経表皮的ワクチン法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199900038A
報告書区分
総括
研究課題名
経表皮的ワクチン法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
瀧川 雅浩(浜松医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 瀬尾尚宏(浜松医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
樹状細胞の一種で、ヘルパーT(Th)細胞への強い抗原提示細胞として知られているランゲルハンス細胞(LC)は、近年、その細胞表面の主要組織適合クラスI分子を介してウイルス抗原や腫瘍抗原などの内在性の抗原を効率的に細胞障害性T細胞(CTL)提示することが判明し、この細胞を用いた抗ウイルスワクチン法または癌治療法の研究が注目されている。ところが今日まで行われているワクチン法及び治療法の研究のほとんどは、膨大な手間と危険性からヒトへの臨床応用という点で、実現性に乏しいものとなっている。
我々はこれまでのマウスを用いた皮膚DTH反応の研究によって、皮膚最外層の角質層をテープストリッピング(TS)などで破壊すると、皮膚でLCが活性化し、効率的にTh細胞に抗原提示することを証明した。本研究においてはバリア破壊皮膚へウイルスまたは腫瘍抗原ペプチドを塗布しウイルスワクチンまたは癌治療が可能であるかを検討した。さらに老齢マウスを用いた老化に伴う角質層破壊皮膚LCのT細胞感作能の研究から、老化と皮膚LC機能について詳細な検討を行った。
研究方法
ペプチド、バリア破壊、ペプチド塗布、CTLの調整、CTLアッセイについては前年度と同様の方法を用いた。CTLの感作と癌細胞への影響: TS耳翼及び正常耳翼からLC-enriched fractionを分離し、それにTRP-2パルスしたものと頚部リンパ球を加え混合培養した。またTS耳翼の皮下にTRP-2を注入し、CTL感作に関与する細胞について検討した。ペプチド塗布をTS耳翼に行い、その2週間後TS腹部皮膚に行った。さらにTRP-2、MUT1についてそれぞれの腫瘍細胞を皮下移植し、癌細胞の増殖について検討した。表皮LCとMHCクラスI分子:TS後の表皮LCを蛍光標識した抗体で染色し、フローサイトメトリーにより解析した。またB6マウスをTS後、経時的に蛍光標識DNAを塗布し、表皮LC内へのDNA取り込みを検討した。
結果と考察
LC-enriched fractionによる特異的CTLの感作は、TS耳翼から分離したLC分画は正常耳翼から分離したそれよりも強くCTLを感作した。一方、どちらの耳翼から得たLC除去分画もCTL感作能を全く持たなかった。次にTS耳翼の皮下にTRP-2を注入した結果、頚部リンパ節内でTRP-2特異的CTLの感作が弱いながら起こるが、その強さはTSに関係なく正常耳翼に皮下注入した場合と同程度であった。このことからTS処理における効果は真皮の樹状細胞より表皮LCによる可能性が強いと考えられる。TS皮膚への抗原ペプチド塗布法では、頚部リンパ節内において特異的CTLの感作が見られ、脾臓内ではそれが見られなかったので、一回の免疫では塗布した皮膚近傍のリンパ節内でCTLの感作が起こる。そこで、TS耳翼、次にTS腹部にペプチドを塗布するとHSVgpBまたはTRP-2ペプチドいずれの場合も、2回抗原塗布後、脾臓内でペプチド特異的CTLが感作された。この結果は、バリア破壊皮膚を用いて抗原ペプチド塗布を数回行えば、全身で特異的CTLを感作さらには増幅活性化させることが可能であることを示していた。
TS耳翼及び腹部皮膚を用いてTRP-2またはMUT1ペプチド塗布による免疫を2回行なった後に、それぞれにB16細胞または3LL細胞を皮下移植した時の癌細胞の増殖について検討した結果、TRP-2免疫されたマウスは、B16細胞の移植をほぼ完全に拒絶した。一方MUT1免疫されたマウスは移植3LL細胞の増殖を極度に低下させるが、1ヵ月後には全てのマウスが死亡した。コントロールとして行なったOVA免疫マウスは癌細胞の増殖を全く低下させなかった。さらにTSを行なわずTRP-2またはMUT1塗布を行なったマウスも、それぞれ癌細胞の増殖を全く低下させなかった。
次にB16担癌マウスのTS耳翼さらにTS腹部にTRP-2塗布を行なった結果、B16細胞の増殖抑制または退縮がすべてのマウスに見られた。コントロールとしてバリア破壊しない耳翼さらに腹部にTRP-2塗布したマウスは26日後には全て死亡した。一方、3LL担癌マウスに同様の方法でMUT1塗布した場合、顕著な3LLの増殖抑制が観察されたが2ヵ月以内に全て死亡した。
