パーキンソン病の定位脳手術

文献情報

文献番号
199800888A
報告書区分
総括
研究課題名
パーキンソン病の定位脳手術
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
湯浅 龍彦(国立精神・神経センター国府台病院)
研究分担者(所属機関)
  • 片山容一(日本大学医学部)
  • 大本堯史(岡山大学医学部)
  • 葛原茂樹(三重大学医学部)
  • 中野今治(自治医科大学)
  • 板倉徹(和歌山県立医科大学)
  • 亀山茂樹(国立療養所西新潟中央病院)
  • 加藤丈夫(山形大学医学部)
  • 久野貞子(国立療養所宇多野病院)
  • 島史雄(九州大学医学部脳神経病研究施設)
  • 田代邦雄(北海道大学医学部)
  • 南部篤(東京都神経科学総合研究所)
  • 橋本隆男(信州大学医学部)
  • 松田博史(国立精神・神経センター武蔵病院)
研究区分
特定疾患調査研究補助金 重点研究グループ 事業名なし
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
0円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究班の目的は、脳外科医を含む多施設共同研究を組織し、1) 難治性パーキンソン病の実態を把握し、2) パーキンソン病に対する各種脳外科的手術法の特徴を明らかにし、3) 難治性パーキンソン病に対する定位脳手術の適応基準を策定し、4) 術後の長期経過観察を行うことによって、パーキンソン病に対する定位脳手術の臨床評価を行い、もって高度先端的医療技術としての手技の確立を目指すものである。
研究方法
本年度研究の目的
本年度の目標を以下のように定め実施した。(1) 研究体制の整備 、(2) 共通プロトコールの作製、(3)各種手術手技の評価と手術成績、(4)新技術の開発、(5)基礎病態並びに臨床病態研究である。
結果と考察
研究成果1)基礎病態生理
パーキンソン病に対して施行される各種の治療法がどのような機序で効果を現すのかということについては、大脳皮質・大脳基底核回路網を含めた多角的な検討が必要である。大脳基底核神経回路網、特にハイパー直接路に関する研究:大脳皮質から直接視床下核に至る経路(ハイパー直接路)が早期から強い興奮作用を淡蒼球にもたらしていることが明らかにされた。
2)臨床病態生理
(1) パーキンソン病の機能画像
ドーパミンD2受容体とドーパミントランスポータの線条体における集積をSPECTを用いて検討した。パーキンソン病においては、D2受容体の変化よりもドーパミントランスポータの低下が病態に深く関与していることが判明した。
(2) パーキンソン病の神経生理
a) 大脳運動野への磁気2重刺激法を用いて、皮質皮質間抑制(CCI)機構を検討し、パーキンソン病ではCCIは脱抑制状態にあることが判明した。
b)パーキンソン病に対する後腹側淡蒼球内節破壊術の術中に足ジストニアを呈した1例で、内節の神経細胞の発火頻度は、ジストニアのない患者(70-90Hz)と比べて著明(10Hz以下)に低下していた。
c) 視床下核(STN)の微小電極記録:STNの背景神経活動は極めて高いことが判明した。L-DOPA投与(1mg/kg i.v.)は、STNの自発背景神経活動には影響を及ぼさなかった。STNの低頻度刺激によって対側四肢に振戦が誘発された。
3)新技術の検討
(1)新しい定位脳手術システムの導入
"Image Fusion"および"Atlas Plan"(Radionics)を用いた定位脳手術システムを検討した。CT画像とMRI画像を融合することができるため、従来の方法に比して優れていた。
(2) 定位淡蒼球内節術の標的の設定
MRIガイド法は、侵襲が少なく、術後の回復も早く、かつ、淡蒼球内節に正確な凝固巣を作製し得た。
4) 治療成績(定位脳手術)
本年度は、各施設毎に過去の手術例がレビューされた。手術手技別の症例数は、視床破壊術thalamotomy 45例、後腹側淡蒼球内節破壊術posterovetral pallidotomy(PVP)76例、thalamotomy + PVP 3例、視床腹側中間核刺激thalamus stimulation 2例、GPi-stimulation 12例、STN stimulation 6例、移植術40例、電気刺激療法6例、経頭蓋磁気刺激(TMS)61例であった。
(1) 視床破壊術(thalamotomy)
