乗馬の活用によるリハビリテーションの効果に関する学際的研究

文献情報

文献番号
199900039A
報告書区分
総括
研究課題名
乗馬の活用によるリハビリテーションの効果に関する学際的研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
林 良博(東京大学大学院農学生命科学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 村井正直(社会福祉法人わらしべ会)
  • 丸山仁司(国際医療福祉大学)
  • 伊佐地 隆(茨城県立医療大学)
  • 滝坂信一(国立特殊教育総合研究所)
  • 増井光子(麻布大学獣医学部)
  • 松井寛二(信州大学農学部)
  • 太田恵美子(RDA Japan)
  • 近藤誠司(北海道大学大学院農学研究科)
  • 局 博一(東京大学大学院農学生命科学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
乗馬の活用によるリハビリテーションの効果を科学的に解明することを目標に、脳性麻痺患者など障害者および健常者の乗馬による変化に関する医学的、理学療法学的、生理学的検討を行った。
研究方法
1)馬との触れ合いによる重度障害者の生活改善効果に関する研究
22歳から38歳の男女で脳性麻痺(5名)、頭部外傷による高次脳機能障害(1名)、知的障害(A判定2名)の計10名について、馬の手入れ、給餌、厩舎の清掃、乗馬(馬の運動)といった作業を行ったときの、作業能力の変化、生活行動の変化を検討した。
2)脳性麻痺患者における乗馬による筋緊張、姿勢ならびに生活改善効果について
研究対象者26名(脳性麻痺13名、自閉症3名、知的発達遅滞7名、癲癇2名、その他1名)について、乗馬による肉体的改善効果、生活改善効果を調査した。
3) 乗馬が障害者の姿勢バランスと筋緊張に及ぼす長期効果について検討を行った。定期的に乗馬を行っている障害児7名(内2名は途中脱落)を対象に、約2ヶ月間(1名は9ヶ月間)にわたって、これまで用いてきた評価バッテリーによる効果判定を行った。
4)ホーストレッキングの運動負荷効果に関する研究
研究対象者16名(男13名、女3名;14~59歳)について、トレッキング(9.38km、所要時間1時間20分)中の心拍数変化、運動負荷強度、馬の心拍数変化、乗馬前後の心理的変化について観察した。
5) 木曽馬幼駒の成長に伴う行動と心電図の変化に関する研究
木曽馬の生後1週目から1カ月毎に安静時の心電図記録を行い、また生後6ヶ月間の昼夜の行動観察を行なった。
結果と考察
研究結果=1) 馬管理作業に対する評価項目である、ワラをすくう作業、2)ワラを広げて干す作業、3)餌を桶に入れる作業、4)餌の量の確認、5)水桶をセットする作業、6)馬のブラッシング作業、7)作業への参加態度、8)作業への出席状況は、いずれも大きく向上した。生活全般の評価項目である、1)着替え、洗濯等、2)日常の姿勢、3)自治会活動、4)クラブ活動、5)帰宅時の様子はいずれも大幅に改善された。
2)脳性麻痺患者における乗馬による筋緊張、姿勢ならびに生活改善効果について
脳性麻痺、自閉症、知的発達遅滞、癲癇などの患者26名を対象に乗馬レッスンを行なった。多くの患者で乗馬中の姿勢改善、乗馬後の生活改善が認められた。以下に四肢体幹麻痺を伴う脳性麻痺患者(男、29歳)の例を示す。乗馬前は姿勢のバランスを維持するために過剰努力をしており、上肢、下肢、表情の硬直性が強く現れ胸郭は狭まり呼吸が浅かった。左右の肩峰間を前面から測定したところ、乗馬前(座位)40.0cm、乗馬中44.5cm、乗馬後44.5cmを示し、乗馬中、後は胸郭の幅が広がった。乗馬後は胸郭は広がり、表情に余裕がみられるようになった。バランスをとっているとき股関節が開いており過剰努力が少ないことが観察された。また、日常の姿勢では体幹が左に傾きやすく疲労時にはそれが助長されたり、足部での操作により他の部分の緊張が助長されたが、乗馬中には姿勢はより対称に近づき、リラックスして徐々に上肢が下がってきた。
