縦覧点検データによる医療受給の決定要因の分析

文献情報

文献番号
199900002A
報告書区分
総括
研究課題名
縦覧点検データによる医療受給の決定要因の分析
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
鴇田 忠彦(一橋大学経済学部教授)
研究分担者(所属機関)
  • 山田武(千葉商科大学商経学部教授)
  • 山本克也(国立社会保障・人口問題研究所研究員)
  • 泉田信行(国立社会保障・人口問題研究所研究員)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
2,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では政策的な論議をする前提として、有用であると考えられる、いくつかの基礎的な事実と分析を提供することである。国民健康保険全国連合会の好意によって提供された、1997年4月から98年3月までの北海道、千葉、長野および福岡の4道県における、全ての縦覧点検データ(すなわちレセプト・データ、以下ではそのような名称を使う)が本研究のために使用される。
研究方法
記述統計的な分析により、患者の受診行動特性を北海道・千葉県・長野県・福岡県について概略的に明らかにする。次に個別の課題について深く検討する。課題は越境受診の状況(医療圏の実効性の分析)、重複受診の状況、医療費負担制度改定の影響の分析である。これらの課題について記述統計と計量経済学的な分析を行う。
医療圏の実効性の分析については記述統計のみならず多値ロジットモデルを用いて、居住する同一市・町・村の医療機関に入院するか(0)、同一医療圏の他の市町村に入院するか(1)、あるいは他の医療圏で入院するか(2)の3つの選択肢にどのような患者の属性が影響するかを、計量経済学的に分析した。重複受診の問題について、我々のレセプトデータでは、医療機関ごとのレセプトには疾病名が記録されているので、同一月(疾病名の得られるのは5月に限定される)に同一疾病で複数の医療機関で受療する患者を広義の重複受診とし、重複受診の発生する要因を記述統計的に分析した。
国民健康保険の被保険者はその自己負担額が1997年9月より引き上げられた。そのひとつが外来薬剤の一部負担制度の導入であり、もうひとつが老人保健の自己負担の増大である。制度改定の効果をマクロとミクロの両面から最小二乗法による回帰分析を行うことにより検討した。マクロ的な分析方法は診療報酬点数を被説明変数として、制度変更ダミーを導入して9月以降は1それ以前は0とする。それ以外に0歳代から80歳代までの年齢ダミー、性ダミーおよび上記の慢性疾患ダミーを導入して、説明変数とする。
分析は以下の3段階のステップから構成される。[1]まず年齢階層ダミー(20歳代を基準とする)、性別ダミー(女性を1とする)、糖尿病ダミー、腎不全ダミー、および制度変更ダミーを独立変数として回帰分析を行う。[2]次に第1段階で統計的に有意だった年齢階層ダミーに制度改正ダミーを乗じて、年齢階層・制度改正に関するクロス・ダミーを作成する。第1段階で有意でなかった変数は除去し、クロス・ダミーを追加して回帰分析を行う。[3]第2段階で統計的に有意でなかったクロス・ダミーを除去し、再度回帰分析を試みる。
このような制度改定のマクロ的な効果の分析に対して、高齢者に限定し、レセプトデータを加工して特定の疾病のエピソードデータに変換させて、制度改定の影響を検討した。以下の属性をもつ高齢者に注目する。[1]高齢者患者のうち、特定の医療機関に当該年度に継続して毎月外来で受診し、[2]高血圧症(ICD0901)の病名をもち、[3]年齢が70歳から89歳までの患者。このような患者に限定して、さらに制度改革の前後6ヶ月を除外して、1997年4月~6月と98年1月~3月を比較した。
結果と考察
まず年齢階級別に、各道県のレセプト1枚あたり年間医療費の平均値を男女別に計算すると、全道県および全種類のレセプトについて、男性の医療費は女性のそれを上回っていることが知られる。さらに地域的には北海道と福岡が千葉と長野を、4種類のレセプトのいずれについても、また男女についても、上回っている。とくに北海道の高さが男女ともに際立って高く、それは医科入院だけでなく、他の外来、歯科、調剤にも及んでいる。興味深いのは、4種類のレセプトそれぞれについて、医療費を診療日数×日額と分解した結果である。
まず入院については、男女ともに北海道と福岡は千葉と長野に比較して、診療日数つまり入院期間が十分に多く、相対的に低い日額に比較して、全体として高くなっている。
