家族性卵巣がん関連遺伝子の分離と遺伝子診断による早期診断法の確立に関する研究(総合研究報告書)

文献情報

文献番号
199900113A
報告書区分
総括
研究課題名
家族性卵巣がん関連遺伝子の分離と遺伝子診断による早期診断法の確立に関する研究(総合研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
田中 憲一(新潟大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 木下盛利(大塚アッセイ研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
上皮性卵巣癌は罹患数および死亡数ともに増加傾向を示し、その原因究明、治療成績の向上は癌克服のための重要課題の一つである。これまでに家族性卵巣癌に関連する遺伝子としてBRCA1、BRCA2が同定されたが、本邦における家族性症例への関与については未だ不明な点が多い。欧米での報告では、家族性卵巣癌家系におけるBRCA1、2の関与は約半数程度にすぎず、残りの家族性症例や散発性症例に関連する遺伝子の解明が求められている。本研究の目的は、1、家族性卵巣癌症例における臨床学的特徴を解明すること、2、原因遺伝子として同定されたBRCA1、2の関与を解明すること、3、BRCA1、2以外の新しい原因遺伝子を同定分離することであり、その成果が家族性症例だけでなく散発性症例への関与の解明を通じて、発癌機構の解明などに大きく貢献することを期待するものである。
研究方法
1、家系集積とBRCA1、2遺伝子異常の解析。姉妹・叔母姪など家系内に2名以上の上皮性卵巣癌患者が存在する家系を全国的に集積し、患者を含め同意の得られた家系構成員(両親、同胞)の末梢血もしくは唾液、およびホルマリン固定パラフィン包埋切片の正常組織、腫瘍組織よりDNAを抽出した。このうち末梢血もしくは唾液を採取した患者についてはBRCA1、2遺伝子をPTT (protein truncation test)、あるいは直接シークエンス法にて解析し、変異の有無を検索した(分担研究)。2、モノクローナル抗体を用いたBRCA1異常の検出法の確立。BRCA1遺伝子異常の有無が判明している家族性卵巣癌患者35例(異常あり21例、異常なし14例)と孤発例20例のパラフィン包埋切片につき、BRCA1蛋白のC末端及びN末端側に対するモノクローナル抗体を用い、BRCA1遺伝子異常の有無を検出できるか否かについて検討した。3、ノンパラメトリック連鎖解析。BRCA1、2遺伝子に異常が認められなかった家系のうち母娘発症を除く34家系を対象に、X染色体を含む全染色体を400個のマイクロサテライトマーカー(平均距離9.2cM)を用いて、PCRを施行。そのPCR産物の長さの多型をオートシークエンサーにて検出。この多型を示す対立遺伝子の家系内患者間での共有度をもとに、GENEHUNTER、およびSIBPALの2つのプログラムによりノンパラメトリック連鎖解析を行い、Non-parametric linkage(NPL) score、p-valueを計算した。4、Comparative Genomic Hybridization(CGH)解析。BRCA1、2に突然変異を認めなかった11家系13症例について、ホルマリン固定パラフィン包埋切片から抽出した腫瘍DNAをFITC(緑色)、正常女性末梢血リンパ球から抽出した正常DNAをTexas Red(赤色)で蛍光標識し、ヒト正常分裂中期染色体上に競合的にハイブリダイズさせ、緑色/赤色蛍光比が1.2以上のものを腫瘍DNAのコピー数の増加、0.8以下のものをコピー数の減少として評価し、全染色体上の遺伝子コピー数の異常を解析した。5、分離分析。多施設で散発例における家系調査を行い、家族構成、年齢などの基礎データをもとに、コンピュータープログラム(COMDS)を用いて遺伝性の有無、遺伝様式の推測を行った。6、BRCA1変異保因者における浸透率解析。BRCA1に突然変異を認めた女性68名(患者32名、健常者36名)の年齢をもとにKaplan-Meier法により卵巣癌の浸透率を計算した。7、BRCA1変異陽性卵巣癌患者における予後解析。BRCA1に突然変異をもつ卵巣癌患者のうちIII期の患者(13例)を対象に、当科における散発性卵巣癌患者(29例)と予後について比較した。(倫理面への配慮)検体収集にあたっては、主治医によるインフォームドコンセントを実施し、患者および家族の同意を得て行っている。
