発がん感受性・抵抗性ならびに高発がん家系に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900118A
報告書区分
総括
研究課題名
発がん感受性・抵抗性ならびに高発がん家系に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
横田 淳(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 吉村公雄(国立がんセンター研究所)
  • 宇都宮譲二(順心会津名病院)
  • 牛島俊和(国立がんセンター研究所)
  • 鎌滝哲也(北海道大学薬学部)
  • 佐藤昇志(札幌医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
108,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝性腫瘍の原因遺伝子は現在までにほとんどすべてが同定され、がん遺伝子、がん抑制遺伝子、DNA修復酵素遺伝子が発がん感受性に重要な役割を担っていることがわかっている。しかし、これらの遺伝子異常によって「がん体質」であると診断できる人は全がん患者の5%にも満たない。特に、肺がんや胃がんなどに関しては、発がん感受性を規定する遺伝子はほとんどわかっていない。本研究の目的は、肺がん・胃がんを中心に、発がん感受性を規定する新しい遺伝子を単離・同定することである。特に肺がんには家族集積性がないので、DNA修復酵素遺伝子、発がん物質代謝酵素遺伝子の遺伝的多型と発がんリスクに関する研究を進めた。胃がんでは最近、E-カドヘリンの胚細胞変異が家族性diffuse型胃がんの原因遺伝子として同定されたので、E-カドヘリンを中心に家族性胃がんの要因を究明した。また、ラット胃発がん感受性遺伝子、ヒト胃がん抗原遺伝子の単離・同定も進めており、遺伝子が同定されれば遺伝子多型と発がん感受性の関連性を追及する予定である。一方、我が国では高発がん家系の実態が十分には把握されてなく、その診断法や支援体制も確立していないので、大腸癌研究会との共同作業による遺伝性非腺腫性大腸がんの調査研究と宇都宮を中心としたカウンセラーの養成と家族性腫瘍研究の地域拠点作りを推進している。
研究方法
(1)DNA損傷修復酵素の活性と発がん感受性に関する研究:これまでの本研究で、8-ヒドロキシグアニンによって誘発される遺伝子の突然変異抑制に関与するOGG1遺伝子を単離し、遺伝的多型による酵素活性の個人差を見出している。今年度は、この多型による酵素活性の個体差が肺発がんへ及ぼす影響を症例対象研究法にて検証した。(2)発がん物質代謝酵素の活性と発がん感受性に関する研究:NNKなどたばこ煙中のがん原性ニトロソアミン類はCYP2A6によって発がん物質へと変換される。そこで、CYP2A6 の遺伝的多型と肺がんリスクとの関連性を明確にするために症例対象研究を実施した。(3)がん情報のデータベース化及び家系調査による高発がん家系の把握:家族性胃がん国際共同研究組織の国際会議に出席し、家族性胃がんの診断基準を作成した。この基準に基づいて我が国における家族性胃がんの頻度を算出した。家族性胃がん患者のパラフィン包埋組織標本からDNAを抽出し、E-カドヘリン/p53の胚細胞変異、遺伝子不安定性について検索した。大腸癌研究会との共同でHNPCCの年次調査を行い、アムステルダム基準に合致する症例の家系図、病歴、遺伝子変異の情報を収集した。(4)高発がん家系に対する支援体制の整備:厚生省助成金「がんの家族内集積性に関す研究」班との協同で第2回家族性腫瘍カウンセラー養成セミナーを開催した。家系管理システムとしてG D S 社Progenyの日本語版を作成し、インターネット会議システムを導入した。(5)実験動物モデルを利用した発がん感受性遺伝子の探索:ACI x (ACIxBUF)F1 戻し交雑ラットを作成してMNNGを投与し、胃がんの有無、分化度、直径、進達度を検索した。161個の座位について多型を決定し、連鎖地図の作成、胃がん感受性に関する表現形質との連鎖解析を行った。候補遺伝子はラット胃がん感受性遺伝子の各座位に相当するヒト染色体領域の遺伝子を検索し、ACIとBUF間での多型を検索した。(6) がん細胞の抗原性及び生体の防御機構と発がん感受性に関する研究:HST-2細胞の抗原ペプチドを決定し、このペプチドの遺伝子クローニングを行った 。recoverin蛋
白質のHLA-A24結合ペプチドを作製してCTLエピトープを決定した。口腔扁平上皮がんOSC-20のHLA-DR8拘束性抗原ペプチドを決定した。肺がんLHK-2、膵がんPUNなどのHLAクラスI提示分子を決定した。
結果と考察
