人口動態統計指標のベイズ推定と地域集積性の評価に関する研究

文献情報

文献番号
199900094A
報告書区分
総括
研究課題名
人口動態統計指標のベイズ推定と地域集積性の評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
丹後 俊郎(国立公衆衛生院)
研究分担者(所属機関)
  • 山岡和枝(帝京大学)
  • 今井 淳(高知県衛生研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 統計情報高度利用総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
4,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
今日公表され利用されている厚生統計指標は、年齢調整死亡率、標準化死亡比などのように市区町村などの地域の「人口の年齢分布の違い」を調整しているものの、「人口の大きさ」までは調整できていない。そのため、これらの指標を利用して数区分に色分けした疾病地図を作成すると、人口の小さい地域の指標のバラツキが大きく、わずかな死亡数の変化が見かけ上の指標を大きく変化させるという不安定性が指摘されている。本研究の第1の目的は、この問題を解決するために、近年、統計学の世界で計算機の発展によってその重要性が再認識され方法論が大きく進歩したベイズ流アプローチを利用して「人口の大きさ」を調整し、より適切な人口動態統計指標を開発しその利用を推進させることを目的とする。本研究の第2の目的は、疾病の地域集積度指標の開発である。限りある予算、資源を効率的に投入して地域ニーズに対応したきめ細かい対策の立案・実施を行うためには、対策が最も必要とされている最優先地区を選定する必要がある。この目的のためには、地域別に推定された疾病指標(ベイズ推定も含めて)では、大小に並べれば「必ず」最も高い地域が検出されるという意味で不適切であり、「疾病の集積性」を表現する別の指標を導入しなければならない。第3の目的は、これらの新しい指標の普及に向けた市区町村別疾病地図の視覚的表示解析システムを Windows 上で開発することにある。
研究方法
本年度は、以下の3つの分担研究を行った。(1)人口動態統計指標のベイズ推定と地域集積性の方法論に関する研究(分担者 丹後俊郎、山岡和枝), (2)高知県における疾病の地域集積性について-死亡指標の評価と疾病地図への応用-(分担者 今井 淳), (3)市区町村別疾病地図の視覚的表示解析システムに関する研究(分担者 今井 淳、丹後俊郎)。分担研究1では,人口規模の影響を排除して比較可能な人口動態統計指標のベイズ推定量として(ア)経験的ベイズ法、(イ)MCMC(Markov Chain Monte Carlo)法を利用したフルベイズ法、の二つの性質を検討した。地域集積性の方法論に関しては、Tangoの検定(Statistics in Medicine 14, 2323-2334, 1995)を,検定の多重性の調整,集積地域が推定できる機能を付加し,より実用的な方法論への改良を試みた。分担研究2では,高知県の市区町村データを利用して、人口動態統計指標として幅広く使用されている標準化死亡比 SMR を再評価した。また、疾病地図における地域集積性を検出する二つの方法(Tango の検定とKulldorff の検定)の妥当性を検討し、その実用性を検討した。分担研究3では地域別指標の視覚表示(疾病地図)を高速に実現でき、かつモデルのよさを相対的に評価できる実験道具としての疾病地図の視覚的表示解析システムソフトをWindows 95/98上で開発するためのシステムの基本設計を行った。
結果と考察
疾病地図の推定に関して、(a)市区町村・二次医療圏・都道府県・日本という階層構造、(b)隣接地域との類似性、などを考慮した新しいベイズモデルを経験的ベイズとMCMCを利用したフルベイズ法により検討した。その結果,理論的にはMCMCを利用したフルベイズ法が望ましいが、その普及にあたっては、専用のソフトウエアが必要となることなど、計算の複雑さがネックとなることから、公衆衛生分野における普及とその実用的な観点からは「経験的ベイズ推定量」の普及を第一義的に考えることとした。地域集積性の方法論に関しては、Tango(1995)の方法を拡張して、クラスター(集積性が認められる市区町村群)の大きさを表現するパラメータの導入とクラスターの大きさとその位置を同時推定する方法の検討を理論的かつシミュレーシ
