薬物中毒,薬害,農薬中毒等の予防と原因解明のための毛髪診断研究

文献情報

文献番号
199900034A
報告書区分
総括
研究課題名
薬物中毒,薬害,農薬中毒等の予防と原因解明のための毛髪診断研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
中原 雄二(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 豊岡利正(静岡県立大学薬学部)
  • 大野曜吉(日本医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、食中毒、薬物中毒、薬害、環境汚染、農薬中毒により多くの事件が引き起こされており、中毒原因解明の検査の重要性は高まっている。現在、中毒診断には主に尿や血液が用いられているが、検出可能な期間が短いため、時間が経過すると検出不能となる。毛髪は1年以上前から数分前までの長い期間の薬物情報が得られる利点を有し、慢性及び急性の中毒診断に毛髪の利用が期待される。しかし、毛髪への薬物分布に関する研究はまだ少なく、毛髪検査で得られるデータをどのように解釈するかは、今後の研究にかかっている。また、過去数ヶ月の薬物暴露歴を知ることができれば、深刻な状態になる前にその中毒の影響を取り除く予防的措置を行うことも可能である。過去2年間の研究で、アミノピリン、ベンゾジアゼピン等の医薬品やパラコート等の農薬を投与したラット毛髪中に投与薬物及びその代謝物の検出が可能であることがわかった。本年度は、現在中毒事故が問題となっている薬毒物であるアセトアミノフェン、フェニトイン、フェノバルビタール、カルバマゼピン、ペンタゾシン、メチルフェニデート、ベンゾジアゼピン系向精神薬及びパラコート/ダイコートを取り上げ、動物実験により原因解明の検査法を開発するとともに、上記の薬物中毒で入院した患者の毛髪検査を行い、その実用性を確かめた。
研究方法
ラットに薬物を様々な条件(3段階の投与量、3段階の投与期間、経口と注射投与、他の薬物の併用)で投与して、経時的に毛髪中の薬物濃度をガスクロマトグラフー質量分析法で調べ、投与条件の影響を調べる。また、中毒事故発生の多い薬物(アセトアミノフェン、フェニトイン、カルバマゼピンなど)、ベンゾジアゼピン向精神薬及びパラコート類農薬もラットに投与し、毛髪中から指標となる物質の検出を試み、中毒発生における、毛髪診断法を確立する。
結果と考察
今回取り上げた薬毒物について、動物実験により毛髪中薬物の高感度分析法を確立し、毛髪中の挙動を明らかにした。この分析法を用い、3人のアセトアミノフェン中毒患者(1人死亡)の頭髪を分析した。急性中毒患者の毛根に432 ng/mg という高濃度のアセトアミノフェンを検出し、2人の慢性中毒患者(1人死亡)のすべての毛髪分画(1分画1.2cmの7,8分画)にアセトアミノフェンを検出した。この結果、急性及び慢性中毒状態を診断できることが判明した。カルバマゼピン投与のラット毛髪・毛根及びヒト頭髪の毛根からカルバマゼピン及び代謝物を検出した。また、急性中毒に陥り、救急病院に運び込まれた患者の毛根に66 ng/mg という高濃度のカルバマゼピンを検出した。毛髪数本で、迅速にカルバマゼピンを検出する方法を確立できた。フェニトイン投与のラット毛髪・毛根及びヒト頭髪からフェニトインと水酸化代謝物を検出した。尿中と異なり、毛髪中では親化合物のフェニトインが圧倒的に主成分であった。動物実験でラット毛髪中にフェノバルビタール及び代謝物を同定・定量する分析法を開発した。この方法を用いて、フェノバルビタール中毒の患者頭髪を分析したところ、フェノバルビタールと代謝物を明確に検出することができ、本法の実用性を確認した。メチルフェニデート及びペンタゾシン投与のラット毛髪からそれぞれの薬物の他に代謝物も検出した。今回開発した効果的な抽出法と高感度の分析法を用いれば、ヒト毛髪からも検出可能であることが示唆された。これらの薬物を毛髪中から検出した例は今までにない。
また、ゾラム系のベンゾジアゼピン投与のラット毛髪からトリアゾラム、アルプラゾラム、エスタゾラム、ミダゾラムを検出する分析法をLC-MSを用いて確立し、トリアゾラム使用で死亡したヒト毛髪からトリアゾラム及びその代謝物の検出に成功した。また、4種のベンゾジアゼピン投与のラット毛根中の挙動を追跡し、親化合物の最高濃度到達時間に比べ、代謝物のそれは明らかに遅延していることを確認した。
さらに、パラコート/ジクワット投与のラット毛髪からパラコート/ジクワットの検出・診断法をLC-MSを用いて検討するとともに、パラコート/ジクワットにより死亡したヒトの毛髪からパラコート及びジクワットを検出した。これらの濃度は100~600 ng/mg の予想を超えた高濃度を示した。この結果からみると、パラコート/ジクワット中毒のケースに毛髪を利用することが十分可能であり、毛髪が農薬中毒の新しい検査試料として大いに期待できることを実証した。
結論
毛髪中薬物は中毒物質摂取後比較的早くから検出でき、長期間にわたりモニタリングが可能であることを確認した。得られた結果を総合すると、中毒原因物質はその代謝物とともに、毛髪に取り込まれ、保持されるので、毛髪中に様々な薬物使用情報が含蓄されており、現在臨床検査に用いられている尿や血液とは異なった薬物情報が数々得られた。これらを活用することにより中毒の原因解明や中毒状態の診断などに用いることができれば、非常に有用な検査が生まれる可能性がある。そのためには、まだまだ多くの基礎的研究が必要であろう。今後、薬物の毛髪への取込、挙動、蓄積に関してのデータを積み重ねることにより、データの正確な解析が可能となり、尿や血液検査結果以上の薬物暴露情報が得られ、診断・治療に役立つものと思われる。
本研究で、中毒状態診断に毛髪検査を行うことの有用性・実用性が確かめられた。今後は、さらに広範囲な薬物・毒物について毛髪分析の適用が広がり、臨床検査、毒物検査、スポーツドーピング検査、犯罪鑑識等の分野に毛髪の利用が増加するものと思われる。

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