がん発生に関与する遺伝子産物の機能の把握とゲノム不安定性解明に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900107A
報告書区分
総括
研究課題名
がん発生に関与する遺伝子産物の機能の把握とゲノム不安定性解明に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
吉田 輝彦(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 中釜 斉(国立がんセンター研究所)
  • 田原榮一(広島大学)
  • 勝木元也(東京大学医科学研究所)
  • 押村光雄(鳥取大学)
  • 門脇 孝(東京大学)
  • 斎藤政樹(国立がんセンター研究所)
  • 江角浩安(国立がんセンター研究所支所)
  • 三輪正直(筑波大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
186,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は以下の2つに大別される。「A.がん関連遺伝子産物の機能の把握」では、がん関連遺伝子産物の機能を分子・細胞レベルのみでなく、臓器・個体レベルで明らかにして、がんの発生・進展の機序を正しく理解する。また、それらの解析に必要な技術を開発・検討する。「B.ゲノム不安定性の解明」では、発がんに必要な複数遺伝子変化の蓄積に重要な役割を演じ、がん細胞の大きな特徴となっているゲノムの不安定性の機序の解明を目指す。遺伝子増幅やミニサテライトの不安定性等で検出される異常を指標とし、またテロメアの制御、ポリADP-リボースの機能を追求することにより、ゲノム不安定性の分子機構を明らかにする。また、A.と同様、これらの解析に必要な技術を開発・検討する。以上の研究を通して、発がんの過程の機構を正しく理解し、これらの研究の結果、がんの新しい予防、診断、治療の開発に役立つ基盤情報を提供することを本研究の最終目的とする。
研究方法
A.がん関連遺伝子産物の機能の把握:(1)H-ras、N-ras、K-ras各遺伝子についてES細胞を用いた遺伝子欠失マウスを作出し、さらに2重もしくは3重に遺伝子を欠失したマウスを自然交配及び発生工学的手法を用いて作製した。また、これらのうち胎生致死マウスについてはヒトH-ras遺伝子導入トランスジェニックマウスとの交配によって回復を試みた。(2)In vitroの培養細胞と成長ホルモン(GH)の生理的標的器官である肝臓を用いて、GH刺激によりチロシンリン酸化される蛋白質を検討した。また、4種のヒト乳がん細胞株を用いてプロラクチンによる蛋白チロシンリン酸化の活性化と乳がんの細胞増殖における意義を検討した。(3)マウス及びヒトガングリオシドGM3合成酵素遺伝子(Sialyltransferase-1: SAT-1)クローンを単離し、FISH法により染色体座位を決定した。ガングリオシドGD3合成酵素遺伝子のアンチセンス・ヌクレオチドを悪性度の高いヒトメラノーマ細胞に導入することによって、細胞増殖と形態への影響を解析した。(4)一酸化窒素(NO)と、低酸素処理により、腫瘍細胞の栄養欠乏による細胞死の抑制と、それを阻害する薬剤の探索を行った。関連する遺伝子産物として、Aktのリン酸化を生化学的に解析した。(5)ショジョウバエの複眼特異的にポリADP-リボース合成酵素(PARP)を発現する系を確立し、RhoAシグナル伝達経路の阻害の影響について解析した。
B.ゲノム不安定性の解明:(6)染色体17q12領域の共通増幅領域の両末端を含むP1、BACクローンの全塩基配列を決定し、遺伝子増幅を積極的に促す配列の特徴を解析した。塩基配列の規則性を検索するコンピュータソフトの開発も同時に進めた。また組換えホットスポットと考えられる配列に関しては特にがん化に伴うDNA複製異常、その後におこるDNA組換え反応によって生じると考えられる遺伝子増幅の分子機序を中心に解析した。K-sam/FGFR2でみつかったC末端のエクソンの欠損をRT-PCR法で検出する方法を確立し、各種胃がん細胞に対する検索を行った。(7)マウスNIH3T3細胞をオカダ酸存在下で数日間培養したのち細胞の核画分を分取、DNAセルロースによるアフィニティー精製法、ゲル濾過法などを経てSDS-PAGEのバンドをゲルから抽出し、Pc-1を構成する1本鎖DNA配列をプローブとしたゲルシフトによるDNA結合能を指標として精製し、アミノ酸配列の決定を行った。(8)ヒト胃がん組織を用いて、RT-PCR法を用いてテロメアに関連する遺伝子群の発現を解析し、同時にテロメラーゼ活性、テロメア長との相関を調べた。