ヒトがんの浸潤・転移性増殖の基盤となる分子・細胞機構の総合的把握に関する研究

文献情報

文献番号
199900115A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒトがんの浸潤・転移性増殖の基盤となる分子・細胞機構の総合的把握に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
広橋 説雄(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 今井浩三(札幌医科大学)
  • 野澤志朗(慶應義塾大学)
  • 木全弘治(愛知医科大学分子医科学研究所)
  • 北島政樹(慶應義塾大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
145,139,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がん研究の中でも最も重要な課題の1つであるがんの浸潤・転移の機構を分子・細胞レベルで明らかにするために、実際の臨床がんにおける浸潤・転移、そしてそれを良く模倣するin vivo、in vitroモデルを対象に最新の分子細胞生物学的手法を用いて解析し、転移・浸潤能の正確な診断を可能とすると同時に、今後の新たな治療法開発のための治療標的を明らかにすることを目的とする。
研究方法
1.新規転移関連遺伝子Dysadherinの機能解析:Dysadherinならびにアクチンの局在を蛍光抗体法にて検討した。抗Dysadherin抗体NCC-mAb3G10をlatex beadsにコートし、細胞へ添加後、蛍光抗体法で観察した。Dysadherinの細胞内領域に対するGST融合タンパクを作成しmembrane上及び細胞でのoverlay assayを行った。2.β-catenin/TCF4転写複合体の標的遺伝子の検索:β-cateninとTCF4の複合体形成により転写の活性化が起こる標的遺伝子群を同定するために、テトラサイクリン調節性プロモータを用いた発現誘導システムを用い、TCF4の転写活性が厳密に調節できる細胞株2種を樹立した。この2株で誘導前後で発現の変化する遺伝子群のスクリーニングを行った。また誘導前後での細胞生物学的特性の変化につき検討した。3.N末を欠いたβ-cateninに結合する分子の単離:蛋白質相互作用を検知するFar-western法を用いて、N末を欠いたβ-cateninに結合する分子の単離を試みた。4.食道、頭頸部扁平上皮がんにおけるlaminin-5γ2鎖及びEpidermal growth factor receptor(EGFR)の発現異常とその相互関係:食道、頭頸部扁平上皮がん症例を免疫組織化学的に検討した。扁平上皮がん細胞株を用いて、EGFRの遺伝子増幅とlaminin-5γ2鎖の発現の相関を検討した。5.消化器がんの浸潤・転移に関わるアポトーシス関連分子の解析:生体内のBAG-1発現を免疫染色によって解析した。さらにBFA及びNocodazole 処理した胃がん細胞株についてBAG-1の細胞内局在の変化を観察した。BAG-1-GST融合蛋白を作製して、これに結合する分子の同定を行った。6.がん浸潤・転移におけるヒアルロン酸の意義の解明:様々に悪性度の異なるがん組織よりRNAサンプルを得て、リアルタイムRT-PCR法により、各HAS遺伝子の発現量を定量すると共に、免疫組織化学によるHASタンパク質発現も検討した。さらにがん細胞の転移能などの形質と各HAS遺伝子の発現との関連を明らかにするため、正常細胞にがん遺伝子を導入してがん化させて、3種類のHAS遺伝子発現とヒアルロン酸合成酵素活性の変化を解析した。7.子宮内膜がんにおけるH1型糖鎖の発現:ヒト子宮体がん由来培養株SNG-IIよりMSN-1抗体との反応性によって、MSN-1認識抗原高発現亜株(SNG-S)と低発現亜株(SNG-W)を作成し、両亜株の接着能、浸潤能、尾静注した際の肺転移の頻度を検討した。8.大腸がんにおけるCOX-2発現の意義:232例の大腸がん切除標本におけるCOX-2の発現様式と個々の症例の背景因子との関連を免疫組織染色を用いて臨床病理学的に検討した。
結果と考察
