発がんの分子機構に関する研究(ヒトがんの発生ならびに転移を抑制する遺伝子の解析)(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900111A
報告書区分
総括
研究課題名
発がんの分子機構に関する研究(ヒトがんの発生ならびに転移を抑制する遺伝子の解析)(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
崎山 樹(千葉県がんセンター研究局)
研究分担者(所属機関)
  • 尾崎俊文(千葉県がんセンター研究局生化学研究部)
  • 中川原 章(同生化学研究部)
  • 竹永啓三(同化学療法研究部)
  • 古関明彦(千葉大学大学院医学研究科発生生物学講座)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
20,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がんの発生ならびに転移に対して抑制的に関与する遺伝子を単離し、その構造解析、産物の機能を解明する。これら遺伝子の発現や存在様式をがんの組織型や悪性度との関連で把握することにより、各遺伝子産物の役割を明らかにし、それらを指標にして、がんの診断、治療、予後の判定や転移の予知および抑止をすることを最終目的とする。11年度の具体的な目的は以下の通りである。1) 細胞の増殖ならびにがん化を抑制する機能を持った分泌蛋白質であるDANの役割を分子レベルで解明する。2)DAN ノックアウトマウスを作成しその表現型を解析する。3)p53 のホモログであるp73のC-末端側の転写活性調節機構を解明する。 4) 神経芽細胞腫をはじめとする数多くのがんで複数のがん抑制遺伝子が多数存在することが推測されている1番染色体短腕遠位領域(1p34-pter)におけるがん抑制遺伝子の同定を行う。5) 高転移性がん細胞における腫瘍血管新生の機構を解明する。転移能獲得に伴いエピジェネティックに発現量の変化する遺伝子の検索を行う。
研究方法
1) BMPシグナリングに対するDANの影響を解析するためにマウス胚性がん細胞(P19)中でのpTLx-ルシフェラーゼレポーター系を作成した。BMP添加時により誘導されるP19細胞のSmad-1のリン酸化を解析した。in vitroでのBMPとDANの結合活性を免疫沈降-ウエスタン法により解析した。2) DAN遺伝子がターゲッティングされたR1ES細胞株をマウス初期胚とアグリゲーションさせ、キメラマウスを作成した。ニワトリDAN cDNAを単離し、これを用いてニワトリ1-5日胚のwhole mount in situ hybridization法による解析を行った。3) p73 の機能解析のために、C末端側からの欠損変異体を作成し、Saos-2細胞へ導入後、p21, Bax, Mdm2のプロモーター領域を用いたリポーターアッセイ、コロニー形成能などの方法で夫々の機能を比較検討した。また、神経芽細胞腫で見い出された同領域に点変異を持つp73についても同様の解析を行った。4) 神経芽細胞腫、大腸がん、肝がんについて1p34-pter 領域のLOH検索を行い、得られた3つの共通欠失領域の内1p36.2-p36.3についてPACまたはBACライブラリーのスクリーニングによりコンティグ作成を行った。また、部分ゲノムシークェンスから得られた EST をもとに cDNA ライブラリーをスクリーニングし、全長 cDNA をクローニングした。5)転移能の異なる腫瘍細胞血管新生能をマウス背部皮下法で調べた。VEGF遺伝子のプロモーターを用いたレポーターアッセイを行った。VEGF遺伝子の転写因子Hif-1aの発現量をRNA, タンパク質レベルで解析した。マウスルイス肺がん由来の低転移性細胞(P29)と、これをDMSO処理により高転移性に転換させた細胞との間でPCR-based cDNA subtraction法を行った。倫理面への配慮:実験動物の使用時は、千葉県がんセンター実験動物管理規定を遵守し、実験動物の生命の尊厳性を重んじて実験を行った。臨床材料については、多くの場合病理診断後の材料を用いた。また、研究のための検体の使用については、千葉県がんセンター倫理委員会で承認された基準に基づき、プライバシーの保護を厳守し患者の同意の得られた検体に限定して研究を行った。
結果と考察
P19細胞にヒトBMP-4 cDNAをトランスフェクトするとpTLx-レポーターの活性化が見られるが、DAN を同時に発現させるとそれが抑制されることを見い出した。P19細胞へのrhBMP-2の添加により、Smad-1のリン酸化が惹起される系を確立した。in vitroにおいて