ョンにより検討を行い,欧米ですでに提案されている方法論との比較検討を行い、その相対的有功性を確認した。高知県のデータを利用して行われた分担研究2においては、人口規模が大きく異なる高知県のような地域に、すべての疾病に対して画一的にSMRによって死亡の状況を説明することの危険性が実証された。したがって、市町村単位のような狭い単位の地域で評価するような場合は、SMRより経験ベイズSMRによって評価するほうが妥当であった。今日の日本では、SMRをその階級ごとに数段階で色分けして疾病地図を作成している例はよく見受けられるが、統計誤差の範囲を考慮できないため誤った認識を与える可能性があり、人口規模の標本変動を調整した経験ベイズSMRの方が妥当性が高いことが解った。集積性の検定結果の評価においては,集積性の評価手法として用いた Tangoによる方法と、Kulldorffの性質の違いがよく結果に現れた。Tangoの方法は、「地域で最も相対危険度が高い地域はどこか」を検出し、これに対しKulldorffの方法は「最も相対危険度が高くて、その広がりはどこまでか」を検出している。その結果、両者の検定結果に差が出ている。Kulldorffの方法の場合、検定結果とEBSMRの広がり方はよく一致た。しかし、地域の広がりを検定する結果、中には危険度が低い市町村まで高危険度と判定される場合もあり、素直に受け入れにくい面もあるが、広域的な施策体系の企画・立案には大変有意義と考えた。一方、Tangoによる方法は、高危険度の中心点を検定しているため理解が得られやすく、種々の調査や行政施策の費用対効果もあがりやすい。また、高死亡率地域のみならず低死亡率地域まで検出しているので、地域の疾病状況の全体像が把握できる点で大きなメリットがあると考えられた。分担研究3においては、データの整備、データベース化、地図情報の最適化および表示システムの開発のための基本設計を行った。主な内容は以下に示す通りである。ア)基本データベース(都道府県別・2次医療圏別・市区町村別 男・女別)の検討。行政界・海岸線、全国市区町村経緯度データ(人口中心座標)、国土数値情報N03-09A(国土庁)に平成7年国勢調査全国都道府県市区町村別人口を利用した。イ)表示システムの開発。ウ)テーブル・データの設計。その要素は以下に述べる10種類である。(1) 統括データ、(2) 作図対象データ、(3)作図最適化データ、(4) 地図境界データ、 (5) 作図範囲データ、(6) 凡例ファイル、 (7) 市町村二次メッシュテーブル (8) 2次医療圏テーブル:2次医療圏と都道府県・市町村・保健所などを対応させたテーブル。(9) 全国市町村経緯度テーブル、(10) 年齢階級別人口・死亡数。エ)データの整備。Tango, Kulldorffの疾病集積性の計算を行うために必要な市町村の経度・緯度のデータは、全国市町村経緯度テーブルを整備した。オ)地図情報の最適化。日本全国を表示する場合には、境界データが不必要に細かすぎるため、データを間引いて単純化し、かつ、質の高い表示が可能なように地図情報を最適化した。システムの基本設計における各種最適化はそれほど困難ではなかったが、データの抽出・図の表示速度を高める問題が今後の課題として残っている。また、疾病地図の表示については標準機能として5段階表示を選択したが、集積性の検定に関しては、まったく新しい試みであるので、その表示機能については来年度に検討する。
結論
(1)本研究で検討した人口動態統計死亡指標の経験ベイズ推定、集積性の検定はこれまでの指標では検討できない優れた特徴があることが解った。(2) 集積性の評価手法として用いた Tangoによる方法と、Kulldorffの性質の違いがよく結果に現れた。その利用に当たっては,その目的・性質をよく理解して適用することが重要であると考えられた。(3) 特に、Tango の方法は、高危険度の中心点を検定しているため理解が得られやすく、種々の調査や行政施策の費用対効果もあがりやすく、かつ高死亡率地域のみならず低死亡率地域まで検出しているので、地域の疾病状況の全体像が把握できる点で大きなメリットがあると考えられた。(4) Windows95/98
上で様々な疾病地図を柔軟 に表示でき、疾病の地域集積性が検討できる視覚的表示解析システムの基本設計と機能の一部を完了し、来年度本格的開発への準備が整った。

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