特定疾患に伴う肺高血圧症の発症機序の解明と内科的治療指針確立を目指す診療科横断的研究

文献情報

文献番号
199800900A
報告書区分
総括
研究課題名
特定疾患に伴う肺高血圧症の発症機序の解明と内科的治療指針確立を目指す診療科横断的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
栗山 喬之(千葉大学医学部肺癌研究施設第二臨床研究部門(呼吸器内科))
研究分担者(所属機関)
  • 西村正治(北海道大学第一内科)
  • 白土邦男(東北大学第一内科)
  • 佐地勉(東邦大学第一小児科)
  • 鳥飼勝隆(藤田保健衛生大学内科)
  • 国枝武義(慶應義塾大学伊勢慶應病院内科)
  • 中西宣文(国立循環器病センター心臓内科)
研究区分
特定疾患調査研究補助金 重点研究グループ 事業名なし
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
0円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本重点研究事業の対象疾患となる特定疾患に伴う肺高血圧症としては、原発性肺高血圧症(PPH)、各種膠原病に伴う肺高血圧症(CoPH)、および特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)(CTEPH)の3疾患が主たるものといえる。いずれの疾患においても、著明な肺高血圧の存在により患者の日常生活は大きく制限されるうえ、肺高血圧の重症度に比例してその生命予後も不良となることが知られている。3疾患ともに肺高血圧症の発症機序はいまだ不明であり、内科的治療指針も確立されていない。
本研究の目的の第一は、動物モデルを用いた実験および臨床的検討を多方面から行うことにより、肺高血圧症の発症機序の解明を目指すことにある。原因不明の肺高血圧症の代表的疾患であるPPHは、その臨床病態および病理組織学的所見などがCoPHと類似していることからも、CoPHにみられる肺高血圧症発症機序の解明が、PPHでの肺高血圧症の発症機序解明の糸口となる可能性も高いものといえる。また第二の目的としては、こうした肺高血圧症に対してQOLの改善を重視した内科的治療指針の確立および普及を目指すことにある。近年、欧米やわが国において、プロスタグランディン(PG)製剤の経口・経気道・持続静注投与による有効例の報告がみられ注目を集めてはいるものの、各投与法の適応基準や投与量などを含めた明確なガイドラインは世界的にもみられず、肺高血圧症例の重症度に応じた内科的治療指針の確立が急務といえる。さらに、CTEPHに対しては、外科的治療法である肺血栓内膜摘除術が有効とされるが、重症例および血栓が肺動脈末梢優位の症例での手術成績は不良であり、内科的治療も必要といえる。
研究方法
本研究の第一の目的である肺高血圧症の発症機序を解明するため、動物実験としてモノクロタリン肺高血圧症モデルを用い、炎症や細胞増殖に関与するサイトカインの一つとして注目されているマクロファージ遊走阻止因子(MIF)に着目し、モノクロタリン肺高血圧症発症におけるMIFの役割について明らかにする。また、低酸素性肺高血圧症モデルを用い、細胞周期関連遺伝子を誘導しうる薬剤の投与や、プロオキシダント投与などの物理的刺激による肺高血圧症および肺血管リモデリング抑制効果について検討を加える。臨床的検討としては、膠原病患者を対象に強力な血管収縮作用を有するエンドセリン(ET)の臨床的意義、ならびにムスカリン様アセチルコリンに対する自己抗体の有無を検討する。
第二の目的である肺高血圧症に対する内科的治療指針確立を目指す研究としては、1997年度に実施したPPHの全国疫学調査例を対象に、PPHにおける経口PG製剤を中心とした内科的治療の実態および予後への影響についてまず検討する。また少数例によるパイロットスタディとして、PPH成人例における経口PG製剤の急性および慢性効果を評価する。さらにPPH成人例および小児例において、PGI2製剤による持続静注療法の急性効果ならびに中期効果を検討するとともに、施行上の問題点に関しても明らかにする。また、CoPHを対象にステロイド剤および血管拡張剤を含めた内科的治療法による肺高血圧症の改善度の相違の有無について検討を加える。
結果と考察
