少子化に関する家族・労働政策の影響と少子化の見通しに関する研究

文献情報

文献番号
199900031A
報告書区分
総括
研究課題名
少子化に関する家族・労働政策の影響と少子化の見通しに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 重郷(国立社会保障・人口問題研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 大淵寛(中央大学)
  • 樋口義雄(慶応義塾大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の出生数は、1973年の年間209万人を記録した後、近年に続く長期的な出生数減少が始まり、1990年代に入ると年間120万人前後の出生件数となった。一方、合計特殊出生率は、1970年代前半まで2.0を超える人口置換水準をほぼ維持していたが、1973年以降低下を続け、1982~1984年に一旦上昇の気配を示したものの再び低下した。そして、1989年にはそれまで人口動態統計史上最低であったヒノエウマ年(1966年)の1.58を下回る1.57を記録した。その後も多少の変動を示しながら低下は続き、1995年には1.42、そして1998年に1.38と低迷を続けている。
このような出生率の低下による子ども数の減少傾向、すなわち少子化現象は、それによってもたらされる人口減少や超高齢化、ならびに社会経済に及ぼす影響から、広く社会的な関心を呼び、1990年代に入ってから政府による本格的な少子化対策が実施されてきている。
平成9年1月に国立社会保障・人口問題研究所が公表した「日本の将来推計人口」によれば、平成7(1995)年の日本の総人口1億2,557万人は、今後も緩やかに増加し、平成12(2000)年の1億2,689万人を経て、平成19(2007)年に1億2,778万人でピークに達した後、以後長期の減少過程に入る。すなわち、出生率の低迷は子ども人口の減少に続いて、日本の総人口が減少を開始するという局面に向かうことが明らかにされた。とくに、少子化による人口構造上への影響は、生産年齢人口(15~64歳)にあらわれ、新規学卒労働力を含む20~24歳人口は1995年の約991万人から今後急激に減少し、平成37(2025)年には616万人となる。平成62(2050)年以降になると、生産年齢人口の絶対数は低出生率のもと新規人口が減少するため一貫した減少傾向が続くと予測されている。
今後も低出生率が持続するものと見込まれる現状のもとで、生産年齢人口の減少傾向は避けられない情勢になっている。そして、このような生産年齢人口の変化は、若い労働力の減少、労働力の高齢化、総労働力の減少をもたらす可能性が大きい。そのことは、現在の社会保障制度が人口の年齢構造に依存した制度であるため、少子化の進行に対する懸念は一層深刻なものとなっている。
このような人口動向を背景として、政府は様々な少子化対策に取り組み、また今後もその取り組みを強化しつつある。
本研究は、このような「少子化」現象をもたらす要因を実証的な研究から解明し、政策的な含意を引き出すことを第一の目的とし、さらに、「少子化」の今後の見通しに関して知見を見いだすことを第二の目的として実施する。
研究方法
出生率に影響を及ぼす様々な要因のうち、本研究プロジェクトでは(1)初婚過程に関する研究(初婚モデル班)、(2)女性の就労と出生の関係に関する研究(女子労働班)、ならびに(3)多様な社会経済要因の社会経済モデル分析(社会経済モデル班)の3つの研究の柱を立て、研究を進める。これらの研究を通じ、家族・労働政策と出生力の関係に関する研究と少子化の見通しに関する研究を実施した。
研究方法は、出生動向基本調査(国立社会保障・人口問題研究所)や他の国の機関が実施した調査の個票データを用いた多変量解析などである。
結果と考察
1)初婚過程に関する研究
結婚の意欲を直接計測する変数として、結婚する意思や結婚に対する態度から作成した変数(結婚からの意識距離)と現在の年齢から希望する結婚年齢までの待ち年数を用いる。また、結婚の意欲を形成する際の近接要因としては、①結婚の魅力(メリット感)、②結婚の負担(コスト感)、③共生の欲求の3つを考え、それぞれ関連する設問項目より構成を試みた。
