神経皮膚症候群

文献情報

文献番号
199800871A
報告書区分
総括
研究課題名
神経皮膚症候群
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
大塚 藤男(筑波大学臨床医学系皮膚科)
研究分担者(所属機関)
  • 大野耕策(鳥取大学医学部神経生物学)
  • 新村眞人(東京慈恵会医科大学皮膚科)
  • 樋野興夫(癌研究所実験病理部)
  • 吉川邦彦(大阪大学医学部皮膚科)
  • 吉田純(名古屋大学医学部脳神経外科)
  • 佐谷秀行(熊本大学医学部腫瘍医学)
研究区分
特定疾患調査研究補助金 臨床調査研究グループ 皮膚・結合組織疾患調査研究班
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
0円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成10年度における研究目標=神経線維腫症1(NF1)、神経線維腫症2型(NF2)、結節性硬化症(TS)の3疾患を対象に“遺伝子と患者QOL についての研究"を推進している。本年度は最終年度であり、本邦における遺伝子変異の実体を明らかにし、遺伝子産物機能を解明すること、神経線維腫の治療効果の評価法を確立すること、患者QOLの把握や遺伝子変異の解析をとおして診断や治療法の統合化や新規治療法の開発をはかることを目標とした。
研究方法
結果と考察
研究成果=1.疫学、臨床統計
1997年に引き続き本年度もNF1の定点モニタリング調査がおこなわれた。97年とほぼ同様の回収率が得られ、患者の詳細情報報告可能施設は80%であった(縣)。NF1の受療患者数を全国疫学調査/全国患者会調査のデータをもとにcapture-recapture法を用いて推計した。推計値は7,100-13,800/10,900-15,200人であった(縣)。皮膚の限局性神経線維腫の外科的切除術を受けたNF1患者に郵送アンケート調査をおこなったところ、18例から回答があり、概ね外科治療に満足していること、整容的問題に悩んでいること、内服薬など非外科的治療法開発への要望が強いことが明らかになった(大塚)。TSC58 例にアンケート調査をしたところ40%が普通学校で義務教育を受け、高校進学者は12.5%、就職者は25%であった。半数以上が外出困難など日常生活が制限され、特に年長者では日常・社会生活の問題が大きいことを明らかにした(大野)。山陰地方の39例のTsc遺伝子変異を解析した。Tsc1遺伝子変異を7例に、Tsc2遺伝子変異を13例に見いだした。Tsc1に変異を有する例はTsc2変異例より重度知的障害例が少ないことが明らかになった(大野)。日本剖検輯報を解析するとTSは若年死亡が多く、脳腫瘍、肺炎、心横紋筋腫が死因となることが判明した(大塚)。
2.診断と症例
片側腹部に限局性にカフェオレ斑を持つ患者からNF1の患児が生まれた2家系が報告され、母親のgonosomic mosaicismが推測され、遺伝子検索が開始された(新村)。NF1 母子で色素斑に差はないが、母親は皮膚神経線維腫が多発し、瀰慢性神経線維腫や悪性末梢神経鞘腫瘍が出現したが、子は皮下に結節型神経線維腫が多発した。表現型に大きな隔たりのあるNF1母子例が報告され、遺伝子の伝達、発現の問題が提起された(土田)。ダウン症候群に合併したNF1や大腸癌を生じたNF1が報告された。後者ではNF1の大腸癌は高分化ないし中分化型が多いことが判明した(土田)。
NF1とNF2の臨床重症度分類は昨年度作製したので、本年度はTSの臨床重症度分類案を作製した(大野、大塚)。
3.病因、病態生理
[NF1について]
NF1の色素性神経線維腫のメラニン含有細胞の由来を超微形態、免疫組織化学の面から検討したところメラニン含有細胞以外にメラニン産生能を持つ細胞の腫瘍内存在が分かった(新村)。皮膚神経線維腫は血管の豊富な腫瘍であるが、免疫組織学的に、またメッセージレベルでも同組織にVEGF(vascular endothelial growth factor),basic FGFが強く発現しており、同培養細胞の上清中にも高濃度のVEGFを検出した。神経線維腫の血管増生にVEGFとbasic FGF、特にVEGFの関与が強く示唆された。VEGF発現調節による治療の可能性も考えられる(大塚)。神経線維腫由来培養細胞に発現する各種サイトカインを検討すると、増殖に関与するTGFβ1 やbasic FGF、肥満細胞の遊走に関与するc-kitやstem cell factor(SCF)が上昇していたが、炎症性サイトカイン(TNF-αやIL-1α)
の上昇はなかった(島田)。NF1患者のカフェオレ斑をヌードマウスに移植し、22-oxacalcitriolを2週間外用すると、表皮基底細胞のBrdU取込み率は非外用時の80%以上低下した。NF1患者のカフェオレ斑にtacalcitol軟膏を4週間外用すると、メラノサイト、ケラチノサイトのメラニン顆粒のFontana-Masson染色性が低下した。培養メラノサイト、ケラチノサイトに活性型ビタミンD3を添加するといずれもその増殖が抑制された。カフェオレ斑に対するビタミンD3の効果はメラノサイト、ケラチノサイトの増殖抑制効果を介している可能性が指摘された(中山)。神経線維腫の治療薬剤探索の目的で、NF1の培養神経線維腫細胞にロキシスロマイシンを10μg添加8日間培養すると増殖を6-9%抑制、TGFβによる増殖亢進もロキシスロマイシンを10μg添加で13%程度の抑制効果をみた(今門)。ヒトグリオ-マ細胞のTNF-α(tumor necrosis factorα)抵抗株は同サイトカイン添加でNF-κB(nuclear factor Kappa B)が活性化したが、感受性株では活性化しなかった。またTNF-α抵抗性株にdominant negative NF-κB cDNAを導入するとTNF-αの効腫瘍効果が表れた。活性化型NF-κB を抑制することによりTNF-αのグリオーマ細胞への抗腫瘍効果を高める可能性が示された(吉田)。