癌の免疫治療実験においてTS皮膚への抗原ペプチド塗布による免疫法でB16担癌マウスに比べると3LL担癌マウスにおいて治療効果が低いのは、MUT1特異的CTLが癌を退縮させるのに充分な増幅ができていないためであると予測できる。さらにTS後の表皮LCのH-2Kb分子の発現をフローサイトメトリーにより検討した結果、一部の表皮LCはTS後12~24時間でH-2Kb分子の発現を高めることが判った。この結果は抗原ペプチド塗布によるCTLの感作がTS後12~24時間で最大となる結果と一致している。
以上の結果は、表皮LCがTS皮膚へのペプチド塗布による生体内での特異的CTL感作に大きく関与していることを示唆した。
B6マウスをTS後、経時的に蛍光(FITC)標識DNAを塗布すると、その直後LC内にわずかに蛍光が存在し、DNA取込みが観察されたが、ペプチドのようにTS後12~24時間後の塗布ではDNAの取込みは見られない。
8~10週令のB6マウス(若齢)と1年齢のB6マウス(高齢)におけるLC密度及びH-2Kb, Iab, CD40, CD54, CD80, CD86の発現に有意な差は認められなかった。そこで次に角質層破壊に伴い経時的に得られる表皮LC密度を表皮シートの抗Iab抗体を用いた染色によって、また表面抗原の発現レベルをそこから得られる表皮細胞浮遊液を上記抗原に対する抗体を用い染色、フローサイトメトリーにより検討した。若齢マウスでは耳翼のTSを8回行うと12~24時間でLCのリンパ節への移動が最大になるのに対し、高齢マウスでは4回のTSで12~24時間後にLCの移動が最大となった。高齢マウス耳翼を8回TSするとLCの密度が急激に減少する。このことは過剰なTSによる表皮の破壊が起こっていると解釈できた。さらに、若齢マウス耳翼の8回TSにより活性化したLCはその約30%が また高齢マウス耳翼の4回TSで得られるLCも同様の割合で前記表面抗原の発現を増強させることが判った。次に、若齢マウスと高齢マウスの耳翼をそれぞれ8回と4回TSし、24時間後にTRP-2ペプチドを塗布し免疫マウスを作製し、B16細胞を皮下移植した時の癌細胞の増殖について検討した。TRP-2免疫若齢マウスではB16細胞の増殖が非常に抑制されるが、TRP-2免疫高齢マウスでのB16細胞の増殖は、対照として行った免疫無しのマウスでのB16増殖よりも明らかに弱くなるものの、TRP-2免疫若齢マウスで得られるB16細胞の増殖抑制に比べるとその効果は優位に低いことが判明した。以上の結果より、高齢マウスでの皮膚表皮LCの密度及び表面抗原の発現は若齢マウスとほとんど変わらないものの、CTL感作能という点に関しては若齢マウスより劣る可能性と、表皮LCの機能は高齢マウスLCと若齢マウスLCとでは同程度であるが、高齢マウスでは感作される側のリンパ球の機能低下により、効果的なCTL感作が妨げられているものと考えられた。
本研究によってバリア破壊皮膚がウイルスワクチン法及び癌免疫治療法において有用であることを初めて明らかにすることができた。またこの方法の実施にあたりCTL前駆細胞頻度の高い抗原ペプチドを用いるところが大変重要であることを証明した。さらにCTLはTh細胞のサイトカインにより強く感作されることから、CTL特異的ペプチドと共にTh細胞特異的ペプチドを併用して塗布すればより高いワクチン効果が得られるかもしれない。またHSVワクチンであればHSVgpBペプチドの他のエピトープを同定し、それら混合液のバリア破壊皮膚への塗布はより高いHSV特異的CTL感作が期待できるかもしれない。TS直後でのDNAの塗布ではLCへの取込みがわずかながら観察されるので、角質層破壊皮膚を用いた遺伝子治療の可能性も考えられた。さらにこの免疫法をヒトで応用するためには、実施するヒトの年齢により効果的なTSの回数及びペプチド濃度の選択が必須と考えられた。
結論
MHCクラス拘束性ペプチドを、TS皮膚へ塗布した場合、TS後12-24時間で最も強く近傍リンパ節内にペプチド特異的CTLが感作された。TS耳翼にペプチド塗布を行った2週間後に、TS腹部に同じペプチド処理を行うと、全身でペプチド特異的CTL活性が高まった。耳翼あたり20~40μgのペプチド塗布した時、最も強いCTLの感作が観察された。この方法によりTRP-2またはMUT1免疫したマウスは、それぞれB16細胞または3LL細胞の皮下移植を拒絶した。さらにこの免疫法を担癌マウスに行った時、癌細胞増殖の極端な低下が観察された。またDNA塗布実験において角質層破壊皮膚が有用であり、加齢に伴う有効なワクチン効果は角質層破壊の程度によることも確認できた。以上より角質層破壊皮膚はウイルスワクチン法または癌治療法実施の場として有用であることが判った。

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