文献情報
文献番号
199900112A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト腫瘍の発生と増悪に関わる分子病態の解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 利忠(愛知県がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
- 瀬戸加大(愛知県がんセンター研究所)
- 高橋 隆(愛知県がんセンター研究所)
- 神奈木玲児(愛知県がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
ヒト腫瘍の分子病態の研究は近年急速に進み、造血器腫瘍では転座関連遺伝子が、また、固型がんでは、がん遺伝子、がん抑制遺伝子が既に多く単離されてはいるが、現時点で未知の重要遺伝子の存在も予想されている。また、転移・浸潤に関する研究も進み、接着分子を含む多くの要因の関与が想定されているが、その制御に関する研究は、緒のついた所である。本研究では、ヒト腫瘍の診断・治療の向上を目指し、(a) 造血器腫瘍では、(1) MALT型粘膜関連Bリンパ腫に見られる18q21染色体転座に関連する遺伝子の単離、及び(2) び慢性大細胞型Bリンパ腫の主要転座関連遺伝子であるBCL6の腫瘍発生に於ける役割、(b) 肺がんでは(3)17p13.3欠失と形態学的悪性度との関連性、及び(4) TGF-βシグナル伝達系異常の発症・進展における役割の検討、を試みる。(c) 浸潤・転移では、(5) リンパ系腫瘍細胞のリンパ節浸潤に関与する接着分子であるL-セレクチンの新規糖鎖リガンドの同定と、その発現に関与する転移酵素遺伝子の単離を試みる。
研究方法
(1) MALTリンパ腫にみられるt(11;18)転座関連遺伝子の単離・解析:18q21領域に位置するYACクローンを用いて、t(11;18)転座切断点のFISH解析を行い、転座切断点を認識するクローンを同定し、遺伝子単離のための基点とする。さらに、exon trapping法により責任遺伝子の同定を試みる。(2) び慢性Bリンパ腫の主要転座関連遺伝子であるBCL6の腫瘍発生における役割:t(3;7)転座の切断点領域から新しい転座相手遺伝子を同定し、腫瘍化機構を考察する。また、BCL6遺伝子を誘導発現できる細胞株を樹立し、遺伝子発現差異検出法を用い、標的遺伝子を見出す。(3) 肺がんにおける17p13.3等の染色体欠失と形態学的悪性度との関連性:同一腫瘍内で形態学的悪性度にheterogeneityを示す非小細胞がん症例を選択し、17pに新たに同定した共通欠失領域を含む各種染色体欠失と悪性度との関連性について検討を加える。(4) 肺がんの発症・進展におけるTGF-βシグナル伝達系異常の検討:肺がんより単離した複数の変異Smad遺伝子cDNAに関し、TGF-βによる増殖抑制シグナル伝達能、転写活性化能、及びオリゴマー形成能の障害を検索し、それらの関連性を比較検討する。(5) リンパ系腫瘍細胞のリンパ節浸潤に関与する新規接着糖鎖の同定及びその発現機序の検察:in vitroの細胞接着実験において、接着分子特異抗体および細胞接着分子のリコンビナント蛋白や有機合成糖鎖を調製し、結合実験および結合阻止実験を行う。新たに同定した糖鎖の発現に関与する転移酵素遺伝子を単離し、細胞へ導入することによって細胞接着能の再構成を試みる。
結果と考察
(1) MALTリンパ腫にみられるt(11;18)転座関連遺伝子の単離・解析:t(11;18)(q21;q21) を有するMALTリンパ腫症例に対しFISH解析を行い、18q21領域の転座切断点を認識するYACクローンを同定した。これを基点にし、新規遺伝子MALT1の単離に成功した。本遺伝子の機能は不明であるが、11q21領域に位置し、細胞死を抑制する機能を持つことが知られているAPI2遺伝子とin frameで融合し、API2-MALT1キメラ遺伝子を形成することを示した。 RT-PCR法によりMALT症例を検討したところ、約30%にキメラmRNAが検出された。(2) び慢性Bリンパ腫の転座関連遺伝子BCL6の腫瘍発症における役割:BCL6転座(3q27) の新しい標的遺伝子としてリンパ球分化のマスター遺伝子と考えられているIkaros (7p12) を見出した。また、BCL6遺伝子を発現誘導できるマウス細胞株Ba/F3を樹立し、解析することにより、4種類の標的遺伝子候補を同定した。