これら結婚意欲を表す指標と『人口動態統計』から推定された初婚確率(初婚ハザード)との関係を、両者を結ぶモデルを構成することによって調べ、その結果、「結婚からの意識距離」と「希望結婚年齢までの待ち年数」から推定した年齢別初婚ハザードは、実測値の年齢パターンとよく適合することが明らかとなった。ここでは構造方程式モデルを利用した指標により、初婚ハザードとの適合によってその有効性を検討し、指標が個人の結婚しやすさの指標として有効であることが示された。今後、このような個人レベルで実測可能な結婚意欲、あるいは結婚の起こり安さを表す指標を用いて、初婚に関するハザードモデル、すなわち結婚発生のモデルを構築する枠組みが得られた。
2)女性の就労と出生の関係に関する研究
女性労働と出生力の関係の研究に関しては、保育所の増設効果、児童手当等経済的支援による効果、企業による育児支援策の効果、夫婦の労働時間および通勤時間の短縮等による時間配分効果について研究を行った。
①保育所の増設が出生率に与える効果
都道府県単位で見た時系列データに基づき、因果関係を分析した。
社会の保育サービスが潤沢になれば,女性にとって,就労と保育とのコンフリクトは緩和されるはずである。理論的には保育サービスの拡大によって,有配偶出生率が高まると考えられる。本研究では,過去20年間の都道府県データを用いて保育所数の増大が出生促進効果を持っているかどうかを分析した。
47都道府県のそれぞれについて,出生数と保育所数との因果関係をテストしたところ,残りの43都府県については,保育所数は出生数の原因になっていないことがわかった。4県については,保育所数が出生数の原因であるという仮説を棄却できなかった。ただし、この4県のデータには、単位根が見られるものもあり、回帰分析の結果が「見せかけ」でないとは断定できなかった。
②企業による両立支援策
出産と継続雇用をより促進する育児休業の制度内容と育児支援策及び育児休業制度を利用しやすくなる条件を「平成8年度女子雇用管理基本調査」の企業別データを使用して実証的に調査した。
その結果、女子雇用者数に対する出産の割合が高くなるほど、また女子雇用者比率が高くなるほど、企業において育児休業を開始する可能性のある人がいる確率は高くなることが示された。また、女子雇用者比率が高い企業の方が、企業の中に育児休業を開始する可能性のある人が多いため、女子雇用者比率のパラメータが有意な正の値で示された。
託児施設がある事業所では、ない事業所と比べて育児休業が開始しやすいことが示された。
育児援助は、育児休業を終えた後、ベビーシッター等外部の業者によるサービス等を利用したときに係る経費の援助が、育児休業を開始することを促す結果になることを示した。繰上げ下げ効果は、始業・終業時刻の繰上げ・繰下げの制度があると、育児休業の開始を抑制する。つまり、始業・終業時刻を繰上げたり繰下げたりできると、育児休業を取らずに継続就業が可能であることが考えられる。
産業別ダミーについては、すべての変数が正の値を示しており、有意性を満たしているものが多い。特に、電気機械器具製造業、金属製品製造業、その他サービス業、社会保険・社会福祉、医療業においてパラメータが比較的大きい正の値となった。
③夫婦の生活時間配分と出生率・妻の就業継続
出生に関しては、夫の母親の健在が出産に正の影響を与えていることが明らかになった。また、妻の就業は、夫の通勤時間、労働時間とも負の影響を与えているのが分かった。夫の通勤時間が長いと、家事・育児を手助けする時間が短くなり、妻の就業確率を引き下げる。
親との同居については、同居、準同居・近所とも正の有意な結果であった。親が近くに住んでいて、家事・育児などを助けると、妻がより就職しやすくなる条件が見られた。一方、夫の収入は、収入が高いと、家計を補助するための妻の就業が必要でなくなり、また、住宅ローンは、ローン返済のために妻が就業する傾向が示唆された。さらに、夫の就業形態では、農業・自営業は女性就業と正の関係となっており、夫が農業・自営業で働いている家計では、妻も同じく農業・自営業として働きやすいことが示された。
④妻の通勤時間の差異と就業の継続可能性
出産に際して妻が就業を継続するかどうかは、地域差が確認されている。
妻の就業パターンは、フルタイム継続率は横浜市・川崎市に比べて東京都特別区で有意に高く、結婚退職者の割合は有意に低い。また、自営業も横浜市・川崎市に比べて東京都特別区で有意に高いことが明らかになった。
