少子高齢化が日本経済に与える影響についての経済人口学的研究

文献情報

文献番号
199900005A
報告書区分
総括
研究課題名
少子高齢化が日本経済に与える影響についての経済人口学的研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
大淵 寛(中央大学経済学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
2,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本の総人口は近い将来減少することは確実であり、高齢化のさらなる進展とあいまって社会経済に多大な影響を及ぼすことが考えられる。本研究の第一の目的は、1997年1月に発表された国立社会保障・人口問題研究所による「日本の将来推計人口」に基づく将来の人口動向に加え、出生力が人口の置換水準を回復することを想定した場合の将来人口を推計し、出生力そのものの水準や置換水準を回復する時期等の違いが人口総数や人口の年齢構造にどのような影響を与えるかを考察することにある。具体的には、出生力が置換水準を回復する時期の違いが将来、静止人口に到達するまでの期間にどのような影響を及ぼすのか、あるいは静止人口の水準そのものがどの程度異なるのか、といった点を究明することにある。本研究の第二の目的は、社人研推計及び出生力が置換水準に回復した場合の人口推計を利用して、これがマクロ経済や財政・社会保障にどのような影響を及ぼすかを解明する点にある。人口総数や人口の年齢構造は労働力供給、あるいは貯蓄行動などを通じてマクロ経済に様々な効果をもたらすが、経済社会の将来動向は人口の推移と密接に関係しているという視点から、異なる将来人口推計の結果がどのように異なるマクロの経済成長経路や財政・社会保障収支等をもたらすかを明らかにする。さらに、以上によって得られた結果から今後の人口政策の重要性や政策目標に対する考え方を提示する。
研究方法
本研究の遂行にあたっては、出生力が置換水準を回復する時期ごとに異なる将来人口推計を行う必要があるが、そのためにコーホート・コンポーネント法を用いた将来推計を行った。この方法は、国際人口移動を考慮しつつ、すでに生存する人口については将来生命表を用いて年々加齢していく人口を求めると同時に、新たに生まれる人口については出生力の回復シナリオに応じた将来の出生数を計算する方法である。将来のマクロ経済や財政等の動向については、計量経済モデルを構築し、これに上で求めた将来推計人口等を挿入することで計算を行った。本研究のモデルは、マクロ経済・労働市場ブロック、一般政府ブロック、社会保障ブロックの三つのブロックに分けられ、各ブロックは将来の異なる人口動向等の外生変数に反応し、それぞれのブロックが持つ経済成長や社会保障財政収支などの変数が変化する。さらに、各ブロック間においても相互に関連しあう経済社会変数どうしが互いに反応して、すべての内生変数の変化が収束した後に、モデルとしての展望結果が算出されることになる。
結果と考察
出生力が置換水準を回復する時期を2000年に想定した場合の人口推計をケースA、2015年に想定した場合をケースB、また2030年に想定した場合をケースCとし、これに社人研が1997年に発表した将来人口推計の三つのケース(高位、中位、低位)を合わせて計6つのケースの将来人口推移を比較した。推計の結果、ケースAでは総人口は2015年に1億3,617万人でピークに達した後、ゆるやかに減少し、2059~60年に1億2,635万人規模で静止人口になると推計された。ケースBでは人口総数のピークは同様に2015年の1億3,206万人で2070~71年に1億1,488万人で静止人口に移り、ケースCでは2010年に1億2,778万人でピークに達した後に2082~83年で1億470万人規模で静止人口に到達する。ちなみに、社人研の中位推計では人口総数のピークは2007年の1億2,778万人であり、また来世紀中に静止人口には到達しないと見込まれる。老年(65歳以上)人口が総人口に占める割合をみると、社人研の中位推計では2050年に32.3%に達するとされるが、出生力が置換水準に回復する場合の同割合のピークは、ケースAで26.4%、ケースBで28.1%、またケースCでは29.4%に
留まる。2100年に至る超長期の経済成長は、異なる人口推計によって大きく違いが生じる。今後100年の実質経済成長率をそれぞれのケースで比較すると、ケースAでは1.15%、ケースBでは1.06%、ケースCでは0.98%となる一方、中位推計では0.63%に留まる。このように、若い人口構造と豊富な人口総数を持つ経済の方がより高い経済成長を実現することが計算された。なお、2100年時点のGDPの水準は、中位推計が934兆円であるのに対し、ケースAでは1,580兆円と、ほぼ650兆円の差が生じている(1990年価格)。財政の動向を展望すると、総人口が少ないほど政府支出が減少し、財政赤字は抑制され、その結果、国債残高の伸びは低くなる。国債残高は1997年には274兆円であるが、2100年時点には中位推計では443兆円と減少するのに対して、ケースAでは1,754兆円まで拡大する。
来るべき総人口の減少は、まさしく出生率の長期的低迷とそれに伴う年少人口の減少によってもたらされるものであり、出生力が回復しない限り人口減少社会の到来は避けられないものである。しかしながら、出生力が置換水準を回復することによって、その回復時期が異なったとしても来世紀中に静止人口に到達することは可能であり、一方的な人口減少を避けることができる。研究の途中で興味深い点は、総人口が静止人口に到達する途上で観測される年少人口のエコー効果であろう。出生力回復のインパクトを受けることで年少人口が振幅をもって推移することがエコー効果であるが、これはコーホート・サイズの時代的な差違によって生じるものである。これは年少人口のみならず、生産年齢人口においても見られる現象である。また、出生力が置換水準に回復する時期はケースAとCでは30年の差があるにも関わらず、静止人口に到達する時期の差は20年程度の違いに留まることも重要な発見であった。一方、マクロ経済の趨勢をみると、明らかに人口総数が多く、かつ若い年齢構造を有する社会の方が高い成長を遂げることになる。しかしながら興味深い点は、人口動向に関わらず経済の成長経路は2030~2040年頃まではほぼ同じ経路をたどり、出生率水準の異なるシナリオに沿って生まれてきた若い人口が社会の主役になる21世紀中盤以降、経済規模の乖離が生じることである。その乖離は徐々に拡大し、2100年では低位ケースとケースAの間では2倍以上の規模の差が生じることになる。言い換えれば、21世紀の後半の50~60年間で経済規模の顕著な乖離が生じるということである。
結論
現在の出生力が不変のまま持続すると、わずか1000年で日本人口はほとんど消滅してしまう。これは実際上ありえないことであろうが、現在の出生力水準が低すぎることを端的に示す事実である。それは極論であるが、置換水準以下の出生力が長期にわたって継続し、一旦人口減少が始まれば、容易にその罠から脱却することはできない。無論、少なくとも21世紀については人口減少と人口高齢化を前提とした経済社会システムの構築を急がなければならない。しかし、それには限界があり、システムの停滞、沈滞は免れない。人口的にはやはり、少なくとも置換水準を回復し、ある規模の人口を確保することが一つの政策目標となりうる。資源の枯渇やエネルギー源の確保、地球環境の悪化などを考慮すれば、日本を含む先進国におけるこれ以上の人口増加は望ましくないが、一定の豊かさの確保と開発途上国の経済成長のために、先進国においてある程度の経済成長は依然として必要である。われわれの研究は、低出生力の場合と出生力回復の場合とを比較して、後者における経済的なパフォーマンスがよりよいことを明らかにした。われわれは少子化にはほとんどメリットがないと考えており、出生力の回復を望んでいる。しかし、それは精々置換水準への回復であって、人口増加をもたらすほどのものではない。静止人口でもなお、日本経済は活性化するのであるから、わが国の人口政策はそこに目標を設定すべきである。

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