オレゴンヘルスプランの方法論とその社会的インパクトに関する研究

文献情報

文献番号
199900029A
報告書区分
総括
研究課題名
オレゴンヘルスプランの方法論とその社会的インパクトに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
濃沼 信夫(東北大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 小山秀夫(国立医療・病院管理研究所医療経済研究部)
  • 工藤啓(宮城大学看護学部)
  • 鎌江伊三夫(神戸大学都市安全研究センター都市安全医学研究室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
2,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
経済の低成長、人口の高齢化に伴って国家財政は厳しさを増しており、限られたヘルスケアの資源をいかに合理的に配分すべきかが問われている。財源の逼迫に対して取りうる選択肢は、支給対象者を絞り込む、診療報酬を減額する、サービスを制限するのいずれかであるが、どれも国民の健康水準と医療の質の低下を招く危険性を孕んでいる。サービスの制限は、これが合理的な根拠と倫理的な配慮に基づいて行われた場合には、何が必要不可欠な医療サービスであるかが明らかとなり、無駄を省く制度的な担保となりうるものであり、むしろ効率的で良質な医療の提供という医療政策を促すことが期待される。 
そこで、保健医療サービスの優先順位を決定する方法論、その妥当性、汎用性、倫理性などについて経済分析、意志決定分析の手法を用いて検討を試みた。すなわち、保健医療の効果を支払い方式に連動させたプログラムである、アメリカのオレゴンヘルスプラン(OHP)の社会的インパクトについて、その有用性や課題について考察した。考察の主たる視点は、ヘルスケア資源を配分する方法論、保健医療サービスの優先順位に用いる診断・治療行為の分類、優先順位を決定するための経済分析および意志決定分析、優先順位の保健医療システム効率化への寄与、保健医療サービスの優先順位決定に係る社会的・倫理的課題の5点である。
研究方法
オレゴン州政府当局の責任者からの意見聴取と資料収集を通じ、OHPの作成プロセス、その後の展開、医療技術の進歩やコストの低下に伴うランク付けの見直し等、評価の方法等を統計学的に検討する。また、OHPの方法論が医療の質を確保するためのEBM戦略にどのように応用されるかの理論的フレームを明らかにし、具体的にどのように有用となるかを意思決定分析を例として検討する。さらに、OHPに挙げられている優先順位リストを用いられている方法論について、ICD-9コーディングによる疾病分類および診療報酬支払い基準による診療報酬データを用いて、診療報酬支払制度への応用可能性について検討する。
結果と考察
医療サービスの優先順位リストは、1999年12月現在全部で743項目からなる診断・治療の組み合わせがリストアップされている。1999年10月のリストでは、優先順位の564番目までをメディケイドの適用としている。1993~95年までの給付ラインは第606番、95~97年は第581番、97~99年9月までは第574番である。OHPの優先順位リストの91年版から99年までの変遷を検討するため、各疾病/医療サービスの順位がどれだけ変動しているかをICD-9、CPT/CDTを照合することで追跡した。1991年データのランク付けの方法はStep-1からStep-3からなる。Step-1は、それぞれのサービスを大きなカテゴリーにあてはめる過程である。1991年の709の診断と治療群のペアcondition /treatmentペア(以下 C/Tペア)は、必須のサービスEssential、極めて重要なサービスVery important、個別性の強いサービスValuable to certain individualsに大別され、これらを通して医療サービスは17のカテゴリーに分けられる。
Step-2は、カテゴリーに当てはめられたそれぞれのサービスを、Net Benefitによって優先順に並べ替える段階である。そのためにC/Tペア 毎にNet Benefitが計算され、Net Benefit を用いてカテゴリー内でC/Tペアがランク付けされている。 Step-3は、優先順に並べられたサービスに対し、委員の合議による政治的な操作、いわゆる「手操作hand-moving」を加えて、最終的な優先順位を決定する過程である。手操作によってC/Tペアのランクが入れ替わるが、 53% が少なくとも 25番 以上移動し、24% は 100番以上移動している。サービスの順位について1991年から1999年までの変化を見るため、カテゴリー内で、x軸を順位、y軸をNet Benefitとして各サービスをプロットすると、回帰直線が描けるが、その相関は強くない(r=0.44867)。手操作がなされていない状態では相関係数は-1となるはずであるが、手操作によって強い相関関係が失われたものと考えられる。
