があることがわかった。さらに、スナネズミにMNUとMNNGを投与して胃発がんモデルを作成し、発がん物質投与の前または後のいずれでもHp感染には胃発がん増強作用があること、除菌により発がん予防効果があることを証明した。一方、肺がんについては肺がんの高率地域の大阪と沖縄および低率地域の長野の3地区で組織型別に肺がんの危険因子を解明するために大規模な患者・対照研究を行った。喫煙の肺がんに対するリスク(オッヅ比)を組織型別にみると、男女とも扁平上皮がんと小細胞がんで喫煙者のリスクが高いこと、腺がんでも肺がんリスクが軽度に上昇していることがわかった。また、肺がんの1次予防を目指して、大都市の1職域の2工場を対象にして喫煙習慣に対する介入試験を行いつつある。

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