モノクロタリン肺高血圧症モデルを用いた実験では、免疫染色により気道上皮細胞と肺胞マクロファージに加えて、一部の肺血管壁にもMIFが存在することが確認された。さらに、ウエスタン・ブロット法による肺組織中のMIF濃度も、モノクロタリン投与早期の1日目から1週間目の期間に増加していることが明らかとなった。MIFがモノクロタリン肺高血圧症モデルにおいて早期の肺損傷と肺血管のリモデリングに関与している可能性が示唆され、今後抗MIF抗体を用いた治療効果など臨床応用も視野に入れた今後の発展が期待される。しかしながら、慢性低酸素による肺高血圧症モデルにおいて、細胞周期関連遺伝子を誘導しうる薬剤や物理的刺激による肺高血圧症の抑制効果は明らかではなかった。一方、臨床例においては、ELISA法による血漿中ET-1濃度が右心負荷のある膠原病患者で高値を示した。また、CoPH症例の血清中には、肺動脈内皮や肺動脈平滑筋由来培養細胞にET-1の産生やET-1受容体の発現を促進する因子が存在することが示唆された。さらに、ムスカリン様アセチルコリンに対する自己抗体の存在の可能性も示唆され、今後ET受容体拮抗薬やムスカリン様アセチルコリン・アゴニストなどを用いた新たな内科的治療への応用も可能と思われた。
次に、内科的治療指針の確立を目指したPPH全国疫学調査例での検討では、1995年以降の診断例における累積生存曲線は、これまでの大規模PPH調査例と有意差はみられず、いまだ有効な治療法が無いことを反映したものと理解された。経口PG製剤の使用は、最近例を中心にほぼ半数の症例(60例中32例)でみられ、PPH軽症例での有用性は明らかではなかったが、中等度以上の症例では長期効果でその有用性が示唆された。また、重症PPH少数例での検討において、経口PG製剤の慢性投与により自覚症状の改善と合わせ、肺血管に選択性のある血管拡張が認められ、その有用性が示唆された。しかしながら、長期効果は急性負荷試験の成績とは必ずしも一致せず、血管拡張作用以外の機序の関与も想定され、PPHの発症機序の解明につながる可能性も示唆された。今後、経口PG製剤の長期生命予後に及ぼす効果については、PPH多数例による検討が必要と思われた。PPH成人例3例におけるPGI2持続静注療法の検討では、2例で肺血管抵抗は減少し運動耐容能の改善が得られ、在宅治療への移行が可能であった。しかしながら、本療法施行上の問題点として、留置カテーテルや持続注入ポンプなどの薬剤供給システムに伴うトラブルや、在宅での維持管理および習熟するための教育プログラムの整備、家庭医や地域中核病院と肺高血圧症治療センターとの密接な連携体制など、今後解決すべき課題も多く認められた。また、重症PPH小児例4例におけるPGI2持続静注療法の検討でも、急性効果は3例で認められ、4例全例で平均観察期間17ヶ月で臨床症状および血行動態の改善が得られ小児例においても有効な治療法と考えられた。一方、CoPHの治療成績としては、ステロイド剤大量療法とPG製剤併用群で肺高血圧の改善効果がみられたが、今後免疫抑制療法を含め多数例によるプロスペクティブな検討が必要と思われた。
結論
PPHおよびCoPHともに肺高血圧症の発症機序はいまだ不明であるが、近年、炎症機序の関与も示唆されることから、今後各種サイトカインに関する基礎的および臨床的研究を多方面より行うことが肺高血圧症の発症機序の解明に必要と思われる。また、CoPHで認められた血清中のET-1の産生やET-1受容体の発現を促進する因子や自己抗体の成績が、PPH症例にも当てはまるものかどうか検討することは、PPH発症機序の解明の糸口となる可能性も示唆され興味深いものといえる。
PPHに対する内科的治療成績としては、抗凝固療法や在宅酸素療法の普及にもかかわらずいまだ累積生存曲線にみる改善はみられず、今後の大きな課題であることが再確認された。また少数例での検討ながら、経口PG製剤およびPGI2持続静注療法が有効であることが示唆された。今後、多施設共同研究による多数例でのプロスペクティブな検討により有用性の評価が必要であるとともに、PPHの重症度に応じた治療法の選択が重要課題であり、各治療法の適応基準および薬剤投与量・投与方法などの明確な内科的治療ガイドラインの作成が急務と思われた。こうした重症度による段階的治療の導入は、医療費の節減および入院患者の在宅治療管理への移行にもつながり、社会の受益効果としても有意義なものと思われる。さらに、段階的内科的治療の早期導入により、肺高血圧症例の生命予後の改善とともに、肺移植の適応患者の減少も十分期待できるものといえる。

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