[NF2について]
NF2の責任遺伝子産物merlinは少なくとも5種類の細胞内蛋白と会合し、その一つはpoly(ADPribose)polymerase(PARP)であることをすでに同定しているが、今年度merlinのN末端でKu85, Ku70と結合することを見いだした。変異したmerlinはPARP、Ku85、Ku70と結合できないので、この複合体形成がNF2の機能、DNA修復や細胞周期、細胞死に働いていることが明らかになった(佐谷)。また変異のない腫瘍ではカルパインが活性化してmerlinの過剰分解が起こっていることを明らかにした(佐谷)。NF2の聴神経鞘腫の自然経過中および術後の腫瘍増大に関する因子をNF2の25例を用いて検討した。自然経過中の増大予見因子は見いだせなかったが、若年発症例は治療後の増大傾向が高いことが分かった(吉田)。
[TSについて]
TSの原因遺伝子の遺伝子産物であるhamartinとtuberinは正常およびTS組織で類似の発現分布を示し、両者の共存が示唆された。TS 13例(9剖検例と4手術例)の脳、腎、心の過誤腫ではhamartinとtuberinの両蛋白が同時に消失ないし減弱していた。Tsc1とTsc2とが共同作用する可能性を示唆する所見と考えた(水口)。TSにおいて特異的に減少する蛋白p40(報告すみ)は核膜とクロマチンDNAに結合し、細胞のviabilityと相関することをすでに見いだしているが、p40減少細胞とTS由来培養細胞はともにS期末で細胞周期を停止し、apoptosisを起こすことを示して両細胞が同様の機能を有することを確認した(吉川)。遺伝性腎癌ラット(Eker rat)の原因遺伝子はTsc2のrat homologueであるが、その腎癌細胞に特異的に発現する遺伝子(ERC gene)はその発現制御に複数のminimal core promoter領域、エンハンサー領域、サイレンサー領域が複雑に関与すること、細胞接着、血管新生、脳の分化などの機能を有することを示した(樋野)。Eker rat腎癌の培養細胞から悪性度や増殖能に関与するA-1遺伝子を単離した。腎発癌マーカーになる可能性を考えた(樋野)。結合配列cEtsはTsc2遺伝子発現の正の制御とEker rat腎発癌の初期段階への関与が示唆された(樋野)。
日本人TS患者31例についてTsc1とTsc2遺伝子の変異を検索した。Tsc1ではframeshift3例(発症に意義ある変異3例)、nonsense mutation2例(2例)、missense mutation 5例(1例)、silent mutation 4例(0例)で、50%に家族歴があり、83%が蛋白のtruncation を起こすと予想された。Tsc2では家族歴がなく、frameshift3例(発症に意義ある変異3例)、missense mutation5例(4例)、silent mutation 2例(0例)で、蛋白のtruncation を起こすと予想される例は29%であった。本邦でのTS患者の遺伝子変異の特徴が明らかになりつつある(樋野)。
4.治療
NF1のカフェオレ斑にtacalcitol(活性型ビタミンD3)軟膏を4週間外用すると塗布部位に軽度ではあるが、明らかな黒褐色色調の減少がみられた。色素斑治療の可能性が示唆された(中山)。NF1の巨大びまん性神経線維腫の外科的治療経験が報告され、その手技上のポイントが示された(緒方)。NF1に併発する悪性末梢神経鞘腫瘍では患者の年齢と腫瘍の根治的外科的切除の可否が予後を左右する因子であることを明らかにした(緒方)。NF1の多彩な脊柱変形、多発性神経原性腫瘍、悪性腫瘍など整形外科的治療にあたっての留意点が示された(会田)。NF2の聴神経腫瘍に対する外科的手術とγナイフによる治療成績が発表され、小さな腫瘍はγナイフで再発なく治療できる可能性が、また大きな腫瘍も外科的に全切除ができれば再発を抑えられることが示された。大きい腫瘍の全摘出術後には聴力障害が必発するので手術時期の選択などが検討課題となった(吉田)。
神経皮膚症候群に関する国内外の研究状況の概要=1997年8月にTsc1遺伝子が欧米の共同研究者により単離、同定されて以来、Tsc2遺伝子との関係や分子疫学的調査が進んでいる。本研究班でも本邦TS患者の遺伝子変異の特徴や臨床症状との関連性などについて検討を加えつつある。Tsc1遺伝子産物hamartinやTsc2遺伝子産物tuberinの機能に関する研究が盛んであるが、NF1遺伝子産物neurofibrominやNF2遺伝子産物merlinの機能に関しても本研究班で積極的にその解明に携わっている。Merlinがpoly(ADP-ribose)polymeraseなどを介してDNA修復の制御に働いている可能性を指摘した。診断や治療に関する大きな進展はないが、本研究班は各種病変の外科的治療の工夫、新しい治療の試みがなされ、将来への希望をつないでいる。また、本年TSの臨床重症度分類案を作製した。
結論

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-