振戦、固縮を中心として、Yahr stage I, II, IIIが適応になるとした。
(2)視床腹側中間核刺激(thalamus stimulation)
パーキンソン病の振戦に対しては視床腹側中間核(Vim 核)刺激でほぼ完全に症状を改善させることが可能であった。
(3)後腹側淡蒼球内節破壊術(PVP)
薬剤誘発性不随意運動はほぼ完全に消失せしめ、wearing-offも改善した。しかし、知的レベルの低下する例が目立った。
(4)後腹側淡蒼球内節刺激術
固縮、すくみ足に対しては淡蒼球内節(GPi)刺激が有効。ジスキネジア、筋固縮、無動例で症状の改善をみた。
(5)視床下核(STN)刺戟
固縮と無動の強いパーキンソン病6例に対して視床下核 (STN) の慢性刺激療法を行なった。1側の固縮が著明なものに対しては対側の STN 刺激、無動が著明な症例に対しては両側 STN 刺激を実施した。STN 刺激は120Hz 程度の高頻度刺激で行なった。固縮と振戦に対する効果は刺激開始直後 から得られ、また、無動についても有効であった。
(6)交感神経節の脳内移植
交感神経節の脳内移植の臨床応用はすでに40例に達した。改善を示した症状は歩行障害と無動で、振戦や筋固縮には効果がなかった。
5) 治療成績(非薬物的・非観血的療法)
(1)修正電気痙攣療法(mECT)
うつ状態、譫妄など精神症状をともなう、6例のパーキンソン病患者に対して施行した。効果は、通常1-2回の施行で運動症状と精神症状の両者に劇的に現れた。効果の持続は半年以上である。
(2)経頭蓋磁気刺激(TMS)療法
パーキンソン病(PD)患者61例に対して施行された。大円コイルを用いて行い、刺激条件は頻度0.2Hz、強度700V、両側前頭部に各30回ずつ計60回の刺激を週1回の割で繰り返し行った。刺激回数を重ねる毎に運動機能の改善が認められた。
6) 治療の副作用
凝固巣は淡蒼球内節の前上方かつ内側に位置すると、知的レベルが低下する。その他、speech disturbanceおよび swallowing disturbance、一過性のcognitive functionの障害がみられた。
7) 高次認知機能への影響
定位脳手術や電気・磁気刺激療法が高次脳機能に及ぼす影響について検討することは重要である。
(1)13例のposteroventral pallidotomy (PVP)施行例 と12例のVim thalamotomy(Vim Th)例で高次脳機能を検査した。結果としては、 PVP群で術直後に知的レベルの低下が一過性に認められたが、どちらも長期的には、手術による知的機能、記憶機能、認知機能への影響はなかった。むしろ、PVP群で心気症が改善し、活動性が増加した。Vim Th群で抑うつ、内向性が改善した。
(2)4例のPVPの術前術後において、術後1ヶ月未満では術前に比べて前頭葉機能検査、注意検査、記憶検査の成績が低下したが、術後1ヶ月以降では回復すると報告した。
(3)修正電気けいれん療法(mECT)前後での高次認知機能を3例のパーキンソン病患者で検討した。高次機能に著しい改善が2例に得られ、1例では不変であった。前頭葉機能検査でもWCSTとWFTは同じ傾向を示した。
8)疫学・予後調査
三重県下の病院に勤務する神経内科医50名に対してアンケート調査を行った。37名より回答が得られた(回収率74%)。把握されたパーキンソン病患者の総数497名(三重県下特定疾患登録のパーキンソン病患者830名の59%に相当)の中で今後定位脳手術の候補患者の数は27名(5.4%)であった。定位脳手術の既往患者は13名であった。手術有効例は視床破壊術が3例(100%)、淡蒼球破壊術が7例(78%)、視床破壊術+淡蒼球破壊術が1例(100%)であった。一方、手術無効例は淡蒼球破壊術の2例(22%)であった(術後の合併症による死亡例を含む)。長期効果については、視床破壊術を受けた全例で数年から10年経過した現在も効果が持続していた。淡蒼球破壊を受けた群ではその効果にはばらつきがあり、しかも全例で術後2カ月から3年の範囲で元に戻るか、症状の悪化を認めた。
結論
 以上、本年度は、パーキンソン病の定位脳手術の適応と手技の確立に向けて、
1)脳神経外科・神経内科・基礎医学を含む全国的な共同研究体制を整備した。
2)また、共通プロトコールを練り上げ、次年度より同一ベースで研究遂行できるようになった。
3)観血的手術のみならず非観血的治療の有用性も明らかにされた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)