(1)DNA損傷修復酵素の活性と発がん感受性に関する研究:年齢と喫煙歴を考慮した上で、Cys326型をホモに持つヒトは肺の扁平上皮がんに対するリスクが他の集団に対して約3倍高いことを明らかにした。この結果は、この遺伝子産物の酵素活性が低い人は喫煙によって誘発される遺伝子変異を修復する能力が低いために肺がんになるリスクが高いということを示唆している。DNA修復酵素活性には個体差があり、その違いによって発がん感受性も異なっていることが予測されていた。そこでDNA修復酵素遺伝子に着目し、新規遺伝子の単離、遺伝的多型の探索、多型による活性の差の検討を進めてきた。その結果、OGG1遺伝子産物の活性の個体差が肺発がんリスクを規定していることを世界に先駆けて見出せたのは、本研究の特記すべき成果である。
(2)発がん物質代謝酵素の活性と発がん感受性に関する研究:喫煙者において肺がん患者と非肺がん患者のCYP2A6遺伝子型の分布は有意に異なっていた。全欠損型多型をホモ接合体で有するヒトの頻度は、肺がん患者(1.6%)で非肺がん患者(5.5%)に比べて明らかに低かった。一方、非喫煙者において肺がん患者と非肺がん患者のCYP2A6遺伝子型の分布には有意差は認められなかった。また、扁平上皮がん患者と非肺がん患者のCYP2A6遺伝子型の分布が有意に異なっており、CYP2A6の遺伝的多型が扁平上皮がんのリスクに関連していることが示された。この結果はCYP2A6がたばこ煙中のがん原物質の代謝的活性化全体に対する寄与が大きいことを示唆している。
(3)がん情報のデータベース化及び家系調査による高発がん家系の把握:家族性胃がんの国際会議に出席し、家族性胃がんの国際的な診断基準を作成した。この基準に基づいて胃がん患者を解析し、家族性diffuse型胃がんは約3%、家族性intestinal型胃がんは約0.07%存在すると算出した。また、家族性胃がん13例中1例にE-カドヘリンの胚細胞変異が、3例にマイクロサテライトの遺伝子不安定性が検出され、p53変異は1例も検出されなかった。この結果から、我が国における胃がん家族集積の要因はこれらの遺伝子以外にあることが示唆された。大腸癌研究会と共同で今年度も新たなHNPCC家系が発見され、現在までに203家系が登録された。
(4)高発がん家系に対する支援体制の整備:家族性腫瘍カウンセラー養成セミナーの結果、1148例(733家系)が調査対象となり、602例(382家系)はカウンセリングの対象で、836例(439家系)で遺伝子解析が既に行われていることが判明した。遺伝情報システムとしては、日本語化Progenyが機能性、安全性に満足し得るレベルに到達したので、近くJProgeny2000として完成する。本研究の進展によって患者や家族に対する支援体制のさらなる充実が望まれる。
(5)実験動物モデルを利用した発がん感受性遺伝子の探索:ラット胃がんの発生に関与する座位として15番染色体D15Rat102近傍にGastric Cancer Susceptibility Gene 1 (Gcs1)を、LOD score 3.8でマップした。4番染色体Ampp近傍及び3番染色体D3Rat55近傍にGastric Cancer Resistance Gene 1 (Gcr1)及びGcr2を、LOD score 2.8及び2.7で各々マップした。胃がんの大きさと進達度に関与する座位として、16番染色体D16Rat17近傍にGcr3を、LOD score 2.2でマップした。遺伝子クローニングのために新たな発がん実験を行い、表現形質及び遺伝子型の決定を進めている。また、コンジェニックラットが完成すれば、それぞれの座位の影響力や相互作用の評価が可能となる。
(6)がん細胞の抗原性及び生体の防御機構と発がん感受性に関する研究:ヒト胃がんのHLA-A31拘束性抗原ペプチド(YSWMDISCWI)F4.2を決定し、このペプチドをコードする遺伝子候補C98を分離した。肺がん(LHK-2)、膵がん(PUN)などで自己CTLクローンを得た。提示分子はLHK-2がHLA-A24、PUNがHLA-A26と決定された。F4.2はHST-2以外の胃がんにも発現し、A31(+)胃がん患者の30-40%からF4.2特異的CTLの誘導可能であった。肺がんの抗原はHLA-A24の提示分子であり、抗原が決まれば、肺がん患者に有効ながんワクチン開発の可能性がある。
結論
肺がん家系は少ないが、発がん物質代謝酵素遺伝子CYP2A6の遺伝的多型が肺がんへのリスクを規定していることが明らかになった。また、DNA修復酵素遺伝子としてOGG1の遺伝的多型が肺発がんの感受性を規定している可能性が示された。我が国における胃がん発生には家族集積性があるが、その遺伝的要因は既知の遺伝子異常では説明できなかった。MNNGによるラット胃がん感受性遺伝子4個をマップし、HLA-A31が提示する胃がん抗原ペプチドF4.2を同定した。

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