次に外来について考察すると、ここでもやはり男女ともに北海道と福岡が、レセプト1枚あたりでは平均して千葉と長野を上回っている。入院と同様に診療日数と日額に分解すると、日数では男女ともに千葉が最短で長野が最長であり、北海道と福岡はその中間にある。日額では逆に長野が最も低く千葉が最も高いが、北海道と福岡は中間であるが千葉とは僅差であり、結果として外来医療費総額では、北海道と福岡が高く千葉と長野は低くなっている。
歯科でもやはり北海道と長野が、千葉と長野に比較して医療費はかなり高い。診療日数でも日額でもともに北海道と福岡は、明らかに千葉と長野を大幅に上回っている。
最後に薬剤調剤費については、北海道が千葉と長野をやはり上回っている。この場合にも、北海道は調剤日数でも日額でも、千葉と長野を上回っている。
入院のレセプトに限定して、4道県および男女別に10歳刻みで世代別に平均値を計算すると、レセプト1枚あたり医療費は、男性が女性を各世代で上回っている。男女ともに70歳代でピークを迎えるが、20代と30代では男女の間で、かなりの差異のあることが判明する。全ての世代でまた4種類のレセプトの全てで、女性の医療費が男性の医療費を明確に下回っている。つまり女性はこの世代に医療費は低下するのだが、男性では70歳前半まで単調に増加する。この差異はおそらく男性の場合は重篤な交通事故や労働災害が影響しているのであろう。なお、これに対して外来、歯科および調剤では70歳を超えてもなお増加する。
千葉と長野について2次医療圏ごとにそこに居住する患者が、当該医療圏を含めて、どの医療圏に入院するかをまず分析した。千葉県東葛北部では6109名の入院患者のうち5970名が当該医療圏に入院し、仮にこの比率を医療圏の実効性の指標とすれば、0.9772と計算される。この指標に関する限り、千葉県ではこの2次医療圏を筆頭に0.8を超えているが、印旛山武については0.7302と低くなっており、3割近い患者は周辺の医療圏で入院している。次に長野では、この数値が0.9を超える地域が多いが、北信や木曽では0.6と0.35などと極端に低く、地理的に完結した医療圏とはいい難い事態である。
越境受診に与える患者属性は年齢や居住する地域(市町村別)の変数が有意に効果をもっていることがわかった。つまり越境受診することの機会費用が低い場合(高齢者・女性・市部居住者)には越境受診が発生する確率が高いことが確認された。
重複受診に関しては、その基本統計から、以下の事実が明らかとなった。[1]疾病によって重複割合(確率)は変化する。ガンや糖尿などでは重複受診は増加する。[2]重複患者は、非重複患者より決定点数は高く、かつ診療實日数は長くなる。[3]一般的に重複患者は、年齢とともに低下する。これは従来の通念と異なる。
制度改正に関するマクロ的な分析の第1段階では、全ての変数は有意で医療費は、年齢とともに増加すること、女性は男性より低いこと、糖尿病や腎不全の慢性疾患をもつ患者はそうでない患者よりもたかくなること、制度変更では全年齢階層と全疾病について平均27点(270円)の医療費の低下が認められる。3段階の推定を行った結果、制度改定は、70歳代と80歳代の医療費を、それぞれ年間で52.4点(524円)と42.9点(429円)引き下げており、有意に引き下げ効果のあったことを意味している。
制度改定4道県のうちの千葉県に限定することにする。明らかに自己負担増の増加によって、平均的な受診回数は2.53回から2.31回へと低下している。限界的な支出額が0であった高齢者は、500円と薬剤一部負担を払わなければならない。月に4回以内の受診患者1回あたりの平均自己負担額は、制度改定後は860円である。それまで自己負担が0であった患者は、860円負担する場合には、0.377回受診を低下させる。薬剤一部負担の導入は、0.236回受診を低下させる。自己負担額が1020円から860円に低下した患者は、逆に0.056回だけ受診回数を増加させる。このような結果は一部負担の増加が、受診抑制に効果的であることを示している。
結論
記述統計的分析により本研究班で用いたレセプトデータが通常公表されている医療費統計と本質的に同一の性質をもつものであることが明らかにされた。さらに、加齢とともに医療費は増大するもののその経路は性別によって異なることが明らかにされた。越境受診の性質の分析により二次医療圏が形骸化している可能性が示された。
重複受診の分析ではガンや糖尿病などの疾病では重複受診の確率が高くなることが明らかにされた。また、高齢になるほど重複受診を行う確率が高まることは機会費用の問題が関連していると考えられる。
医療費自己負担制度の変更の影響に関する分析ではミクロ的な分析において自己負担制度の改定が医療機関受診を統計的に有意に抑制することを明らかにした。しかしマクロ的な分析ではその医療費抑制効果が統計的に有意であるものの、極めて小さいことさらに高齢層に限局されることを明らかにした。

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