ワクチニアウイルス等の安全性とワクチン接種に関する研究

文献情報

文献番号
199900037A
報告書区分
総括
研究課題名
ワクチニアウイルス等の安全性とワクチン接種に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
倉田 毅(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 森川茂(国立感染症研究所)
  • 杉山和良(国立感染症研究所)
  • 小島朝人(国立感染症研究所)
  • 宮村達男(国立感染症研究所)
  • 橋爪壮(日本ポリオ研究所)
  • 神谷齊(国立療養所三重病院)
  • 橋本雄之(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ワクチニアウイルス等のポックス系ウイルスを扱う者、患者を扱う医療関係者に、WHOおよび米国ではワクチニアのワクチン接種を勧めているかあるいは義務化している。また米国では、実験事故あるいは思わぬ接触(患者等)の際に、免疫グロブリンの投与も勧めている。またそれら(ワクチン、免
疫グロブリン)の用意がされている。わが国には、それらの用意は現在全く無い。国家備蓄とされていたワクチニア(池田、リスタ一等株)のワクチンも既に有効期限切れとなっており、上記ワクチニアウイルス等の事故に対する対応手段はない。この研究では、ワクチニアウイルスをベクターとする組換えDNA実験に携わるワクチン未接種世代の研究者に対する・ワクチン(LC-16弱毒株)の接種の必要性、・免疫グロブリン(ワクチニアウイルスに特異的)の必要性と効力等について、弱毒生ワクチンを作製する(千葉県血清研究所に依頼)とともに、既ワクチン接種者から、免疫グロブリンを採取し、有効グロブリンの入手が可能かどうかを検討することを目的とする。最近ワクチニアウイルス(カナリアポックス等を含む)をベクターとして組換えDNA実験に携わる人も増加しており、アトピー性皮膚炎の若年層の増加も目立ち、実験室感染を防ぎ、サル痘の流行地へ入る人々、あるいは医療関係者への接種を含めて、さらに感染者の発症を抑制する方法を開発検討し、あるいは流行地への国際協力等の基礎資料を作り、わが国の対応等について早急に検討する必要がある。
研究方法
過去の種痘による免疫持続の判定とワクチニアウイルス弱毒株LC16m8の作成(委託)、免疫性の検討さらに若手未種痘者でのワクチンの有効性を検討する。(このワクチンによる副反応はほとんどはない点で旧来の株による種痘とは大きく異なる)。さらにこのウイルスを取り扱ううえでの安全性について検討する。
1. 既種痘を受けたヒトの現在の抗体保有調査(中和抗体)(実験室関係者)。
2. LC16m8株のワクチンの小動物、既種痘者における抗体誘導効果の検討。
3. LC16m8接種小動物における通常ベクターとして用いられているWR株等の感染力の感染病理学的基礎検討と共に神経侵襲性について検討する。
4. 抗LC16m8抗体(免疫グロブリン)の小動物とヒトにおける誘導と精製、またその精製抗体のワクチニアウイルス感染防御効果の検討。
5. ワクチニアウイルス等のポックスウイルスの扱いに関するバイオセーフティ上の問題点とその解決法の検討。
6. 世界のポックスウイルス感染の現状の調査と世界各国の対応の調査を行なう。
7. 今回のザイール株でモノクローナル抗体と反応しない株についての生物学的性状の解析を行なう。
8. MPV分離株の簡易鑑別法の開発を行なう。
結果と考察
1999年度においては
1)ワクチン:この研究に最も重要なワクチニアワクチン(弱毒生LC16m8)については、既に25年以上前に製造承認がおりており、千葉県血清研究所に依頼して1万人分の製造を行った。このワクチンの特徴は神経病原性がないことであり、現存するワクチニア系ワクチンとしては最も弱毒と考えられている。天然痘根絶(1977年10月)間際に完成したこともあり、実用化されることはなかったものである。メーカー側において力価、安全性等のチェックは検定同様に実施され、検定時と同様の項目についても国立感染症研究所ウイルスI部外来性ウイルス室で試験された。1バイアル50人分が入っており、WHOの天然痘根絶計画で用いられた二叉針を用いて皮内接種するものである。
2)予防接種(種痘)に際しての問診と同意:神谷班員と検討を加え日本ウイルス学会全員に学会誌「ウイルス」に刷り込みいつでも使用しうるように配慮した。様式は分担研究報告書参照。