結果と考察
1、家族性卵巣癌71家系を集積し、33
家系(46.5%)にBRCA1、4家系にBRCA2の胚細胞性突然変異を認めた。全国アンケートによる約4300例の卵巣癌家族歴調査により、本邦の家族性症例の頻度は約1%であり、欧米に比べ頻度が少ないことが判明した。2、BRCA1蛋白の免疫染色の結果、エクソン11に異常を有する15例中14例で細胞質のみに染色が確認された。また、エクソン11以外に異常を有する6例は全例で染色が認められなかった。一方、BRCA1に異常を認めない家族性卵巣癌14例中12例、孤発例20例中17例では核に染色を認めた。以上より本法はBRCA1異常検出のためのスクリーニング法として有用であることが示唆された。3、ノンパラメトリック連鎖解析の結果、multipoint analysisのGENEHUNTERでは、2q21-22、8q22-24、13q34、16p12領域でNPL scoreが2.0以上を示し、twopoint analysisのSIBPALでは2p12-13、8q22-24、13q34、16p12領域でp-valueが0.005以下を示した。以上の結果を総合し、両者でともに高いスコアを示した2p12-q22、8q22-24、16p12の3領域で連鎖が示された。4、CGH解析の結果、3q24-27、8q22-24、12p13-12領域におけるコピー数の増加(遺伝子増幅)、および1p36-34、3p21-14、5q31-35、6q24-27、7p22-15、8p23-12、9q31-34、12q23-24、13q31-34、16p、16q、17p、17q、18q21-23、22q、Xp領域におけるコピー数の減少(遺伝子欠失)が高頻度(30%以上)に検出された。5、BRCA1突然変異型の解析では、日本人に特有で頻度が高いと推定される突然変異型3種(T307A、C2919T、2507delAG)と、そのハプロタイプを同定した。6,分離分析により、新規原因遺伝子は浸透率の低い(0.57)、常染色体優性遺伝形式を示すことを推定した。7、わが国におけるBRCA1変異保有者の卵巣癌における生涯浸透率が0.784であることを明らかにした。8、予後比較では、5年生存率、50%生存期間いずれも有意差をもってBRCA1陽性群で予後良好であった。本研究におけるBRCA1、2の変異解析から、BRCA1、2の関与する家族性卵巣癌家系は約半数程度であることが明らかとなり、BRCA1、2以外の新しい原因遺伝子究明の必要性が再認識された。本研究でのノンパラメトリック連鎖解析では、multipointおよびtwopointの2つのプログラムでともに高いスコアを示した2p12-q22、8q22-24、16p12の3候補領域が得られた。さらに同領域のうち8q22-24、16p12の2候補領域においては、CGH解析においても高頻度の遺伝子増幅、欠失が確認されている。以上、連鎖解析、CGH解析による結果が同一の候補領域を示していることに加え、対象家系における分離分析にて、新規原因遺伝子が浸透率の低い(57%)、常染色体優性遺伝を示すことを考慮すると、2つのプログラムを併用して限定された上記候補領域は、単離のステップに進む上での基準を十分満たしているものと考える。
結論
家族性卵巣癌71家系を集積し、33家系(46.5%)にBRCA1、4家系(5.6%)にBRCA2の胚細胞性突然変異を認めた。BRCA1変異に関しては、本邦の卵巣癌における生涯浸透率が約80%と高率であること、予後が散発例に比較し良好であることを明らかにし、日本人に特有で頻度が高いと推定される変異型を同定した。一方、BRCA1、2変異家系を除いた34家系でノンパラメトリック連鎖解析を行った結果、2p12-q22、8q22-24、16p12領域で連鎖が示された。また連鎖解析での候補領域のうち、CGH解析で高頻度の遺伝子変化を示したのは8q22-24、16p12領域であり、上記領域に家族性卵巣癌に関連する新規原因遺伝子の存在が示唆された。今後はSNPを用いたassociation studyを行い、詳細な遺伝子単離へと進む計画である。

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