西ナイルウイルスを含むフラビウイルスの疫学・診断・治療のガイドライン作成のための緊急研究

文献情報

文献番号
199900081A
報告書区分
総括
研究課題名
西ナイルウイルスを含むフラビウイルスの疫学・診断・治療のガイドライン作成のための緊急研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
五十嵐 章(長崎大学熱帯医学研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年国際的な交通手段の発達により病原体がそれまでは存在していなかった地域へ侵入する事例が増加している。1999年8月に米国ニューヨーク市で突発的に発生した西ナイル病の流行でもそれまでアフリカ・西アジア地域に局在していたものが突然先進国の大都会で流行し多くの被害をもたらした。本研究はこのような外来制の蚊媒介性のウイルス性疾患とくにフラビウイルス感染にそなえて、幾つかの公衆衛生上重要な西ナイルウイルスをふくむフラビウイルスの検査方法を確立し、西ナイル脳炎の本邦への侵入を想定し脳炎患者が発生した場合に実施するべきサーベイランスの手法を確立し流行をコントロールするための診断・治療、対策のガイドラインの基礎的な案を作ることを目的としている。
研究方法
米国ニューヨーク市保健部、米国疾病対策センター(CDC)の節足動物媒介性疾患部から情報を入手分析し、さらに世界のフラビウイルス流行の現状を解析して本邦への西ナイルウイルス侵入の可能性について考察する。 さらすでに発表された種々のフラビウイルスの塩基配列をもとにウイルス特異性が高いと考えられる遺伝子塩基配列を決定し特異性の高いフラビウイルス迅速診断法を確立する。またIgM-Capture法を用いた西ナイルウイルス血清診断法を試作し西ナイル病患者、日本脳炎患者の血清、髄液を検査しその特性や迅速診断における診断基準を作成する。またフラビウイルスの新しいワクチン開発の基礎的情報をうるために日本脳炎ウイルスにおける最も重要なウイルス中和抗体を引き出すことが確認されたエピトープの分子レベルでの分析を行う。上記の研究で得られた情報をもとにわが国における西ナイル病を含むフラビウイルスの疫学・診断・治療についてのガイドラインの試案を作成する。
結果と考察
米国ニューヨーク州において1998年8月に突発的に発生した西ナイル病流行に関する疫学、ウイルス学、媒介動物に関する情報を収集し解析した。西ナイルウイルスは元々、アフリカ、中近東、西アジア地域に限局して生息しておりアメリカ大陸には存在しなかったが今回はじめてアメリカ大陸でヒト、鳥で感染が確認された。また分離されたウイルスの遺伝子解析からこの西ナイルウイルスはイスラエルから何らかの経路(旅行者または密輸入された鳥など)で伝播してきたものであることが明らかとなった。またニューヨーク市のカラスやすずめなどの野鳥の抗体調査により数%から数十%の鳥がすでに感染しており媒介蚊としては日本全土にも広く分布しているイエカ類の蚊(Culex pipiensなど)が主たる媒介昆虫であった。また死亡患者のなかにはニューヨークに旅行に来ていたカナダ人もふくまれていた。このような事実からこの西ナイルウイルスが我が国に侵入し流行を引き起こす可能性は十分考えられることであり、我が国においては事前に十分なサーベイランスや診断法の確立やガイドラインの作成などが急務であると結論した。
西ナイルウイルスに対するIgM-Capture ELISA法を確立しその特異性について検討した。我が国には西ナイルウイルスと近縁の日本脳炎ウイルスが常在しており、また双方は脳脊髄膜炎という共通の臨床症状を呈するためその鑑別は重要である。研究の結果日本脳炎患者の血清と西ナイル病の患者血清はIgMのレベルでも高い交叉反応をすることがわかった。このことはウイルス表面抗原E蛋白の遺伝子分析の結果からサポートされる結果であった。しかしながら抗体価の高さはそれぞれ起因ウイルスに対してより高くでる傾向にあり、初感染の場合には血清診断でも鑑別は可能であると推測された。しかし我が国への西ナイルウイルスの侵入を結論するためにはウイルス学的な診断が不可欠である。
日本脳炎と同じく西ナイルウイルスも本代表研究者の研究室で確立した蚊培養細胞クローンC6/36細胞を用いて分離可能だることがしめされた。また我が国で患者発生やウイルスの侵入のありうるフラビウイルス(日本脳炎、デング出血熱、西ナイル、マレーバレー、ダニ脳炎ウイルス)について独自にウイルス特異的なプライマーを用いたPCR法によるウイルス検出技術を確立し特に、日本脳炎や西ナイル病患者の髄液から急性期にウイルスが検出でることを確認した。
日本脳炎ウイルスについて最も強い中和抗体を引き出すエピトープを遺伝子組換え技術をもちいて解析にウイルス表面タンパク質EのドメインIとドメインIIの結合部であることが明らかになる今後のワクチン開発における応用が期待される。
日本における西ナイルウイルス媒介蚊は都市部において増加する傾向がみられとくに重要なベクターとなりうるチカイエカは東京などの都会部でその生息がかくにんされており、今後都会部での蚊のサーベイランスが重要である。さらにニューヨークの例では野鳥の中でも特にカラスが高い感染率と死亡数をしめし本邦においても定期的にその抗体調査や生態調査が必要でることが示唆された。また日本脳炎が常在する我が国ではいち早く西ナイルウイルスの侵入を察知し行政的に迅速に対応する為には全国的な脳炎と鳥、蚊のサーベイランスを強化する必要性がある。
以上の研究成果と情報にもとづきまた我が国における特殊性を考慮しつつ西ナイルウイルスを含むフラビウイルス対策のガイドライン(案)を作成した。
結論
西ナイル病のわが国への侵入は米国ニューヨーク市で発生した如く、十分にあり得る事態であることが確認された。西ウイルス病の血清診断、ウイルス学的診断(遺伝子診断を含む)は本研究を通して確立され、危惧される事態に対して対応できる基礎が確立された。フラビウイルス感染予防の最も効果的な手段であるワクチンについては日本脳炎ウイルスの中和抗体を引き出す最重要の抗原決定基が3次元的に確定され今後のワクチン開発における応用が期待される。媒介蚊については本邦は西ナイルウイルスの侵入にかんして極めて条件がととのった環境であることが示されたが、西ナイル病侵入に関して最も可能性の高い都市部(東京、大阪)での情報が不足していることが示された。本邦への西ナイル病侵入を想定して疫学診断・治療に関するガイドラインを試作したが、行政の主導による正式なガイドラインの作成と配布が急務であると思われる。

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