腎細胞がん細胞株KC12に3番染色体を移入して細胞の老化と分裂停止を誘導する際、出現するリバータントクローンに対して、多型性DNAマーカーを用いて移入染色体の脱落領域を特定した。また、3p14.2-p21.1領域近傍にテロメラーゼ活性抑制遺伝子の存在を示唆する報告に基づき、乳がん細胞株21NTと腎がん細胞と細胞融合してテロメラーゼ活性の相補実験を行った。一方、ヒト子宮頚部がん由来細胞株SiHaはヒト2番染色体の移入により細胞老化するが、この2番染色体上の細胞老化遺伝子を長腕2q37領域にマッピングした。この遺伝子を単離するため、この領域特異的なBACのゲノムライブラリーをTAR(Transformation Associated Recombination)クローニング法を用いて作製した。
結果と考察
A.がん関連遺伝子産物の機能の把握:(1)交配によって、H-、 N-、 K-ras2重、3重欠損マウスを作製し、表現型を解析した。これらのマウスには、小腸のリンパ管形成不全による乳糜腹水の発症という共通の表現型があり、H-、 N-、 K-ras遺伝子の数が減るにしたがって重症であった。(2)成長ホルモンやプロラクチン刺激により活性化されたJAK2キナーゼが、EGF受容体やErbB2のGrb2結合部位をチロシンリン酸化しMAPキナーゼカスケードを活性化するという新しいcross-talk経路を同定した。(3)ガングリオシドGM3合成酵素遺伝子のゲノム構造解析、mRNAのHeterogeneityの検索並びに染色体上の局在決定を行った。ガングリオシドGD3合成酵素遺伝子のアンチセンス・ヌクレオチドを悪性度の高いヒトメラノーマ細胞に導入することによって、細胞増殖抑制と形態変化を誘導することができた。(4)一部の膵がん細胞では一酸化窒素や、低酸素処理をしなくても既に栄養飢餓耐性となっているものがあること、栄養素欠乏によりPI3K依存的にAktが燐酸化されていること、Aktの燐酸化の阻害とともにアミノ酸欠乏の時には細胞死を引き起こすことを見出した。(5)ポリADP-リボース合成酵素 (PARP)はDrosophilaにおいて複眼特異的及び全身でのPARP過剰発現が様々な表皮組織において細胞骨格アクチン繊維の重合阻害を伴う細胞・組織の極性及び形態形成の異常を引き起こすこと、PARPが、RhoAを介したシグナル伝達経路との機能的相互作用により細胞質、細胞膜での現象に関与することを明らかにした。
B.ゲノム不安定性:(6)17q12遺伝子増幅ユニットの連結部位を解析し、組換えホットスポットを見出した。K-sam/FGFR2は増幅とともに短い塩基配列の相同性を利用した組み換えによって、C末端のエクソンの高率な欠損を起こし、がん特異的に発現する6つの新たなエクソンを使って活性化型チロシンキナーゼの高発現をもたらすこと、胃がんの中でもスキルス型に特異的に発現することを見出した。(7)マウスのミニサテライト(MN)配列であるPc-1を構成する反復配列 (GGCAG)nに結合する5種類のMN結合蛋白質(MNBP-A、B、E、F、G)を精製し、そのcDNAの全塩基配列を決定した。このうちMNBP-AとBはhnRNPであることが判り、さらにMNBP-Bの存在下で、(GGCAG)n配列のとる同一鎖内の4重鎖構造が破綻することが判った。(8)ヒト胃がん胃がん組織においてTRF1、TRF2、tankyraseがテロメア長およびテロメラーゼ活性を制御している可能性が示唆された。ヒト3番、10番染色体上にはテロメラーゼ触媒サブユニットhTERTを抑制する老化誘導遺伝子が、2番染色体上にはテロメラーゼ非依存的な老化誘導遺伝子の存在が示唆されている。これら老化誘導遺伝子領域を物理地図上にマップした。
結論
前項に掲げた成果のうち、「A.がん関連遺伝子産物の機能の把握」に関する研究は、がん関連遺伝子の産物の機能を、分子・細胞のレベルのみならず、遺伝子組換え生物などの有力な系も活用して臓器・個体レベルで解析し、がんの発生・進展の機序を正しく理解する上で有用な基礎的情報を提供した。難治がんである膵がんに関しても、治療に関係した生物学的意義の解明が進んだ。また、「B.ゲノム不安定性の解明」に関する研究からは、発がんに必要な複数遺伝子変化の蓄積に重要な役割を演じ、がん細胞の大きな特徴となっているゲノムの不安定性の機序について、遺伝子増幅、ミニサテライト不安定性、またテロメア長や老化の制御に関する分子機構の解明が進んだ。
本研究が目的とするがんにおけるゲノム不安定性の機序の解明と、がん関連遺伝子産物の機能の把握とは、いわば発がん過程の出発点と完成点にあり、がん研究の最重要研究課題の一つである。がんの本態解明のさらなる推進に並んで、今後引き続きがんの新しい予防・診断・治療法の開発に活用していく。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)