妻の学歴は統計的に有意な差は見られないが、就業パターンには違いがあり、妻の学歴の就業行動に対する効果が地域によって異なるのではないかと考えられる。
親との同居に有意な差は見られないが、就業パターンには違いがあるので、妻の学歴と同様、親との同居の就業行動に対する効果は地域によって異なるのではないかと考えられる。
夫の職業は、東京都特別区では横浜市・川崎市に比べて夫が自営業である割合が10%以上高い。反対に、横浜市・川崎市では東京都特別区に比べて夫がフルタイムの雇用労働力者である割合が10%以上高いことが明らかとなった。
東京都特別区と横浜市・川崎市では妻の就業パターンが異なるが、子ども数の分布、妻の学歴や親との同居の有無については統計的に有意な違いは見られなかった。地域間で違いがみられたのは、夫の職業だけである。
⑤政府による各種助成金の効果
理想子供数と現実の子供数を比較すると、両者の間には所得階層や居住形態によって、かなりの差が見られる。理想子供数を現実に持てない理由と所得階層の違いや居住形態の違いとの関係を比例ハザード・モデルにより分析した結果、、児童手当が有効であるか、奨学金や教育費控除が有効であるか、あるいは住宅費補助、住宅ローン補助が有効であるかについて検討を行なった。
育児休業の取得率は、子どもを持つことにほとんど影響を持たないことが明らかとなった。また、夫の職業の効果に関しては、夫が公務員の場合、子どもを持つ可能性を高めることが明らかとなった。
3)多様な社会経済要因の社会経済モデル分析
過去の出生率・初婚率の実績値と社会経済要因に関する実証分析によって得た実証モデルの方程式体系から得られる予測値との比較を行なった。
結婚、出生に関する8つの方程式をもとに、1976~1997年までの合計特殊出生率をどの程度追跡できたか検証し、その結果、追跡の精度は極めて高かった。同様に、年齢5歳階級別出生率をモデルから推計し、実績値と比較すると、おおむね、出生率の変化傾向を捉えることができた。また、年齢5歳階級別初婚率に関しても、モデルからの推計値と実績値を比較すると、初婚率に関してもその傾向を把握できた。
3)考察
①保育所の増設が出生率に与える効果
出生率の低下が基本的には晩婚化によって引き起こされる現象であり,保育所の整備によって食い止められる部分はわずかではないかと考えられる。また,これまで供給されていたような保育サービスには出生促進効果があまりなかったとも考えられる。保育所の数が増えたからといって、出生率が高まるとは言えないことが示唆される。保育サービスに関しては保育所を増やすといった数量的な拡張よりも、ゼロ歳児保育や保育時間の柔軟性の確保など需要者のニーズに適した質的な向上が求められていると言えよう。
②企業による両立支援策
育児休業制度が出産者を対象にした制度であることを考えれば、出産の割合が高くなれば育児休業を開始する可能性のある人がいる確率が高まるのは当然の結果である。また、育児休業制度は男女いずれもが取得可能であるが、実際、男性の取得者がまだ非常に少ないことを考えると、女子雇用者比率が高い企業の方が、企業の中に育児休業を開始する可能性のある人が多いということになる。
休業期間中に職業能力の維持、向上のための措置が講じられることは、育児休業取得者が職場から離れることの不安感、復帰したときの仕事の状況や職場環境に対する不安感を和らげ、育児休業を取りやすい環境をつくっているといえる。
支援制度では、短時間ダミーが正の結果となったのは、短時間勤務制度があると育児休業を終えた後もこの制度を使って継続就業が可能となり、労働市場から撤退せずに育児休業を取得し働き続けられるからであると思われる。また、託児施設がある事業所では、ない事業所と比べて育児休業が開始しやすいことが示された。これは、育児休業を終えた後も子供を事業所内託児施設に預けて継続就業できる。つまり、事業所内託児施設があることは労働市場から撤退せずに育児休業を取得し、その後も働き続けることを可能にすることを示している。
育児援助は、育児休業を終えた後、ベビーシッター等外部の業者によるサービス等を利用したときに係る経費の援助が、育児休業を開始することを促す結果になることを示している。さらに、繰上げ・繰下げの制度があると、育児休業の開始を抑制する、つまり、始業・終業時刻を繰上げたり繰下げたりできると、育児休業を取らずに継続就業が可能であることが考えられる。