C/Tペア毎の移動順位の絶対値を求め、大きく移動したものから順に並べる。その平均(70.57)を求め、平均以上の移動を示したサービスについて、特に移動の大きい上位の1/3をに着目した。これからVery importantは、互いの位置関係をほとんど変えずに移動していることがわかる。これはカテゴリーごと移動させたのか、他のC/Tペアがまとまって下がってきたのかのいずれかと考えられる。Essentialにも同様の部分が多くある。また、最初離れていたもの同士が同じところに寄り集まっているものがあり、これは手操作で積極的に移動させた(途中経過においてここがカテゴリーの境界であったと推定される)ためと考えられる。
上記ステップによる移動に1999年のリストを加え、年次によりC/Tペアの内容が変わるものがあるので、Condition のまったく同じもののみを対象に検討した。「移動距離」は「1991 Step-2 →Step-3」、「Step-3→1999」、「Step-2→1999(途中経過について考慮しない)」と、「Step-2→Step-3→1999(途中経過も考慮)」の4種類を作成した。それぞれ平均や構成要素も変わるので、グラフでは上位50位までを表示した。移動距離の大きいものは、主に1991年での結果1999年で大きく変わったものである。Step-2→Step-3で大きな移動をしたが、1999年にはまた元に戻っていること傾向にあることがわかる。
1991年におこなわれた手操作の結果が1999年では元の位置に戻る傾向が見られる。あるいはいったん給付外に順位が下がったサービスが1999年では元の順位より高い位置に戻っている場合もある。カテゴリーランク2のMaternity Careと5のChronic Fatal にはそれが顕著である。一方、カテゴリーランクが下がるにつれ、その傾向は目立たなくなる。これから、1999年は手操作を殆どしていないのではないかという推察ができる。ただし、ランクカテゴリーやNet Benefitのデータがないので真偽は確かめられない。1998年と1999年の間では、1998年5月1日、1998年10月1日 のデータを加えても大きな順位の移動はない。1991年のリストでは、ランク15は4C/Tペア、他は1C/Tペアずつである。
OHPでは、当初は医療経済的な観点から科学的な合理性が目指されたものであった。結果的に、その意思決定過程に合議制が大きな影響を与えているにせよ、医療現場の声を反映したという合理性が担保されていることから、OHPが実施されて一定の評価を得ているといえる。医療政策は、本来限られた医療費用の適正分配を目標に意思決定がなされるべきであるという点でOHPは医療資源配分の議論に大きな一石を投じたと言えよう。わが国では、OHPを日本のEBM戦略へ適用するための理論的分析に大きな意義があると考えられる。すなわち、意思決定分析手法による分析を医療のさまざまな領域の互いに排反なD/Tペアに対して実施し、優先順位リストを作成することにより、現場の医師の裁量による科学的な合理性の追求が期待される。
結論
オレゴンヘルスプランの優先順位決定の方法論を明らかにする目的で、州政府より91年から99年までの優先順位リストを入手し、各疾病/医療サービスの順位がどれだけ変動しているかをICD-9、CPT/CDT を照合することで忠実に追跡した。優先順位リストは、費用効果分析による科学的判断と住民のコンセンサスによるとを組み合わせで作成されているが、最近はEBMの潮流が影響して前者をより重視する傾向にあることが判明した。すなわち、1991年におこなわれた大幅な手操作(政治的判断)が1999年では元の位置に戻る傾向が認められた。一旦給付外に順位が下がったサービスが1999年では元の位置に戻っている場合もある。カテゴリーランクのMaternity Careと5のChronic Fatal にはそれが顕著である。一方、ランクが下がるにつれ、その傾向は目立たなくなる。1999年の最新リストでは手操作を殆ど行っていないことが推察ができる。OHPが本来目指した合理的な意思決定の概念を目指しながら、わが国独自の意思決定分析法に基づくEBM戦略を立案することが重要と考えられる。すなわち、わが国の医療の質の向上と効率化に向けて、OHPの基礎となった合理的な意思決定の基本手法を検討することは大きな意義があると考えられる。

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