厚生経済学の新パラダイムに基づく福祉国家システム像の再構築

文献情報

文献番号
199900026A
報告書区分
総括
研究課題名
厚生経済学の新パラダイムに基づく福祉国家システム像の再構築
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
鈴村 興太郎
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は公共的ルール(norms, practices, rules, policies, laws, constitutions, principles, systems)の形成メカニズムの探究をテーマとする。このようなテーマに関しては、現在、2つの異なるアプローチが存在する。一つは、公共的ルールの形成を個々人の主体的選択に基づく設計的な(constructive)プロセスと捉えるものであり(constructivism、社会的選択理論)、他の一つは、個人の主体的意志を越えて、ルールが自生的に進化生成していくと捉えるアプローチである。後者はさらに、習慣や慣習、共通の信念や思考様式(common belief)をベースとしながら、公共的諸ルールそれ自身が自己展開していくと捉える見解(旧制度学派・進化論的経済学)と、相互依存的状況下における個々人の合理的・自己利益的な(self-interest)行動が、結果的に公共的ルールの形成を促進するという見解(新制度学派・進化的ゲーム理論)に分けられる。
研究方法
これらの既存のアプローチに対して、本研究は次のような分析視角を設定する。すなわち、個人の主体的・合理的意思を越えて個人を規定する諸要因――例えば、個人あるいは諸集団の相互依存的関係、その中で生成される支配的な思考様式や信念、習慣や規範――によって自我(identity)を深く規定されながらも、それらを批判的・反省的に吟味するような個人の主体的・理性的活動を捉えること。より具体的には、それは以下のようにスケッチされる。
個々人は、自己のおかれた社会的・自然的諸制約のもとで、自己の善の概念や目標・人生計画に基づいて、就業・結婚・出産・保険・貯蓄などに関する合理的な選択をなす。社会的・自然的諸制約には、憲法その他の法律・規則・戒律、市場機構や社会保障制度、社会政策や人口政策、慣習や風俗、自然環境・資源、その他個人の主体的なコントロールが極めて困難であるような要素が含まれる。これらの諸制約を所与とした個々人の合理的な選択は、集合的に、何らかの社会的な帰結(経済成長・所得分布・出生数・長寿率、社会的・自然的諸制約それ自身の変容)をもたらす。最も合理的な活動は、互いの合理的選択によって集合的にもたらされる社会的な帰結(均衡結果)を予測しながら、自己にとっての最適な選択(均衡戦略)を決定するような活動と考えられる。
だが、個人の主体的活動はこのような種類の活動に限られない。個々人は、社会的・自然的諸制約を所与として活動するのみならず、既存の社会的・自然的諸制約を技術的に、また、規範的に改善する意思をもつ。ここでは、後者の規範的な改善に関する意思、すなわち諸局面における個人間・集団間の価値の対立を調整する諸種の公共的ルールを批判し改善する意思を問題としたい。個々人は、そのような意思と善や正に関するより普遍的・一般的な視野をもとに、社会的帰結の観点から、あるいは内在的・手続き的観点から、公共的ルールそのものの適正さを評価するような活動に主体的に関与すると考えられる。以下では、そのような活動を個人の公共的活動と呼ぼう。
本研究の目的は、特定の社会的・自然的文脈におかれた個々人の合理的活動を規定しつつも、このような個々人の公共的活動によって形成・再形成されていく公共的ルールについて、その生成・変容プロセスを記述的に説明するのみならず、構成メカニズムに関する規範的分析を加えることに設定される。
結果と考察
公共的ルールの構成メカニズムに関する規範的分析は、大きく2つの対象に向けられる。第一は、個人の公共的活動そのもののあり方(公共的活動の本質的性格、公共的活動の主体的存立条件)であり、第二は、個人の公共的活動を可能とするような、あるいは適切に制約するようなシステムのあり方である。本年度の分析は、この中で第一の個人の公共的活動に焦点をあてて、その中心的アイディアを素描することに絞られた。以下では簡単にその結果を纏めよう。
ともに個人の主体的活動ではあるものの、諸制約を所与とした合理的活動はあくまで本人の私的関心に基づく選好をベースとするのに対し、公共的ルールに関する活動は、主題に応じて要請される一般的・普遍的諸基準をみたすような公共的選好をベースとすることが期待される。そこでは、自己の占める特定の位置は相対化され、自己の利益に直接関連する情報は意識的に覆い隠されるか、あるいは、すべての個人の利益に関連する情報を含むものへと拡張される。そのような仮想的状況のもとで、個々人は、反省的・熟慮的な推論および公共的討議を経て、自己の公共的選好を規定する最もリーズナブルな諸基準を理解し、受容していくものと考えられる。
