色覚の個人差と適切な表示色に関する研究

文献情報

文献番号
199900044A
報告書区分
総括
研究課題名
色覚の個人差と適切な表示色に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
北原 健二(東京慈恵会医科大学眼科)
研究分担者(所属機関)
  • 西尾佳晃(東京慈恵会医科大学眼科)
  • 高橋現一郎(東京慈恵会医科大学眼科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
情報化社会の現在、我々は多くの情報に囲まれている。道路、駅や病院などの公共施設から日用品に至るまで様々な表示がなされている。これらの表示には、安全に目的地に到達するため、また器機を正しく使用するため、種々の色表示がなされているが、なかには識別が困難であったり、誤って認識される可能性のがある色表示が見受けられる。特に、色覚異常者に対する配慮に欠けた表示の存在が指摘される。また、薬剤の色、医療機器などの安全性に関する表示、交通信号など、誤認された場合には事故につながる可能性が危惧される。したがって、実際に使用されている種々の表示色について、特に色覚異常者にとって識別しにくい配色などについて検討し、問題点を明らかにする必要性がある。そこで本研究では、医療機器、薬剤の表示色の調査をおこない、先天色覚異常を含む色覚の個人差に関する基礎的研究を踏まえて、全ての人に分かりやすい色表示について検討、解析を行った。さらに、遺伝子型と色識別能との関係についても検討を加えた。
研究方法
1. 医療機器、薬剤の表示色の調査 
医療機器、薬剤の表示色の調査については、東京慈恵会医科大学附属病院において使用されている血管留置針6種類と、処方されている内服薬錠剤およびカプセル121種類(病原微生物に対する薬剤15種類、抗癌剤7種類、炎症・アレルギーに作用する薬剤14種類、糖尿病治療薬1種類、ビタミン薬7種類、血液に作用する薬剤12種類、循環器系に作用する薬剤31種類、消化器系に作用する薬剤7種類、神経系に作用する薬剤23種類、泌尿器用剤4種類)、内服薬包装ラミネート61種類、眼科点眼薬容器34種類、眼科軟膏薬容器5種類について、表示色をそれぞれ測色計により測色し、その色度を求めた。測色は0-d Sa5 W5(JIS Z8722)2度視野C光源にて、日立製分光光度計M307を用いて行った。得られた結果を各々のグループ毎に、また薬剤については薬効別に10群に分類し群毎に、色度図上にプロットし、色覚の基礎的実験から得られた色混同の特性から各表示色の問題点について検討した。
2. 遺伝子型と色識別能
遺伝子型と色識別能との関係については、検査の内容を十分に説明し協力の得られた、正常色覚日本人男性5名と色覚異常日本人男性4名および保因者と考えられる女性2名のボランティアに対し、心理物理学的検査として従来臨床的に行われているパネルD-15テスト、仮性同色表、アノマロスコープでのRayreigh等色測定を行った。一方、末梢血リンパ球からヒトゲノムDNAを抽出し、定量的PCR-SSCP法を用いて遺伝子型の分析を行った。得られた心理物理学的検査の結果と遺伝子型との相関関係を検討した。
倫理面での配慮
当科外来を受診した先天色覚異常者のうち、本研究の目的およびその内容を十分説明し、本人が希望した場合にのみ検査を施行した。DNA解析については、説明と同意を特に厳重に行い、結果の管理を厳重にし、得られた結果は本研究以外に用いない。
結果と考察
C.研究結果
1. 医療機器、薬剤の表示色の調査
