災害を受けた地域住民のPTSDに関する研究

文献情報

文献番号
199900066A
報告書区分
総括
研究課題名
災害を受けた地域住民のPTSDに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 武彦(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 多田羅浩三(大阪大学医学部)
  • 新福尚隆(神戸大学医学部)
  • 額賀章好(茨城県精神保健福祉センター)
  • 金吉晴(国立精神・神経センタ-精神保健研究所)
  • 富田信穂(常盤大学人間科学部)
  • 佐藤親次(筑波大学社会医学系)
  • 小西聖子(武蔵野女子大学人間関係学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成11年9月月30日、茨城県東海村臨界事故は被曝者総数439名、うち死亡者1名をもたらした。被害者の中には、核燃料処理施設であるJCOの職員、家族が111名含まれていた。平成7年1月17日に起きた阪神淡路大震災を契機に、災害被災者の心理的問題とりわけPTSDに関して、世間の人々の間にも関心が深まってきている。放射線災害は、自然災害と異なり、目に見えない放射線物質によるものでありまたその影響が長期に亘って継続することから、得体の知れない不安感が被災者に長期に継続することも予想される。 本研究では、東海村臨界事故における住民のメンタルヘルスへの影響の実態調査並びに教育、相談、支援活動を効率的に進めるための方針の検討を行い、併せて今後の同種災害における初期活動のための知見を収集整理することを目的とした。
研究方法
A.1999年9月30日の茨城県東海村の放射線事故発生後の「心のケア」相談事業の結果及びその際に用いたIES-R(日本版出来事インパクト尺度:Impact of Event Scale-Revised)の結果から、事故後の周辺住民の精神的反応について検討した。同時業では「研修会」と「相談窓口」の二本立てで活動が行われたが、それぞれの特性と意義を分析した。
B.災害時におけるマスコミ対応ガイドラインの作成が必要視されている。本研究ではこの点を自然災害であった阪神淡路大震災と、人為災害と考えられる堺市学童集団下痢症を例として、検討を行った。
C.阪神淡路大震災の経験などを踏まえ、内外の文献を系統的に通覧し、放射能被爆事故の文献の紹介を行い報告書の輪郭を明らかにした。またPTSDに関する脆弱性、予後の予見因についての内外の文献を系統的に通覧し、特に心理、生理、社会モデルのそれぞれについて重要と思われる要因を特定した。必ずしも十分なevidenceのそろっていない分野があったために、考察に当たっては研究協力者との検討チームを設定し、考察結果についてこれまでの臨床経験を踏まえた評価を行い、実際の有用性を高めるための修正を行った。
結果と考察
急性期の地域介入の方法として、性急なデブリーフィングを避け、住民の抵抗感を克服するために、「研修会」を行ったことは有効であった。これに対して「相談所」を訪れた者はより切実な問題を持っていたと思われる。IES-R得点は、「研修会」参加者に比べて、「相談所」に訪れた利用者の方がより高いIES-R得点を示している人が多かった。平均点で比べてみると、「研修会」参加者よりも「相談所」利用者の方のIES-R得点は有意に高かった。相談所の利用者は女性が多く年齢は広汎であったが、若年層では妊婦や幼い子どもを持つ者が多かった。背景を見ると、聴覚障害者、妊婦、精神疾患の既往、身体疾患の既往などなんらかの不安要因を持つ人が多く訪れたことがわかる。愁訴を調べてみると「身体のことが不安」という項目が最も多く、次いで「はっきりしない不安」、「体調の不良」となっていた。「体調の不良」の具体的な内容としては、喉の不調、力が入らない、吐き気、頭痛など様々な愁訴がみられた。中には事故の直後から不調を感じると訴えた人もいた。これらの訴えのある人では、血液検査をうけたり、かかりつけの医師に相談している人もいたが、そこで異常がないと診断されても不安は解消していない様子であった。先行する大きなライフイベントを体験していた人が7名おり、いずれも事故によって過去の体験に関する症状が再燃していた。DSM-Ⅳで要件とされるような強度の外傷的な直接体験や目撃体験をした人はほとんどいなかったにもかかわらず、「生命に危険を感じた」と答えた者が多く、情報による間接的な不安が中心症状となっていた。
メディアとの対応については、災害時には行政機構として臨時的に設置される災害対策本部に情報が集約することからマスコミの取材が対策本部に殺到することになる。これに対応することの負担感が問題となりやすい。災害パニックが起こらないように正確な情報の伝達手段としてマスコミの役割を前向きに評価し、むしろ積極的に活用するといったマスコミ対応力を平時からマスコミと接触し、訓練しておくことが求められる。
文献研究として、米国スリーマイル島事故では一部の住民においてサブクリニカルな精神症状が継続し、小児を持つ母親において抑うつ、不安、敵意、身体化などの症状が高値であった。チェルノブイル原発では現実の放射能汚染に基づき、精神的負荷は高い傾向にあった。広島長崎原爆ではいわゆる “原爆神経症"としての神経症様ないし自律神経失調様状態があり、種々の神経症様症状や神経衰弱様症状としてカテゴライズし難い性格の症状を呈した。PTSDへの脆弱性としては先行するトラウマ体験、心理的準備性、性差、体質、また急性期の危険因子として、動機などの自律神経性の不安、解離症状、二次的トラウマへの暴露などが考えられる。これらを包括的に評価することが必要である。医療施設の準備状況としては被爆医療への知識経験の不足を感じる回答が目立ち、被曝後の汎血球減少症や全身火傷患者の受け入れに不安を感じる施設が目立った。その理由として、放射能被爆医療の経験の問題だけではなく、慢性的な救急医療者のオーバーワークの問題が考えられた。
結論
今回の事故は、多くの周辺住民にとって目に見えたり、体に感じたりする直接的な被害体験がないことから、情報によってもたらされる不安や、避難や退避の行動がもたらすストレス、その後の二次被害などが、大きな位置を占めた。
実際に相談に訪れた東海村の住民は、このような放射線事故の場合のハイリスクグループに属する人が多かったようであるが、母集団が不明であるので、
この結論が妥当かについては今後、住民全体を対象とした調査が行われ、より詳細なデータの分析が必要であろう。特に、ハイリスクグループについて、今後どのように対応していくかの検討がのぞまれる。
今後への教訓としては、心のケアについて、県を主体として指揮命令系統を一本化して、時々刻々変化する状況の中で、相談現場から得られた情報で急務な件は現場から本部に直ちに連絡が入る体制が好ましいこと(情報の一本化)が再認識された。
また災害時のマスコミ対応力を高める最大のポイントは、平時からマスコミと付き合い、その存在意義とその機能を行政関係者が熟知しておくとともに、マスコミ関係者に行政の仕事の特徴と限界を理解してもらう積み重ねが基本であると考えられた。
また一般に被爆災害においては、PTSDのみならず、続発性の不安や抑うつ的反応についての理解も重要である。放射線被害については、被災当初の衝撃もさることながら、放射線にやられたかもしれない、あるいは放射線にやられて癌などの病気になるかもしれないといった持続的心的負荷が大きな問題となり、放射能被災者においてはその究極である原爆被曝者で見られるように、抑うつや不安症状が通底している。それゆえ、PTSD症状を包含しても時間の経過と共に明確な病形をとり難い神経衰弱状態や身体的愁訴が主となった病像を呈することが考えられる。
最後に、被爆災害の生じたときの医療施設の対応、準備状況であるが、一つには被爆医療そのものへの知識、経験の乏しさと、もう一つには日常的な救急医療のオーバーワークのために、十分な対応ができないとの不安を感じる施設が少なくなく、この点についての改善が求められる。

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