(3) 形態学的悪性度と17p13.3等の染色体欠失との関連性:同一癌組織内に各種増悪段階が混在する肺がん組織をmicrodissection法を用いて解析した結果、3pと17pの両染色体領域欠失は形態学的悪性度の如何に関わらず検出され、早期より欠失が生じていることが明らかとなり、肺がんの発症に深く関わっていることが示唆された。(4) 肺がんの発症・進展におけるTGF-βシグナル伝達系異常の検討:肺がんより単離した6種類の全ての変異Smad2又はSmad4遺伝子は、正常気道上皮細胞株に於けるTGF-βによる増殖抑制及びFAST-1/Smad依存性転写活性化を顕著に障害した。しかし、PAI-1プロモーター転写活性能やオリゴマー形成能には差異を示し、機能不活化機序の多様性が示唆された。(5) リンパ系腫瘍細胞のリンパ節浸潤に関与する新規接着糖鎖の同定と発現に関与する転移酵素遺伝子の単離:リンパ腫等造血器腫瘍細胞のリンパ節浸潤に関与するL-セレクチンの糖鎖リガンドであるシアリル6-スルホLexの発現が6-硫酸基転移酵素遺伝子とⅦ型フコース転移酵素遺伝子の同時導入によって誘導できる事を示し、更に本導入細胞がL-セレクチンと特異的に接着することを証明した。また、シアリル6-スルホLex糖鎖のセレクチンとの結合能を不活化する新規の代謝経路が存在することを見出し、更にこの不活化反応の律速酵素であるシアル酸シクラーゼの酵素学的特徴を明らかにした。この不活化機構は細胞の悪性化に伴って変化し、これが悪性細胞のセレクチン結合能の異常を引き起こすと考えられた。
(3) 形態学的悪性度と17p13.3等の染色体欠失との関連性:同一癌組織内に各種増悪段階が混在する肺がん組織をmicrodissection法を用いて解析した結果、3pと17pの両染色体領域欠失は形態学的悪性度の如何に関わらず検出され、早期より欠失が生じていることが明らかとなり、肺がんの発症に深く関わっていることが示唆された。(4) 肺がんの発症・進展におけるTGF-βシグナル伝達系異常の検討:肺がんより単離した6種類の全ての変異Smad2又はSmad4遺伝子は、正常気道上皮細胞株に於けるTGF-βによる増殖抑制及びFAST-1/Smad依存性転写活性化を顕著に障害した。しかし、PAI-1プロモーター転写活性能やオリゴマー形成能には差異を示し、機能不活化機序の多様性が示唆された。(5) リンパ系腫瘍細胞のリンパ節浸潤に関与する新規接着糖鎖の同定と発現に関与する転移酵素遺伝子の単離:リンパ腫等造血器腫瘍細胞のリンパ節浸潤に関与するL-セレクチンの糖鎖リガンドであるシアリル6-スルホLexの発現が6-硫酸基転移酵素遺伝子とⅦ型フコース転移酵素遺伝子の同時導入によって誘導できる事を示し、更に本導入細胞がL-セレクチンと特異的に接着することを証明した。また、シアリル6-スルホLex糖鎖のセレクチンとの結合能を不活化する新規の代謝経路が存在することを見出し、更にこの不活化反応の律速酵素であるシアル酸シクラーゼの酵素学的特徴を明らかにした。この不活化機構は細胞の悪性化に伴って変化し、これが悪性細胞のセレクチン結合能の異常を引き起こすと考えられた。
結論
本研究では、(a) 造血器腫瘍と(b) 肺がんにおける遺伝子異常のがん発生に於ける役割、並びに(c) がんの浸潤・転移における細胞接着分子の役割を明らかにするため研究を進めている。本年度の主たる成果は以下の様である。(a) (1) MALTリンパ腫ではAPI2-MALT1キメラ遺伝子が形成され、約30%の症例で本キメラmRNAの発現が認められることを示した。(2) BCL6転座の新規の相手転座関連遺伝子としてIkarosを同定した。また、BCL6遺伝子発現誘導系を用い、標的候補遺伝子を4種類見出した。(3) 17p13.3領域の欠失は肺がん発生の早期から存在しており、腫瘍発生に重要な役割を担う標的がん抑制遺伝子の存在を示唆した。(4) 肺がんにおけるTGF-β不応答性の機序としてSmad遺伝子変異の存在を見出し、更にそれらの機能異常の解析を行った。(5) 細胞接着分子であるセレクチンの新規糖鎖リガンドとして、ムチン型シアリルLex(NCC-ST-439腫瘍マーカー)に加え、シアリル6-スルホLexを同定し、その合成に関与する、6-硫酸基転移酵素遺伝子を単離した。また、セレクチンの糖鎖リガンド発現の調節機構として、合成律速酵素であるⅦ型フコース転移酵素遺伝子の転写レベルでの調節機構と、シアル酸の環状化という特異な調節機構の二種があることを明らかにした。
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