3) 乗馬前後の変化では、関節可動域、バランスのパフォーマンス、重心動揺測定値の指標の多くに改善が認められた。長期効果を各回の乗馬前の測定値と比較したところ、関節可動域はばらつきがあり、全体としての変化もなかった。しかし、姿勢バランスや筋緊張を総合的に反映すると考えられる3つのパフォーマンステストでは、その平均値において姿勢保持時間の延長、ベグボード時間と10m移動時間の短縮という形で、1ヶ月の間に有意な変化として認められた。また、長期経過を観察することができた1症例では、6ヶ月間にベグボード、10m移動時間、重心動揺の総軌跡長、前後最大移動距離などに比較的大きな改善効果が認められ、6ヶ月以降は小さな程度の改善傾向が引き続き認められた。
4)ホーストレッキングの運動負荷効果に関する研究
騎乗者および使用馬のトレッキング中の平均、最大、最小心拍数を計測した。騎乗者の心拍数の平均値は80~114回/分程度、最大値は126回/分と、軽度の運動負荷状態が示された。騎乗者の安静時心拍数に対する上昇率は乗馬の習熟度が高いほど低い傾向にあった。運動強度は年齢と習熟度が高い者で高く、年齢が低く習熟度が中程度で最も低かった。トレッキング中の最高心拍数および最低心拍数も同様の傾向であった。供試馬の心拍数は、騎乗前に比べ平均で50~150%上昇し、トレッキング中の最大値で350%に急増した。ただし運動強度の平均値は軽運動に相当した。本トレッキングコースでは、トレッキング終了後1~2分以内にすべての馬が60回/分以下に低下した。
5)木曽馬幼駒の成長に伴う行動と心電図の変化に関する研究
木曽馬の幼駒(生後12日以降)の成長に伴う心拍数、摂食行動、親子関係などを中心に観察を行った結果、生後直後より人との触れ合いが確立していた馬は、生理性状および行動様式が安定していることがわかった。
考察=1)馬との触れ合いによる重度障害者の生活改善効果に関する研究
2)性麻痺患者における乗馬による筋緊張、姿勢ならびに生活改善効果について
乗馬により、身体の近位部のコントロールが活性化されるとともに、遠位部の筋スパズムが抑制されることが明らかになった。身体運動の自由度が増大した。乗馬による即時効果として、日常生活では筋スパズムにより制限されていた動きが乗馬後一時的に開放されるものと思われる。このことから、乗馬は無理のない「分離運動」を乗り手に負荷することにより、過剰な努力により悪循環に陥っている筋緊張の亢進状態から離脱させるといった改善効果をもたらすことが示唆された。
3)乗馬には長期効果をもたらす可能性が示されたが、純粋に乗馬だけの効果が反映されているかどうかについて、さらに詳細な検討が必要である。また、パフォーマンステストや重心動揺検査では、回を重ねるごとに慣れの効果が加わることも考慮しなければならない。乗馬回数を重ねるごとに、各回の乗馬前のテスト成績が少しずつ向上していくことが乗馬効果であるかどうかの一つの判断材料になると思われるが、今回の測定値の動きは必ずしもそれに沿っていなかった。しかし、対象者が小児で知的発達の遅れも合併することから、その場の気分によっては毎回同等の力が発揮されていないこともあり、そのような要因がばらつきに関与していることも考えられる。
4)ホーストレッキングの運動負荷効果に関する研究
自然の景観を利用したホーストレッキングは、騎乗者に適度な運動負荷を与え、また精神的にもリフレッシさせる優れた効果をもたらすことがわかった。運動強度の測定ではトレッキング中の運動強度は成人男子が平均時速5km程度で2分間歩行する強度よりやや弱いレベルと推定された。また、今回のトレッキングコースでは、トレッキング終了後1~2分以内にすべての馬が60回/分以下に低下したことからも馬に対する負荷は小さかったものと判断される。
4)木曽馬幼駒の成長に伴う行動と心電図の変化に関する研究
心拍数とT波の電位の成績、行動様式などから、木曽馬は同年齢のサラブレッドと比較して副交感神経緊張度が優勢であることが推察される。この結果は今回研究した木曽馬の馴致・調教が出生直後から行っていることと密接に関係していると考察された。
結論
障害者乗馬および馬の管理を通じた馬との触れ合いは、重度障害者においても、作業効率や他人への働きかけといった生活能力の著しい向上がもたらされること、
乗馬中及び乗馬後には短期および長期の姿勢維持機能の改善と精神機能の活性化をもたらす可能性が示唆された。患者一人一人の状態に合わせたきめ細かいプログラムの作成と実施を行うことは、患者の肉体的、精神的な社会復帰あるいは社会参加に著しい向上をもたらすことが明らかになった。

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