小児がんの発生生物学的要因の解明と診断への応用(総合研究報告書)

文献情報

文献番号
199900119A
報告書区分
総括
研究課題名
小児がんの発生生物学的要因の解明と診断への応用(総合研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
恒松 由記子(国立小児病院)
研究分担者(所属機関)
  • 恒松 由記子(国立小児病院)
  • 佐伯 守洋(国立小児病院)
  • 宮内 潤(国立小児病院)
  • 水谷修紀(国立小児病院 小児医療研究センター)
  • 藤本純一郎(国立小児病院 小児医療研究センター)
  • 東 みゆき(国立小児病院 小児医療研究センター)
  • 谷村雅子(国立小児病院 小児医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
19,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
小児期における発がんの遺伝学的・体質的要因を主として臨床疫学的・基礎生物学的方法で研究することにより、一般のがんや小児がんの発生・進展の機構の理解を深め、その成果を新しい診断法の開発、がんの一次・二次予防、ならびに治療へ応用することが本研究班の目的である。遺伝学研究に役立ちうる病院ベースのがん材料登録を行ってきたが、その中に、多重複がんや異常ながん家族集積を示し、遺伝的背景因子の関与が考えられる症例が蓄積している。研究のための材料を採取・診断するにあたっては多くの倫理問題がクリアされなけらばならない。とくに被検者が小児の場合の倫理課題を研究することが本研究班のもう一つの課題である。今年度は中心研究課題を遺伝的体質については乳児白血病発生における発がん物質の代謝酵素の多型を検討し環境と遺伝的要因の関連を明らかにすることにおき、免疫と発生生物学的研究については神経芽腫に集中させた。
研究方法
1)アンケート調査:昨年の郵送解答による調査を検討し、問診による解答を分析し、保存材料の利用に関する意識調査を行った。また、および小児がんや遺伝病を持つ親の心理的側面を6人の子どもの父母に別々に聞き取り調査を行った。2) 乳児白血病の要因:発がん物質の遺伝子多型およびゲノムの不安定要因の解析については、quinone代謝酵素であるNAD(P)H:quinone oxidoreductase(NQO1)のpolymorphismと乳児白血病発症との関連を検討した。乳児白血病症例および健常人末梢血より樹立したEB LCLを用いてベンゼン系薬剤やその他の薬剤に対するMLL遺伝子切断の有無をlinker mediated PCR(LM-PCR)法で検討した。薬剤刺激には VP16、 Salycilic acid、H2O2、Caffeineを用いる白血病や小児がんにおいてゲノムの不安定性要因の関与を解析した。3)神経芽腫における細胞周期遺伝子:生検または手術切除組織のパラフィン切片標本を用い、p21Cip1、p16Ink4a、p27Kip1の発現と分化度の関連を免疫組織化学にて検討した。細胞株の分化誘導に伴うp27Kip1の発現変化を、免疫組織化学ならびにWestern blot法にて解析、p27Kip1の核内から核外への輸送と分解に関与するp38Jab1の局在も免疫組織化学にて検索した。4)腫瘍免疫:培養神経芽腫細胞株IMR32およびSK-N-SHにヒトCD80遺伝子を導入し、細胞表面高発現クローンを樹立した。それぞれのクローンの細胞障害活性発現に関わる表面抗原発現をフローサイトメトリーにて解析した。5)小児腫維持培養系の開発と病態解析:神経芽細胞腫細胞株から、蔗糖密度勾配超遠心によって糖脂質膜ドメインを分離し、これに含まれる糖脂質および刺激伝達関連分子について生化学的に解析した。6)小児がんの遺伝疫学的研究:小児がん全国登録に1969年から1997年までに登録された神経芽腫例について、同胞、いとこ、親、おじおばの家族歴を他の小児がんと比較した。また、神経芽腫の同胞・いとこ発生例の同一家系罹患者間における発生年齢と転帰の相違を調べた。
結果と考察
