蓄積遺伝子異常の網羅的把握によるがんの特徴の解明と診療への応用

文献情報

文献番号
199900108A
報告書区分
総括
研究課題名
蓄積遺伝子異常の網羅的把握によるがんの特徴の解明と診療への応用
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
関谷 剛男(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 阿部達生(京都府立医科大学)
  • 大木 操(国立がんセンター研究所)
  • 口野嘉幸(国立がんセンター研究所)
  • 田矢洋一(国立がんセンター研究所)
  • 林崎良英(理化学研究所ライフサイエンス筑波研究センター)
  • 山田正夫(国立小児病院小児医療研究センター)
  • 菅野康吉(栃木県立がんセンタ-)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
110,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がんの形成機構の解明、より的確で合目的的な診断治療には、各患者のがんそれぞれに蓄積しているDNA異常を網羅的に把握すること、すなわち、個々のがん特徴を決めている異常遺伝子の組み合わせを知ることが必要である。DNA異常には、ジェネティックな異常と、エピジェネティックな異常があるが、個々のがんに蓄積しているこれらの異常を持つ遺伝子の全てを迅速に同定するストラテジィーや技術の確立を最終目標とする。
研究方法
ジェネティックなDNA異常の把握:(1)標的遺伝子を設定せずに、DNA異常を検出する目的で、AP-PCRフィンガープリント法を検討する。(2)解析対象となる既知遺伝子の数を増やすことも重要であることから、新規がん関連遺伝子を明らかにする目的で、LOH解析だけでは単離に到達できないがん抑制遺伝子を、YACクローン等をヒトがん細胞へ導入し、その造腫瘍性の抑制活性を指標に追跡する。(3) 染色体レベルでの異常をSKY法、CGH法で、遺伝性腫瘍における遺伝子異常をRT-PCR法で解析する。
塩基配列変化を伴わないエピジェネティックな異常の把握:(1)アフィニティーカラムクロマトグラフィーでメチル化DNA断片を分画し、CpGアイランドに由来するDNA断片を簡便に単離するために開発したSPM法で解析することにより、がん細胞でメチル化されているCpGアイランドを網羅的に単離する。(2)がん特異的にメチル化されているCpGアイランドの分子生物学的な特徴を把握する。(3) 発がんモデルマウスに生じた肝臓がんにおいて特異的にメチル化されるDNA断片を網羅的に単離し、該当遺伝子の発現抑制を解析する。
がん関連遺伝子産物の特性の解析:(1) 白血病におけるキメラ転写因子AML1-MTG8により制御される下流標的遺伝子をmRNAディファレンシャルディスプレイ法ならびにDNAチップを用いての探索し、候補遺伝子の白血病発症への関与を解析する。(2) 抗がん剤や紫外線で励起されるアポトーシスにおけるMycの関与を解析する。(3) p53のリン酸化部位特異的抗体を用いて、DNAが損傷を受けた時のDNAチェックポイントあるいはアポトーシスへの誘導におけるp53の機能を解析する。
結果と考察
ジェネティックなDNA異常の把握:(1) AP-PCRフィンガープリント法によるゲノム上の無作為位置から増幅したDNA断片における異常の検出は、異常DNA断片をプローブとしたラジエーションハイブリッド解析と組み合わせることにより、肺がんにおける10q24-q25領域の欠失、縦隔繊維肉腫におけるMDM2遺伝子の増幅、神経膠芽腫におけるサイクリンD3遺伝子の増幅を見いだし、標的となる遺伝子を設定することなしに、既知あるいは未知の異常遺伝子を特定できることを明らかにした。ゲノム上の遺伝子配列決定の進行に応じて、また、全配列が決定された場合には、たちどころに異常遺伝子を言い当てることが可能なアプローチと考える。(2) ヒト肺非小細胞がんにおける染色体11q23欠失領域に関し、1個のYACクローンDNAの導入で、ヒト肺がん細胞の造腫瘍能が抑制されることから、がん抑制遺伝子の存在を明らかにした。さらに、詳細な物理的地図の情報を基盤に、酵母細胞内での相同組み換えで断片化したYACクローンDNAの抑制活性を指標に、特定DNA断片を得てその塩基配列を決定することにより、候補遺伝子IGSF4/ TSLC1遺伝子を同定し、そのcDNAクローンが造腫瘍能抑制活性を示すことを明らかにした。異常領域に対応するDNA断片の持つ生物学的活性を指標とすることにより該当遺伝子を単離できたことは、数多く知られている染色体上の欠失領域におけるがん抑制遺伝子の単離を可能とすると考える。
