がんの浸潤・転移に関する病理学的及び分子生物学的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900117A
報告書区分
総括
研究課題名
がんの浸潤・転移に関する病理学的及び分子生物学的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
原田 昌興(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋和秀(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
  • 松隈章一(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
  • 菊地慶司(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトがんにおける浸潤・転移性がんの動的病態を知るためには、実際の臨床例の病理学的解析は不可欠である。代表的なホルモン依存性癌である前立腺癌、乳癌は欧米においては以前から発生率、死亡率ともきわめて高く、その克服は重要課題とされている。前立腺癌個々症例の臨床経過は同一分化度、同一病期でも一様ではなく、治療反応性、再燃予知に関わる的確な指標の確立が望まれている。また、前立腺癌死の主要要因である骨転移の機構についても未だ不明な点が少なくない。がんの多段階進行過程ではマイクロサテライト不安定性も関与すると想定され、近年ヒトがんにおけるミスマッチ修復遺伝子異常によるがん関連遺伝子蛋白コード領域のフレームシフト型変異の存在が知られてきた。ヒトがんにおけるマイクロサテライト変異とがん関連遺伝子変異の関連を解析することは、がんの浸潤・転移性獲得過程での遺伝子不安定性の実態を知る上で重要であるのみでなく、再発予知の指標あるいは新たながん制御法開発の道筋にも寄与するものと考えられる。がん細胞の浸潤・転移性と接着分子機構特にカドヘリン・カテニン系の異常との関連が解明されつつあるが、上皮系がん細胞における細胞基質接着分子の動態と細胞増殖シグナル伝達系との関連の詳細は未だ不明確である。また、がんの進展過程には細胞死、アポトーシス抵抗性獲得も関与すると想定されるが、ヒトがんにおけるアポトーシス過程に重要なカスパーゼの発現動態と悪性化進展との関連は未知の部分も多々あり、その分子機構の解明は新たながん転移抑制法開発への展開も期待される。 本研究は、主要なヒトがん、上皮性悪性腫瘍、特に近年本邦でも増加傾向の著しい前立腺癌、乳癌などのホルモン依存性癌を視点に据え、浸潤・転移性癌の特性、悪性化進展過程、浸潤・転移に関わる要因および分子機構について病理学的並びに分子生物学的に解析し、個々症例における的確な診断・予後指標、難治性癌制御に向けての新たな治療方策の開発に資する知見の集積を目指すものである。
研究方法
前立腺癌個々症例の浸潤・転移性に関わる的確な診断指標を得るために、診断時組織材料におけるクロモグラニンA, NSE, bombesinなどを指標とする神経内分泌性細胞の出現およびPTHrP発現を組織化学的に検出し、組織分化度、WHO組織型構成率および進行度との関連、予後指標としての意義を検討した。ヒト胃がん臨床外科材料を用い、13遺伝子座のマーカーによるマイクロサテライト変異の有無およびミスマッチ修復遺伝子hMSH3、がん関連遺伝子Bax、TGFbRIIの単純塩基繰り返し配列の変異をPCR法により検出し、塩基配列決定による変異様式についての解析を行うとともに組織型との関連を検討した。ヒトがん進展過程における細胞死抵抗性獲得の実態を解析するために、前立腺癌、胃癌、子宮頚癌、乳癌細胞系など数種のヒトがん由来細胞系を用いて、カスパーゼの発現動態をRT-PCR法およびウエスタン分析により解析検討した。また、がん細胞の特性の一つである非足場依存性増殖における接着分子動態と増殖シグナル伝達経路の関連を解析するために、乳癌細胞及び正常乳腺上皮細胞系を用い、IGF-1刺激により活性化されるDNA合成系について、各種酵素阻害剤、特異抗体を用いたウエスタン分析、免疫沈降蛋白による酵素基質のリン酸化活性の測定等により解析した。
結果と考察
前立腺癌臨床例の診断時組織において、13/42例・31%の神経内分泌細胞陽性例(5%以上出現)は、組織学的に高異型度の充実・索状組
織要素の構成率が高率、増殖周期細胞率も有意に高く、内分泌療法後の予後が有意に不良などの特徴を示すことを見出し、神経内分泌細胞の傍分泌的増殖因子の分泌、予後不良指標としての可能性が示唆された。また、PTHrP発現は44/66例・68%に認められ、陽性例の71%は診断時すでに骨転移陽性(Stage D2)、逆にD2の25/29例・86%にPTHrP発現を認め、PTHrP発現と悪性化進展、骨転移との関連が示唆された。ヒト胃癌臨床例において15/40・38%にマイクロサテライト異常が検出され、そのうち50%以上の高率な異常を示す5症例・13%では、同時にBax, TGFbRII、hMSH3遺伝子の複合フレームシフト型変異が検出されたが、同一症例内においても癌巣の部位・組織型により変異遺伝子、変異態様は異なることを見出した。この結果は胃がんの進展過程にもマイクロサテライト不安定性が関与することを示唆するものであるが、その変異態様は一様ではなく、ヒトがんは進展過程において生物学的性状の異なる不均一な組織構成へと転換する可能性を示唆するものと考えられる。多くの転移巣由来ヒトがん細胞系は基質接着喪失状態でもアポトーシス抵抗性を示し、しばしばカスパーゼ1および4の発現減弱ないし消失が認められた。乳癌細胞MCF-7ではカスパーゼ3の消失も見出され、抗癌剤処理によりアポトーシスとは異なる50 kb単位のDNA断片化が観察されたが、このDNA断片化はカスパーゼおよびセリンプロテアーゼの阻害剤で抑制された。これらの結果から、ヒトがん細胞の細胞死抵抗性、転移性にはカスパーゼ群の失調が関与し、がん細胞の細胞死過程にはアポトーシス以外の系の存在が示唆される。このアノイキス抵抗性を示す乳がん細胞MCF-7における、増殖因子IGF-1 刺激によるDNA合成シグナル伝達経路を解析した結果、浮遊状態では基質接着増殖時に認められないRaf1-MEK-ERK系の活性化が認められ、この活性はPI-3KあるいはMEKの阻害剤により阻害されることから、非足場依存性増殖能を有するがん細胞では正常細胞の主要増殖カスケードPI3K-PKB/Aktに加えてRaf1, MEKの活性化を介するERK活性化シグナル伝達により増殖有利状態を獲得している可能性が示唆された。これらの結果から、1)前立腺癌において神経内分泌細胞の出現は予後不良因子であり、PTHrP発現は骨転移の指標として重要と想定される。2)高率MSIを示す胃癌ではTGFbRII, Bax, hMSH3等のフレームシフト型複合変異を伴うことが多いが、変異態様は癌巣部位、組織型により異なることがある。3)多くの転移巣由来がん細胞ではカスパーゼの発現消失、減弱を認めこのカスパーゼ失調と細胞死抵抗性の関連が示唆される。5)乳癌細胞MCF-7は浮遊培養下では、IGF-1刺激により活性化される増殖系として、基質接着時とは異なるDNA合成系の活性化されている可能性が示唆される。
結論
ヒトがん個々症例はしばしば発現形質、遺伝子変異態様の異なる組織要素の混在からなり、患者病態、予後予測には組織像に対応した遺伝子発現の詳細な分析の必要性が示唆される。がん細胞の浸潤、転移能獲得過程には、接着分子異常に伴う細胞増殖系の活性化及び細胞死・アポトーシス抵抗性の関与が示唆され、今後各要因相互の関連についての検討、ヒトがん臨床材料での解析を進め、的確な診断指標、がんの個性に対応した制御方策の構築が必要と考えられる。

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