1.新規転移関連遺伝子Dysadherinの機能解析:Dysadherinとアクチンの共存を認め、また、latex beadsの付着部位に一致してDysadherinとアクチン線維の濃縮が観察された。これらの所見はDysadherinがアクチンと直接あるいは間接的に相互作用していることが示唆される。overlay assayでは、Dysadherin分子の細胞内領域と結合するタンパクの存在が強く示唆された。2.β-catenin/TCF4転写複合体の標的遺伝子の検索:β-catenin とTCF4の複合体形成により転写の活性化が起こる標的遺伝子を同定した。この
遺伝子転写調節領域には複数のTCF4/β-catenin転写複合体への応答部位を認めた。DLD-1細胞は、dominant-negative TCF4の誘導により、軟寒天中でのコロニーが小型化し、単層培養下でのpile upが抑制されることを見出した。3.N末を欠いたβ-catenin に結合する分子の単離:がん抑制遺伝子産物APC、新規cadherin family分子、細胞骨格関連分子、新規分子の4クローンを得た。そのうち細胞骨格関連分子について、Tagを用いた免疫沈降とWestern blotにより、細胞内でのβ-cateninとの結合を確認した。4.食道、頭頸部扁平上皮がんにおけるlaminin-5γ2鎖及びEpidermal growth factor receptor(EGFR)の発現異常とその相互関係:laminin-5γ2鎖の発現の亢進している症例は、有意に分化度が低く、浸潤性増殖の強い腫瘍であることがわかった(p<0.05)。また、単変量及び多変量解析による検討で、laminin-5γ2鎖の発現の亢進している症例は、有意に予後不良であることがわかった(p=0.0003)。EGFRの遺伝子増幅の程度とlaminin-5γ2鎖の発現には相関が認められた。また、laminin-5γ2鎖の発現の亢進している症例は有意にEGFRの発現も亢進していた(p<0.0005)。5.消化器がんの浸潤・転移に関わるアポトーシス関連分子の解析:アポトーシスの阻止により、転移能が亢進し、細胞運動能が亢進することを見出してきた。今年度は、BAG-1が上皮の分泌機能に寄与している可能性が示唆され、過剰発現のみならず細胞内局在の変化によっても機能異常が誘導される可能性が示唆された。6.がん浸潤・転移におけるヒアルロン酸の意義の解明:ヒト大腸がんについて、HASのがん組織での発現とリンパ節転移群におけるHAS1の有意な発現上昇を認めた。SrcまたはRasでトランスフォームしたラット3Y1細胞は、HASの発現上昇が認められた。さらにアンチセンスHAS2遺伝子導入により、ヒアルロン酸合成の低下とともに腫瘍は明らかに散在性の性質を失い増殖は抑制された。7.子宮内膜がんにおけるH1型糖鎖の発現:子宮内膜がん細胞ではH1型糖鎖の発現の多寡が組織接着能・転移能と関連を有し、H1型糖鎖を高発現する細胞は、組織接着能や転移能が高い可能性が示唆された。8.大腸癌におけるCOX-2発現の意義:大腸がん組織におけるCOX-2の発現は71.6% (166/232)に認められ、肝転移と有意に相関し、独立した肝転移の危険因子でり、さらに予後にも有意な相関を示した。
結論
本年度は、新規転移関連遺伝子Dysadherinの機能解析、β-catenin/TCF4転写複合体の標的遺伝子の検索、N末を欠いたβ-catenin に結合する分子の単離、食道、頭頸部扁平上皮がんにおけるlaminin-5γ2鎖及びEpidermal growth factor receptor(EGFR)の発現異常とその相互関係の検討、胃がんにおけるアポトーシス関連分子の機能解析、大腸がんにおけるヒアルロン酸合成酵素の発現の検討、子宮内膜がんにおけるH1型糖鎖の発現の解析、大腸がんにおけるCOX-2発現の解析を行い、動物実験モデルや実際の臨床がんにおいて、これら分子の浸潤・転移への関与を明らかにした。今後、分子・細胞レベルでの変化とがん浸潤・転移性増殖の臨床像との対応を直接明らかにするとともに、新しいがん治療の標的になると考えられるがん浸潤・転移に関わるこれらの分子機構の研究を重点的に行う予定である。

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