このように、個人の私的な関心に基づく選好(私的選好)と公共的ルールの基礎となる選好(公共的選好)とを区別することの必要性は、ナイト、ハバーマス、アロー、セン、ハーサニー、コルム、ドゥオーキン、ロールズなど多くの規範理論によって共通に確認されている。彼らの見解が分かれるのは、公共的選好の形式や内容をめぐる実体的議論においてである。本稿では、そのような公共的選好に関する実体的議論の代表例として、伝統的功利主義の提出する「共感的選好」、その一つのヴァージョンである「共同体的選好」、コルムの「根源的選好」、ロールズの市民的選好、センの潜在能力に基づく選好に関して、主として形式的な特徴という観点から、相互の比較がなされた。
当然ながら、異なる形式と内容をもった公共的選好は、異なる対立的な価値を内包するものであり、相互に矛盾する判断を導く可能性を常に孕んでいる。はたして、各々の選好はいかなる価値を内包するものであろうか、各々の不偏的受容可能性はいかに正当化されるのだろうか。はたして、どのような諸条件のもとであるならば、それらは整合的な判断をもたらしうるのだろうか。
このような問題を考察するために、本稿では、私的選好と公共的選好との関係が検討された。上記の議論は、いずれも私的選好とは相対的に区別されるものとして、公共的選好を想定している。例えば、共感的選好や共同体的選好は、選好の人称性に関する次元を(自己から他者、あるいは共同体そのものへと)拡張することによって、また、ロールズやセンの提案する公共的選好は、選好の対象(定義域)とする空間を消費財空間から社会的基本財あるいは基本的諸機能空間へスライドさせることによって、さらに、コルムの根源的選好は、選好の人称性に基づく差異、選好対象の相違に基づく差異など、選好タイプの相違を特徴づけるありとあらゆる要因を選好対象へと追いやり、選好それ自体は純粋に形式的なものとすることによって、私的選好とは概念的に区別される公共的選好を想定している。
私的選好と公共的選好とのこのような区別は、2つの選好が依拠する情報的基礎の相違を示すものである。ところで、情報的基礎の相違とは一般に、評価にあたっていかなる情報を基礎とすべきかという規範的問題に他ならないとするならば、しかも、それは公共的ルールの評価に際していかなる情報を採用すべきかという、個々人の倫理的判断に依拠するものであるとするならば、各々の議論は、なぜ、どのようにして、私的選好から公共的選好へと情報的基礎を移行しうるのかを説明づけるような道徳理論(実体的なあるいはメタ理論的な)を提示すべきであろう。
さらに、私的選好と公共的選好という区別は、個々の主体内に存在する選好構造あるいは評価構造を捉える手掛かりとなる。現実的には、個々人は異なる複数の集団や範疇に属し、複数の非-私的な選好を形成していると考えられる。ところで、特定の集団や範疇に依拠した理性は、「社会的」ではあるものの、属している集団の目的や要請を色濃く反映する点において、「公共的」とはいえないであろう。そうだとしたら、個々人は、私的選好、社会的選好、そして公共的選好という3種の選好を持つことが想定される。はたして、個々人は、自己の主体内において、私的選好と複数の異なる社会的選好とを、あるいは、それらと公共的選好とを全体としてどのように整序化するのだろうか。それらの異なる性質と内容をもった選好は、相互にいかなる葛藤をもち、どのような原理のもとで調整されていくのだろうか。これらはいずれも今後の課題として残される。
結論
以上の議論を踏まえて、本研究の基本的構想は以下のように纏められる。
1. 方法論的枠組みの整理
A.)方法論的個人主義――個人的判断の民主主義的集計(*ナイト、ハバーマス、アロー、セン、ハーサニー、コルム、ドゥオーキン、ロールズに共通)
B.)方法論的ホーリズム(スキャンロンの契約主義、共同体的自我)
C.)両者の統合化
2. 「公共的選好」の理論的基礎
*ナイト、ハバーマス、アロー、セン、ハーサニー、コルム、ドゥオーキン、ロールズに共通。
3. 「公共的選好」の実体的議論
*ハーサニー、コルム(厚生主義)とロールズ・セン(非厚生主義)との基本的対立。
A.)功利主義:共有された社会的選好(順序)の形成。
B.)ロールズ:合意対象(主題)の絞り込み、善と正、結果と機会等の区別。
セン:個別多様性の保持と準順序の形成(部分的一致)。
4. 公共的価値の対立と不偏的受容可能性
A.)制度主義・進化論的正当化(ナイト、ハーサニー、ビンモア)
B.)対話・討議・会話とその主体的基礎(ハバーマス、討議的民主主義の論者)
C.)revision and reasoning(ロールズ)
("expressionism", A. Gibbard)
5.個人の評価構造における矛盾と統合
6.社会的決定システム再考――全員一致主義・多数決主義から討議的民主主義・立憲的民主主義へ 

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