都市における保健統計システムの総合的開発に関する研究

文献情報

文献番号
199900093A
報告書区分
総括
研究課題名
都市における保健統計システムの総合的開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
杤久保 修(横浜市立大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 水嶋春朔(横浜市立大学医学部)
  • 土田賢一(横浜市衛生研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 統計情報高度利用総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
2,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
客観的根拠に基づいた健康政策を推進して国民の公衆衛生の向上をはかるには、保健統計情報を利活用して、様々な単位の地域集団に関する客観的な観察や評価(地域診断、community diagnosis)を恒常的に行うことが重要である。人口動態統計などの保健統計情報は、厚生省大臣官房統計情報部で集約され、人口動態統計特殊報告などの形で、都道府県単位あるいは市区町村・保健所単位での実態が定期的に報告されているが、地域の健康施策の根拠として有効に活用されていないのが現状である。
本研究では、小区域における環境要因と関連疾病の関係解析、予防対策確立のために英国で開発された小区域保健統計システム(Small Area Health Statistics Unit、ロンドン大学)を都市部(横浜市18区、人口330万人)における全国水準よりかなり高い循環器疾患死亡率と関連する危険因子、医療整備などの解析にモデル的に応用し、地域・小区域別の健康問題の把握のための保健統計情報利活用システムの整備、有効な予防対策研究方法の開発に寄与することを目的としている。
研究方法
本研究では、横浜市(18区、人口330万人)を対象に、区単位、小区域(中学校区域程度)単位の循環器疾患死亡データを解析し、粗死亡率、年齢調整死亡率を算出して、地域特性の検討を行う。さらに、下記にあげた関連する医療整備状況、診断精度、救命救急体制、そして地域集団のリスクファクターの分布、予防医学活動に関する地域保健活動などの情報を入手して、既存の保健統計情報資料を総合的かつ有機的に利活用した地域特性研究を実施し、地域評価、小区域評価のモデル解析方法を提示する。
(1)横浜市18区単位の死因別死亡数、死亡率(人口動態統計特殊報告を利用)
(2)横浜市16区単位の死因別死亡数、死亡率(91-93年、既報資料)
(3)横浜市18区の循環器疾患で死亡したものの死亡小票(目的外使用申請手続中)
(4)医療整備状況(循環器科標榜医療機関の所在地情報を横浜市医師会より入手)
(5)救急救命体制と救急出動数(横浜市消防局警防部救急課資料)
(6)地域集団のリスクファクター(健診結果、栄養調査)の分布に関する検討
(7)地理情報システム(GIS)を用いた地理的地域評価(一部の資料で検討中)
(8)死因別死亡数、死亡率と関連データとの疫学的解析(12年度予定)
結果と考察
次のような結果を得た。
(1)老年人口割合
1992年の横浜市行政区別人口・老年人口及び老年人口割合は、同年の老年人口割合全国平均は13.1%であり、横浜市の9.2%はこれを下回る。地域別でみると中区、西区、南区の旧市街地で高い傾向にあった。
(2)行政区別・男女別心疾患粗死亡率
行政区別・男女別各心疾患粗死亡率では、虚血性心疾患、急性心筋梗塞、心不全、虚血性心疾患と心不全の総数については、男の上位3区は中区、西区、南区が占めていた。
(3)行政区別・男女別心疾患年齢調整死亡率
横浜市全体及び行政区別・男女別各心疾患年齢調整死亡率は、横浜市全体で見ると、男女とも虚血性心疾患と急性心筋梗塞が全国平均と比較して高く、心不全は低い。虚血性心疾患と心不全の総数では全国平均との間にほとんど差は無い。各行政区間での地域差は著しく、虚血性心疾患と急性心筋梗塞では、中区で著明に高かった。中区は老年人口割合、各心疾患粗死亡率も高いが、年齢調整を行ってもその傾向は変わらなかった。中区の男性は、虚血性心疾患では最低値の緑区と比べ1.6倍、急性心筋梗塞では対金沢区比1.7倍であった。心不全では最高値の西区男性は、最低値の栄区男性と比較し2倍であった。