DANとBMP-2が結合することを確認した。マウス骨芽細胞(MC3T3E1)の骨分化の開始後の初期(4日目)からDANの発現が誘導されてくることが判明した。DANは哺乳動物の成体各組織で高発現していることから、アフリカツメガエルの初期胚におけるBMPのアンタゴニスト以外の役割を担っていることが推察される。今後は成体におけるDANの作用機序を特に細胞増殖抑制能の観点から究明する。2) DAN遺伝子をコードするゲノムDNAをクローン化し、エクソン領域のマッピングを行った後、置換型ベクターを作成し、R1ES細胞に導入した。G418耐性クローン240の内、2クローンについて相同組換え体であることが確認された。これらの2クローンを用いて、キメラマウスを作成し、内1クローンから生殖系列のキメラが作成された。ニワトリDANは胚発生の初期において様々な組織においてダイナミックに発現していることが示され、BMPファミリーの実行濃度を滴定して細胞機能を制御する可能性が示唆された。3)1p36.3 領域にマップされているがん抑制遺伝子候補である p73 について解析し、次の点を明らかにした。神経芽腫と肺がんで見られたP405RとP425Lの変異が存在するp53 にはない p73 の COOH-末端領域の機能を知るために、p73a の種々の変異体を作製し、それらの機能を調べた。まず、p21, Mdm2, Bax のプロモーターを持つ各ルシフェラーゼレポーターを用いたアッセイの結果、p73a の COOH-末端領域(アミノ酸 549-636)を欠失した変異体では、野生型の p73a に比べて顕著な転写活性化能の増強が観察された。さらに、機能的な p53 を欠く Saos-2 細胞を用いたコロニー形成実験を行った結果、p73a の同領域を欠失した変異体では、野生型の p73a に比べて顕著な細胞増殖抑制能の阻害が観察された。 また、P405RまたはP425Lの変異をもつ p73a を同様の系で解析したところ、p73a (P425L) で転写活性化能の抑制とアポトーシス誘導能の低下が見られた。4)神経芽細胞腫、肺がん、乳がん、肝がんなどにおけるヒト1番染色体短腕の共通欠失領域(1p36.2-p36.3)に神経芽細胞腫株で0.5Mbのホモ欠失を見出し、800 kb に及ぶ PAC コンティグを作成した。現在までに約 60% のシークェンスを完了し、ホモ欠失が 500 kb であること、少なくとも6つの遺伝子が存在し、そのうちの3つは神経芽腫の予後良好なものでは高く発現し予後不良なものでは低くなっていることを明らかにした。 ヒト1番染色体でのがんにおけるホモ欠失の報告はこれが初めてであり、これまでに同定された遺伝子並びに未同定のものも含めてその機能解析を行うことがが必須である。また、大腸がんの LOH 解析から共通欠失領域と同定された1p35 領域(約 3 Mb)のBAC コンティグを作成した。現在、部分シークエンスから EST を同定し、候補遺伝子の同定作業を進めている。5)マウスメラノーマ細胞B16由来で低転移性(F1)と高転移性(BL6)の細胞株間で血管新生能とその調節機構を検討し、以下の知見を得た。腫瘍血管新生能、低酸素下におけるVEGF mRNAの発現、VEGFプロモーターを用いたレポーターの活性の何れにおいてもBL6で高値を示した。さらに、低酸素下におけるHIF1-a の発現量がBL6において顕著に亢進していることが判明した。最近、VHLがHIF1-a の安定化に関与していることが報告され、BL6細胞においてもVHLが関わっている可能性がある。一方、P29細胞をDMSO処理し(2%, 5日間)転移能の亢進した細胞で高発現または抑制される遺伝子として夫々epithelin、ST1/T1/Fit1を同定した。この系の特徴は単一クローンで転移能の差異のみを指標としているため、他の転移能比較実験系において問題となる遺伝子レベルでの差を無視できる点にある。epithelin、ST1/T1/Fit1 遺伝子発現の挙動はすでに樹立されている各種の高及び低転移性細胞株でも同様であった。今後、遺伝子導入法等により、これら遺伝子の転移能への関与を検討していく予定である。
結論
DANの機能解析のために、DANのアンタゴニストと考えられるBMPのシグナル伝達系の構築、DANとBMPの結合反応の解析を行った。DANの形態形成における機能を明らかにするために、ニワトリ胚におけるDAN
発現の解析を行った。DANノックアウトマウス作成の前段階としてヘテロマウスの作成を行った。p53のホモローグであるp73a のC末端側領域(アミノ酸549-636)はp73a の転写活性化能およびDNA結合能には抑制的に働き、細胞増殖抑制には必須の役割を担っていることが判明した。ヒト1番染色体短腕1p36.2-p36.3領域で、神経芽細胞腫における約0.5Mbのホモ欠失を見いだした。PACコンティグを作成後、これまでに約60%のシークエンスを終了し、その領域内に6個の候補遺伝子の存在を明らかにした。高転移性の腫瘍における低酸素下での血管新生亢進の要因として、VEGF遺伝子の転写因子であるHIF-1a の安定化の重要性が示唆された。また、転移を正並びに負に制御する遺伝子として新たにepithelin、ST1/T1/Fit1 を同定した。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-