1)材料登録、面接による意識調査と心理調査:小児がん患者とその家族130人から得た昨年の調査対象者の自由意見を分析した。保存材料を利用したがん遺伝研究については、「利用に際して説明し許可を得てほしい」が91%、74%が「結果を知りたい」と答えた。がんの遺伝研究においては患者への協力を求めるには、研究段階にあるのものでも、インフォームド・コン
セントを求める意見が大多数を占めた。また、小児がんを持つ親は先天異常や遺伝病をもった親と同じ反応をすること、すなわちショック、否認、怒り、受容、再帰といった過程を通過することが分かった。カウンセラーのスピリチュアルなケアの必要性を示した。2)乳児白血病の要因:乳児白血病症例におけるNQO1のinactive polymorphismの頻度はコントロールと比較して有意差は認められないことが判明した。TEL-AML1遺伝子を例に遺伝子の異常修復の過程を検討し、DNA double strand breakを起こしたTEL遺伝子はその修復過程で誤った遺伝子と融合し、結果として染色体転座を形成することが明らかになった。薬剤刺激やapoptosis刺激がDNAの切断を生じ、その異常修復が小児白血病に特異的な染色体異常を引き起こす可能性が示された。 3)細胞周期遺伝子:細胞周期進行の負の調節因子であるp27Kip1は、神経芽腫の分化に伴って発現が上昇し、細胞内局在も変化することを明らかにした。培養神経芽腫細胞株の分化誘導系においても同様の現象が確認された。p27の核外移行と分解に関与するとされるp38Jab1も、p27と連動して発現と細胞内局在が変化することが示された。 4)小児の抗腫瘍免疫:小児癌患者PBMCは、CD80発現神経芽腫との培養で、培養3-4日目までは、同様に反応し活性化されたと思われるリンパ球のの芽球化が認められたが、その後、反応細胞の増加が認められず、アポトーシス様の死細胞の急激な増加が認められた。健常成人においても、培養後期において細胞死が認められるが、その比率は小児癌検体において明らかに多い様に思われた。CD80遺伝子導入腫瘍細胞との共培養において、小児癌患者PBMCは培養早期には反応が認められるものの、その後の増殖反応が明らかに抑制されており、CTLの誘導もほとんど認められなかった。5)小児腫維持培養系の開発と病態解析:10株について種々の増殖因子受容体の発現様式を検討した結果、予後良好因子と考えられているTrk-Aはすべての株で、またp75は約半数でその発現を認めた。一方、予後不良因子と考えられるSCF受容体の発現は2株でごく弱く認められたのみであった。神経芽細胞腫細胞ではスフィンゴ糖脂質GM1、GD2がSrc型チロシンキナーゼYes等の分子とともに糖脂質膜ドメインを構成し細胞内への刺激伝達に関与し、この刺激が細胞死に対して抑制的に作用することが明かとなった。また、神経芽細胞腫では糖脂質膜ドメインが細胞内への刺激伝達に関与している可能性が示唆された。6)遺伝疫学的研究:神経芽腫が同胞に発生した率は発端者が神経芽腫の家系では0.079%で、発端者がその他のがんの家系における0.015%より有意に高率であった。いとこにおいても神経芽腫の発症が高率であった。
結論
1)癌の遺伝研究について予め研究についてのインフォームド・コンセントを得たいとの意見が多かったので、今後も遺伝研究については社会の理解が必要であることがわかった。遺伝カウンセリングにおけるカウンセリングマインドとしてスピリチュアルなケアが重要なであることが分かった。2)乳児白血病の要因:乳児白血病にはNQO1の多型との関連は認められたかったが、小児がんにおいて遺伝的要因と細胞死刺激など環境要因の両者が関係している可能性の検討が必要である。3)小児の抗腫瘍免疫:CD80遺伝子導入神経芽細胞腫刺激によって誘導される抗腫瘍細胞障害性T細胞(CTL)を測定したところ、健常成人と比べ、小児癌患者末梢血リンパ球より誘導されたCTLは有為に低かった。4)細胞周期遺伝子:負の細胞周期調節因子は神経芽腫の分化、ひいては自然退縮における重要な分子である可能性が示された。神経芽腫の有効な治療法の開発のため、これらの機能や細胞内局在の意義を今後さらに詳細に検討する必要がある。5)小児腫維持培養系:神経芽腫の増殖因子受容体のさらに詳細な検討が必要である。6)神経芽腫の家族集積性についてさらに詳細な検討が必要である。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-