(4)老年人口割合と急性心筋梗塞死亡率の地理的地域特性
男性における老年人口割合と急性心筋梗塞粗死亡率、急性心筋梗塞年齢調整死亡率の高低により、横浜市16区を3群に分類し、地理的に検討した。老年人口割合と急性心筋梗塞粗死亡率が地域的に重なる傾向がみられた。また、急性心筋梗塞年齢調整死亡率は横浜市中央部・旧市街部で高いことが認められた。急性心筋梗塞死亡率と老年人口割合の相関を検討したところ、老年人口割合と粗死亡率(r=0.934、p<0.0001)は有意な正の関係にあったが、年齢調整死亡率(r=0.564、p=0.228)は明らかではなかった。
(5)救急発生数
1998年の横浜市全体での救急発生数は、117,598件でその内60.6%の71,274件を急病が占めていた。10万人当たりの区別の救急発生件数は、最も少ない青葉区の2285.1件から最も多い中区9139.2件まで分布し、老年人口割合の高い区ほど多いことがわかった。中区と西区は、昼間人口が多く、歓楽街多いことから、飛び抜けて多かった。
(6)循環器疾患の救急発生数
救急発生数の急病の内訳を疾病別でみると、心疾患と脳血管疾患を合わせた循環器疾患が11,380件と最も多かった。10万人当たりの区別の心疾患の救急発生件数は、最も少ない都筑区の39.0件から最も多い西区の154.8件まで分布し、虚血性心疾患の救急発生件数もほぼ同様な地理的分布がみられた。
(7)循環器科標傍医療機関
循環器科標傍医療機関数は258であり、区ごとにみると瀬谷区の5から神奈川区の26まで分布していた。循環器科標傍機関の半径500m、1000mの円を地図上に描き、メッシュ図と併用することで、それぞれの診療圏内に居住する人口を算出した。半径500m円の場合、カバーされる人口は1,454,247人(3,307,136人中44%相当)であった。
(8)循環器科標傍医療機関数と老年人口割合、急性心筋梗塞死亡率
循環器科標傍医療機関数と老年人口割合(r=0.639、p=0.008)は有意な正の関係にあった。急性心筋梗塞粗死亡率(r=-0.156、p=0.564)と同年齢調整死亡率(r=-0.192、p=0.476)は負の相関係数を示した。横浜市は16区(平成6年より18区)に分割されているが、各区の特性は臨海部工業地帯や古くからの商業地域、新興住宅地域まで大きく異なり、その人口の年齢構成も均一ではない。各区の老年人口割合は、最高値の西区と最低値の緑区では実に2.2倍の開きがある。老年人口割合の違いが、急性心筋梗塞死亡数に反映され、各区粗死亡率の大きな差の一因になっていると思われる。年齢調整死亡率を算出したが、粗死亡率でみられた各区間の差は無くならず、また虚血性心疾患、急性心筋梗塞では、栄区女を除き16区全てで男女とも全国平均より高かった。一方、心不全の年齢調整死亡率は西区と南区女を除いて、全ての区で男女とも全国平均を下回った。虚血性心疾患と心不全の総数の年齢調整死亡率は全国平均と横浜市平均との間に差は無い。
今回、区ごとに様々な指標を算出して、地理的に検討したところ地域差が明らかとなった。
さらに1.診断精度:急性心筋梗塞の診断が正確になされているか?
2.救命救急体制:心疾患の疾病登録制度がないので、罹患の把握のための指標となりうる。発症直後の救命率の高い短時間内に、循環器疾患専門医のいる専門救急施設に搬入できているかなども検討が望まれる。
3.治療水準:横浜市の循環器疾患の治療水準は十分高いか?
4.リスクファクター:急性心筋梗塞のリスクファクターレベルは高いのか?
5.予防医学・保健活動などについて総合的に検討していく予定である。現在、目的外使用申請中である死亡小票の情報を利活用することにより、区レベルより詳細な小区域の検討を実施して、客観的な根拠に基づく健康政策が求められている時代に有益な地理情報の解析方法を検討していく計画である。
結論
本年度は、横浜市18区単位の死因別死亡数、死亡率(人口動態統計特殊報告を利用)、医療整備状況(循環器科標榜医療機関の所在地情報を横浜市医師会より入手、救急出動数(横浜市消防局警防部救急課資料)などを資料として、区ごとの地理的特性の検討を行い、GISを用いた小区域保健統計解析が有用であることを示すことができた。さらに、死亡小票の解析により、詳細な地理情報の解析方法の開発を計画している。

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