測色された各々の表示色を、色度図上にプロットし、第1色覚異常および第2色覚異常の混同色帯との比較検討を行った。その結果、血管留置針では6種類のうち4種類が第1異常の、5種類が第2異常の混同色帯に位置していた。内服薬では、病原微生物に対する薬剤群15種類のうち5種類が第1異常の、抗癌剤群7種類中3種類が第1異常、4種類が第2異常の、炎症・アレルギーに作用する薬剤群では14種類のうち9種類が第1異常の、8 種類が第2異常の混同色帯に位置していた。ビタミン薬群では7種類のうち5種類が第1異常の、2種類が第2異常の、血液に作用する薬剤群では12種類中6種類が第1異常の、5種類が第2異常の、循環器系に作用する薬剤群31種類中9種類が第1異常の、4種類が第2異常の、消化器系に作用する薬剤群7種類中4種類が第1異常の、神経系に作用する薬剤群23種類中6種類が第1異常の、7種類が第2異常の、泌尿器用剤群4種類のうち4種類が第1異常の混同色帯に位置していた。眼科点眼薬容器では34種類のうち12種類が第1異常の、10種類が第2異常の混同色帯に位置していた。眼科軟膏薬容器5種類については3種類が第2異常の混同色帯に位置していた。
2. 遺伝子型と色識別能
色覚正常者5名と色覚異常者4名の男性、および保因者と考えられる女性2名の遺伝子型を分析し種々の心理物理学的検査と比較検討した。その結果、男性正常色覚者では緑遺伝子の数に個人差があるものの、心理物理学的検査との相関はみられなかった。男性色覚異常者では全例で遺伝子型が色覚正常者とは異なっていた。すなわち、色覚正常者は正常の赤および緑遺伝子のみをもち、第1異常者では正常の赤遺伝子の欠失と赤緑融合遺伝子の存在が、また第2異常者では正常赤遺伝子のみか緑赤融合遺伝子のみの存在が証明された。遺伝子型と心理物理学的検査の結果との関係では、アノマロスコープでのRayreigh等色と相関していた。保因者と考えられる女性2名については、本人の遺伝子のみで色覚異常の保因者を確定することは困難であった。今後さらなる検討を要する。
D.考察
1. 医療機器、薬剤の表示色の調査
病院内で使用される血管留置針や、調剤薬局で処方される錠剤、カプセル、点眼薬、眼軟膏の測色および色度図上へのプロットの結果、第1異常および第2異常の混同色帯に属する表示色があることが示された。したがって、これらの医療機器や薬剤の表示色には、先天色覚異常者にとって判別困難な組合せが存在し、誤色の可能性を内包しているものと思われた。
2. 遺伝子型と色識別能
正常色覚者では視物質遺伝子の多型性が確認された。したがって色感覚は個人差があることが推察された。色覚異常者では全例で遺伝子型が色覚正常者とは異なっていた。遺伝子型と心理物理学的検査の結果との関係では、アノマロスコープでのRayreigh等色は相関していたが、パネルD-15テスト、仮性同色表との明かな相関は見られなかった。以上のことから、心理物理学的に色覚異常者であるかどうかの診断が困難な場合でも、遺伝子型の検索により診断することは可能と思われた。女性保因者では、心理物理学的検査で異常を認めず、遺伝子型の検査でも、家族全員の遺伝子検索が可能な場合にはある程度予想が可能であると考えられたが、女性保因者のみのDNA検索では、現時点では確定診断は難しいとおもわれた。今後さらに症例を増やして検討したい。
結論
病院内で使用される血管留置針や、調剤薬局で処方される薬剤には、先天色覚異常者にとって判別困難な色表示のものがあることがわかった。これらの結果をもとにして、色表示を先天色覚異常者にとっても判別しやすい色調に改善し、誤色にともなう事故を防ぐことが可能と考えられる。
先天赤緑異常においては、遺伝子型と心理物理学的診断および程度判定の結果との乖離がみられた例も存在したことから、正確な臨床診断を行うためには、現時点では、分子生物学的検査と心理物理学的検査の併用が有効であるとおもわれた。しかし、女性保因者の診断については、家族全員の遺伝子検索が可能な場合には、ある程度予想が可能であると考えられたが、現時点では困難であり、今後さらに症例を増やして検討する必要があるとおもわれた。

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