3)ワクチニアウイルス取扱者に対する予防接種:種痘を受けたことのない世代がワクチニアウイルスをベクターとするDNA組換え実験に用いるようになってきている。そこで今回作成したワクチンを用い27名の実験室研究者を種痘歴の有無と、ワクチニアウイルスを過去10年以内に取り扱っていることの有無に分けて、接種を行った。実験にワクチニアウイルス使用に無関係に種痘歴の無い人で接種部位(前腕内側叉は上腕外側部)の反応(発痘膿疱形成強くみられ、腋下リンパ節の腫脹(小指頭大)が2名に見られた。種痘歴のある人では一般に紅斑も小さくscarも小さく経過した。3週後にはいずれの人でもscarも消失した。既種痘者では全く瘢痕を残さなかった。これらの被接種者全員の抗体は3月31日現在測定中である。一方かつて種痘を受けて30年以上を経過した研究者に再種痘を実施した。2週後の血清を採取し、中和抗体を測定した。臨床的に水痘、膿疱、発赤腫脹の強弱には個人差があった。特に50年以上経過した例では強く反応が見られた。中和抗体には4人で1:80~1:1600が示されたが、1例では1:16未満であった。
4)ワクチニアウイルス株に関する研究(2):弱毒ワクチニアウイルス株としてわが国で開発されたDIs株、Kempらか弱毒株として米国で用い、わが国でも検討されたCV1-78株及び橋爪らにより開発されたLC16m8株の中枢神経系に対する病原性(増殖性)と皮膚増殖性につき比較検討した結果、皮膚での増殖性は中枢神経病原性とはことなる独立した遺伝子群が関与していることが明らかになった。
5)単層細胞学での痘瘡ワクチン感染価の測定法の開発:Vero及びRK-13細胞を用い痘瘡ワクチン4種を用い簡便なプラック中和法の開発を検討したところ、Ref-4(Lister株)が適していると考えられた。また千葉血清に委託製造されたLC16m8の力価は検定基準を満たす力価を有していた。この中和法は組換えワクチニアウイルス実験従事者等オルソポックスウイルスに対する免疫能を測定するのに簡便、適切な方法である。
6)DNA組換えワクチニアウイルスのウイルス学的、感染病理学的検討:世界各国でベクターに汎用されているWR実験室株、日本で第2世代ワクチンとして認可されたLC16m8株の原株(m0株)由来組換えウイルスの動物接種実験を実施した。その結果①WR由来組換えウイルスはマウスに対して高い病原性を示した。臨床症状には系統差が見られた。②初回接種から回復したマウスは2次接種に抵抗性を示した。③m0由来組換えウイルスは高感受性のウサギでも臨床症状を示さず、弱毒性を保持していた。④接種動物では、抗体産生、細胞性免疫が誘導され、追加接種で2次免疫応答を示した。
7)ワクチニアウイルスを用いた組換えDNA実験に関する安全性の研究:国立感染症研究所における平成10-11年度の計画でワクチニアウイルスをベクターとして用いる実験を拾い出し、用いられるワクチニアウイルスと、組換えにより産生されるワクチニアウイルスを調べた。またワクチニアウイルスそのものを増幅する段階を経ずにベクターとして組換え実験に用いる例を文献にまとめ、又増幅が制限されている株を用いたワクチンの試みについて調査した。
8)ワクチニアウイルスを取り扱う際のバイオセーフティ上の問題:ワクチニアウイルス等の病原体を取り扱う実験室の物理的封じ込めと、P1~P3の実験室の空調システムについて検討した。
9)海外出張報告:2000年3月26-30日にかけ米国ジョージア州アトランタ市の米国厚生省疾病管理センター(Centers for Disease Control and Prevention)へ森川班員を派遣し、「ワクチニアウイルス、ポックスウイルスの実験室感染予防のためのワクチン接種に関する施策の考え方と実施方法」に関する討議を行った。米国ではCDCの方針では、ワクチニアウイルスの実験従事者は10年ごと、モンキーポックスの実験従事者は3年ごと、痘瘡ウイルス実験者は毎年夫々接種を受けることになっている。CDCは大学及び民間研究所に対して、ワクチニアウイルスを実験室で取り扱うものに対しては10年ごとに種痘を受けることを勧告している。現在米全国で約700名がこの適応で接種を受けている。なお米国政府は現在1540万人分の備蓄があるが、天然痘ウイルスを用いてのバイオテロあるいは生物兵器対策に4000万人分の備蓄を用意すべく対応を開始した。
結論
ワクチニアウイルスを組換え実験の材料として用いる種痘未接種者の感染防止のためワクチン接種をすべく神経毒性の無いとされる弱毒生ワクチンLC16m8を製造委託し、ボランティアに接種した。接種歴の無い若い人で、膿疱が大きく、所属リンパ節が腫脹した例が3名あった。又それに伴うワクチン接種への同意規則等を作成し、全ウイルス学会に送付した。その他ワクチニア株の病原性検索から皮膚増殖性は中枢神経病原性と異なる遺伝子群が関与していることが判明した。さらに感染細胞系での感染価測定法を開発した。組換えワクチニアウイルスの検討を行い、本来の株(弱毒WRあるいは弱毒LC16)に相応する病原性発現がみられた。弱毒株由来組換えウイルスは高感受性ウサギにおいても極めて明瞭な弱毒性を示していた。加えて用いた組換えウイルスの実験における安全性とバイオセーフティ上の問題点を検討した。海外調査においては最も痘瘡に対しての対応策のとれている米国CDCを訪問し、施策について調べた。ヒト免役血清からグロブリンを分画して用いる方法は製剤作成等の基準その他から少数の接種者から得ることは不可能であり、実施を見送った。

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