(2) 悪性リンパ腫のSKY法による解析で新規14q32転座を見いだし、その転座相手が13q14 (分芽性NK細胞リンパ腫)、22q13(脳原発リンパ腫)、6q13 (びまん性大細胞型リンパ腫)であることを明らかにした。また、胃がん細胞株ならびうに臨床検体のCGH解析により、AML2遺伝子の欠失、発現低下が発生、進展、増悪に関連していることを示唆した。HNPCC家系の構成メンバーのhMSH2,hMLH1遺伝子の変異を、cDNAレベルで解析したが、ピューロマイシン存在化で末梢血中の細胞を培養後、RNAの抽出を行うことにより、この処理を行わなかった場合に検出不可能であった変異アレルに由来するシグナルが検出でき、高効率の検出が可能であることを明らかにした。これら既知技術の有効利用は、新規がん関連遺伝子の検出に貢献すると考える。
エピジェネティックなDNA異常の把握:(1)ヒト肺非小細胞がんで高度にメチル化されているDNA断片をメチル化DNA結合カラムクロマトグラフィーで分画し、DNAライブラリー作成した。CpGアイランドを簡便に単離するSPM法を開発した。この技術を用いてライブラリーに含まれるクローンを解析し、種々のがん関連遺伝子、インプリンティング遺伝子のCpGアイランドに由来するDNA断片を多数単離した。その結果、肺がん細胞にはメチル化CpGアイランドが900個存在し、そのうちの100個ががん特異的にメチル化されていることを明らかにした。さらに、解析を進めることにより該当遺伝子の網羅的単離が可能と考えられた。高度にメチル化されたCpGアイランドを持つ遺伝子の網羅的な単離は、本プロジェクト独自の成果であり、塩基配列変化を伴なわない遺伝子異常の解明につながり、国際的に大きな貢献ができると考える。(2) ヒトがん組織培養細胞におけるE-カドヘリン遺伝子CpGアイランドのメチル化をメチル化CpGDNA結合ドメインカラムクロマトグラフィーで解析し、遺伝子発現の抑制とCpGアイランドのメチル化の関係を確認するとともに、CpGアイランドにおける発現抑制に関与したメチル化CpG残基の頻度ならびに分布が個々のがん細胞株で異なることを見いだした。これらの中に、3'-末端が高度にメチル化されているのに対し、プロモーター領域が低メチル化のCpGアイランドが存在すること、このCpGアイランドでは3'-末端のメチル化だけで上流プロモーター領域のクロマチン構造が凝縮し、転写因子が結合できなくなることを明らかにした。(3) 肝臓がんを高頻度に発症するSV40T抗原導入トランスジェニックマウスにおける腫瘍DNAのRLGS解析により、DNAメチル化のため制限酵素で切断されず、消失したスポット14個を明らかにし、これらに該当する遺伝子の内、p16、mac25、α4-integrinならびにmcl1を明らかにした。新たに同定したmcl1遺伝子の産物は転写因子類似の構造を持ち、解析した全ての肝臓がん でその発現が抑制されていることを明らかにした。非発現細胞を5アザシチジン処理することにより発現が誘導され、メチル化による発現抑制の関与が示唆された。RLGS法を駆使したがん特異的にメチル化される遺伝子の網羅的同定は、がんモデルラットにおける情報を与え、ヒトがんからの情報と相まって細胞がん化へのエピジェネティックなDNA変化の関与の機構解明に寄与すると考える。
がん関連遺伝子産物の特性の解析:(1) マウス骨髄系細胞株L-Gにおいて、AML1-MTG8キメラ転写因子を発現させると、好中球への分化が阻害され、G-CSF依存の増殖が促進されるが、mRNAディファレンシャルディスプレイ解析で、発現が誘導される遺伝子を19個、抑制される遺伝子を5個単離した。これらの内、それぞれ8個、1個が新規遺伝子由来であった。また、AML1-MTG8発現L-G細胞と非発現細胞において、DNAチップを用いた発現プロファイリングの結果、AML1-MTG8に依存し発現変動する遺伝子を67個検出した。内10個は、ディファレンシャルディスプレイ解析で検出した遺伝子と一致した。AML1-MTG8 キメラ遺伝子の発現で引き起こされる下流遺伝子の発現変化の把握は、新たながん関連遺伝子の発見、また、細胞がん化の機構解明に資すると考える。(2) 紫外線照射などによるJNKやp38MAPKなどのストレスキナーゼが活性化され、c-Mycのリン酸化でアポトーシスが亢進されることを見いだし、また、脳虚血などの刺激で脳で選択的に活性化されれるJNK3がc-MycのSer62とSer71を特異的にリン酸化することを突き止めた。(3) p53のリン酸化部位に該当するリン酸化ペプチドに特異的な抗体を用いた解析で、Ser20をリン酸化するキナーゼが、DNAチェックポイント制御に関与するChk1とChk2であること、一方、Ser46のリン酸化 はアポトーシス誘導を制御することを見いだした。ヒトがんにおいて最も頻度高く変異の観察されるp53タンパク質における部位別リン酸化による細胞周期の停止への誘導とアポトーシスへの誘導の違いの発見は、細胞がん化の機構解明に大きな情報をもたらすと考える。
結論
種々の解析技術の開発、既存技術の有効利用でがんにおける遺伝子異常、遺伝子発現異常がかなり網羅的に把握でき、また、鍵となるタンパク質においてその細胞がん化への寄与の機構を示唆する情報が得られた。しかし、個々の患者のがんに蓄積している遺伝子異常の網羅的把握に関しては、さらなる技術の開発工夫、また、がん関連遺伝子の発現、機能に関する情報の蓄積が必要である。

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