産業別効果については、特に、電気機械器具製造業、金属製品製造業、その他サービス業、社会保険・社会福祉、医療業は、比較的、女性の職場進出が進んでいる産業であると思われる。よって、女性の活用が進んでいる産業では、他の産業より職場環境が整っており、育児休業の開始を促進する傾向があると考えられる。
③夫婦の生活時間配分が出生率や妻の就業継続の可能性の分析
出産と妻の就業が同時決定であるかどうかを推定した結果、出産と妻の就業はトレードオフの関係にあることを確かめた。
このことから、女性の就業と出産が両立できるような社会・経済的な環境作りがこれからの出生率の上昇に欠かせないものであることが示されているといえよう。
出産関数では、夫の母親が健在していれば、出生確率が高くなることがわかり、また、就業関数では、親と同居している方が、妻の就業を促進していることが分かった。これは、親が健在で同居しているならば、家事・育児を手伝ってくれて、出産関数確率も、就業関数確率も上昇できることを示唆しているといえよう。この意味から言うと、社会的な育児環境作りが出産と就業を促進することを期待できるといえるだろう。
④就業継続と出生が両立しやすい条件について
育児休業の利用率の増加が、直接的に出生力を高めるのではなく、それ以外の公務員的就業・育児環境がその背景に存在していることを示唆している。今回の分析においては、育児休業制度の利用割合といった、量的な側面のみを尺度として用いたことが、関連を見いだせなかった要因であるかもしれない。子どもを持ちやすさに影響を及ぼすのは、利用割合のような量的な側面だけではなく、その期間や経済的保障の有無や程度、その他フレキシブルな勤務態勢などの質的な側面であるかもしれない。平成6年度の雇用保険法改正において育児休業給付が制度化される以前は、3分の2を超える事業所で、育児休業制度があるにもかかわらず、金銭の給付がおこなわれていなかったという現状が報告されている(日本労働研究機構,1996)。育児休業中の経済的援助などの、就業環境の質に関する側面が、出生力に及ぼす効果の分析は今後の課題である。
また、夫の職業の効果に関しては、夫が公務員の場合、子どもを持つ可能性を高めることが明らかとなった。この結果は、妻が公務員である場合の高い出生力が、より多くのサポートが可能である夫の公務員的就業環境によるものである可能性を示唆している。妻自身が公務員であることの就業環境的効果も、ある程度は残っているが、それ以上に夫の公務員的就業環境が、出生力に及ぼす影響も確認できた。専業主婦を上回る、公務員として就業する妻の高い出生力の背景には、本人に加えて、配偶者の公務員的就業環境の効果が存在すると考えられる。
欧米諸国と比較するとまだ遅れているといわざるをえないが、わが国でも少子化対策として、男性の家事・育児への参加の重要性が注目されはじめている。保育環境の充実とともに、男女ともに家庭にコミットしやすい勤務態勢を目指すことが、就業と出産・育児を両立させ、出生力を高めていく一つのキーポイントとなるとおもわれる。対応が急がれる少子化対策の新しく具体的なモデルとして、公務員的就業・育児環境の解明はなおいっそう必要とされるであろう。
結論
出生や結婚の動向を構造的に分析するには、女子労働需給を含む労働市場の考察のみならず、マクロ経済環境や育児等に関係する社会保障の動向などの幅広い視野が必要である。すなわち、経済社会環境が出生や結婚行動にどのような影響を与えるかを総合的に検討することが本プロジェクトの目的であり、そのための分析ツールを開発することが今後の第一の課題である。そのためには、上記で行った分析の深化や拡張が必要となる。
同時に、作用の方向性は一方通行ではなく、時間的視野を将来に拡げるならば、経済社会環境の変化に応じて反応する出生・結婚行動の結果は総人口の変化や人口の年齢構造の変化といった現象として現れ、経済社会の各分野に影響を及ぼすことになる。少子化の帰結としての将来の労働力人口減少や高齢化の進展は労働市場、社会保障政策さらにはマクロ経済そのものに多大な影響を与えることは明らかである。こうした相互作用の構造をモデルに表現することが第二の課題となる。
出生、結婚行動と経済社会事象との相互依存関係を構造的に分析可能なモデルが開発された後には、異なるシナリオの想定のもとで、将来の人口変動や経済成長の動向を整合的に展望することも可能となるであろう。

公開日・更新日

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